2025年8月11日月曜日

これはアメリカ帝国の終焉の始まりか?(賀茂川耕助氏)

 海外記事を紹介する耕助のブログに掲題の記事が載りました。
 歴史学者ニーアル・ファーガソンは2月に発表した論文で「ファーガソンの法則」を提唱したということですそれは「ハプスブルク帝国から大英帝国まで歴史を遡ると帝国は債務の利払いに軍事費よりも多くの金を使い始めた時に衰退し始める」というもので、米国はほぼ1世紀ぶりにそのラインを越えました。
帝国はこのラインを越えて回復することもあるが、(それは例外で)債務返済費が軍事費を上回った状態が続けば、帝国は終わるというのが彼の提唱する命題です。
 インタビュー相手のピーター・ハートチャーは、「米国は依然として非常に強力な軍事力を持っているが、もはやそれを効果的または賢明に行使する意志力や判断力を持っていないようだ」と述べています。
 いまのイスラエルべったりのトランプの態度を見ると、とても世界から信頼される「賢明」さを持つ人物とは思えません。日本の政府も考え直すべきです。
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これはアメリカ帝国の終焉の始まりか?
                   耕助のブログNo. 2617 2025年8月8日
   ピーター・ハートチャーのインタビュー   by Samantha-Selinger Morris
アメリカの国家債務は制御不能な状態に陥っており、現在、驚異的な362兆ドルに達し、急速に増加している。なぜこれがあなたに関係あるのか?国際政治ジャーナリストのピーター・ハートチャーがサマンサ・セリンガー・モリスと共にこの加速する債務が衰退する帝国を意味する理由を説明する。

サマンサ: アメリカの超大国としての地位が衰退すること自体、なぜ問題なのか?具体的なリスクは?
ピーター:まず指摘すべきは、私たちが「正常」だと思っている世界のほぼ全てが正常ではないということだ。第二次大戦後の安定と繁栄は歴史的にみても異常だった。なぜかというと、安定を強制する力と意志を持つ支配的覇権国(米国)なしには世界は不安定化する、というものだったからだ。「でもすでに世界は不安定ではないか」とあなたは言うかもしれないが、過去の不安定は常に抑えられていた。

トランプ以前、オバマ大統領時代にアメリカの戦略的信用は失墜し始めていた。彼はシリア大統領に化学兵器の使用を警告しながら何もしなかった。世界中の独裁者はこれを見ていた。だからプーチンはクリミア侵攻を敢行した。アメリカの「意志と能力」が失われたと判断したからだ。この傾向が加速し、ウクライナ全面戦争や欧州への脅威に繋がった。アメリカの覇権が弱まればこうした紛争はより頻発・拡大するだろう。

サマンサ:では繁栄への影響は?
ピーター:深刻だ。例を挙げるとWTO(世界貿易機関)はアメリカが冷戦後に設立した統一ルールのシステムだが、2000年、クリントン大統領が「中国をシステムに組み込もう」と決断した。これが中国経済の離陸を加速させた。中国自身の努力もあるが、アメリカが構築・維持したシステムへのアクセスが決定的要因だった。今、トランプがこのシステムを破壊している。

結局のところ本質はこうだ。世界の市場や政府を震撼させている貿易をめぐる狂騒と不安定さとは全く別の問題が今まさに浮上している。それはアメリカが政府の赤字を賄うために膨大な借金をしていることであり、世界の市場は「この債務が果たして返済されるのか?」という疑問に直面する段階に来ている。これは大きな問題だ。もちろんアメリカ自身にとって大きな問題なのは言うまでもない。デフォルト(債務不履行)を余儀なくされれば、それは世界で数十カ国が経験してきたことに過ぎない。しかし世界金融システムの中心国がデフォルトするとなれば、それは我々全員の問題となる

米国財務省債券は、世界の金融システム全体が依存し取引の基盤としている「リスクフリーの資産」だ。もしそれへの信頼が揺らげば世界的な市場の大混乱が起こり、その結果は予測不可能だ。おそらく良い結果は一つもないだろう。そして今、我々はまさにその瀬戸際に立っている。その原因は、歴代米国大統領による無謀な借金の積み重ねであり、トランプ大統領が望む通り上院で新法案を通過させれば、それを刺激し加速させることになる。

サマンサ:トランプのいわゆる「ビッグで美しい法案」(big beautiful bill”)について。こんな醜い法案をそう呼べるのはトランプくらいだろう。その前に、アメリカ経済で今何が起きているかを物語るような二つの新たな頭字語について説明してほしい。
ピーター:これらの頭字語はこの1ヶ月で生まれたものだ。最初の一つは「TACO」。これは「トランプは必ず臆病になって逃げだすTrump Always Chickens Out)」を意味する。これは関税だけでなく、他国との対峙や脅し全般を指している。彼にはもはや全く信頼性がなく、TACOがその本質を捉えている。二つ目の頭字語は、投資家が世界の選択肢を見渡した時に資金をどこに置きたいかを表す「ABUSA」。これは「アメリカ以外ならどこでもAnywhere But USA)」を意味する。

サマンサ:あなたはトランプが米国にとって真にユニークな力の源泉、おそらく最も重要なもの、を明け渡そうとしている瀬戸際にいると書いている。それはアメリカの「完全な信用」、つまり安く借り入れ、湯水のように使い、世界の基軸通貨を発行するという「過分の特権」を享受する能力だ。アメリカが「世界の基軸通貨」としての地位を失うことの重要性は何なのか?
ピーター:それはアメリカにとって極めて重要だった。なぜなら彼らは自国通貨でどんな取引も行うことができるからだ。現在、彼らはGDPの78%にも及ぶ莫大な赤字(財政赤字)を抱えている。これは年間予算においても全く均衡を欠いており、さらに拡大する恐れさえある。しかし彼らはこれを容易にファイナンスできる。なぜなら自国通貨で行えるからだ。資金調達ができないリスク、通貨が暴落するリスク、赤字を補う十分な外国投資を呼び込めないリスク——それらは全て自国通貨で行うことによって軽減される。

さらに、世界中が彼らの通貨で取引しているという利点もある。だからアメリカの企業や旅行者などにとって、全てがスムーズで簡単で便利なのだ。為替レートやその他の心配をする必要はない。全てが米ドル建てで行われる。これは他の国々にもある程度の利益をもたらしてきた。世界の商品取引全体、我々の鉄鉱石や石炭の輸出、その他全てが米ドル建てで行われている。それは世界システム全体の潤滑油となっているのだ。
もしこの地位が失われると、世界は苦しむが適応は可能だろう。しかしアメリカこそが最大の被害者となる

サマンサ:基軸通貨が米ドルでなくなったらアメリカには何が起こるのか?
ピーター アメリカは赤字財政の資金調達に苦労するだろう。実際、もし現在の消費水準をファイナンスできなくなれば、少なくとも不況を引き起こす可能性が高い。おそらくそれ以上に、秩序を欠いたより深刻な経済混乱が全土に広がる恐れがある。そしてそのリスクは世界の経済活動と金融活動の大部分を巻き込み、共に沈めることになりかねない。

我々は日々のニュースで、帝国の崩壊を目撃しているのだ。第二次世界大戦以降、巨人のように世界に君臨してきたアメリカ帝国の終焉を。それは今、終わりを迎えようとしている。ドナルド・トランプはそれを加速させている。我々が話しているこれらの展開は、日々、このより大きな衰退パターンの中の細部なのだ。マーク・トウェインの死の例えのように、アメリカ帝国の死は過30年、何度も誇張され、宣言されてきたが、決して実現しなかった。しかし今、「それは起こらない」と主張できる者はほとんどいないだろう。

サマンサ: 先ほど触れたトランプの「ビッグで美しい法案」について、この法案がなぜ「財政的破壊行為」と呼ばれ、我々の議論に貢献、あるいは悪化させるのだろうか?
ピーター: 悪化させるだろう。国内政治的にはそれだけで十分醜いこの「醜く大きな法案」は、今後10年間で貧困層の政府給付を約1兆ドル削減する。主にフードスタンプ(明らかに食料を買えない人々への支援)と、最貧層約8000万~8500万人への無料健康保険プログラムであるメディケイド(条件を満たす人たちへの医療費補助)だ。この法案下では、そのうち900万人が給付資格を失う

これらの最貧困層への基本的な支援プログラムへの削減を全て合わせて、予算は1兆ドル「節約」される。そしてトランプと、この法案をまとめた下院はこう言う——「でも、我々が本当に気にかけるものには3兆ドルを使いたい。だから貧しい人々のことは心配するな」。そして資金は主にトランプが2017年に導入した減税措置の延長に充てられるのだ。それらは高所得者と企業を対象にしたもので、期限切れ間近だ。

サマンサ:つまりこれは貧者から富者への再分配…「逆ロビンフッド(anti-Robin Hood)」シナリオということか。
ピーター そう、ノッティンガムの保安官のようだ。これはアメリカの問題だが、これが我々(世界)に影響する点は、この法案が今後10年間で連邦債務に3兆~4兆ドル(最終的な法案の形による)を追加することだ。投資家は既にこう言い始めている——「お前たちの債務はGDP比122%でもう多すぎるのに、こんなことをしようとしている。それに、お前たちがいつも発表するこのクレイジーで不安定な政策を見ろよ」と。

サマンサ: 米ドルと米国債の売り浴びせが発生しているということか?
ピーター: そうだ。いわゆる「解放の日(liberation day)」である4月2日以降、かなりのペースで米ドルと米国債の売り浴びせが続いている。これは何を意味するか? 投資家が米国債を売却しているということだ。債券はある日は大量に買われ、次の日は大量に売られるものだが、異常なのは、債券とドルが同時に売られている点だ。これは米国を投資対象として見限る動きだ。故に「ABUSA(アメリカ以外ならどこでも)」——これは異常であり、通常は危機の前兆となる。

サマンサ: 歴史学者ニーアル・ファーガソン(Niall Ferguson)の指摘について。彼は警鐘を鳴らしている。
ピーター: 彼は2月に論文を発表し、「ファーガソンの法則」を提唱した。ファーガソンの法則は、歴史を遡ると帝国は債務の利払いに軍事費よりも多くの金を使い始めた時に衰退し始めると述べている。そして昨年、米国はほぼ1世紀ぶりにそのラインを越えた。ファーガソンはハプスブルク帝国から大英帝国までこのパターンを追跡している。帝国はこのラインを越えて回復することもあるが、債務返済費が軍事費を上回った状態が続けば、帝国は終わるというのが彼のテーゼだ。

サマンサ: 彼は帝国が「終わる」とも言っていた。
ピーター: そう、さらに言えば、それは権力を軍事的挑戦に対してますます脆弱にし、内的な脆弱性も増す。つまり本質的に、我々が目にする可能性があるのはアメリカが非常に長い間経験したことのない、敵にとっての標的になることだ。

サマンサ: これが我々が議論していることの核心… つまり初めて真の標的になるということだろうか? 具体的には?
ピーター: それは既に見え始めている。サイバー攻撃で、またはグレーゾーン戦争の一種である世界中を結ぶ海底通信ケーブルの切断でも。中国やロシアの代理人がこれを行っている。ウクライナ征服だけでなく、米国主導・米国基盤の同盟であるNATOの解体を試みる動きでも見える。太平洋では中国が米国の条約上の同盟国であるフィリピンから海洋領土を着実に奪い取ろうとしている。米国は何もしていない。だから、この動きは周縁部から中心部へとますます移行するだろう。米国は依然として非常に強力な軍事力を持っているが、もはやそれを効果的または賢明に行使する意志力や判断力を持っていないようだ。

サマンサ: 昨日ドナルド・トランプがロシアのプーチン大統領をソーシャルメディアで「プーチンはキエフ(ウクライナ)との停戦交渉を拒否することで火遊びをしている」と書き、それに対してクレムリンが反撃した。これはまさに「(アメリカは)もはや我々を守ってくれる強力な帝国ではない」ことの現れなのだろうか?
ピーター: その通りだ。アメリカは信頼性が全くない国の典型的な例だ。プーチンは(心の中で)笑っている。同様に、トランプは数週間前に中国に対して145%の関税を発表したが、中国は「では、これが我々の対抗関税だ」と返した。すると5日後、トランプは「わかった、わかった。君が大人しくすれば俺も大人しくするよ」と言って後退し、少なくとも一時的に撤回した。中国は全く動じなかった。中国はトランプのはったりを見抜いていた。どこを見ても、誰もアメリカをかつてのように真剣に受け止めていない。繰り返すが、トランプが唯一の責任者ではない。バラク・オバマがこれを始めたのだ。

また付け加えるなら、アメリカはその強大な力を常に賢明に使ってきたわけではない最も残虐で正当化できず、根拠のない戦争のいくつか——ベトナムやイラク——は米国のプロジェクトだった恐ろしい判断ミスであり、恐ろしい結果を招いた。当時と今の違いは、世界には捕食者(predators)がいたことだ。ロシアがいた。そして中国がますます存在感を増している。そしてアメリカも常に捕食者だった。しかしアメリカは我々の味方の捕食者だった。なぜなら我々はその同盟国であり、それが我々の利益を守る助けとなってきたからだ。

今起きているのは、世界を徘徊するこれらの捕食者たちのどれも信頼できそうにないことだ。しかしそれ以上に、我々はアメリカ帝国の終焉の可能性を目の当たりにしている。そして、偉大な帝国は、死の苦しみなしに滅びることはない——それが今まさに我々が見ているものなのだ。

https://www.youtube.com/watch?v=vWHkTLzeGPk