2019年8月7日水曜日

07「表現の不自由展」コーナー展示中止をめぐる3つの問題

「あいちトリエンナーレ2019」で企画展「表現の不自由展・その後」のコーナー展示中止に追い込まれた一件は、民主主義の土台を揺るがす重大な問題を含んでいます。
 政治的権力者たちの扇動や憲法違反の検閲行為によって展示中止に至った点、15年に起きたフランス風刺週刊紙「シャルリー・エブド」テロ事件では、一斉に猛批判を行った日本メディアが今回は沈黙している点、さらには警察が相談を受けていながら最終的にFAX1枚の脅迫になすすべもなく屈した点について、日刊ゲンダイが3つの記事で取り上げました。
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「表現の不自由展」を中止に追い込んだ政治圧力の危うさ
日刊ゲンダイ 2019/08/06
 暴力による表現封殺を許容する社会でいいのか。国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で開催された企画展「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれた一件は、民主主義の土台を揺るがす大問題だ。抗議や脅迫、そして政治による介入。企画テーマの「表現の不自由」を体現する皮肉な結果になった。
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 この企画展には、過去に美術館から撤去されたり、変更を余儀なくされた作品が展示されていた。その中で、慰安婦を表現した「少女像」などに抗議が殺到。2日には京アニ放火事件を連想させる脅迫ファクスも送られてきた。こうした卑劣な行為をあおったのが政治家たちの言動だ
 同日に企画展を視察した名古屋市の河村たかし市長は、少女像を「反日作品だ」と断じ、「ほとんどに近い日本国民がそう思っている」と、勝手に国民の総意を任じて展示の中止を要求。「(展示会には)国のお金も入っているのに、国の主張と明らかに違う」と文句をつけた。
 菅官房長官が同日の会見で「精査した上で適切に対応したい」と、展示の内容によって補助金の交付を決めるかのような発言をしたことも、騒動に拍車をかけた。
 
 トリエンナーレ実行委員会会長の大村秀章愛知県知事と芸術監督を務める津田大介氏が協議し、3日に展示中止を決めたが、河村市長は「やめれば済む問題ではない」と展示会関係者に謝罪を要求だから呆れる。謝罪を求めるなら、その相手は、脅迫した卑劣漢の方だろう。
 
この暴力を許せば日本は「いつか来た道」
「河村市長は南京大虐殺を否定するなど歴史修正主義で知られる人物です。大阪市の松井一郎市長も『公金を投入しながら、我々の先祖がけだもの的に取り扱われるような展示をすることは違う』と不快感をあらわにしていましたが、彼らの考え方はあまりに封建的です。公金は首長のものでも政府のものでもない。国民すべてのもので、権力者と考え方が違う人も税金を払っているのです。表現内容を補助金支給の条件にするなら、それは憲法21条が禁じる検閲にもつながる。本来、行政が行うべきは表現規制ではなく、暴力やテロ予告から表現の自由を守ることのはずです。時の権力の方針に合わない表現が潰されてしまう社会は、民主主義国家として危機的です」(立正大名誉教授・金子勝氏=憲法)
 
 作品を見てどう感じるかは自由だが、「不快だから撤去しろ」と政治家が圧力をかけることは絶対に許されない。表現の自由が制限されて戦争に突き進んだ反省から、日本国憲法では表現の自由に対する保障が最大限尊重されている。
私はあなたの主張に反対だ。だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」――。18世紀フランスの哲学者、ボルテールの言葉とされるもので、表現の自由が民主主義を支える重要な人権であることを示すものだ。
 
「主義主張が違っても、すべての人の表現の自由を保障することは近代民主主義国家の基本なのに、違う意見を潰しにかかる不寛容さが蔓延している。とりわけ、アジア蔑視のネトウヨを権力側が扇動し、不都合な表現に攻撃を仕掛ける構図は、隣国叩きで支持を集める安倍政権に特有の問題です。表現の自由を潰しにかかる暴力を徹底糾弾しない政府では、国際社会にも示しがつきません」(金子勝氏)
 暴力や権力による介入は、いったん許せばエスカレートする。そういう社会では、いつ自分が抑圧される側になるか分からないということを国民全員が考えてみる必要がある。
 
 
「表現の不自由展」中止問題 大メディアが傍観の不思議
 日刊ゲンダイ 2019/08/06
 わずか3日で展示中止に追い込まれた、愛知県内で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展のひとつ「表現の不自由展・その後」。実行委の会長を務める大村秀章知事は5日の会見で、同日早朝に「ガソリンを散布する」とのメールが県に寄せられていたことを公表。京都アニメーションの放火殺人事件を想起させる文面もあったことから、警察に通報したといい、「安全、安心に運営するため中止と判断した」と話した。
 
 大村知事はまた、名古屋市の河村たかし市長が企画展の中止を求めたことについて、「公権力を行使する人が『これがいい、これは悪い』と言うのは検閲行為。憲法違反の疑いが濃厚」とも言っていたが、その通り。企画展中止をめぐり、行政があ~だ、こ~だと口を挟むのは明確な憲法21条違反だと言わざるを得ない。ガソリン散布をほのめかすメールやファクスは実行委に対する脅迫行為で、一種のテロ未遂事件と言っていいだろう。
 
 不思議なのは、表現の自由を脅かす重大事件なのに、真正面から批判的な論陣を張る大マスコミが少ないことだ。
 編集者ら11人が射殺された2015年1月のフランス風刺週刊紙「シャルリー・エブド」テロ事件では、日本メディアは〈表現の自由への許せぬ蛮行〉などと一斉に猛批判。風刺画が預言者ムハンマドを侮辱し、イスラム教徒の反感を招いたことを認めつつも、〈表現の自由は侵すことのできない民主主義の基本的な価値である。ただ、預言者に対する侮辱がイスラム教徒に呼び起こす強い反発も、非イスラムの人々は知る必要がある。多様な文化、宗教が共存するためには対話と相互理解が不可欠だ〉(日経)、〈信教に関わる問題では、侮辱的な挑発を避ける賢明さも必要だろう。だが、漫画を含めた風刺は、欧州が培ってきた表現の自由の重要な分野である。テロの恐怖に屈し、自己規制してしまってはテロリストの思うつぼだ〉(産経)などと、もっともらしく書いていた。
 
 今回の企画展の中止も、慰安婦を象徴する「平和の少女像」の展示が、ネトウヨらのバッシングを受けるきっかけになったとされるが、日韓両国の感情的対立が増している今だからこそ、〈対話と相互理解〉が必要なのであり、まさに〈テロの恐怖に屈し、自己規制してしまってはテロリストの思うつぼ〉だろう。
 
  元共同通信記者でジャーナリストの浅野健一氏はこう言う。
メディアは表現の自由に対する公権力の介入と報じるべきなのに静観している。深刻な状況です。例えば首相官邸にガソリンをまく、と予告すれば即刻逮捕ですよ。今回も警察など当局が徹底捜査に動くような報道があって当然なのに何もない。現場記者や報道機関全体の低レベル化が進んでいるとしか思えません」
  安倍政権の大本営発表に慣らされた従軍記者ばかり増えているようだ。
 
 
東京五輪も潰される…FAX1枚の放火予告に屈した警察の怠慢
 日刊ゲンダイ 2019/08/05
 愛知県美術館などの国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、慰安婦を象徴する少女像などを展示した企画展「表現の不自由展・その後」が中止となった問題。作品に抗議する電話やメールが1日の開幕から2日間で、1400件に上ったというから驚きだ。
 トリエンナーレの実行委員長を務める愛知県の大村秀章知事は3日、中止の理由について「テロ予告や脅迫の電話などがあり、総合的に判断した」と説明。<(少女像を)大至急撤去しなければ、ガソリンの携行缶を持ってお邪魔する>との脅迫ファクスが2日の朝に美術館に届いたことも明かした。
 警察に被害届を出したものの、「ファクスの送り主を特定できない」と言われたという。
 
 トリエンナーレの芸術監督を務めるジャーナリストの津田大介氏は自身のツイッターに、脅迫ファクスについて<ネット経由で匿名化されて送られていましたね。手段をよく知ってる人の犯行です>と投稿。たとえ匿名であっても、警察が犯人を特定できないことには愕然とせざるを得ない。来年の東京五輪に向けて、テロ対策を強化してきたからだ。
 警察庁の「国際テロ対策強化要綱」は、テロを未然に防ぐために<テロの脅威に係る情報収集・分析を周到に行うことが必要>と明記している。“ガソリン放火”予告の犯人すら分からない警察が、テロの脅威から東京五輪を守れるのか
 兵庫県警元刑事の飛松五男氏がこう言う。
 「警察が本気を出せば、匿名でもファクスの送り主を特定できます。警察はサイバー犯罪などに特化した人材を育成するために予算を多くもらっているので、特定できないほどヤワではありません。あえて公表していないという可能性も考えられますが、ファクスの送り主を本当に特定できないのなら大問題です。いずれにしても、職務怠慢。五輪を来年に控えているのに、緊張感に欠けています
 
 津田氏は今回の騒動について「電話による攻撃で文化事業を潰せてしまう悪しき事例をつくってしまった」と悔やんでいた。
 ファクス1枚で東京五輪が中止――怠慢警察の下ではあり得ない話ではない。