東京新聞が「憲法を見つめて 九条の周辺」を元日から3回のシリーズで報じました。
テーマは
第1回目は、岩国 膨らむ基地標的の不安
第2回目は、沖縄 海兵隊 同盟の要なのか
第3回目は、広島 戦場のリアル語り継ぐ
で、場所によりそれぞれ違っています。
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<憲法を見つめて 九条の周辺>(上)
岩国 膨らむ基地標的の不安
東京新聞 2018年1月1日
平和や憲法が問われる年が明けた。自民党は改憲案を国民に提案するシナリオを描く。その本丸は戦争の永久放棄を掲げた九条。海外で武力を使えるようになった自衛隊を明記する。改憲は必要なのか。急ぐべきなのか。岩国、沖縄、広島で、九条が守る平和を考える。
「おれ、ミサイル飛ばすけぇ」
男の子らがそう言って跳びはねるミサイルごっこを始めた。昨秋、北朝鮮からの着弾に備えて避難訓練をした後だ。その山口県岩国市の保育園は米軍岩国基地のそばにある。
基地は昨年、北朝鮮のミサイル発射で仮想の標的にされたとみる識者もいる。殴り込み部隊といわれる海兵隊のステルス戦闘機が訓練で、朝鮮半島へ向かう。岩国空襲を語り継ぐ会の森脇政保(まさやす)(84)によれば、米軍機は岩国の名勝、錦帯橋(きんたいきょう)の上空を通るという。
反りの美しい木造橋。朝鮮戦争の始まった一九五〇年、基地を出た爆撃機が橋近くの家に墜落し、市民三人が犠牲になった。「今も昔も朝鮮への行き帰りのコース。岩国は朝鮮を向いた基地じゃけえの」
基地は国が騒音軽減を約束し、沖合移設した。ところがこの半年で厚木基地(神奈川県)から空母艦載機が一気に移転し、爆音はやまない。先月にはついに計百機を擁する極東最大級の航空基地と化した。
「私たちが犠牲になってもいいのか」と元市長の井原勝介(かつすけ)(67)は声を荒らげる。「安倍晋三首相は米軍と一体化を進め、圧力一辺倒。この姿勢が続けば基地は抑止力だけでなく、攻撃される危険性もさらに高まる」
市長だった二〇〇六年、住民投票で艦載機移転への賛否を問うと、反対票が87%で圧倒した。しかし、山口が地元の安倍首相は当時、官房長官で「米国との合意内容だ」と発言。国は計画を押し通した。
負担増への見返りは大きい。国が市に出す防衛関連の補助、交付金は二〇一七年度だけで百十四億円に上る。JR岩国駅前のカレー店は売り上げの三割が米軍関係者。チキンの大盛りと激辛が人気だ。商店街の役員、藤田信雄(54)も「岩国は基地と共存してきた」と米兵を歓迎する。小学生のころは基地内で米兵の子らと野球も楽しんだ。
主婦の桑原千佐恵(ちさえ)(68)はそうした恩恵を感じていない。午前零時すぎの爆音に眠れず、「岩国の人はおとなしいけん。沖縄みたいに、よそからも来て反対してもらえんかね」。
米軍機はたびたび自衛隊機と共同訓練をし、基地では自衛隊が迎撃ミサイルの機動展開訓練もした。そうした状況で安倍首相は改憲を目指す。憲法九条は一、二項で戦争放棄と戦力の不保持、そして交戦権の否定をうたうが安全保障関連法は集団的自衛権の行使を認めた。任務が変質したその自衛隊を新設する三項、に明記する加憲案だ。
語り継ぐ会の森脇は「自衛隊が米軍の下請けで動員される道を保障することになる」と危ぶむ。
今、錦帯橋を世界文化遺産に推す動きが岩国ではある。実は朝鮮戦争のさなか橋は台風で壊れ、流失した。米軍が滑走路拡張に使うため河原から大量の砂利を採ったのが一因とされる。
一方、護憲派から「世界憲法に」と掛け声もある九条。「加憲すれば九条は根元から壊れる」と元市長の井原は言う。「米国と一緒に他国を威嚇し、攻撃され、戦争に巻き込まれるリスクも増すような日米安保体制の強化と加憲がいいのか。国民的議論をすれば、従来の専守防衛の考え方が支持されると私は信じる」 (文中敬称略、辻渕智之)
◆厚木から艦載機移転 極東最大級の航空拠点に
米軍岩国基地には昨年十一、十二月、FA18スーパーホーネット戦闘攻撃機など海軍の空母艦載機約三十機が厚木基地から移転。残る約二十四機の移転が今年五月ごろまでに完了すると所属百二十機を超え、嘉手納(かでな)(沖縄県)を抜いて極東最大級の航空基地となる。海上自衛隊も共同使用する。
艦載機の母艦は横須賀基地(神奈川県)を拠点に活動する原子力空母ロナルド・レーガン。艦載機は空母が横須賀に入港する際、岩国に飛来し、出港後に空母に戻る。岩国はもともと、海兵隊の航空部隊基地で輸送機オスプレイもよく飛来する。昨年十一月には離陸したC2輸送機が沖ノ鳥島沖で墜落した。
監視を続ける田村順玄(じゅんげん)・岩国市議(72)は「朝鮮半島に向かうのにも、沖縄や本土間で移動するのにも、岩国は中継で使うハブ拠点と化し、騒音も危険性も高まっている」と指摘する。
<憲法を見つめて 九条の周辺>(中)
沖縄 海兵隊 同盟の要なのか
東京新聞 2018年1月3日
「みんな肝っ玉がきれるほどワジワジしている」
沖縄県宜野湾(ぎのわん)市の普天間(ふてんま)第二小学校。米海兵隊普天間飛行場所属のCH53Eヘリコプターの窓が校庭に落ちた昨年十二月十三日、徒歩数分の自宅から学校に駆けつけた桃原(とうばる)隆(80)がいまいましげにつぶやいた。沖縄言葉で「はらわたが煮えくり返る」。日常的に危険にさらされているいら立ちが伝わってきた。
その一週間前に現場から約一キロ離れた緑ケ丘保育園の屋根で、同型機の円筒形の部品が見つかった問題をちょうど取材していた。この日、園長の神谷武宏(55)を訪ねたところ「小学校でまた部品が落ちたようだ」と知らされ現場に向かった。
学校前は報道陣や近隣住民らで騒然としていた。「本当にやめてほしい。嫌やわ」。窓が落ちてきたとき、校庭で体育の授業を受けていた二年生の呉屋実海(ごやみう)(8つ)の母巻絵(39)はまな娘を抱き寄せた。実海はぎゅっと母の腰に顔を押し付け、小さくうなずいた。
問題が起きるたびに反発とやり切れなさが繰り返す沖縄で、基地負担軽減へのヒントを唱える人物に会った。沖縄タイムスの元記者で、米軍基地問題に詳しい沖縄国際大非常勤講師の屋良朝博(やらともひろ)(55)。「沖縄に海兵隊がいなければ日米同盟の枠組みが壊れるのだろうか」と異を唱え、海兵隊の県外移転を訴えていた。
在沖縄海兵隊は在日米軍再編に伴い縮小予定だ。「現在は一万九千人とされるが、再編で実戦部隊は二千二百人程度になる。単独で紛争に対処できる規模ではなく、もはや沖縄に駐留する必要はない」。さらに再編を進めて、拠点を沖縄から移してはどうかと提案する。
内容は昨年二月、屋良が参加する民間シンクタンク「新外交イニシアティブ」がまとめた。米側にもメリットとなるよう、アジア太平洋地域に展開する海兵隊を、日本が財政的に支援する仕組みを組み込む。「政治的に追求すればできないことはない」と力説した。
「人道支援・災害救援」を目的に、海兵隊と自衛隊の「合同部隊」をつくることも提言の大きなポイントだ。
「アジアでは大規模自然災害と、それに伴う政情不安などが課題になっている。一国で対応できない」と屋良。米軍はこうした活動を重視、自衛隊もこの分野で数々の実績があり、各国のお手本となっている。沖縄の基地負担軽減と同時に、日米同盟を深め、地域の安定に貢献する構想だ。
屋良は北朝鮮の核・ミサイル開発問題や中国脅威論で、安保論議が「国防」に偏り、改憲論が先走ることを危惧する。
「安全保障の概念は経済、文化、人的交流など幅広い。憲法九条を変えずにできることはたくさんある。安保論をもう一度、再構築するべきではないか」
屋良と待ち合わせたのは、かつての琉球米軍司令部の跡地につくられた大型ショッピングモールだった。「ここには米国人も中国、台湾、韓国の人も集まる。司令部当時、こんなことが想像できただろうか。時代は変わっている」。そう言葉に力を込めた。 (文中敬称略、原昌志)
◆民間シンクタンク 「人道・災害支援で自衛隊と連携を」
民間シンクタンク「新外交イニシアティブ」は昨年二月、普天間飛行場の名護市辺野古への移転が不要となるように、海兵隊部隊の県外移転を提言した。あわせて日米合同の人道支援・災害救援活動部隊の設立を提案、日本側が米側に高速輸送船を提供し、海兵隊部隊の駐留経費の一部を現行通り負担するなどの内容を盛り込んだ。
自衛隊はこれまで、フィリピンの台風災害(二〇一三年)やネパール地震(一五年)など数々の国際緊急援助活動をしてきた。捜索や衛生、輸送などの能力に評価は高く、途上国を指導する事業も実施している。また陸自は〇二年から毎年、アジア太平洋地域諸国の軍関係者が意見交換する多国間会議を主催。災害救援活動時に連携の基盤となる関係構築を図っている。
<憲法を見つめて 九条の周辺>(下)
広島 戦場のリアル語り継ぐ
東京新聞 2018年1月4日
十二月初め、広島市の平和記念公園そばにあるカフェ。元米海兵隊員のマイク・ヘインズ(41)は半そでのTシャツ姿になり、イラク戦争の体験を語り続けた。
民家に爆発物を仕掛けて侵入し、動くものは何でも撃てと言われた。女の子は泣き叫び、失禁する。大人は壁に押し付け、尋問した。「テロと戦うのではなかったのか。自分がやっているのがテロ行為だった」
耳を傾ける市民三十人を前に、こうも予言した。「世界に誇る日本の憲法九条が今や危うい。自衛隊が米軍と一緒に派遣され、そんな戦闘に巻き込まれる。その日は遠くない」。その後もカフェに残った若者らと談議し、「戦場のリアルを知ってもらう意義は大きい」と笑顔を見せた。
やはり広島を一九八〇年代に訪れ、九条の理念を世界に広げようと尽力した元米兵がいる。チャールズ・オーバービーだ。かつて朝鮮戦争で沖縄から出撃し、北朝鮮を空爆した。
広島の資料館で原爆のむごさを目の当たりにし、「九条は犠牲者の魂が戦火からよみがえった永久の真理、不死鳥だ」が口ぐせになった。
九条は戦争放棄と戦力の不保持、そして交戦権の否定をうたう。オーバービーは九条を模した修正条項が米国憲法に盛り込まれるよう精魂を傾けたが昨秋、九十一歳で亡くなった。
安全保障関連法で、自衛隊は海外での武力行使や他国軍への後方支援が可能になった。自民党が年内に目指すのは、その任務が変質した自衛隊を九条に明記する改憲案の国会発議だ。
「米国が押し付けたのは憲法というより自衛隊です」。先月、埼玉県狭山市の花岡蔚(しげる)(74)は東京・中野の劇場に講談の前座で登場。演歌を披露してから、憲法の話を切り出した。軽妙なトークで笑わせ、安倍晋三首相の向こうを張って「二〇二〇年までの自衛隊廃止。国際災害救助・復興支援協力隊サンダーバードの創設」を提唱してみせた。
東大法学部を卒業し、海外勤務もした銀行マン。退職後の一三年から平和をテーマに国内外で公演を続ける。サックスにフルート、三味線と得意の音楽を演奏し、合間に憲法のことも訴える。護憲運動に初めて参加したのは〇四年。イラクへの自衛隊派遣に抗議する市民集会で公募の実行委員に手を挙げた。「イラク派兵で九条が本当に壊されるという危機感」が駆り立てた。
以来、米国を毎年訪ね、晩年のオーバービーと交流を深めた。マイク・ヘインズの活動を知り、「オーバービーさんの遺志を継いでくれている」と頼もしく思う。
内閣府の一五年の世論調査では、自衛隊の防衛力について「縮小した方がよい」はわずか4%。「今の程度でよい」が59%で、「増強した方がよい」も29%あった。
かもがわ出版(京都)編集長で護憲派の論客、松竹伸幸(62)は「国民の多数は自衛隊が必要、大事と。ならば護憲派は専守防衛の九条のもとでの自衛隊のあり方や防衛政策を探求、確立したうえで、じゃあなぜ自衛隊を九条に書いちゃいけないかという議論を広げないといけない」と説く。
元米兵らもよりどころとする九条。「米国での憲法修正は至難の業。だけど日本には九条がもうあるんですよ」と花岡は言う。「守るのは覚悟でできる。加憲されたら最後、九条という不死鳥はよみがえらない」 (文中敬称略、辻渕智之)