2025年8月23日土曜日

排外主義台頭と憲法生かす政治 軍拡・改憲阻み暮らしを守る運動を

 先の参院選では、自民・公明両党が衆参両院で過半数割れする一方、極右排外主義の潮流が台頭しました。現在の政治状況をどう見るか、その中で平和と民主主義を支えてきた日本国憲法の役割は何か、しんぶん赤旗が一橋大学名誉教授の渡辺治さんに聞きました。
 渡辺さんは、参院選の結果 参政と国民民主の増加で改憲発議に必要な3分の2の議席を上回ったことで明文改憲は新たな局面に入ったとして、憲法審査会を監視し、参政はじめ改憲派の発言を批判する市民の運動がより重要になり、軍拡・改憲問題が当面の大きな対決点になったと述べます。
 米国は中国脅威論をあおり「台湾有事」の際には日本が対中戦争尖兵になることを構想しています。しかし「台湾有事」を強調するのは米国のみで、当事者の中国も台湾もそんな考えは持っていません。

 渡辺氏は、軍事力強化は決して戦争の抑止にはならず、憲法にもとづく平和外交こそが必要で、「台湾有事」に対しては 日本は集団的自衛権を行使しない 米国に加担しないと宣言することが、戦争抑止の第一歩になると述べます。
 そのために自公政治を変える市民と立憲野党の共闘の強化を急ぐべきで、共闘勢力が早くから共同の集会、行動で発信を強めることで、新旧の新自由主義政治と戦争体制づくりという二つの悪政の危険性とその克服を国民的争点にしていくことができると指摘し、いまは「運動と共闘を広げる時あると強調します。
           ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2025焦点・論点 戦後80 
排外主義台頭と憲法生かす政治  一橋大学名誉教授(政治学) 渡辺 治さん
                       しんぶん赤旗 2025年8月21日
「新自由主義否定」叫ぶ新自由主義 軍拡・改憲阻み暮らしを守る運動を
 戦後80年の今、自民・公明両党が衆参両院で過半数割れする一方、極右排外主義の潮流が台頭しています。現在の政治状況をどう見るか、その中で平和と民主主義を支えてきた日本国憲法の役割は何か、一橋大学名誉教授の渡辺治さん(政治学)に聞きました。(伊藤紀夫)

      わたなべ・おさむ
         1947年東京都生まれ。一橋大学名誉教授。「九条の会」事務局。
        東京大学社会科学研究所助教授、一橋大学教授、同大学院社会学研究科長・
        社会学部長、日本民主法律家協会理事長を歴任。著書に『日本国憲法「改
        正」史』『「平成」の天皇と現代』『渡辺治著作集』(16巻)など多数。

―参院選の結果について、どう見ますか。
 参院選では、自公政権が長年強行してきた大企業優先・福祉削減の新自由主義政治と日米軍事同盟強化による軍拡・改憲政治の2本柱をどうするかが問われなければなりませんでした
 新自由主義政治については、それが引き起こした暮らしの困難物価高対策として消費税減税をするか否かが争点となり、税率維持にこだわる自公政治の破綻があらわになりました。しかし、同じ消費税減税を唱える政党でも日本共産党や社民党など立憲野党と国民民主党、日本維新の会、参政党との間では新自由主義の克服か維持かをめぐり根本的対立があることは明らかにはなりませんでした
 軍拡・改憲政治の是非という、もう一つの大論点については、それを訴えたのが日本共産党などごく少数にとどまったため争点とならず、国民民主、参政、維新などが自公と同じ軍拡、改憲勢力だということも明らかになりませんでした。
 この両方の要因が相まって、自公は大敗しましたが、国民民主と参政が躍進する結果を招きました。

―国民民主や参政が伸びた要因は何でしょうか。
 自公政権が強行した新自由主義は、リストラ・非正規化、社会保障切り捨てにより貧困と格差、経済の停滞、地方の衰退という危機を生み出しました。国民民主や参政は、その深刻な矛盾に乗じて、参政の「日本人ファースト」に見られるように、日本経済の復活、強い日本の回復を掲げ、新自由主義政治で苦しめられている人びと、特に現役層や政治に無関心だった層の支持を獲得したのです。
 しかし、これらの政党は新自由主義の害悪を訴えながら、その克服には不可欠の大企業への負担・規制には口をつぐみ、代わりに医療・社会保障費のさらなる削減を主張しています。大衆薬(OTC類似薬)の保険外し、病床の削減、病院つぶしなどです。参政に至っては終末期の延命措置医療費は全額自己負担しろとまで唱えています。「新自由主義の否定を叫ぶ新手の新自由主義」と言えます。
 注目すべきは参政が新手の新自由主義党の一つであるにとどまらず、民主主義体制の改変を目指すファッショ的政党としての性格も有している点です。特徴的なのはうそやデマ、誇張を駆使して、高齢者や外国人、さまざまなマイノリティーを、日本を停滞に導いた「敵」に仕立て上げ、SNSを通じて困難を抱える人びとを動員する手法です。これはナチスやトランプ米大統領の手法の模倣です。

―参政の「新日本憲法(構想案)」には戦前回帰の極右思想が表れています。
 参政の目指す社会像は、天皇主義といい、過去の侵略戦争の正当化といい、古い右翼の言説の引き写しです。日本の右翼は、ヨーロッパの右翼党と違い、新自由主義の害悪に無関心であるため、大衆の支持を得られませんでしたが、参政は、それに反グローバリズムという新たな衣装をまとうことで躍進したのです。
 その「創憲」論も、憲法を占領軍の日本弱体化政策の産物とし、白紙からの書き換えを求めた安倍晋三元首相の引き写しです。
 戦後、70近い改憲案が出ましたが、国民の平和と民主主義への強い希求を忖度(そんたく)して、国民主権を否定したり人権条項を欠いたりした案はほとんどなく、いずれの案も何らかの形で「平和主義」に言及しています。
 自民や国民民主のような改憲政党ですら、その政権公約では日本国憲法の「国民主権」「人権保障」「平和主義」の3原理を「堅持」し守ることを謳(うた)っています。ところが、参政の改憲案には国民主権も人権保障も平和主義もありません。「戦後」を公然と否定した戦後初めての改憲案です。

―大軍拡のための改憲の動きに警戒が必要ですね。
 参院選の結果、軍拡、改憲を目指す勢力は自公の議席減にもかかわらず、参政、国民民主の増加で改憲発議に必要な3分の2の議席を上回りました。憲法審査会の議論にも変化が表れるでしょう。他方、参院での自公過半数割れの結果、憲法審査会会長も立憲民主党になり、その運営には影響が出ると思われます。
 明文改憲は新たな局面に入りました。憲法審査会を監視し、参政はじめ改憲派の発言を批判する市民の運動が重要です。
 問題は、実質改憲の動きです。石破茂政権がどうなろうと、自公政権はこの秋、米国の要求に応えるためにも、維新や国民、参政も巻き込んで米国製兵器の購入をはじめとする大軍拡、全国の基地強化など戦争体制づくり、日米共同作戦体制づくりを加速するでしょう。参院選では争点にできなかった軍拡・改憲問題を当面の大きな対決点にしなければなりません

―憲法の果たしてきた役割が大事な情勢ですね。
 戦後80年、自民党政治のもとで、日米安保条約による米軍駐留、沖縄への米軍基地集中、自衛隊の肥大化など、憲法9条の理念は一度も実現を見たことはありません。にもかかわらず戦後日本が侵略もせず侵略もされないで「戦争しない80年」を維持してきたのは、6度にわたる改憲策動を阻んで憲法を維持してきた運動の力に他なりません。集団的自衛権行使の禁止という制約により米国の侵略戦争に武力で加担しなかったことをはじめ、9条による自衛隊への制約と市民の運動が「戦争する国づくり」を阻んできた結果です。
 中国脅威論・「台湾有事」をあおり、この「戦争しない80年」を壊そうとしているのが、現在進行中の大軍拡、改憲です
 しかし、改憲・軍拡で戦争を止められないのは、世界を見れば明らかです。脅威をあおる軍事力強化の道ではなく、憲法にもとづく平和外交こそ必要です。その第一歩は「台湾有事」に日本は集団的自衛権を行使しない、米国に加担しないと宣言することです。それは、アジアや世界への強いメッセージとなるばかりか、日本を拠点とする米国の対中軍事介入を困難にさせます。これこそ憲法を持つ日本の責任でもあります。

―積年の自民党政治による危機を打開するたたかいについてどう考えますか。
 原点に立ち戻ることです。私たちは市民の運動で改憲を阻止し戦争する国づくりを遅らせ、医療制度改悪を阻止し皆保険制度を守ってきました。日本が大きな岐路に立つ今こそ、自公と補完勢力が狙う、新旧の新自由主義政治と戦争体制づくりという二つの悪政に反対する市民の運動を起こすことが求められています

 そのためにも、自公政治を変える市民と立憲野党の共闘の強化を急ぐことです。共闘勢力が早くから共同の集会、行動で発信を強めることで、二つの悪政の危険性とその克服を国民的争点にしていくことができます。運動と共闘を広げる時です