2013年7月2日火曜日

北海道新聞が「憲法論議の行方」を論じる

 北海道新聞が6月30日、7月1日の2日連続で「2013参院選 憲法論議の行方」と題する社説を掲げました。
 5大紙などとは対照的に地方紙の多くは社会の木鐸に相応しい社説を掲げますが、その中でも東京新聞(=中日新聞)と北海道新聞は多くの識者からその筆頭に位置するものと評価されています。

 1日目の「冷静な見極めこそ大切だ」では、「いまこそ憲法の意義を深く考えるとき議論が未熟なまま改憲が進むことは避けなければならない」、「自民党の96条改定先行論や、国民投票法の有権者を18歳下げるなどの改正は、単にできるところから手を付けようという邪道」、「経済政策を支持して自民党に投票すると、憲法改定にも賛同したものと見なされ得る」などと指摘し、「問われるのは有権者の見識」で、今日の「社会の閉塞感憲法によってもたらされたものと勘違いしてはいけない」し、「今日の日本をつくる上で大きな役割を果たしてきた現行憲法を、改憲論の前に正確に評価する作業欠かしてはならない」と述べています

 2日目の「駆け引きでなく見識示せ」では、「自民党の改憲案は問題多い」として、「96条の改定案は憲法を通常の法律と同じにする不正」であり、「国防軍創設最大の問題で、戦争の過ちを繰り返さないという誓いを取り消すことに国際社会は同意しない」し、「国民の義務を隋所で拡大し国民自由を“公益及び公の秩序に反してはならないと制限し、緊急事態時には国の指示に従うと義務付けるのは立憲主義に反する」と述べ、各党に対して「有権者の判断に資するよう活発な議論を進めてもらいたい」と要請しています

 以下に2回にわたる社説を紹介します。
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社説2013参院選 憲法論議の行方(上) 冷静な見極めこそ大切だ
北海道新聞 2013年6月30日
 参院選に向け憲法問題が大きな争点に浮上している。最近の国政選挙にはなかったことだ。 
 安倍晋三首相がこの半年、経済再生とともに大きなテーマとして掲げたのが改憲だ。憲法改正の発議要件を両院議員の過半数に緩和するため96条の変更を先行させると語った。 
 参院選で改憲派が3分の2を占めれば、衆院とともに発議が可能になる。日本の将来を左右する重要な選挙になるかもしれない。 
 いまこそ憲法の意義を深く考えるときだ。平和、人権といった普遍的理念を提示したのが日本国憲法だ。 
 議論が未熟なまま既定路線のように改憲が進むことは避けなければならない。 
*勢力集めに見境なく 
 「国民の手に憲法を取り戻す」。首相はそう言って96条先行論を展開した。国民の6割が憲法改正を望んでも、3分の1強の国会議員が阻止できるのはおかしいという主張だ。 
 ところが公明党や自民党内から反論が出ると態度を変えた3分の2の賛成を必要とする発議要件は部分的に残してもいいという。改憲に慎重な公明党の賛成を得るためだ。 
 日本維新の会には当初期待を寄せていたが、橋下徹共同代表の従軍慰安婦発言で失速すると、民主党の一部にも秋波を送った。維新と民主では党の方向性が一致しない。 
 首相は改憲勢力を見境なく集めようとしている。 
 対象を18歳以上に引き下げるなどの国民投票法の改正にも前向きだ。改憲の中身には深入りせず、できるところから手を付けようというのは邪道ではないか。 
 最近になって首相は「国民の理解と平仄(ひょうそく)を合わせ、どの条文を変えていくか慎重によく議論していく」と柔軟姿勢に転じたかのようだ。 
 しかし、とにかく改憲を前に進めようとする意思に変わりはない。参院選の公約にも盛り込み、国民に賛否を迫る姿勢だ。 
 憲法のほかにも重要なテーマはある。だが選挙では政策ごとに投票先を変えられるわけではない。たとえば経済政策だけを支持して自民党に投票しても、憲法など他の政策にも賛同したと見なされ得る。 
 各政党も憲法問題の議論を意図的に避けるような「争点隠し」をしてはならない。選挙で勝利してから急に改憲を言い出すような進め方は誠実さを欠くものだ。 
 問われるのは有権者の見識である。そのことを肝に銘じなければならない。各党の主張をしっかり見定めて投票することが大事だ。 
*ネットに集まる民意 
 議論の背景に社会の変化がある。 
 バブル崩壊後の「失われた20年」。アジア発の金融危機、痛みを伴う構造改革と格差社会の拡大に日本社会は揺れた。将来にツケを回す財政赤字の累積と年金財政の逼迫(ひっぱく)で、若い世代は将来に希望を持てない。 
 社会にひずみが広がる中で、「憲法は本当に自分たちの権利を保障しているのか」と疑問を持つ人が増えた。憲法は古い時代の遺物のようなイメージで見られるようになった。 
 ネット社会では、現実社会への不満が瞬時にして仮想世界の世論を形成する。改憲を訴える書き込みには即座に賛同が集まるが、護憲論は現実社会の既得権益のように敵視され、攻撃の対象となりがちだ。 
 そこに集まった「民意」を一部の政治勢力が巧みにすくい取り、政治意思を形成しようとしていることに気が付いているだろうか。 
 北朝鮮の核・ミサイル開発や尖閣諸島周辺の中国船にどう対処するのか。政治の側からのそんなメッセージを受け、改憲を求める世論がさらに拡大する構図がある。 
 だが、社会の閉塞(へいそく)感は憲法によってもたらされたものではない。政治課題にしっかり取り組まず、目先の選挙や国会の駆け引きに明け暮れた政治に大きな責任がある。 
 憲法を変えて今ある内外の課題が一気に解決するわけでもない。ことさら改憲論を振りかざす政治家の言動には、政治の至らなさを憲法問題にすり替えて注意をそらす意図が隠されていると考えざるを得ない。 
*生活と密接な関わり 
 憲法はすでに国民の生活に深く根付いている。改憲によって失うものは何か、見極めることが大事だ。 
 ネットで憲法を論じることができるのは、現在の憲法が言論の自由を保障しているからにほかならない。生活保護や最低賃金などの制度も、人権を尊重する憲法の理念の上に成り立っている。 
 戦争の放棄をうたった9条は根幹をなす部分だ。不戦の決意を具体化するために、戦力を持たず、交戦権も認めないことを宣言した。 
 戦後の日本が他国と一度も戦うことなく平和を保ってきたことに、憲法の平和主義が貢献したことは間違いない。いま必要なのは平和の理念をどう具現化するかの議論だろう。 
 今日の日本をつくる上で、憲法は大きな役割を果たしてきた。改憲論の前に、現行憲法を正確に評価する作業は欠かせない

社説2013参院選 憲法論議の行方(下)駆け引きでなく見識示せ
北海道新聞 2013年7月1日

 国会では憲法をめぐり大きく三つの勢力が形づくられている。 
 改憲派は昨年、憲法改正草案をまとめた自民党を軸として、日本維新の会、みんなの党などが含まれる。共産、社民両党は護憲の立場から主張を展開する。民主、公明両党はその間で立ち位置を探っている。 
 通常国会では各党が衆参両院の憲法審査会でテーマごとに各党の意見を述べ合った。だがまだ不明な点が多い。 
 参院選ではそれぞれの立場を一層明確にしてもらいたい。政治の駆け引きで主張や理念が簡単に変わるのでは国民の不信が増すばかりだ。 
*問題多い自民の草案 
 改憲に向けて最も立場を明確にしているのは自民党だ。憲法改正草案は具体的な条文を示して、国民に賛否を問うている。だが、この草案はあまりに問題が多い。 
 憲法改正の発議要件を定めた96条は両院議員の3分の2以上から過半数に緩めることとした。世界的に見ても改正しにくいという理由だ。 
 過半数で変えられるのであれば通常の法律と同じである。憲法の最高法規性を否定するものだ。憲法が時の政権の都合で簡単に変更されれば、国が漂流しかねない。 
 改憲論者として知られる小林節慶大教授ですら「憲法は紙切れに書かれた文字で国家権力を縛らなければならないから、そう簡単に権力者がふりほどけないよう、『硬さ』を与えるのが世界の相場だ」と語る。 
 自民党と連立を組む公明党は、96条の要件緩和に反対している。首相はこれに配慮して、9条など一部を残して要件緩和する「妥協案」を口にするようになった。 
 あまりに場当たり的ではないか。しかも一部緩和は改正手続きを複雑化させ、憲法の条文に軽重の差をつけることになる。過半数で改正できる条文は、果たして憲法として尊重されるだろうか。 
 公明はまた、環境権やプライバシー権などの新しい人権を加える「加憲」を主張する。だが現憲法ですでに保障されているとの説が有力だ。 
*平和主義後退の懸念 
 自民党草案の最大の問題は平和主義の後退だ。 
 9条2項を変えて「国防軍」創設を提唱している。「独立国家が独立と平和を保ち国民の安全を確保するため軍隊を保有することは世界の常識」であることを理由にしている。 
 1項の「戦争の放棄」は維持するというが、「隊」が「軍」になれば、軍事力を行使する組織としての意味合いは強まる。「戦争の過ちを繰り返さない」という誓いの変質を、国際社会はどうとらえるだろうか。 
 自民党内には9条の前に集団的自衛権の行使を禁じた政府解釈の変更を主張する声が強い。 
 政府は必要最低限度の自衛の範囲を超えるため、行使できないという立場をとってきた。解釈変更は憲法の平和主義から逸脱するものだ。 
 9条改正論の根底には、自衛隊をめぐる憲法論争に決着をつけたいという思惑がある。だが海外派遣などなし崩し的に活動を広げたのは歴代自民党政権だ。既成事実の積み重ねによって憲法の理念が大きくゆがめられた。 
 草案はさらに、国に対する国民の義務を随所で拡大した。 
 憲法が国民に保障する自由には「公益及び公の秩序に反してはならない」と制限を設けた。「緊急事態」の際には国の指示に従わなければならない。家族は互いに助け合わなければならないという条文もある。 
 一貫しているのは国が国民を管理する発想だ。国民を擁護し憲法が国家権力を縛るという「立憲主義」とは全く相いれない。 
*立場あいまいな民主 
 民主党は2月に定めた新綱領に「立憲主義」を明記した。参院選重点政策では96条先行改正への反対を盛り込んだ。 
 しかし、党内には改憲、護憲両派が混在しいる。憲法問題で明確な方向性は出しにくく、「論憲」を主張するのがやっとの状態だ。 
 さらに議論を詰めなければならない。自民党との違いを明確にするのなら「立憲主義」の中身をもっと詳しく説明する必要があるだろう。 
 日本維新の会は3月の新綱領で憲法を「絶対平和という非現実的な共同幻想を押しつけた元凶」としたが、憲法に対する根本的な考えで2人の共同代表の見解が異なっている。有権者は戸惑うのではないか。 
 みんなの党は統治機構改革の視点から国会の一院制や首相公選制の導入を主張する。この点では維新と方向性が一致しているが、実現性について不十分な面もある。 
 共産、社民の両護憲勢力は、憲法を変える必要はないという立場だ。自民党との違いを選挙でアピールする狙いも見える。大事なのはより説得力ある議論を展開することだ。 
 各党とも憲法についての見解を参院選公約に載せている。国の将来をどう描くか、有権者の判断に資するよう、活発な議論を進めてもらいたい。