夕刊フジはいわば安倍内閣の応援メディアですが、大前研一氏の論文が載りましたので紹介します。
ここにきて有効求人倍率は1・37倍となり25年ぶりの高水準ですが、雇用の増加はパートや派遣社員、アルバイトなどの非正規労働や低賃金の職種に偏っているので消費には結びついていません。消費者物価指数も5カ月連続で下落しました。
大前氏はその理由はいわゆる「低欲望社会」だからで、現役世代は給料が少しぐらい上がっても、将来の不安やいざというときのために貯めてしまうと述べています。
かつての若者たちは、初めは低収入であっても収入は安定していて、将来の上昇が確実に見込めたので、ローンで車を買い 結婚して頭金が貯まるとローンで住宅を買いました。
しかしいまはとてもそんなことが望める状況にはありません。その結果「欲望」自体が失われるというか、少なくとも抑圧された状況下にあります。
将来への不安が解消されないことには国民の財布の紐は緩みません。これはずっと言われ続けて来たことです。そこのところの政策が皆無でありながら、ただじゃぶじゃぶ金を回すから使ってくれ、デフレマインドを克服してくれというのは余りにもお粗末な話です。
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アベノミクスと低欲望社会の現実
安倍首相のブレーンたちはそろそろ気付くべき
大前研一 夕刊フジ 2016年9月11日
総務省によると、7月の全国の完全失業率は3・0%で、6月に比べて0・1ポイント改善。1995年5月以来、21年2カ月ぶりの低い水準となった。また、厚生労働省が発表した7月の有効求人倍率は1・37倍で、24年10カ月ぶりの高水準となった前月から変わらない。
しかし、7月の物価変動を除いた実質消費支出は、前年同月比0・5%減少した。失業率は下がって有効求人倍率も増えている一方で、財布のヒモは堅い。
求人は賃金の低いサービス業などが多く、企業にはパートで人手不足を補おうという意識が強い。つまり、日本の雇用の増加はパートや派遣社員、アルバイトなどの非正規労働や低賃金の職種に偏っていて、消費には結びつかないということだ。
この8月、政府は事業規模28兆円の経済対策を決定した。リニア中央新幹線の前倒しや大型クルーズ船向けの港湾整備などのインフラ整備や、年金の受給資格の25年から10年への短縮などを盛り込んでいる。
ただ、完全雇用に近い状況のときに、カネをバラまいて景気を刺激するという経済理論は、世界中のどこを探したって見つからない。これはアベノミクスの最大の問題点だ。
ヘリコプターから市中に現金をばらまくかのような「ヘリコプターマネー」で、マネーサプライ(通貨供給量)を大幅に増やすという景気刺激策は、ハイパーインフレにつながる可能性も高い。ところが、日本の場合にはインフレにもならない。
7月の全国消費者物価指数は5カ月連続の下落となった。その理由は、いわゆる「低欲望社会」だからだ。低欲望社会は、金利がほとんどつかなくても貯金は増え、銀行の貸し出しも減るという日本独特の経済現象。実際、低金利でも借金して家を建てようという人は少ない。カネを握っている人、つまり高齢者がカネを使う気になっていないからだ。マーケットにも欲しいモノはない。
また、現役世代の給料を少しぐらい上げても、将来の不安や、いざというときのために貯めてしまう。1700兆円もの個人金融資産は表に出てこない。
本来、安倍晋三首相がしなくてはならない経済政策は、このカネが表に出てくるようにすることではないか。賃上げでもなければ、非正規の正規社員化でもない。カネをバラまいたところで、どうしようもない。カネはすでにたっぷりあるのだ。
どこといって悪くないのに、景気は上昇しない。この原因は古い経済学が教えてくれる金利やマネーサプライではない。将来に対する不安から、みんなが持っている金を使わないのだ。成長期と違って強い欲望もない。低欲望社会の現実に安倍首相のブレーンたちはそろそろ気がつくべきだ。
安倍首相の周囲にいる人たちの多くは、「株が上がったら景気がよくなる」と思っている。企業の将来価値というものが上がってこなければ、株は上がらない。日銀やGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の買う官製相場で株が上がっても、景気とは関係ない。
こういった間違った経済認識が、アベノミクスの前提になっている。それなのに、いまだに「この道しかない」と言っている。それに気がつく人が安倍首相のアドバイザーの中に1人でもいれば、何とかなるかもしれないのだが。
■ビジネス・ブレークスルー(スカパー!557チャンネル)の番組「大前研一ライブ」から抜粋。