2016年9月14日水曜日

超高額なミサイル防衛システムは役に立たない

 北朝鮮の弾道ミサイルの発射と5回目の核実験をめぐって、もっとミサイル防衛力の強化をという議論が出ていますが、的外れなものです。発射後10分以内に日本に落下するミサイルを迎撃することはできません。
 日本は8月3日に排他的経済水域に北朝鮮から弾道ミサイルを打ち込まれてから、常時『破壊措置命令』を出したままにしていましたが、9月5日、弾道ミサイル3発が同時に発射された際に、日本政府がミサイル発射第一報を出したのは発射してから1時間32分後でした。
 たとえ迎撃したとしても殆ど当たらないのですが、これでは迎撃の成功確率以前の問題です。それがこれまで1兆6千億円を投じてきたミサイル防衛システムの実態です。
 
 以上は軍事評論家の田岡俊次氏や五十嵐仁元法大教授が指摘していることで、当ブログでも取り上げました。
      (関係記事)
8月22日 事前通告がないと役に立たないミサイル防衛 
9月5日  北朝鮮に対するミサイル防衛(MD)は無理で無駄 
 
 9月5日に北朝鮮が弾道ミサイル3発を同時に発射したことに関連して、日刊ゲンダイが再び田岡俊次氏の見解を「防衛省 “限界” 露呈 ミサイル防衛は1兆5787億円の役立たず」の題で掲載しました。
 五十嵐仁氏も13日に「北朝鮮による深刻な脅威を生み出した日本外交の失敗」とするブログを掲載しましたので、併せて紹介します。
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防衛省“限界”露呈 ミサイル防衛は1兆5787億円の役立たず
日刊ゲンダイ 2016年9月13日
 北の核実験を受け「もっと抑止力強化を」という議論が出ているが、ちょっと待って欲しい。米国に押し付けられ導入した現状のミサイル防衛システムは、迎撃どころか想定通りの警報も出せず、役立たずを露呈。1兆円超が壮大な“無駄遣い”になっていたことがハッキリしたのだ。
 
  ミサイル防衛システムの限界を指摘するのは、軍事評論家の田岡俊次氏だ。
 「8月3日に北朝鮮は弾道ミサイル2発を秋田沖に発射しましたが、日本政府が第1報を発表したのは発射から1時間15分後でした。イージス艦などへ破壊措置命令は出されず、自治体などへの警報『Jアラート』も機能しないノーマーク状態でした。その後、常時『破壊措置命令』を出したままにして政府は警戒を続けていましたが、9月5日に弾道ミサイル3発が北海道沖に発射された際も第1報は1時間32分後。最も早かった警報は海上保安庁から船舶への『航行警報』で、それでも発射から19分後でした。これはミサイル落下の10分後で、警報の意味がなかった。ミサイル発射が探知されれば、その警報を船に伝えるのを意図的に遅らせるはずはない。つまり、日本のミサイル防衛能力の限界を露呈したものと考えざるをえません」
 
 発射が防衛省の「中央指揮所」や官邸の「危機管理センター」に伝わり、「Jアラート」で住民に屋内避難を呼びかけるまで、本来、「1分間」という瞬時に行われるはずだった。計画は机上の空論だったのである。
  ちなみに、去年12月と今年2月に北朝鮮がテポドン2で小型人工衛星を打ち上げた際は、事前通告もあり対応準備ができたため、政府は発射2分後から逐一、飛行状況を発表していた。ところが、移動式の発射機から発射された8月と9月のミサイルにはお手上げ。防衛省は「事前通告がなかった」「移動式の発射機だったので分からなかった」と変な言い訳をした
 
 「実戦では相手はミサイル発射を予告してはくれませんし、自走発射機に載せて発射位置をしばしば変えるのが一般的です。防衛省の釈明は、本物の弾道ミサイルには対応できないことを自ら明らかにしたようなものです」(田岡俊次氏)
 ミサイル防衛には今年度予算までに1兆5787億円が投じられている。ドブに捨てたようなものだが、官邸や防衛省は、さらなる増強に躍起。価格2倍のミサイル購入やイージス艦を増やしたり、ミサイル発射探知用に独自の静止衛星打ち上げの話まで出ている。
 「国家財政に響くような大プロジェクトになりかねません。ミサイル防衛の効果や限界を国民に説明せずに巨額の予算をつぎ込むのでしょうか」(田岡俊次氏)
 「特定秘密」を盾に“不都合な事実”を隠蔽してこれ以上、防衛費を膨らませるのは許されない。 
 
 
北朝鮮による深刻な脅威を生み出した日本外交の失敗
五十嵐仁の転成仁語 2016年9月13日
 北朝鮮による核弾頭の爆発実験が成功したと伝えられました。日本など周辺諸国にとっては深刻な脅威の増大です。
 国連の安保理決議にも違反するこのような核実験と核兵器の開発は許されず、断固として糾弾しなければなりません。同時に、北朝鮮による深刻な脅威の増大を防ぐことができなかった日本外交の失敗についても、厳しく批判する必要があります。
 
 でも、こうなることは分かっていました。これまでも、抗議決議や声明、制裁の強化はほとんど効果がありませんでしたから。
 また、9月3日のブログ「北朝鮮に対するミサイル防衛(MD)は無駄だとなぜ言わないのか」で指摘したように、「そもそも北朝鮮に対するミサイル防衛(MD)は不可能であり、発射されたら『お手上げ』なのですから、そのための予算も装備も全く無駄」です。日本は北朝鮮に近すぎて、「もし北朝鮮がミサイルを発射すれば7~8分で着弾」するという最大の問題点について、今回の核実験についての論評でも誰も指摘していません。
 核ミサイルが現実の脅威となったとしても、軍事的に対抗することは不可能なのだと、なぜ言わないのでしょうか。だからこそ、対話などの外交努力が重要なのであり、このチャンネルを完全に放棄してしまった日本政府の外交的失敗こそが問題なのだと、なぜ誰も指摘しないのでしょうか。
 
 今回の核実験に対しても厳しい対応が行われていますが、それはほとんど「手詰まり」状態に陥っています。アメリカは韓国に対してB1戦略爆撃機の派遣や高高度迎撃ミサイル(THHAD)の配備、米韓共同演習など軍事的対応を強化しようとしていますが、それは逆効果です。
 北朝鮮が核開発やミサイル実験を繰り返しているのは、アメリカを恐れているからです。いつ攻められるのかという恐怖感に打ち勝つために核戦力を強化し、それを国民に示して金正恩党委員長の権威を強めようとしているのです。
 そのような北朝鮮に対して、さらに強い圧力をかけて「締め上げ」ようとすれば、もっと強い反発が返ってくるだけでしょう。安全を高めようとして「抑止力」を強めれば強めるほど、それへの反発も大きくなって軍拡競争が激化し、結果的に安全が損なわれてしまうという「安全保障のジレンマ」から抜け出すことこそが必要なのです。
 
 今日の『朝日新聞』の「オピニオン&フォーラム」欄に、国連「北朝鮮制裁委員会」の元専門家パネル委員の古川勝彦さんと東京国際大学国際戦略研究所教授の伊豆見元さんのインタビュー記事が出ていました。お2人の専門家のご意見は注目すべきものです。
 古川さんは「北朝鮮への制裁に比べ、イランの核開発疑惑に対する制裁は成功したとされています。何が違うのでしょう」と問われ、「大切なのは、制裁は外交の手段の一つに過ぎないということです。イランの核開発疑惑に対しては、制裁と同時並行で外交対話が続けられました。しかし、北朝鮮については、制裁のみで、外交はほぼ皆無でした」と答えています。
 問題は「制裁のみで、外交はほぼ皆無」だったという点にあるのです。転換しなければならないのは、この点にあるということにほかなりません。
 
 また、伊豆見さんも、「北朝鮮はこれまで全てをなげうって核開発をしてきたわけではなく、核開発を巡って米国との取引を考えた時期もありました。阻止できる時間はあったのです」としたうえで、以下のように指摘しています。
 「米国がオバマ政権になった09年以降、関係国は核開発をめぐって北朝鮮と取引することをほぼ放棄してきました。北朝鮮に一方的に要求をのませようとしたのです」
 「近年は北朝鮮と交渉をせず、制裁だけに頼ってきました」
 「制裁は北朝鮮経済にダメージを与え、いわば嫌がらせのようなことはできました。しかし、制裁の本来の目的は北朝鮮の核開発阻止だったはずです。その効果がないのに、制裁だけを続け、関係国は問題を先送りしてきました」
 「若い金正恩(キムジョンウン)氏や既得権益層は統治のために、正恩氏の権威を確立する必要がありました。制裁を受けて孤立が進むなか、権威確立には核開発しかないという論理です」
 こう述べたうえで、伊豆見さんは「国際社会はさらなる核開発を阻止するため、効果はなくても制裁は続け、強化すべきではあります」としつつも、「そのうえで、関係各国の首脳は再び北朝鮮との取引を検討する必要があります。大変不愉快ではありますが、北朝鮮とギブ・アンド・テイクの取引をする覚悟を決める時が来ています」と指摘しています。
 
 ようやく、外交や交渉の必要性を指摘する声が聞こえるようになってきたということでしょうか。6カ国協議の再開に向けて関係国は努力しなければなりませんが、カギを握っているのはアメリカです。
 今回の核実験に際して事前説明を受けた中国筋は、「北朝鮮当局者から(中国側に)米韓が北に対して外科手術的な方法を取ろうとしており、対抗するために核実験を行う必要があるといった話があった」と語っているそうです(『朝日新聞』9月13日付)。「外科手術的な方法」など取ろうとしていないということを、分からせなければなりません。
 また、必要なら無条件で直接対話にも応ずる姿勢を示すべきでしょう。核放棄という前提条件を付けたままでは、交渉や対話は一歩も進みません。
 
 北朝鮮との国交回復交渉を打ち切ってしまった日本政府の過去の対応も完全な誤りでした。拉致問題の解決を優先するということで、交渉より制裁を選択したからです。
 小泉内閣のときに交渉を進めて日朝間の国交を回復していれば、その後の拉致問題についての進展も核やミサイル開発の経過も大きく違っていたのではないでしょうか。拉致問題の解決を優先したために、かえって拉致問題の解決の手がかりを失ってしまったという痛恨の失敗を繰り返してはなりません。
 北朝鮮を話し合いの場に引き出すことでしか問題解決の道はないということは、はっきりしています。しかし、そのような道を選ぶ意思も能力も今の安倍政権にはないというところに、本当の危機が存在しているのではないでしょうか。