2019年8月27日火曜日

27- 有権者の劣化 日本の知性の底が抜けた(古谷経衡氏インタビュー)

 日刊ゲンダイが「注目の人 直撃」で、文筆家の古谷経衡さんをインタビューしました。
 ライター・編集者として雑誌の出版に関わった人で、日本ペンクラブの正会員です。
 元ネトウヨを自称し、著書には「女政治家の通信簿」、「日本を蝕む『極論』の正体」、「『意識高い系』の研究」など、タイトルを見ただけで食指をそそられるような著書が多数あります。
 インタビューでは、50代、60代に人たちがなぜネトウヨの主流になっているのかなど、いろいろ興味深い解説がされています。
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注目の人 直撃インタビュー  
古谷経衡さんが憂う有権者の劣化 日本の知性の底が抜けた
日刊ゲンダイ 2019/08/26
 先月の参院選で「NHKをぶっ壊す!」のワンイシューを掲げる「NHKから国民を守る党」(N国)が1議席獲得した理由を「日本人の知性の劣化」と喝破するのが、元“ネット右翼”で文筆家の古谷経衡さん(36歳)だ。自らがネトウヨから離れたワケ、そして今の時代に「極論」が支持される背景などについて歯に衣着せぬ言葉で鋭く語った。
 
■「面白いからいいじゃん」で投票する“政治的非常識”層が増えた
 
 ――参院選の一番の驚きは、N国が98万票を獲得し、1議席獲得したことでした。
 N国が98万票取った時、同党首の立花孝志さんの知名度からして、数が合わないと直感的に思いました。10年近く前から立花さんを知っていますが、今はユーチューバーをやられていますね。コアなファンが5万人、最大で10万人いたらいい方でしょうが、約100万票も取っているわけですよ。
 
 ――その現状をどう分析していますか。
 朝日新聞の出口調査によると、N国に票を入れた人のうち安倍政権下での憲法改正に「賛成」が54%、「反対」が44%でした。ネット右翼、いわゆるネトウヨは安倍政権下での憲法改正に反対とは絶対に言いません。ということは、N国に票を入れた人のほぼ半分はネトウヨでもなければ、保守でもない。NHKに不満のある人もいるでしょうが、それでも数が合わない。残りは、N国の政見放送がユーチューブに流れて、「何これ。面白いね」って思って投票しただけのユーチューバー層なんですよ。
 
 ――ネット動画が投票行動に影響していると。
 立花さんは政見放送で「路上カーセックス」を連呼していましたが、政治的常識のある人は、そういう政見放送を見ても笑って受け流して、他の政党に入れる。ところが、「面白いからいいじゃん」という動機で投票する“政治的非常識”の有権者がここ3、4年で増えたんですよ。この国の知性の底が抜けてしまった印象です。
 
 ――国会議員の中にも“政治的非常識”の人が見受けられます。
 戦争やってもいいんだとか、人権なんて要らないんだとか、そういうことを言う議員がいますが、20年前だったら即刻アウトでした。北方領土へのビザなし交流の時に「戦争発言」をした丸山穂高衆院議員については、憲政史上初めて糾弾決議が出ましたが、いまだに議員の座に居座っているわけですよね。国会議員には憲法順守義務があるにもかかわらず、明らかに平和憲法の理念を踏みにじっている。「有権者の劣化=政治家の劣化」ですね。どちらか一方が劣化したのではなく、両方劣化しています。
 
 ――原因は何でしょうか。
 新聞や雑誌、本も読まずに、ネット動画ばかり見ているからでしょう。今の若者は漫画も読まない。「コマをどう追うのか分からないから、読めない」と言うらしいです。じゃあ何をやっているかというと、ユーチューブ。せいぜい長くて数十分の動画を見て、世の中のことが分かった気になっている。映画でもアニメでもどんどん短くなってますね。この間TSUTAYAに行ったら、90分以下で見られる映画コーナーがあってビックリしました。長時間座って何かを見るという集中力がなくなっているのです。
 
 ――ネット右翼、いわゆるネトウヨは「ネットが真実」だと思っています。
 インターネットが不自由だった時代を知らないからです。今の30歳過ぎから40代後半は、インターネットがナローバンドで画像1枚を読みこむのも大変だったことを知っています。動画を見るなんてとんでもないことでした。当時出てきたネット掲示板「2ちゃんねる」は、書いてあることの99%がウソ、0.5%が中立、0.5%が本当だと分かった上で楽しむのが当たり前でした。ところが、今のネトウヨの主流である50代、60代ってそういう経験をしていないですよね。子供や孫が家に光ファイバーを導入したことで、超高画質の動画の世界が広がっていることをいきなり知って、「大新聞が伝えない真実」なるものが広がっているんだと勘違いしちゃうのです。
 
 ――ネット上には中国や韓国に対するヘイトがあふれています。
 昔は、ネット上で他人を誹謗中傷したら、すぐプロバイダーに通報されて退会処分でした。インターネット規制が現在議論されていますが、1990年代のインターネット黎明期、ナローバンド時代の方が規制は厳しかった。今の30代、40代の前後の世代、つまり10代、20代の若者と50代以上のネットリテラシーが低くなっています。タチが悪いのは、ネットリテラシーが低いのに、「右」に引き込まれる高齢者。とんでもない差別発言も普通に言いますからね。
 
職能団体の弱体化と高速インターネットが「極論」を放出
 
 ――古谷さん自身は、どうしてネトウヨから離れたのでしょう。
 僕は基本的にタカ派で、ミリオタ(軍事オタク)なんです。いわゆる反米右翼です。2000年代後半にネトウヨ界の中心となっていたメディアに出演するようになったのですが、自称保守の人たちは何も勉強していなかったことが分かって幻滅しました。ただ、韓国と中国に対する差別的な発言を繰り返しているだけ。保守をうたっているので、(保守思想の父として知られる)エドマンド・バークや(保守派の文化人である)福田恆存や小林秀雄をちゃんと読んでいる人ばかりだと思ったら、何にも読んでいない。僕は保守向けに本を書いていたのですが、「朝鮮人は――」を連呼している人たちに向けて書くのがバカバカしいと思ったのです。
 
 ――「NHKをぶっ壊す!」や丸山議員の「戦争発言」など、極論が一部の有権者から熱狂的に支持されています。
 背景にあるのは、職能団体の弱体化だと考えています。かつて日本の政治は、職能単位で支持政党が決まっていました。例えば、労働組合に属している正社員は社会党、医師会は自民党、繊維系労組は民社党、民主商工会は共産党、創価学会は公明党というふうに。こうした職能団体は所属する有権者の意見を集約して政党に上げると同時に、極端な意見を排除する役割を担っていた。有権者と政党の間の“緩衝材”として機能していたので、極論が存在しても世の中に出ることがなかったのです。ところが、非正規雇用が労働者の4割を占めるまでになり、職能の力が落ちたことで、極論を止める中間的存在の力がなくなった。そこにインターネットという拡散器がプラスされたので、どんどん極論が世の中に出てくるようになったのです。
 
 ――有権者が極論を支持すると、国会議員も極論に走ってしまうという危機感があります。
 ある自民党議員は、極論を言う議員は比例区から出てくると言っていました。面白いのは、小選挙区から出馬すると、極端なネトウヨ議員がどんどんまともになっていくと言っていたことです。小選挙区の有権者はせいぜい20万~50万人。狭いエリアを相手にするから、あまり極端なことを言うと、有権者が引いてしまう。結局、極端なことを言う人は、左も右も全人口の数%しかいないわけで、その数%が全国区や比例ブロックだと1議席になる。いわゆる“どぶ板選挙”をする小選挙区では極論が通用しないから、“脱ネトウヨ化”していくというのです。
 
 ――選ぶ方も賢くならないといけませんね。
 憲法の理念である基本的人権や平和主義、民主主義を守りましょうと言うと、「パヨク」と言われてしまう世の中です。重度障害のある、れいわ新選組の舩後靖彦参院議員と木村英子参院議員の介助費用を参院が負担することが問題となりましたが、正当な選挙を通じて選ばれた代表者に必要な費用を議会が負担するのは当たり前です。基本的人権を尊重することと同じで、議論の余地すらありません。歴史が教えてくれているように、当たり前のことだからと沈黙するのではなくて、当たり前のことだからこそ何度も言わないといけないと思います。
 
▽ふるや・つねひら 1982年札幌市生まれ。立命館大文学部史学科卒業後、ライター・編集者として雑誌の出版に関わる。日本ペンクラブ正会員。「女政治家の通信簿」(小学館)、「日本を蝕む『極論』の正体」(新潮社)、「『意識高い系』の研究」(文藝春秋)など、著書多数。