2025年8月7日木曜日

07- 仏発ニュース19 フランスの「パレスチナ国家承認」は本物か?

 土田修氏が掲題の記事(連載No19)を載せました。
 今回は、マクロン仏大統領が「9月の国連総会でパレスチナ国家として承認する」と述べたことを巡る背景等について解説されています。
 フランスは7月のヴァカンス・シーズンに入ると国民議会は閉会し、議員の多くは自分の選挙区に帰り政治的案件はすべてストップするとうことです。そのヴァカンス真っ最中の24日、マクロン仏大統領はパレスチナ国家を9月の国連総会で承認する」ことを発表し、それからわずか数日のうちにスターマー英首相、カーニー加首相らがパレスチナ国家を承認する」意向を明らかにしました。
 マクロン氏が決断した背景にはネタニヤフ首相がガザ地区で飢餓を引き起こしヨルダン川西岸地区の併合を加速させている現状に対する憤りがありました。元々、マクロン氏とネタニヤフ首相は「険悪な関係」といわれてきましたが、今回のパレスチナ国家承認の約束によってイスラエルの外交関係は引き返せない地点に達しました。
 トランプ米大統領はカナダに対して「これでは通商協定の締結が非常に困難になるだろう」と警告しまし。しかしトランプ氏7月下旬にスターマー首相と会談した際、「ガザの飢餓が深刻な水準に達している」との認識で一致していたということでフィナンシャル・タイムズ紙のインタビューでは「米国民はイスラエルを嫌い始めている」と発言しています。
 またネタニヤフ首相「ガザに飢餓はない」と主張したことに対しては、「我々は飢餓を目撃しており偽装できない現実だ」と一蹴た上で、欧州などの協力を得てガザ地区に複数の食料配給センターを設置する方針を明らかにしています

 マクロン氏がヴァカンス・シーズンを選んで「パレスチナ国家承認」に言及した背景には、極右勢力が台頭中であるという事情があると思われます。遅きに失したとはいえ、この正しい決断は貫かれるべきです。
 G7中3カ国のパレスチナ国家の承認は余りにも遅まきですが、それでも「米国追随から脱するチャンスになっています。他の4カ国はどうするのでしょうか。
 残念ながら日本政府は相変わらず従属的な姿勢を変えることはなさそうです。
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フランス発・グローバルニュースNO.19  フランスの「パレスチナ国家承認」は本物か?
                       レイバーネット日本 2025-8-05
                             土田修 2025-8-05
                        ジャーナリスト、元東京新聞記者
 フランスは7月のヴァカンス・シーズンに入ると、人々が南へ西へと雪崩うって移動するためパリ市内のフランス国鉄(SNCF)の最寄り駅は連日、満員電車のように大混雑している。国民議会は閉会し、議員の多くは自分の選挙区に帰っており、政治的案件はすべてストップしている。こんなヴァカンス真っ最中の24日、エマニュエル・マクロン大統領はパレスチナ国家を承認するという約束を発表した。正式発表は9月の国連総会でのことだが、マクロン氏が切った中東外交の切り札は国際世論に大きな波紋を投げかけている。
 このフランスの発表後、わずか数日のうちに、英国のキア・スターマー首相、カナダのマーク・カーニー首相、ポルトガルのルイス・モンテネグロ首相がマクロン氏の後に続いた。これでG7内ではフランス・英国・カナダの3カ国だが、スペイン、アイルランド、ノルウェーといった欧州諸国を含む世界152カ国が「パレスチナ国家」を承認することになる。エリゼ宮(フランス大統領府)では「確実にダイナミックが生まれている」と喜びの声が上がった(7月4日付日刊紙ル・モンド)。

 マクロン氏はパレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長宛の書簡の中に「道義的義務」と書いたが、背景にベンヤミン・ネタニヤフ首相のイスラエル政府がガザ地区で飢饉を引き起こし、ヨルダン川西岸地区の併合を加速させているという現状に対する憤りがあった。ヨルダン川西岸地区でのユダヤ人入植者による犯罪行為、骨と皮になったガザの子供たちの映像、イスラエルによる人道支援物資の搬入妨害によって引き起こされた深刻な栄養失調に関するNGOの警告——次々に明らかになったイスラエルによる残虐行為が国際世論に訴えかけた(同紙)。
 アメリカのドナルド・トランプ大統領はカナダに対して「これでは通商協定の締結が非常に困難になるだろ」と自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」で警告を発したが(7月30日付)、その一方でフィナンシャル・タイムズ紙(同)のインタビューに「私の国民はイスラエルを嫌い始めている」と発言している。どうやらトランプ氏は自らの支持基盤だけでなく、アメリカの国民の多くが次第にネタニヤフ政権から距離をとりつつあることに気付いているようだ。
 実は、英国がパレスチナ国家承認の方針を打ち出すことができたのは、裏でトランプ大統領の同意を得ていたからだ。トランプ氏は7月下旬にロンドンでスターマー首相と会談した際、「ガザの飢餓が深刻な水準に達している」との認識で一致していた(7月30日付朝日新聞)。ネタニヤフ首相は「ガザに飢餓はない」と主張していたが、トランプ氏が「我々はそれ(飢餓)を目撃しており、偽装できない現実だ」とネタニヤフ首相の主張を否定していた。トランプ氏は「ガザの人道支援に取り組む必要がある」と強調、欧州などの協力を得てガザ地区に複数の食料配給センターを設置する方針を明らかにしている。

 いずれにせよ、G7の7カ国中3カ国がパレスチナ国家承認に向かうことになった。「英仏カナダのパレスチナ国家承認は遅すぎる。間もなくガザは廃墟になってしまう。ただのパフォーマンスだ」との批判もあるが、G7の残る4カ国はどうするのだろう? カナダのように米国追随から脱するチャンスなのだが、日本政府は相変わらず従属的な姿勢をを変えることはなさそうだ
 マクロン氏の約束に対し、サウジアラビアなどアラブ諸国からは称賛の声が上がったが、イスラエルと米国からは非難声明が発せられた。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は「パレスチナの完全消滅」を狙ってガザ地区での軍事作戦(虐殺)を続行している。そのネタニヤフ首相は「(イスラム組織)ハマスの凶悪なテロ行為に報酬を与えるものだ」「この決定はイスラエルの安全保障を損ない、国家の存立を危機にさらす」と表明し、怒りをあらわにしている。「さらに一歩踏みだすのならフランスに報復する」と脅迫している。元々、マクロン氏とネタニヤフ首相は「険悪な関係」といわれてきたが、今回のパレスチナ国家承認の約束によって「フランスとイスラエルの外交関係は引き返せない地点に達した」(7月25日付ヌーベル・オプス誌)とされる。

「ニ国家解決」がフランス外交の基礎
 ヌーベル・オプス誌はフランスの約束について「G7及び国連安保理常任国の中で初めて『ガラスの天井を破った国』になった」と評し、「二〇二〇年のアブラハム合意のようにパレスチナ問題を解決しないままイスラエルとアラブ諸国の関係正常化を進めてきた米・イスラエルの戦略を突き崩すものだ」と書いた。
 フランス政府の発表は「奇襲作戦」といわれたが、実は数カ月前から入念に計画されたものだった。マクロン氏が4月にエジプトを訪問した際に「パレスチナ国家の承認に向かうべきだ。数カ月以内にわれわれは踏みだす」と発言していた。さらに、マクロン氏はサウジアラビアと緊密に協力しながら「二国家解決」に向けた大規模な国際会議を六月一七日にニューヨークで開催する準備をしていた(同誌)。
 それに対し、米国とイスラエルが妨害工作を行っていた。米国は国際会議に参加する諸国にパレスチナ国家の承認に向かわないように働きかけた。イスラエルは六月一三日にイランを先制攻撃し、一二日間に及ぶ紛争を引き起こした。このため、フランスとサウジアラビアが主導する国際会議の開催は見送られた。だが、両国はあきらめることなく、共同議長国となって、七月二八、二九日にニューヨークの国連総会で「二国家解決」をめぐる国際会議を開催した。イスラエルと米国は出席を拒んだ

 「パレスチナ国家承認」は一九六七年の第三次中東戦争でイスラエルが勝利して以来、フランス政府の外交政策になった。当時、「パレスチナ寄り」だったシャルル・ドゴール大統領はイスラエルを非難し、「イスラエル承認」と引き換えに、イスラエルが占領した地域からの撤退と「パレスチナ国家承認」という「二重承認」を提唱した。この原則が「二国家解決」という形で、その後のフランス外交の基礎になった。
 マクロン氏の「奇襲作戦」に対し、フランス国内では「世論の主導権を取り戻すための広報戦略だ」という辛辣な見方が流布している。マクロン政権の屋台骨である内務大臣ブリュノ・ルタイヨー氏がマクロン批判を開始しているからだ。ルタイヨー氏は共和党(LR)の党首でもあり、二〇二七年の大統領選挙への出馬をほのめかしている。
 彼はある雑誌のインタビューに「マクロニズムは運動でもイデオロギーでもない。一人の男(マクロン氏)に依存しているだけだ。マクロニズムはマクロン氏とともに終わる」と発言し、与党ルネサンスの議員から批判を浴びた。それに対し、ルタイヨー氏は「右派の立場を政府内で貫く」と一歩も譲らず、右派系議員から称賛の声が上がっている。問題は、同氏のインタビューを掲載したのは、移民排斥や「グレイト・リプレイスメント(大置換)」論を扱う極右系雑誌だったことだ。
 「大置換」論というのは、イスラム世界からの大規模な移民によって白人系のヨーロッパ住民が統計的、文化的に置き換えられるというもので、フランスの作家ルノー・カミュが提唱した。この白人至上主義の極右思想は「イスラム恐怖症」に基づく一種の陰謀論なのだが、欧米の民主主義に反対する人々に広く浸透している。2019年3月にニュージーランド南部の都市クライストチャーチのモスクで51人が死亡する銃乱射事件が起きたが、事件の容疑者は犯行前に「大置換」の宣言書をネット上で公開していた。
 ルタイヨー氏はこうした思想を共有している人物で、極右政党「国民連合(RN)」とともに、両親が外国人であってもフランスで生まれた子供は一定の条件を満たせばフランス国籍を取得できる「出生地主義」に反対している。トランプ氏が大統領就任演説の中でアメリカでも「出生地主義を廃止する意向」を示していることと相通じている。ルタイヨー氏が代表を務める「共和党(LR)」は、マクロン氏の「パレスチナ国家承認」の約束を「マクロン主義の終焉がささやかれる流れに〝火消しの対抗策を打っただけだ」と極めて否定的な見解を発表している。

 フランス国内でネタニヤフ政権への支援を正式に表明し、反ユダヤ主義に抗議するデモンストレーションの先頭に立ったRNの前党首マリーヌ・ルペン氏は「ユダヤ人社会の守護神」といわれる、マクロン氏の「パレスチナ国家承認」の約束について、彼女は「ハマスというテロ組織への贈り物だ」と厳しく批判している。国民議会内の右派であるLRとRNは2027年の大統領選挙に向けて、新しい政治の流れを作るのに躍起になってる。
 一方、左派の「不服従のフランス(LFI)」のジャン=リュック・メランション氏は大統領が本当に行動に移す意思があるのかを疑問視するが、マクロン氏の約束を「道義的勝利だ」と評価している。フランス社会党の第一書記オリヴィエ・フォール氏は「フランスの決定はイスラエルの歴史的同盟国に方針転換を促し、平和へと進む推進力になるはずだ」と絶賛する。左派はマクロン氏が切ったカードを前向きにとらえることで自らの存在価値を低下させている。

交渉相手はアッバス氏という詐術
 だが、フランス、英国、カナダの三カ国の「パレスチナ国家承認」には根本的な問題が存在する。いずれもパレスチナ自治政府に向けられたものであり、パレスチナの非軍事化とイスラム組織ハマスの排除を前提としているからだ。フランス政府はエルサレム総領事を、ヨルダン川西岸地区のマフムード・アッバス議長のもとへ送り、大統領の書簡を手渡した。
 その際、アッバス議長の顔に何の感情も浮かんでいなかったと日刊紙ル・モンド(7月26日付)は報じている。それがどのような意味を持つのかはわからない。ネタニヤフ政権に従順なアッバス氏は、ヨルダン川西岸地区で暴力的に進むユダヤ人による入植にも、イスラエルが「パレスチナの完全消滅」をめざして軍事作戦を続けているガザ地区の悲惨な現状にも目を閉ざしている89歳と高齢のアッバス氏が今後、どのような発言をするのかにも注目したい。
 問題はイスラエルも西側諸国も、イスラム抵抗運動組織のハマスを「テロリスト」と決めつけ、正式な交渉相手として認めていないことにある。二〇〇六年一月のパレスチナ自治評議会の選挙で勝利したのはハマスだ。ムスリム同胞団のパレスチナ地区組織として出発し、社会福祉や医療、教育に関する地域活動に熱心なハマスがパレスチナを代表する正当な政体なのだ。

 だが、相次いで「パレスチナ国家承認」の外交カードを切ろうとしている国々は「ハマスの非武装化」を求めており、9月の国連総会向けの最終声明にも「ハマスはガザでの役割を終えるべきだ」という文言が入っている。「パレスチナ国家承認はハマスへの報酬だ」とするネタニヤフ政権の非難を避けるためだ。
 歴史的にパレスチナ問題に責任のあるフランスと英国が「パレスチナ国家承認」のカードを切った理由に「イスラエルに圧力をかける」ことを挙げているが、汚職体質でパレスチナ住民の支持を失っているアッバス氏を相手にしていては、真の「パレスチナ国家承認」とはいえない
 フランスは自国のイニシアティヴが影響力のある国々の支持を得たことで、9月の国連総会においてイスラエルとその同盟国であるアメリカに対する圧力を高める効果があると確信している。だが、パレスチナ住民の自主独立と国家主権の障害となってきたのは、パレスチナ人の民意を無視してきた西欧的価値観のなせるわざだったのではないか。パレスチナ人が求める「パレスチナ国家」を建設するため、各国政府が公正で実効的な政策を遂行するよう、われわれ市民が声を上げ、見守るしかない。