2018年1月13日土曜日

13- 従軍慰安婦 歴史問題の外交解決には倫理が必須

 2015年12月28日慰安婦問題に関する日韓合意が行われ、その中で日本政府が「慰安婦問題は、当時の軍の関与のもとに、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から、日本政府は責任を痛感している」、「日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦としてあまたの苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する」としたのは、それまで基本的には日本側に非はないとしてきた安倍首相の発言を否定するものだったので、多くの人々を驚愕させました。

 安倍首相としては大きな前進でしたが、合意の内容は、1990年代初めに従軍慰安婦問題が提起されてから長い月に渡って、被害者たちの切なる訴えに共感する全世界の市民たちによって確立された問題解決のための方法「事実の認定、謝罪、賠償、真相究明、歴史教育、追慕事業、責任者処罰」(法的常識」)からは大きく逸脱したものでした。
 それは同時に韓国民の常識でもあったので、何故韓国政府が被害者や国民が満足しないことを知りながら「合意」したのか不思議に思いますが、そもそも慰安婦問題を深刻化させた原因安倍政権の姿勢にあり、それで日韓関係がギクシャクしていたのに対して、アメリカが関係の修復を強く求めたのに応じる形で協議が始められたものだったので、アメリカの意向への忖度があったのかも知れません。

 果たして文在寅大統領が登場すると韓国外務省内に日韓合意検証の作業部会が設置され、作業部会は12月27日に「元慰安婦が受け入れないかぎり、問題は再燃する」とする検証結果を発表しました。
 それを踏まえて文大統領は4日に元慰安婦8人や支援団体の関係者と懇談し、日韓合意に関し「みなさんの意見を聞かず、意図に反する合意をしたことを大統領として謝罪する」と述べるとともに、合意「真実と正義の原則に反し、内容と手続きの全てが間違っていた」ものの、一部の元慰安婦らが求める破棄や再交渉は容易でないとの認識も示しました。

 そして文大統領は10新年の記者会見で、日韓合意について「韓日両国間の公式合意であることは否定できず、日本との関係改善も極めて重要だが、間違った結び目はほどかなければならない」と述べ強い不満を示すとともに、「満足できないが、相手のある外交問題であり、現実を見ながら最善の策を探らなければならない」と再交渉や破棄はしないと判断した理由を説明しました。また、日本政府が拠出した10億円と同額を韓国政府が充当することについては、「慰安婦を癒やす金は韓国政府が出すという意味だ。それにより、これまで受け取らなかったおばあさんたちも堂々とお金を受け取れるようになる」との見方を示し、「日本が心から謝罪してこそ(元慰安婦の)おばあさんたちも日本を許せるだろう」と述べました。

 ブログ「世に倦む日々」は、この文氏の発言を「支持する」として「  歴史問題の外交解決には倫理が必須」とする、硬質で本格的な論文を発表しました。以下に紹介します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
文在寅政権の新方針を支持する - 歴史問題の外交解決には倫理が必須
世に倦む日々 2018年1月11日
昨日(10日)、文在寅の新年の会見の場で、2年前に日本と結んだ慰安婦合意について、「間違った結び目は解かねばならない」と発言、問題解決のためには日本側からの「心からの謝罪が必要」だと表明した。また、「日本が真実を認め、被害者の女性たちに心を尽くして謝罪し、それを教訓に再発しないよう国際社会と努力するとき、元慰安婦も日本を許すことができるだろう。それが完全な解決だ」と語った。これが正論だと思う。私は、この韓国大統領の発言を支持する。2年前、2015年の年末、突然この合意が発表されたとき、私は「慰安婦問題の日韓合意は破綻する - 倫理的主体を欠いた歴史外交は成就しない」と題した記事を上げたが、果たして予想したとおりの展開になった。合意の破綻は見えていた。そもそも、この合意には正式な共同文書がない。日韓の外相の記者発表文があるだけで、しかも別々に発表した内容を並べているだけだ。本来、これほど重要な二国間問題について交渉した合意を発表するなら、首脳会談を開催した上で共同声明を出す形式が当然だっただろう。重要な問題であるにもかかわらず、両国外相が個別に報道文だけを残したということが、この合意の軽さ、コミットの浅さを物語っていて、両国政府の本気度のなさを示唆している。

当時、内田樹など左翼リベラルの文化人も、この合意を一歩前進などと肯定的に評価するコメントを表明していたが、私はそうした態度を正面から批判する意見を記事にした。内田樹の態度は、朝日新聞のこの合意に対する姿勢と同じであり、朝日新聞がこの合意についての左翼リベラルの反応を代表していると言っていいだろう。Wikiの記載を見ると、何と、和田春樹がこの合意を評価しているという情報があり、目眩がして愕然とさせられる。結局、この合意について私と同じ否定的な認識と見解を持っていたのは、吉見義明だけだった。その吉見義明を和田春樹が批判するという信じられない出来事が起きていた。いったいどこまで、日本の左翼リベラルは右傾化の坂道を転がり落ちていくのか。25年前の日本であったなら、こんな合意を左翼リベラルが積極的に評価するなど絶対にあり得ないことだっただろう。2年前の記事に書いたとおり、この合意は心のこもってない合意であり、「最終的かつ不可逆的な解決」という、日本側の動機と欲望だけが強く反映されたものだ。簡単に言えば、10億円くれてやるから蒸し返すなよ、もう何も言うなよと、手切れ金を与えているような図が透けて見える外交だ。こういう合意を韓国政府がどうして受け入れたのか、これで最終的に決着できると判断したのか、私には全くその意図が理解できない。

ここでやはり提起したいのは、『君たちはどう生きるか』に付録された丸山真男の「回想」である。昨年、名作が再び脚光を浴びてブームになる社会現象があり、左翼リベラルの少なくない者が再び読む機会を持ったはずだ。こう書いている。「けれども、『君たちは・・・』の叙述は、過去の自分の魂の傷口をあらためてなまなましく開いてみせるだけでなく、そうした心の傷つき自体が人間の尊厳の楯の半面をなしている、という、いってみれば精神の弁証法を説くことによって、何とも頼りなく弱々しい自我にも限りない慰めと励ましを与えてくれます。(略)自分の弱さが過ちを犯させたことを正面から見つめ、その苦しさに耐える思いの中から、新たな自信を汲み出して行く生き方です」(P.321-322 朱色強調は原文に拠る)。慰安婦問題についてその歴史的事実の概要をあらためて整理する必要はないだろう。われわれは大事な隣人を傷つけている。それは深刻な過去の過ちであり、正しく反省して清算しなくてはいけない問題だ。正しくけじめをつけ、次の段階に進まなくてはいけない問題だ。そうではないのか。何をしたかは被害者の側から突きつけられている。証拠がないから認めないとか、検証しようがないとか、そういう不誠実な態度で済まされるはずがない。問題と正しく向き合わず、米韓関係を利用して、いい加減な決着で済まそうとすることは、さらに隣人を傷つけて禍根を深くすることである。

私はこのことを左翼リベラルの者たちに言いたい。小手先で済む外交問題ではないのだ。まして、慰安婦問題など存在しないだとか、あれは単なる金稼ぎの売春婦だったとか、そんな暴言を言い放つ極右の頭目が政権を握っている日本政府が、この問題を韓国との間でよく外交解決するなどあり得ないではないか。日本が本当に慰安婦問題を解決して韓国と関係を改善するのなら、まずは、われわれは政権を変えないといけない。安倍晋三の極右政権ではない新しい政権を立て、韓国との歴史問題に正しく向き合わないといけない。2年前の記事にも書いたが、72年に日中国交正常化できたのは、日本政府の側に最低限の倫理的契機があったからである。正常化の外交を担った大平正芳と田中角栄の内側に、侵略戦争で中国に酷いことをした、申し訳ないことをした、相手が納得する謝罪と反省をしなくてはいけないという気持ちが微量でもあったから、72年の日中共同声明の歴史的文書が成立し、関係改善が果たされ、日中友好の時代を迎えることができた。日中共同声明は平和憲法の精神に即した外交である。そのことは誰もが認めるだろう。倫理的主体性を欠けば、戦争の禍根を解決する外交を導くことはできない。われわれはその真理を忘れている。左翼リベラル(内田樹など)は忘れている。外交を小細工のように捉え、日米同盟優先で日韓関係を考える朝日新聞には本当に呆れる。

慰安婦問題については、平和憲法の精神に即して、95年の村山談話の宣言に即して、93年の河野談話の決意に即して、最終的解決が図られなくてはいけない。2年前の日韓合意が、果たして村山談話や河野談話に即した外交だったと言えるのか、倫理的にそう評価できる代物だったのか、左翼リベラルの論者とマスコミは真摯に熟考する必要がある。もし本当にそうだったら、あのような、元慰安婦と韓国国民を挑発するような、「問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」などという文言が挿入されるはずがないのだ。河野談話と村山談話を真っ向から否定する安倍晋三だからこそ、金をくれてやるからもう何も言うなというような「解決」を外交の形にしたのである。隣人である韓国と前向きな関係を組んでいこうとするとき、慰安婦問題はどうしても解決しなくてはいけない歴史問題で、したがって、あと10年もしたら元慰安婦は全員死ぬから自然解消されて終焉するというような、そんな簡単な問題ではない。韓国人は日本人ではない。そういう、社会問題を自然現象化してフェイドアウト自然消滅で封殺する自己欺瞞の術には長けていない。日本国内の8割が右翼化し、日韓合意を事実上見直した韓国を非難する空気に固まったとしても、国内が安倍カラー一色に染まったとしても、この問題が解決されるわけではない。元慰安婦が地上から消滅しても、問題は日韓の根っこのところに残る。

それにしても、NHKの世論調査で出ているところの、慰安婦問題についての日本の世論は異常だ。9日に発表された世論調査では、日韓合意についての韓国政府の見直しの方針に対して、「大いに納得できる」が1%、「ある程度納得できる」が8%、「あまり納得できない」が31%、「まったく納得できない」が51%という結果になっている。日本のマスコミが文在寅政権批判をして国民を洗脳しているから、こういう恐ろしい自己正当化の意識が醸成されてしまう。慰安婦問題についてのマスコミ報道の論調はすっかり変わってしまった。25年前に田丸美寿々が取材と報告をしていた頃のような、謙虚で反省的な姿勢は全く消えてしまい、問題を深刻に受け止める感性が失われた。慰安婦に内在するコンパッション同情)が衰滅し、加害者側として自責の念を感じる立場認識の前提がなくなった。まさに、これこそが右傾化の現実だと思う。慰安婦問題の意義が小さくなり、国民全体としてこの問題を重視する意識がなくなった。慰安婦問題に注力する韓国の市民運動に対して敵視や蔑視が強まり - 反町理の不埒な口調が典型的だが - 慰安婦問題についての韓国側の主張や世論を、言いがかりとして矮小視し排斥する風潮が圧倒的になった。そして、どうやら韓国でも似たような傾向が見られ、嘗てのように慰安婦問題にコミットする民族感情の圧力が弱くなり、慰安婦に関わる運動が少なからず相対化されている気配を感じる。

つまり、風化があるように見受けられる。慰安婦問題への風化があるから、あのような愚劣な合意を肯定する論説を韓国マスコミが書いて平然としているのだろう。風化があるから、オバマ政権にちょっと脅されて督促されただけで、極右の安倍晋三と面妖な合意を取り結んでしまったのだろう。韓国のマスコミと政治家に対しても、それでいいのかと問いたい。韓国の憲法の前文には何が書いているのか。韓国の立志はどこにあり、立国の原点は何なのか。リパブリック・オブ・コリアとはどういうアソシエーション社会なのか。韓国において1年の中で最も神聖な日は何月何日なのか。二番目に重要な日は何月何日なのか。韓国のマスコミにはその質問に答えてもらいたい。