16日、水俣病の認定申請を棄却された女性2人の遺族が、水俣病と認定するよう求めた2件の訴訟の上告審判決で、最高裁は単独症状だけでも水俣病と認定されるとする判決を下しました。
判決は「感覚障害だけの患者がいないという科学的実証はない。他の症状との組み合わせがなくても認定の余地はある」と明確に述べ、現行の認定基準を批判しました。
政府は当初(1971年)「感覚障害などの主症状のうち一つがあり、メチル水銀汚染との因果関係が証明できれば水俣病と認める」とする認定基準を決めましが、認定申請者が急増すると1977年には「複数の症状の組み合わせが必要」と、極めて認定されることが困難な基準に変更しました。
認定基準に関しては2004年の関西訴訟最高裁判決でも、最新の医学的知見を基に感覚障害だけの被害者への賠償を認めましたが、行政側は「認定基準が明確に否定されたものではない」として見直しを拒否してきました。
過去の経緯を辿れば、行政側には膨大な水俣病患者を発生させた明確な責任があるにも係わらず、こうした不誠実な対応をしていることは許されません。
因みに世界最大の公害病といわれる水俣病は、熊本県水俣市のチッソ㈱アセトアルデヒド製造工程からの排水中に含まれていたメチル水銀が原因物質で、それを体内に取り込んだ魚介類を摂取することで摂取者の脳・神経が侵される悲惨な病気です。
それが公式に確認されたのは1956年で、翌々年には熊本大学がチッソから排出された有機水銀が原因だと解明しましたが、国、学界、チッソ、産業界が総がかりでその結論を否定しました(それは当時高度経済成長の基材となるアセトアルデヒドの生産体制を維持する必要があったからだといわれています)。※
※ 2月27日付「政府・環境省がまたしても水俣病で偽証工作」
その結果何も知らずに10年以上にもわたってそこの魚介類を摂取し続けた住民約6万人((乃至それ以上)が水俣病に罹患しました。
以下に熊本日日新聞と毎日新聞の社説を紹介します。
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【社説】 水俣病最高裁判決 大幅に救済対象広げる判断
熊本日日新聞 2013年04月17日
水俣病の認定申請を棄却された女性2人の遺族が、熊本県に水俣病と認定するよう求めた2件の訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷(寺田逸郎裁判長)は16日、水俣市の故溝口チエさんを水俣病と認めた福岡高裁判決を支持し、県の上告を棄却した。国が複数症状の組み合わせを求めている認定基準について、単独症状だけの水俣病を排除するものではないと指摘した。また、大阪府豊中市の女性を水俣病と認めなかった大阪高裁判決を破棄し、同高裁に審理を差し戻した。裁判官5人の全員一致の結論。
判決は、現行の認定基準においても救済対象を大幅に広げる判断を示しており、これまでの認定審査で水俣病被害を矮小化してきた国、県の行政姿勢を根本から厳しく問うたものともいえる。
■二つの水俣病
水俣病の認定基準をめぐって国は、1971年の旧環境事務次官通知で、感覚障害などの主症状のうち一つがあり、メチル水銀汚染との因果関係が証明できれば水俣病と認める判断を示していた。ところが、チッソとの補償協定締結を機に認定申請者が急増した後の77年、複数の症状の組み合わせを求める環境保健部長通知が出され、これが現行の認定基準として続いている。
これ以降、認定から外れた人による損害賠償請求訴訟が相次ぎ、最高裁は2004年の関西訴訟判決で国、県の行政責任を認めるとともに、最新の医学的知見を基に感覚障害だけの被害者への賠償を認めた。
しかし、行政側は「認定基準が明確に否定されたものではない」として、見直しを拒否。1995年の政治決着、2009年の水俣病特別措置法による未認定患者救済も水俣病患者とは明確に認めず、いわば「二つの水俣病」が併存する状況が続いていた。最高裁の判決は、こうした混迷状況に対して統一見解を出すものとなった。
■総合検討が必要
判決では、水俣病認定について「水俣病り患の有無という客観的事実を確認する行為で、行政の裁量に委ねられるべき性質のものでない」と断じ、「感覚障害だけの患者がいないという科学的実証はない。他の症状との組み合わせがなくても認定の余地はある」とした。その上でメチル水銀の影響や生活歴などを考慮する「総合検討」の必要性に言及し、溝口さんを水俣病と認めた福岡高裁判決を是認した。
これは、これまでの認定審査が、公正な被害救済を目指した公害健康被害補償法の趣旨から外れ、行政が恣意的な運用をしてきた結果、多くの被害者を救済の枠からふるい落としてきたことを指摘するものだろう。各種訴訟で、複数の症状の組み合わせを金科玉条とする認定審査を批判し、感覚障害だけの水俣病の存在を訴えて続けてきた被害者側の主張にも沿っている。
木に竹を継ぐ弥縫策でしのいできたこれまでのような政策はもう許されないのではないか。
■矮小化の行政正せ
蒲島郁夫知事は判決を受け、「速やかに認定する」とのコメントを出したが、個別ケースとしての処理ではなく、被害を矮小化してきた姿勢を正し、早急な認定審査の見直しに取り組むべきだ。
認定申請が認められていない政治決着や特措法による救済を選んだ人の中にも認定可能な人がいるはずだ。特に県は、水俣病被害者の代弁者としての責務を自覚し、国に対しても積極的な姿勢への転換を求めるべきだ。
10月に熊本で開かれる水銀条約外交会議で県は「水俣病問題の教訓を世界に発信する」としている。被害者の救済や実態把握さえ満足に行ってこなかった行政が発信する教訓とはいったい何なのか。教訓は被害と自らの誤りに真摯に向き合ってこそ得られる。水俣病問題は終わっていないと、あらためて訴えたい。
【社説】 水俣最高裁判決 国は認定基準を見直せ
毎日新聞 2013年04月17日
水俣病未認定患者の司法救済に広く道を開くことになった。
熊本県から水俣病と認められなかった女性2人の遺族が認定を求めた訴訟で、最高裁が水俣病と認める判断を示したのだ。1人については、水俣病と認定した福岡高裁判決を支持し県の上告を棄却、もう1人については認定しなかった大阪高裁判決を破棄し、審理を差し戻した。
判決は、水俣病の認定をめぐる行政の手法を事実上、否定した。
水俣病の主な症状は、手足のしびれや運動失調などだ。国は77年、感覚障害や視野狭さくなど複数の症状があった場合のみ水俣病患者と認める基準を策定した。県はその基準に従って症状が感覚障害だけだった原告2人の申請をはねつけた。
だが、最高裁は、認定に当たっては医学的判断や個々の患者の原因物質の暴露歴、生活歴など「多角的、総合的な見地」からの検討が必要だとした。その上で、「感覚障害のみの水俣病が存在しないという科学的な実証はない」と言い切った。
また、国の認定基準を全面的に否定はしなかったが、「複数の症状」にこだわるしゃくし定規な運用に強い警鐘を鳴らした。妥当な判断だ。
国は認定基準、あるいはその運用を抜本的に見直すべきだ。その上で、症状の重さなど被害の実態に応じて賠償の枠組みを整理し直すなど、従来の政策を転換すべきである。
水俣病患者の認定はこれまで2975人だ。未認定患者は司法に救済を求め、行政基準にとらわれない判決も相次いだ。最高裁は04年、排水規制を怠った国などの行政責任を認めた。その際、一つの症状で水俣病と認定した高裁の判断を支持し、事実上国の認定基準を否定した。
だが、国は基準を変えなかった。95年に未認定患者1万人以上に一時金260万円を支払う内容で政治決着を図ったのに続き、09年に特別措置法を制定し、一時金210万円の支払いで最終決着を目指した。
水俣病とは認定しないが、少額の賠償で一定の救済はしますよ、との姿勢に他ならない。
特措法の申請者は6万人以上に上った。申請すれば認定はあきらめねばならない。高齢を理由に苦渋の決断をした人も少なくないだろう。
だが、最高裁は今回、行政判断とは別に司法が水俣病かどうか個別判断していく姿勢を明確にした。今後、新たな訴訟も想定される。
水俣病は公式確認から56年が経過した。多くの患者が亡くなった。もはや行政対応の失敗は明らかだ。従来の姿勢の固持は人権上も許されない。弾力的な認定に切り替え、被害の実態調査もする。それが国への不信をぬぐう唯一の道だ。