弁護士の徳岡宏一朗氏が5日付で題記の「基本的人権規定の内容を削減して極小化し法律で好きに制約」(安倍自民党の「日本国憲法改正草案」の恐怖2)と題するブログ記事を載せました。やや長文なので事務局で要約したものを以下に紹介します。
(原文は下記のURLをクリックすればご覧になれます)
同ブログでは自民党改憲草案の思想を語るものとして、冒頭に参院議員の片山さつき氏の次のツイッターの文章を載せています。
「国民が権利は天から付与される、義務は果たさなくてもいいと思うような天賦人権論をとるのはやめようというのが私たちの基本的な考え方です。国があなたに何をしてくれるか、ではなくて国を維持するには自分たちに何ができるか、を皆が考えるような前文にしました。」 (2012年12月6日)
何とも上から目線の冷酷な発言です。因みに片山氏はその翌日には次のようにツイッターして反駁されていました。
「(片山さつき) 国家のありようを掲げ、国家権力がやっていいこと、統治機構などを、規定。私は芦部教授の直弟子ですよ。あなたの憲法論はどなたの受け売り?」
「(甲賀志) 憲法は人間は生まれながらにして自由であり、平等であるという自然権思想(天賦人権論)を、国民に『憲法を作る力』が存するという考えに基づき成文化した法。憲法の根本規範と言うべき人権宣言の基本原則を改変することは改憲の限界を超え許されない(芦部信喜「憲法」第5版)」 (2012年12月7日)
註. なお本記事はシリーズになっています。最初の(安倍自民党の「日本国憲法改正草案」の恐怖1)は下記でご覧になれます。
「緊急事態条項=戒厳令の明記」(安倍自民党の「日本国憲法改正草案」の恐怖1)
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基本的人権規定の内容を削減して極小化し法律で好きに制約
(安倍自民党の「日本国憲法改正草案」の恐怖2)
徳岡宏一朗2013年05月05日
(要旨 一部太字化等を含めて事務局でまとめました)
今回は自由と人権規定について述べる。
1 基本的人権保障の基本的な理解の転換
【日本国憲法】
第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
【自民党草案】
第十一条 国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である。
自民党草案では「西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われる規定を改定する」との理由で「現在及び将来の国民に与えられる」を削除している。しかし、天賦人権説は近代憲法の根幹をなす考え方なので、その全面的見直しは、近代立憲主義憲法の正統な系譜から離脱することになる。たぶん、自民党はそこまで深く考えもせずに、立憲主義憲法をいじってしまったのであろう。
現憲法97条の全面削除もその一環で、同条は日本国憲法の最高法規性の実質的根拠が何より基本的人権の保障の徹底にあることを明確にしようとする趣旨で設けられたものである。自民党の改憲案は自由と人権を保障する自由の基礎法たる立憲主義憲法の本質を理解しないものである。また「国家からの自由」という人権の本質も理解していない。
2 個人の尊厳の削除
【日本国憲法】
第十三条(前段) すべて国民は、個人として尊重される。
【自民党草案】
(人としての尊重等)
第十三条(前段) 全て国民は、人として尊重される。
自民党改憲草案は「個人主義を助長してきた嫌いがあるので改める」として13条前段の「個人として尊重」を削除して、人として尊重にしてしまった。
しかし、「個人として尊重」するという個人の尊厳の理念は、一人ひとりの人間が人格的自律の存在として最大限に尊重されなければならないことを意味し、その価値を最大限尊重しつつ人の共生を可能とするような社会・国家の構成のあり方を考えようとする理論であり、憲法学では、そのような見地から各人には基本的な権利が保障されていると想定している。
これに対して「人の尊重」が意味するのは、(せいぜい道徳論であって)法的には当たり前のことでしかない。
3 「公益及び公の秩序」による基本的人権の大幅な制限
【日本国憲法】
12条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
13条(後段)
生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
【自民党草案】
12条(後段)
国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。
13条(後段)
生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。
現行憲法の「公共の福祉」が自民党草案13条「公益及び公の秩序に反しない限り、…最大限に尊重」になっており、これが今回の自民草案の最も危ない個所の一つになっている。
今の憲法学では、「公共の福祉」の内容としてまず考えられるのは、基本的人権相互の矛盾・衝突を公平に調整するという秩序である。たとえば、他人の名誉権やプライバシー権と両立する形で表現の自由は保障されているとか、工場は自分の財産だから財産権として保障されるが公害で他人の健康や生命を脅かしてはならない、というような権利同士の調整の原理を公共の福祉というのであって、逆に言うと、他人の人権が侵害されない場面ではある人の人権を制約することは許されない。
ところが、公の秩序だの公益だのを持ってくると、他人は迷惑を実質的には受けていないのに、人権の行使を制約することが認められてしまう。そして従来の人権制約根拠についての理解、人権の性格、内容から見た合憲性審査基準とはまったく異なった「公益」という抽象的な理由による人権制約を肯定することになってしまい、これは非常に危険である。
自民党は明治憲法の国が与えた人権に過ぎないという「国賦人権」思想に立脚して、法律があれば人権は制約できる=法律の範囲内でしか人権が保障されないということを狙っている。
あと、気になるところとして、以下のようなものがある。なんといっても個人の尊厳を削除したことと、公共の福祉を公の秩序及び公益にしてしまったインパクトは絶大である。
4 義務規定を多数新設
国旗及び国家尊重義務(草案3条2項)、領土・資源確保義務(草案9条の3)、個人情報不当取得等禁止義務(草案19条の2)、家族の助け合う義務(草案24条1項)、環境保全義務(草案25条の2)、地方自治に関する負担義務(草案92条2項)、緊急事態指示服従義務(99条3項)など
5 政教分離規定の緩和(草案20条3項)
6 「公益・公の秩序を害することを目的とした」活動・結社の禁止(草案21条2項)
7 家族条項(草案24条1項)
8 外国人の選挙権の禁止(草案15条3項)
9 公務員の労働基本権の制限を明文化(草案28条2項)
10 新しい人権をすべて権利とせず、国の責務としかしなかった