2018年11月13日火曜日

日米FTAの行方と暴走するトランプへの対抗策 内田聖子氏に聞く

 ペンス米副大統領は12日午後、特別機で米軍横田基地に到着し、13日午前に安倍首相と官邸で会談します。今後の北朝鮮政策の方針をすり合わせるほか、首相は日本人拉致問題への協力を改めて求めるということです(産経新聞)。
 
 上記はいわば公式発表に当たるものですが、米国から来る人くる人ごとに拉致問題への協力を頼むということでは、とても今後米国に対して強く出ることなど出来ません。
 ダイヤモンドオンラインは、ペンス氏の来日は、年明けから始まる日米間の(実質的には日本がこれまで回避してきた)「日米自由貿易協定(FTA)交渉」の地ならしのための可能性が濃厚だとしています 。米国を出発する際のペンス氏の発言からもそのことは容易に窺われることです。
 日本政府は「物品貿易協定(TAG)」だと盛んに強調しますが、いずれにしても、そんな化けの皮はすぐに剥がされることになります。
 
 日刊ゲンダイが、TPP・FTAなどの問題のプロ=NPO法人アジア太平洋資料センター共同代表の内田聖子氏にインタビューしました。
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注目の人 直撃インタビュー  
専門家に聞く 日米FTAの行方と暴走するトランプへの対抗策
日刊ゲンダイ 2018年11月12日
 9月末の日米首脳会談でトランプ大統領から押し込まれた米国との通商協議が年明けから始まる。安倍政権はTAG(物品貿易協定)交渉だと強弁しているが、自由貿易推進派も反対派も声をそろえている通り、その実態は紛れもないFTA(自由貿易協定)交渉だ。米国第一を掲げ、対日貿易赤字の削減に躍起のトランプはどう攻めてくるのか。防戦一方の日本はまた泣き寝入りさせられるのか。NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表の内田聖子氏に聞いた。
 
■「TAG交渉」と強弁するのは安倍政権だけ
 ――日米2国間の貿易協定の協議が来年1月中旬以降に本格化します。
 安倍政権は「2国間のFTAや予備交渉はしない」と国会答弁してきた手前、TAGという用語をひねり出したのでしょうが、FTAを否定しているのは安倍首相、茂木経済再生相、および官邸の一部だけです。ペンス副大統領は「日本との歴史的な2国間のFTA交渉を始める」と明言していますし、日米共同声明の正文(別表参照)を見れば一目瞭然。日米通商交渉を巡っては、外務省が都合の悪い部分をはしょったり、マイルドに翻訳することは珍しくありませんでしたが、文言そのものをすり替えるのは非常に悪質です。
 
 ――安倍首相は投資やサービスなどのルールを含まないとして「包括的なFTAとは異なる」と言い張りますが、日米共同声明ではいわゆるTAG議論完了後に〈他の貿易・投資の事項も交渉を行う〉と記されています。
 その点からいっても、今後始まる協議はFTA交渉そのもの。小手先のごまかしを続けていては、農業界はもちろん、自動車業界も不信感を抱かざるを得ません。米国内だけでなく、世界のどの国も突然現れたモンスターのようなトランプ大統領の暴走に手を焼き、困り果てています。トランプ大統領は安倍首相に「FTA交渉を始めないのなら、日本から輸出される自動車に25%の高関税をかける」と露骨に脅しをかけた。どの業界もそうした状況に一定の理解を示しているのですから、「日本の国益を考えて自動車への高関税措置発動は回避する必要があると判断した」「その引き換えに日米FTA交渉を始める」と正直に説明する必要がありました
 
 ――当面の焦点となる農産品の扱いに関して安倍政権は「TPP以上の譲歩はしない」としていましたが、茂木経済再生相は「全体的に最大の譲歩はTPPだが、(品目ごとの最大は)それぞれ違う」と軌道修正しました。
 対日貿易赤字に占める自動車の割合は約8割に上り、農産品で譲歩をしても赤字削減効果は微々たるもの。日米貿易摩擦は自動車を何とかしない限り、解決できません。米国内の部品調達比率を引き上げたり、工場を移転しても抜本的なものにはなり得ない。極端なことを言えば、米国で日本車を販売しない、あるいは日本車製造をやめるくらいしか選択肢はない。根本的な構造として、消費旺盛で貯蓄が少ない米国の国内事情を変えない限り貿易赤字は解消しません。そこがトランプ大統領の方針の大きな矛盾であり、最大の問題点なんです。
 
 ――人気取りに振り回されている?
 そんなところだと思います。米中貿易戦争のあおりで、中国が得意先の米国の大豆農家はこの半年で半値以下でしか輸出できなくなった。彼らの不満を和らげるために、日本に農産品のさらなる市場開放を求めるポーズを見せている面もあるでしょう。TPP離脱で関税措置が受けられない米国の農畜産業界は日米FTAを待ち望んでいます。
 
USMCAや米韓FTAにある為替条項、中国排除条項も焦点
 ――物品交渉以外はどうですか。
 日米共同声明には〈他の重要な分野(サービスを含む)で早期に結果を生じるものについても交渉を開始〉というくだりがあります。ポイントは
▼TPP交渉時の日米並行協議で取り交わした約束
▼TPP離脱後にトランプ政権が日本に突き付けた要求
▼NAFTA北米貿易協定や米韓FTA再交渉で米国が勝ち取った成果
―とみています。並行協議では自動車の非関税措置、保険や食品添加物の規制緩和で合意。トランプ政権独自の要求は、「外国貿易障壁報告書2018」にある〈米国輸出にかかる幅広い日本の障壁を除去することを求めていく〉との記述がベースになるでしょう。具体的には収穫前後で使用される防カビ剤の要件、ポテトチップス用馬鈴薯の輸入解禁。コメ、小麦、豚肉、牛肉の輸入制度。日本郵政や共済などの金融保険サービス、知的財産権分野、医療機器、医薬品分野などが標的です。米国の製薬業界も薬価算定制度などを変えるよう圧力をかけています。
 
 ――9月末にNAFTAは新協定のUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)として妥結、米韓FTA改正案も大筋合意に至りました。
 米国が勝ち取ったもののひとつは、為替操作禁止条項です。メキシコとカナダは「為替介入を含む競争的な通貨切り下げを自制する」との明記をのまされた韓国は強制力のない付帯協定の位置付けですが、ウォン安誘導禁止で合意しました。為替条項はもともと米国が欲しがっているアイテムで、ムニューシン財務長官は日本を含むどの国の通商協定にも盛り込むことを目指すとしている。日米交渉でも俎上に載るのは間違いないでしょう。もうひとつ、私がUSMCAで注目しているのが、米国が持ち込んだ中国対策です。
 
 ――それは、どんな内容ですか。
 中国排除条項と言っていいほどで、従来の通商交渉では見られなかったものです。カナダやメキシコが非市場国との貿易協定締結に動けば、USMCAの枠組みを解消すると脅している。非市場国の定義はあいまいですが、厳しい国内規制で海外投資家に差別的待遇をしているとか、知的財産権を侵害する国を指していて、中国を想定しています。カナダもメキシコも中国と自由に貿易協定を結べなくなるため、主権介入の点でもひどい代物ですが、中国を相当刺激する条項です。日本にも同様の要求をしてくる可能性があり、そうなれば通商交渉という次元を超えて、安全保障に関わる問題につながりかねない火種となりそうです。
 
■茂木大臣はどう攻めるのか
 ――TPP11は12月末に発効。「自由貿易の旗手」を自任する安倍首相は、日欧PAの来年2月の発効を目指すほか、中国やインドを含む16カ国が参加するRCEP(東アジア地域包括的経済連携の妥結を急いでいます
 トランプ政権はRCEPの妥結を望んでいません。安倍政権がいくら自由貿易推進に動いても、振り返れば米国が睨みを利かせている。日本は年内の「実質的合意」を目標としていますが、交渉は来年も続く。トランプ大統領が「中国が入る貿易協定は許さない」と言い出したら、日本は袋小路に入ってしまう。むしろ入ってしまったと言っていいかもしれません。
 
 ―― 一方的な要求を突き付けるトランプ政権に対抗策はありますか。
 トランプ大統領は気に食わないと自動車で揺さぶりをかけ、日本が譲歩を重ねる構図が固まっているのが問題です。日本には、はねのける交渉力も差し出すカードもない。だから、この構図を壊さない限り、日本は米国のATMのままです。米国の要求を丸のみする形で交渉が妥結すれば、さまざまな産業に影響が及び、国内法改正にも追い込まれます。日本が取り得る戦略としては、トランプ大統領が政権を去るまで死に物狂いで協議を引き延ばすしかありません
 
 ――臨時国会の大きな論点です。
 茂木経済再生相は「攻めるべきところは攻め、守るべきところは守る」と言っていますが、何をどう攻めるのかを具体的に聞きたいですね。自動車が封じ込まれる中、日本は何を売り込むのか。交渉には攻めと守りのカードがあるはずなのに、日本の対米姿勢は守りに徹しています。交渉スタート前に日本はこれ以上譲れないラインをキッチリ定義し、米国に了承させる手続きも必要です。共同声明のコミットメントは曖昧な上に、非対称です。米国は〈市場アクセスの交渉結果が自動車産業の製造および雇用の増加を目指す〉と具体的な要求を書き込む一方、日本は〈農林水産品で過去の経済連携協定で約束した市場アクセスの譲許内容が最大限〉にとどまっている。TPP交渉参加前の13年4月に衆参農水委員会は関税撤廃の例外とする聖域5品目(コメ、麦、牛・豚肉、乳製品、甘味資源作物)を定義し、認められない場合は脱退も辞さないことなどを政府に求める決議をしました。結果的にはなし崩しになりましたが、今回もそうした決議は欠かせない。安倍政権は国会を通じ、国民に具体的な説明と約束をしなければダメでしょう。
(聞き手=坂本千晶/日刊ゲンダイ)
 
 インタビューは動画でもご覧いただけます。
 
▽うちだ・しょうこ 1970年生まれ。慶大文学部卒。出版社勤務などを経て、01年にアジア太平洋資料センター(PARC)事務局入り。TPPをはじめとする自由貿易・投資協定のウオッチと調査、政府や国際機関への提言活動、市民キャンペーンなどを展開。日本が参加表明前からTPP全体交渉会合にNGOとして参加。共著に「自由貿易は私たちを幸せにするのか?」(コモンズ)など。