このシリーズは、自民党が12年にまとめた「自民党 日本国憲法改正草案(2012年公開版)」を見ながら、いまの日本の人権後進国というべき状態をもたらした根源を検証しています。
シリーズ 自民党の人権思想 改憲草案に見る(3)~(5)を紹介します。
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シリーズ 自民党の人権思想 改憲草案に見る(3)
「公の秩序」優先に
しんぶん赤旗 2023年8月30日
日本国憲法13条は、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と定めています。国民の人権は「最大の尊重」を受けるけれども、「公共の福祉」による制限がありうることを示すものです。
「公共の福祉」とは、人権が全ての人に平等に保障される以上、人権と人権が衝突することが予想され、そのような場合の人権相互の衝突を調整する原理を示すものと理解されています。例えば、いかに表現の自由が重要だとしても、真夜中の病院の前で大音量の宣伝をすることは制限があっても仕方ありません。他方で、こうした「公共の福祉」の原理には、「人権を制約するものは人権だけ」という思想が表れています。
ところが自民党改憲草案は、13条の「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に書き換えています。また、12条では「自由及び権利にば責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」と明記しました。
自民党の『日本国憲法改正草案Q&A』は、「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に変えたことについて「基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合に限られるものではないことを明らかにした」と告白。他者の人権との調整を超え、国が求める「公の秩序」優先で人権に制約を課すことを明確にしました。
恣意的に制約
こうなると秩序の中身は権力者の恣意(しい)的な判断で決まる恐れがあり、大幅な人権制約がまかり通ることになります。
例えば、自民党改憲草案では9条の全面改定で「国防軍」の活動や機密保持が認められており、軍事的要請=「公の秩序」とされる危険があります。
安保・外交上の利益を国民の「知る権利」に優先させる自民党の思想が表れたのは、2013年に安倍政権が強行した特定秘密保護法でした。安保・外交に側する情報を行政の長の一存で秘密指定し、「何が秘密かも秘密」の状態で、情報にアクセス(接近)するものを厳罰にすることを決めました。
続く共謀罪法(17年)、土地利用規制法(21年)は国民の表現の自由から内心までをも規制し、政府の国民監視体制を強めるものでした。
歴史的逆行に
自民党改憲草案は、表現・結社の自由を規定する21条に第2項を新設し、「公益及び公の秩序を轡すること目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」と明記しています。
改憲案Q&Aは「内心の自由はどこまでも目由ですが、それを社会的に表現する段階になれば、一定の制限を受けるのは当然」としています。これにより、「平和を守ろう」というように内容が適切な表現でも「目的」が「公益を害する」と判断されれば規制されます。判断するのは国家権力であり、まるで憲法が治安維持法になってしまうかのような危険があります。
明治憲法下では、臣民の権利は天皇が定める「法律ノ範囲内」でしか認められませんでした。自民党の思想は、国が定める「公の秩序」の範囲で人権を制限することを許容するもので、「法律の範囲内」でのみ人権が保障される仕組みへの歴史的逆行をもたらしかねません。
シリーズ 自民党の人権思想 改憲草案に見る(4)
古い家族観の復活
しんぶん赤旗 2023年9月12日
自民党は、いま切実な課題となっている同性婚の法制化や、選択的夫婦別姓制度の導入に、かたくなに反対してきました。
岸田文雄首相は同性婚に関し、「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」(2月1日の衆院予算委員会)と答弁しています。また、同月には荒井勝喜首相秘書官が、LGBTQなど性的少数者や同性婚について「見るのも嫌だ。隣に住んでいたら嫌だ」「同性婚なんか導入したら、国を捨てる人も出てくる」と暴言を吐き、国民的批判の爆発で罷免に追い込まれました。
安倍晋三首相(当時)は選択的夫婦別姓について、「わが国の家族の在り方に深くかかわることで、国民間にさまざまな意見がある」(2020年1月23日の衆院本会議)と、実現に背を向けていました。
18年には自民党の杉田水脈衆院議員が月刊誌への寄稿で、LGBTQなど性的少数者のカップルには「生産性がない」と主張し、国民から強い批判の声が上がりました。しかし、杉田氏が謝罪と発言撤回に応じたのは、22年12月のことでした。
こうした勣きの背景には、何があるのでしょうか。
日本国憲法24条は、婚姻は「個人の尊厳」と「両性の本質的平等」に立脚するとし、戦前の「家」制度や家父長的価値観を否定しています。
「家」制度復活
これに対し自民党改憲草案では、24条の冒頭に1項を新設。「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなけれぱならない」と明記しました。個人ではなく「家族」こそが社会の某礎単位だと宣言したのです。「家」中心の古い価値観への執着です。
戦前の「家」制度のもとでは、結婚は家と家との関係とされ、家長の同意なしには認められませんでした。女性は基本的に無能力者とされ、妻には財産の管理権も相続権も認められませんでした。家長によって統率される「家」を単位として、すぺての国民を天皇中心の国家体制に動員する仕組みだったのです。
旧文部省が1937年に天皇中心思想を徹底するために発行した『国体の本義』は、国民の生活の基本に「家」を位置付け、「我が国は一大家族国家であって、皇室は臣民の宗家にましまし、国家生活の中心であらせられる」と説きました。個人の上に家族、家族の上に天皇を置く考え方を国民に浸透させ、天皇制国家が突き進んだ侵略戦争に国民を動員していったのです。
こうした価値観を否定し、女性の無権利状態を根本的に是正することが日本国憲法24条の意義でした。
同条に、「個人」ではなく「家族」を「社会の基礎的な単位」としてあえて位置付け直すことは、まさに「家」制度的な価値観復活の危険をはらんでいます。
日本会議勢力をはじめ、自民党保守派が別姓や同性婚に執拗(しつよう)に反対することの背景には、こうした思想があります。
助け合い強制
一方で、自民党改憲草案は、24条に「家族は、互いに助け合わなければならない」と書き込みました。これは前文で「家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する」と定めたことと一体で、「自助・共助」を国民に押し付けるものです。自民党の『日本国憲法改正草案Q&A』は、前文の規定について「自助、共助の精神をうたいました」と告白しています。古い価値観に新自由主義的な価値観を接続するという異様な改憲案です。
シリーズ 自民党の人権思想 改憲草案に見る(5)
9条改憲と人権制限
しんぶん赤旗 2023年9月19日
自公政権のもと、行政の長が「秘密指定」する情報への接近を処罰する秘密保護法(2013年)、人の内心まで処罰する共謀罪法(17年)、基地に近接する土地の利隣を規制する土地利用規制法(21年)など、国民の「知る権利」、報道の自由に対する規制や国民監視の体制が強まっています。
その背景には15年の安保法制や昨年の安保3文書の策定による、米国とともに海外で「戦争する国」づくりが進められていることがあります。日本国憲法9条と前文の精神を全面的に解体する自民党改憲草案に示される危険な思想と一体の動きです。
日本国憲法前文は「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」し、この凛法を確定するとしました。9条制定の基礎には「戦争の惨禍」への厳しい認識と反省があります。
未曽有の犠牲
侵略戦争はアジアで2000万人以上、日本でも300万人を超える人々の命を奪いました。広島で14万人、長崎で9万人ともいわれる原爆犠牲者を出し、文字通り、未曽有の「戦争の惨禍」となりました。
同時に日本軍国主義は戦争遂行のため、治安維持法、国防保安法と軍機保護法(秘密保護法)などで徹底的に国民の思想言論と運動を弾圧。国家神道が強制され信教の自由を迫害し、教化教育で「お国のために血を流す」ことが無上の美徳とされました。1937年に文部省が発行した『国体の本義』では「天皇の御ために身命を捧げることは、所謂自己犠牲ではなくして、小我を捨てて大いなる御稜威に生き、国民としての真生命を発揚する所以」とされました。「天皇のために死ぬ」ことが最も尊い命の発露とされたのです。
38年の国家総動員法は「国防目的達成ノ為国ノ全カヲ最モ有効二発揮セシムル様人的及物的資源ヲ統制運用スル」ものとし、強制徴用はじめ人もモノもすべて戦争最優先に国家が取り上げました。
こうした痛苦の歴史のうえに、9条は「戦前」を全面否定して成立しました。
人権保障にとって重要なことは、9条が一切の戦争を否定しなければ「個人の尊厳」と自由は保障されない、「戦争は自由の最大の敵」という立場に立っていることです。
日本国憲法において、9条は自由の基礎でもあるのです。
9条は人権条項を定めた憲法第3章の直前で、第2章「戦争の放棄」として規定されています。
これに対し、自民党改憲草案では、憲法の第2章の表題は「戦争の放棄」から「安全保障」に変更。9条は全面的に書き換えられ「戦争の根拠」規定となっています。9条2項を全面削除し、「国防軍の保持」を明記しました。.
「国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める」とし、軍事に関する情報は「憲法」を根拠に国民の「知る権利」から遠ざけられます。
軍事を優先に
さらに前文には「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り」と国民の「国防の義務」を書き込み、改憲草案9条の3は、国と国民が協力して領土、領海、領空を保全すると規定しています。前文からは侵略戦争への反省、不戦の決意、平和的生存権の規定も削除しました。
また同13条では「公の秩序」による人権制限を認めていますが軍事が「公の秩序」となるもと、軍事優先で人権制限がまかり通ることになりかねません。
21条では「公の秩序に反する目的」による結社を禁じるという治安維持法のような規定も盛り込んでいます。
9条の否定のもと、戦前に通ずる国家と軍事による人権制限が全面復活する内容です。