2024年8月29日木曜日

29- 日本企業が「賃上げ」をできない「根本的な理由」…経営者たちが「仕事をサボっている」から

 経済評論家 加谷 珪一氏が掲題の記事を出しました。
 同氏は東北大工学部(原子核工学科)を卒業後日経BP社記者となり、さらに投資ファンド運用会社に転じた後に独立し、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務を行うという変わった経歴の持ち主です。

 かつて日本は驚異的な経済成長を遂げて「ジャパン・アズNO.1」と称された時期もありました。しかしその後は、1997年~2017年の20年間に米国が3.0倍に、ドイツが2.7倍などと先進各国は企業全体の売上高を軒並み2~3倍に伸ばしましたが、日本だけは時間が止まったかのように1997年で停止したままで推移しました。
 その結果19年には、外国人が働きたい国で日本が33カ国中32位に19.10.2)落ち、20年には「日本は物価も賃金も安い国中国人観光客が日本に大挙する理由20.1.31)…と書かれる国に変わり果てました。当然、「超円安でも為替介入できない理由/良い円安などあり得ない22.4.30)」ので、いまや 庶民は円安に起因する激しいインフレに見舞われ生活苦に喘いでいます。(茶色部分は当ブログで紹介した加谷 珪一氏の論文です)

 加谷氏は、賃金問題の本質は極めてシンプルであり 賃金は企業の売上総利益(粗利)を原資としているので、それが増加しなくては企業は賃上げを実現できないと述べています。
 粗利が変わらない中で賃金を上げれば最終利益減額するので、企業としては粗利を増やすか、他のコストを削減するかのどちらかを選ぶしかありません。今の日本では賃上げする代わりに役職手当を廃止するといった方法で総人件費が増えないよう調整し、基本的にコスト削減のみで利益を維持しようと試みているから結局賃金が上がらなくなったと述べています。
 本来は経営の革新で生産性を向上させて粗利を拡大すべきであったのに日本企業 I Tへの投資が過去30年間横ばいになっているが決定的に問題であると述べます。そして諸外国では当たり前となっている業務のデジタル化をほんの少しでも前に進めれば、その分だけ生産性が向上し、賃金の上昇につながることは全世界的に証明済みである述べています。ごくわずかな変革さえ実現できれば賃金は容易に上昇していくと 
 残念ながら企業における「業務のデジタル化」が具体的にどんなことをイメージしているのか、その分野に疎くて見当もつきませんが世界の常識(日本では、先進的な認識を持っている人々)できっと自明のことなのでしょう。

追記 「デジタル化」というとすぐに河野担当相の顔が浮かんで来ますが、彼は「あらゆる個人データをマイナカードに紐づけ」するのがデジタル化の在り方だと大真面目で思い込んでいたようなのですが、それこそがデジタル化を履き違えたもので、世界の趨勢に逆行することだったのでした。

 次回の内閣改組では真っ先にその担当から離れるべきでしょう。蛇足ながら 
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日本企業が「賃上げ」をできない「根本的な理由」…経営者たちが「仕事をサボっている」驚きの現実
                     加谷 珪一 現代ビジネス 2024.08.28

 加谷 珪一 プロフィール
  1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記
 者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務
 を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。
 現在は、経済、金融、ビジネスなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に『ス
 タグフレーション』(祥伝社新書)、『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『縮小ニッ
 ポンの再興戦略』(マガジンハウス新書)、『戦争の値段』(祥伝社黄金文庫)などが
 ある。

賃上げ問題は、今や日本における最大の論点に浮上しているが、状況は改善していない。日本企業は過去30年間売上高をほとんど伸ばしておらず、賃上げの原資をまったく獲得できていない。こうした状況でいくら政府が賃上げを求めても、他の部分のコスト削減で調整してしまうため、全体の賃金は上がらない。賃金を継続的に上げていくには、企業の業績拡大が必須となる。

賃金を上げる方法は2つしかない
賃金が上がらない問題について、多くの論者が小難しい議論を展開しているが、賃金問題の本質は極めてシンプルである。賃金というのは企業の売上総利益(粗利)を原資としており、ここが増加しない限り、理屈上、企業は賃上げなど実現できないからである。
あらゆる企業利益の源泉となるのは、売上高から原価(仕入原価もしくは製造原価)を引いて得られる売上総利益である(売上総利益は会計上の用語であり、商売の現場では一般的に粗利と呼んでいる)。企業の最終利益は、売上総利益をベースに、ここから人件費や広告宣伝費、減価償却費など各種経費を差し引いたものなので、売上総利益が変わらない状態で賃金を上げてしまうと、最終利益は減額となってしまう。こうした事態を回避するには、売上総利益を増やすか、あるいは他の経費を削るしか方法はない
簡単に言ってしまうと、賃金を上げるためには、売上総利益を増やすか、他のコストを削減するかのどちらかを選ぶ必要があるのだ。
今の日本はまさに後者となっており、多くの企業が、賃上げを行っても役職手当を廃止するといった方法で総人件費が増えないよう調整している。どうしても総人件費が増えてしまう場合には、他の支出を削減して対処するので、結果的にそのシワ寄せは、取引先の中小企業などに及んでしまう。日本全体で賃上げが進まないのは、企業が基本的にコスト削減のみで利益を維持しようと試みているからである。
事態を改善するには、企業の粗利を増やす必要があり、その最も有益な手段が売上高の拡大なのだが、日本企業の現状はお寒い限りだ。

1は日本と米国、ドイツにおける企業全体の売上高推移を示したグラフである。1997年における各国企業の売上高を100とした場合、過去20年でドイツ企業は売上高を27倍に、米国企業は3倍に拡大させたことが分かる。一方、日本企業は売上高がほとんど伸びておらず、ほぼ横ばいの状態が続いている



20年以上、企業の売上高が横ばいというのは、それ自体が異常な状況といえる。同じ期間、世界経済は順調に拡大を続けてきた現実を考えると、日本企業の売上高が横ばいというよりも、諸外国の3分の1に減少したと考えた方が実態に即しているだろう。この異常さに多くの人が気づいていないことこそが、問題の深刻さを物語っている。

コストカットに邁進し、内部留保だけが増大
では、売上高がほぼ横ばいで推移する中、企業はどのような振る舞いをしてきたのだろうか。図2は日本企業の売上高と営業利益率、内部留保の推移を示したものである。



日本企業全体の売上高は、過去20年以上にわたって1400兆円から1500兆円の間を行き来しているだけであり、先ほど説明したように、ほぼ横ばいの状態が続いている。企業会計の原則上、極端なコスト削減を実施しない限り、売上高が伸びなければ利益が増えることはない。ところが日本企業全体の営業利益率は、多少の増減はあるものの過去20年以上にわたって増加を続けている
つまり、日本企業は売上高が横ばいであるにもかかわらず、利益だけを継続して増やしてきた図式であり、それはとりもなおさず、コスト削減ばかり実施してきたことに他ならない。コスト削減の対象は当然のことながら人件費にも及んでおり、企業は人件費総額の抑制策を続け、結果として労働者の賃金は下がる一方だった。
また、外注先に対する代金の支払いについても、過度な値引き要請が常態化していた可能性が高く、業務を請け負う中小企業側は売上が小さくなってしまうため、当然のことながら賃上げを行うことができない。
日本では長くデフレ続き、物価が下がり続けたとされているが、これもある種のイメージにすぎない。
2000年から2010年代にかけて物価はほぼ横ばいの状態であり、2010年代以降、物価は継続的に上がっていた。実質賃金がマイナスなのは、物価に対して賃金が追い付いていないことが原因であり、全体の物価水準下落の影響ではない。整理すると、日本において賃金が上がらない最大の原因は、企業の売上高が伸びていないことに尽きる。

日本企業は積極的に現状維持を選択してきた
企業というのは明確な意思を持った組織であり、その意思を体現するのは株式会社であれば取締役会、つまり経営陣ということになる。過去30年間、日本企業の売上高が横ばいで推移してきたのは、日本企業の取締役会が明確に現状維持を選択したからに他ならない。
日本の賃金低下が企業の現状維持によってもたらされたのだとすると、持続的な賃上げを実現するには、日本企業の経営を変えるしか方法はなく、この議論を抜きにして賃上げを実現することは不可能である。
経営を変えるといっても、日本においてイーロン・マスク氏のような天才経営者を育成せよといった突飛な議論をしているのではない。例えば、日本企業のIT投資は過去30年間横ばいと、こちらも異常な状態が続いてきた。諸外国では当たり前となっている業務のデジタル化を、ほんの少しでも前に進めれば、その分だけ生産性が向上し、賃金の上昇につながることは、全世界的に証明済みである。
こうした最小限の改革すら拒んでいるのが日本企業の現実であり、裏を返せば、ごくわずかな変革さえ実現できれば賃金は容易に上昇していく。

最近ではようやく内部留保という言葉が社会に浸透するようになり、企業が利益を溜め込み、先行投資を怠っているという現実が共有されるようになってきた。内部留保の全額がキャッシュというわけではないが、最低限のデジタル化を進める原資はすでに企業内部に蓄積されている。あとはこのキャッシュを先行投資として有効活用するのかについて決断するだけだ。