第二次安倍政権は12年末に登場するや否や、総選挙で「生活保護費の1割カット」を公約に掲げたという理由だけで、殆ど根拠らしいものを示さないまま13年~15年に平均削減幅6.5%、最も大きい世帯で10%という過去最大の引き下げを強行しました。
この引き下げに対して全国29都道府県の生活保護利用者は減額の取り消しを求める集団訴訟を起こし、引き下げの違法性を訴えました。
これに対して2月10日、宮崎地裁で原告の5勝目となる引き下げ処分の取り消し判決が言い渡され、21年2月の大阪地裁での初勝利以降5例目の勝訴になりました。
これまで全部で14件の判決がありましたが、22年5月に熊本地裁で原告勝訴判決が出て以降直近の5回では原告側が4勝1敗となり、大きく情勢が変わりました。
大阪弁護団が、21年5月12日の福岡地裁判決、同年9月14日の京都地裁判決、同年11月25日の金沢地裁判決の3つの判決文において、「NHK受信料」を「NHK受診料」と誤記するという同じミスを見つけ、判決文の使いまわしの疑惑を追及したことも影響しているかもしれません。
しんぶん赤旗が「生活保護減額違法 国は反省し支給水準を上げよ」とする主張を出しました。
毎日新聞に(社)つくろい東京ファンド代表理事の稲葉剛氏の投稿文が載りましたので併せて紹介します。
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【主張】生活保護減額違法 国は反省し支給水準を上げよ
しんぶん赤旗 2023年2月21日
2013年に安倍晋三政権が決定した生活保護基準の引き下げを違法とし、取り消しを命じる判決が10日、宮崎地裁で出されました。当時の厚生労働相の判断は、裁量権の範囲を逸脱・乱用したものであり、生活保護法に違反すると断じました。
基準引き下げは生存権を保障した憲法25条に反するとして、29都道府県で約1000人が原告となって違法性を問う裁判をたたかっています。原告側が勝訴したのは、大阪、熊本、東京、横浜に続いて今回で5件目です。岸田文雄政権は判決を受け入れ、基準を引き下げ前の水準に戻すべきです。
原告側の勝訴は5件目に
安倍政権の生活保護基準引き下げは13~15年にかけて段階的に実施されました。生活保護費のうち、食費や光熱費などにあてる生活扶助の基準を3年間で平均6・5%、最大10%引き下げました。削減された総額は過去最大の約670億円にのぼり、利用世帯の96%に深刻な影響を与えました。
厚労省は、08年以降の物価下落で利用世帯の可処分所得が相対的・実質的に増加したため、「デフレ調整」のために基準を引き下げたなどと主張しました。
しかし、宮崎地裁判決は、可処分所得が増えていたかどうか外部の専門家の検討を経ていないことを問題視しました。また08年を物価下落の起点にしたことについても、消費実態が異なっていた可能性もあり「合理的な理由が示されていない」と指摘しました。
厚労省が物価下落の根拠にした指数の算定方法についても、生活保護利用世帯の可処分所得が影響を受けにくいテレビやパソコンの価格下落が過大に評価されているおそれを挙げ、利用世帯の消費実態を適切に反映していない可能性があると述べました。
「デフレ調整」の結果、圧倒的多数の利用世帯が減額となりました。判決は「その影響も重大」と強調しました。
宮崎地裁が「統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠いている」と「デフレ調整」を違法と結論付けたことは、政府の基準引き下げが、利用者の生活実態を無視した乱暴で恣意(しい)的なやり方だったことを改めて浮き彫りにしています。この判断は原告勝訴の5地裁判決の全てで共通しています。
政府は、司法判断を真摯(しんし)に受け止め、基準引き下げを根本から反省し、直ちに基準を元に戻す決断をしなければなりません。
宮崎の訴訟では14年の提訴後に原告1人が亡くなっています。小島清二裁判長は判決言い渡し後、「審理開始から長い期間を要したことで判決を受けることができなかった原告がいることは、一裁判官として遺憾に思っている」と述べました。国がこれ以上、裁判を引き延ばすことは許されません。
暮らしの土台支えてこそ
生活保護基準は、小中学生の就学援助、保育料減免など国民の暮らしの土台を支える約40の制度の基準にも連動しています。必要なのは急激な物価上昇に見合った保護基準の大幅な引き上げです。
ところが23年度予算案には、多くの生活保護利用世帯が実質削減になる基準改定が盛り込まれました。あまりに冷たい政治です。切実な願いに背を向ける岸田政権を終わらせるたたかいが急務です。
生活保護基準の引き下げ 相次ぐ行政の敗訴
毎日新聞 2023/2/20
貧困者支援に取り組む一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事の稲葉剛氏は毎日新聞政治プレミアに寄稿した。生活保護費の減額取り消しを求める行政訴訟で行政側の敗訴が相次いでいると指摘した。
【写真】シングルマザーが直面する「住まいの貧困」
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「この冬はなるべく暖房を使わないようにしている。寒い日は昼間でも布団をかぶって耐えしのいでいる」
「長年、自炊をしてきたが、最近はガス代が高いので、火を使って調理することをあきらめた。電気代も高いので、電子レンジも処分した」
「食費を浮かすため、週末には片道1時間以上かけて歩き、ホームレス支援団体の炊き出しに通っているが、もともと悪かった足が痛くなって、つらい」
いずれも今年になって私が聞いた生活保護を利用している高齢者の声である。昨年来の食料品やエネルギー価格の高騰は特に低所得者の家計に大きな影響を与えている。
本来、生活保護制度は国が全ての国民に保障する「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条)を具体化する仕組みであるが、現実にはこの冬、制度利用者が「寒さによる健康被害が起きないレベルの室温の中で暮らす」「温かい食事を取る」といった最低限の健康維持すら困難になってしまっている状況がこれらの声からはうかがわれる。
◇相次ぐ行政の敗訴
公的な制度を利用しながらも生活苦にあえぐ人々が出てきてしまう背景には、昨年来の物価高騰に加え、過去10年間、生活保護基準が下げられ続けてきた影響も大きい。特に2013年から15年にかけては、平均6.5%、最も削減幅の大きい世帯で10%という過去最大の引き下げが実施された。
本来、生活保護基準は、科学的な統計データに基づき、厚生労働省に設置された専門家による審議会の議論を踏まえて改定しなければならないことになっているが、13年1月の引き下げ決定は、その前月(12年12月)の衆院選で政権に復帰した自民党が政権公約に掲げていた「生活保護費の1割カット」という方針にのっとったものであった。国は科学的な根拠より政治的な思惑を優先させて引き下げを強行したのである。
ある意味、国が科学を軽視した決定を行ったことにより生活保護利用者の生活苦が人為的に生み出されたと言えるわけだが、それから10年がたち、国は司法の場で統計データをねじ曲げた経緯を暴かれ、責任を問われ続けている。生活保護費の減額取り消しを求める行政訴訟で負けが続いているのだ。
13年からの引き下げに対して、全国各地の生活保護利用者や私たち支援者は「前代未聞の引き下げには前代未聞の反撃を」という標語のもと、全国29都道府県で減額の取り消しを求める集団訴訟を提訴。「いのちのとりで裁判」と名付けられた裁判において、引き下げの違法性を問うてきた。
これまでに言い渡された14の地裁判決の結果は、原告側から見て5勝9敗となっている。勝率は3割5分を超えており、行政相手の訴訟としては異例の高さとなっている。
興味深いのは、ここ数カ月、原告の勝率が劇的に向上していることだ。
20年6月25日の名古屋地裁判決から22年5月13日の佐賀地裁判決までは、原告の1勝8敗(勝率1割1分1厘)となっており、原告が勝てたのは大阪地裁判決(21年2月22日)だけだった。
しかし、昨年5月25日に熊本地裁で原告勝訴判決が出て以降、直近の5回では原告側が4勝1敗(勝率8割)となっており、完全に形勢が逆転したように見える。「いのちのとりで裁判」の全国弁護団も「潮目は変わった」と見ている。
21年の春以降は原告が7連敗した時期もあったが、その間には司法への信頼を揺るがす問題も発生した。
◇判決文の「誤字までコピペ」
21年5月12日の福岡地裁判決、同年9月14日の京都地裁判決、同年11月25日の金沢地裁判決の三つの判決文において、「NHK受信料」を「NHK受診料」と誤記するという同じミスが見つかったのだ。これは各裁判所が他の裁判所の判決文をコピペしていたことを意味する。
「誤字までコピペ判決」の問題は、「いのちのとりで裁判」の大阪弁護団の副団長を務める小久保哲郎弁護士が各裁判所の判決文を精査する中で発見した。21年12月16日には信濃毎日新聞が「判決文『コピペ』か」というスクープ記事を出したことで世間にも知られることになった。
翌22年3月4日には階猛衆議院議員が衆院法務委員会でこの問題を取り上げ、最高裁長官代理の行政局長が「まさに国民の皆さまの疑念を生じさせる事態となったことについて、裁判所の信頼を揺るがしかねないものとして重く受け止める」と答弁するに至った。
この「誤字までコピペ判決」の発覚と「潮目が変わった」ことの関連はわからないが、コピペ判決の問題が国会でも追及されたことで、「いのちのとりで裁判」を担当する裁判官がより慎重に判決文を書くようになった(本来、当たり前のことだが)のは間違いないだろう。
◇異例の所感
今年2月10日には宮崎地裁(小島清二裁判長)で、原告の5勝目となる引き下げ処分の取り消し判決が言い渡された。
判決は、厚労省が引き下げの主たる根拠として主張してきた「デフレ調整(物価考慮)」について、生活保護基準部会等における専門的知見による検証・検討が行われていないこと、特に物価の高かった08年を起点とする合理的理由が示されていないこと、生活保護利用者が購入する機会が少ないテレビやパソコンの物価下落による影響を過大に評価した可能性があることなどから、「統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠くといわざるを得ない」と断罪した。
宮崎地裁判決が指摘している国の主張の問題点は、原告が勝訴した他の判決の指摘とほぼ共通している。13年の基準引き下げを正当化できる科学的な根拠は存在しない、という認識は司法関係者の間でもかなり広がってきているものと思われる。
週明けの2月13日には宮崎訴訟の弁護団が上京し、厚労省に対して緊急の要請を行った。私も参加した緊急要請では、厚労省が被告の宮崎市に対して控訴しないように指導し、引き下げ前の基準に戻した上で生活保護利用者に謝罪すること、今後の基準見直しにあたっては透明性が確保された再検証可能な手法を用い、利用者の意見が反映される仕組みを作ることなどを求めた。
宮崎訴訟は14年に4人の原告でスタートしたが、70代の原告男性は判決の日を待たずに亡くなられた。
10日の宮崎地裁判決の際、小島裁判長は判決文読み上げの後、原告の一人が亡くなっている点に触れ、「審理開始から長い期間を要したことで判決を受けることができなかった原告がいることは一裁判官として遺憾に思っている」と異例の所感を述べた。
宮崎の弁護団長の後藤好成弁護士は、厚労省の担当者との話し合いの場において、この裁判長のコメントに言及し、「厚労省に同じような気持ちがあれば、控訴すべきでない」と迫ったが、担当者は「宮崎市や関係省庁と対応を協議する」と繰り返すだけであった。
今年は3月に青森、和歌山、埼玉、4月に奈良、大津、千葉、5月に静岡の各地裁で判決が出ることがすでに予定されている。4月14日には大阪高裁で初の控訴審判決が言い渡される予定だ。引き続き、「いのちのとりで裁判」にご注目をお願いしたい。