2024年6月26日水曜日

仏発・グローバルニュースNO.10 国民議会解散で復活したフランスの左派連合

 土田修氏による「仏発・グローバルニュースNO10」に掲題の記事が載りました。
 6月9日に仏で行われた欧州議会選挙でマクロン大統領が大敗するのは、彼自身も覚悟していたと言われ そうなれば一か八かのチャンスを求めて国民議会(下院)を解散するしかないと考えていたようです。
 土田氏が選挙後の仏国内の事情について解説しています。
 予備知識のない身には複雑すぎて俄かには理解できないのですが・・・
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フランス発・グローバルニュースNO.10 国民議会解散で復活したフランスの左派連合
                    レイバーネット日本 2024-06-25
                              土田修 2024.6.20
                  ル・モンド・ディプロマティーク日本語版前理事
                      ジャーナリスト、元東京新聞記者
 6月9日に行われた欧州議会選挙での大敗を受け、マクロン大統領が突然、国民議会(下院)を解散し、激震が走った。その余波が冷めやらぬフランスで今度はユダヤ人少女のレイプ事件が発生19日に警察が事件を公表)、ユダヤ人社会に衝撃を与えている。警察の取り調べによると、容疑者の少年は「汚らしいユダヤ人!」と少女を罵倒し殴りつけた挙句に暴行を加えたという。ユダヤ人団体は「反ユダヤ主義に端を発する恐ろしい事件だ」と在仏ユダヤ人の保護を訴え、21日にパリ市庁舎前広場で「反ユダヤ主義」を告発する大規模な抗議集会を開催した。
 事件は6月15日、パリ北西部郊外のクールブヴォワで起きた。午後3時ごろ、13歳の少女が12歳から13歳の少年3人に幼稚園の廃屋に連れ込まれ、「お前の家族はユダヤ人だろ? なんでお前はそれを隠しているのか?」と問いただされ、ライターの火で頬を焼かれ、体にペットボトルの水をかけられて暴行された。
 フランス政府によると、今年1月〜3月にフランス国内で発生した「反ユダヤ主義」を理由にした犯罪事案は、昨年同期の3倍以上に上っている。フランスはイスラエル、米国に次いでユダヤ人の数の多い国だ。マクロン政権はガザ侵攻とジェノサイドを続けるイスラエル支持を続け、「反ユダヤ主義」と「テロリズム擁護罪」を振りかざして、パレスチナ連帯の集会やデモを禁止してきた。低迷する政権支持率を前にイスラエル人団体の票を気にしているのは間違いない。だが、「反ユダヤ主義」をかざして「表現の自由」を抑圧すればするほど、ユダヤ人が標的になる事案が増えるという逆転現象が起きている。

 今回の少女レイプ事件はフランスのユダヤ人社会を「恐怖」に陥れた(6月21日ル・モンド紙)。パリ市庁舎前広場で行われた抗議集会で、フランス・ユダヤ人団体評議会(CRIF)のヨナタン・アルフィ代表は「“イスラエルの責任”をフランスのユダヤ人に押し付けるような行為だ。イスラエルへの憎悪が反ユダヤ主義に火をつけている」と声明を発表した。シオニスト系のユダヤ人団体は、パレスチナ連帯を訴えている「不服従のフランス(LFI)」のジャン=リュック・メランション氏を「反ユダヤ主義を煽っている」として猛烈に非難している。フランスのテレビ局も「今回の事件によって、『反ユダヤ主義』が国民議会選挙の最大テーマになった」と声高に叫んでいる。
 ル・モンド紙によると、フランスではユダヤ人に対する攻撃を正当化する感情が18歳から24歳の若者世代に顕著に見られるという。LFIは高校生や大学生など若者世代の支持者が多い。そのLFIがこれまでパレスチナ連帯を訴え、イスラエル政府を批判してきたことで、若者世代に「反ユダヤ主義」や「反シオニズム」を植え付けたと、政府やメディアはLFIを口汚く罵ってきた。若者の多くがソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)によって情報を得ていることから、保守派はSNSを目の敵にしており、マクロン大統領は今回の国民議会選挙の公約としてモバイルやSNSの使用に年齢制限を課すことを提案している。
 今回のレイプ事件は、容疑者の少年らがユダヤ人を標的にしたというより、自らの犯罪行為を正当化するため少女がユダヤ人であること”を利用しただけだ。都市近郊に多い少年犯罪とフランス社会に蔓延する人種差別の問題にきちんと向き合うことは大切だが、政治家やメディアのように国民の目をことさら「反ユダヤ主義」へと誘導し、「選挙の最大テーマ」として大騒ぎすることには大きな疑問を感じる。  

■決選投票に望みを託すマクロン氏
 6月に行われたフランスの欧州議会選挙では、極右政党の「国民連合(RN)」が31・36%の得票率を獲得し、与党連合ルネサンスの14.6%に大差をつけた。その夜、マクロン氏は突然、国民議会(下院)の解散を宣言。欧州議会選挙の大敗はマクロン政権への痛烈な批判だったが、マクロンはそれを糊塗するためか、国民議会を解散し、極右との対決を選んだ。国民議会選挙(小選挙区制、577議席)は6月30日と7月7日の2回投票方式で実施されるが、1回目の投票で過半数を獲得した候補者がいなければ、上位2人による決選投票が行われる。前回の2022年の国民議会選挙では選挙区の99パーセントが決選投票に進んでいる。
 現在の議席数は与党連合が過半数に満たない250議席で、RNグループは89議席。2022年の国民議会選挙に向けて、LFIが主導し、社会党(PS)やフランス共産党(PCF)、「ヨーロッパ・エコロジー=緑の党」など左派が結集した「新人民連合環境・社会(NUPES)」は150議席以上を獲得したが、その後分裂状態にあることから、マクロン氏の「危険な賭け」(6月11日ル・モンド紙)は昇竜の勢いのRNをいかに抑えるかにかかっている。マクロン氏は決選投票で、本当は左派を支持しているがRNにだけは勝たせたくない」と鼻をつまんで与党連合に投票する「極右嫌い」の有権者に一縷の望みをかけるしかないのだ。
 その鍵を握るのが「共和党(LR)」(62議席)の動向だ。LRは昨年12月に国民議会を通過した、「外国人排斥」を強化する移民法改正案をめぐって、それまで連携していたマクロン政権と対立を深め、エリック・シオッティ党首は今回の国民議会選挙では「RNとの連携」を表明している。RNはマクロン氏による国民議会解散を歓迎し、「まもなく(フランスで極右政権が誕生するという)歴史的瞬間が訪れる」と豪語したが、それが現実となり、ジョルダン・バルデラ党首(28歳)が首相に就任した場合、フランスでも極右政権が誕生することになる。RNは「欧州連合(EU)」によるウクライナ支援の即時停止を訴えており、ウクライナ戦争の先行きにも大きな影響を与えそうだ。

 マクロン氏はウクライナ戦争の開戦前はロシアのプーチン大統領との対話を重視し、ウクライナ侵攻を思いとどまらせようと西側の首脳の中で独自外交を展開した。以前はNATOに否定的で、「NATOは脳死時状態にある」と発言し、ドイツのメルケル首相にたしなめられたこともあった。ロシアがウクライナに侵攻すると「NATOは脳死状態から目覚めた」と発言を翻し、今年2月には「ロシアに勝たせるようなことがあってはならない」と対ロシア強硬派に鞍替えし、「西側の地上軍のウクライナ派遣の可能性を排除しない」とまで表明し、同盟諸国を驚かせた。欧州連合(EU)によるウクライナ支援に反対する極右の台頭を警戒するフランス・メディアがマクロン発言を称賛したことから、調子に乗ったマクロン氏はリップサービスなのか「クリミア半島への侵攻」まで口にするようになった。

■「極右が政権をとる」という悪夢
 そもそも、マクロン政権の外交政策は予測不可能なまでに揺れ動いている。ル・モンド・ディプロマティーク日本語版6月号にジャン・ド・グリニアスティ元駐露フランス大使の「グローバルサウスに向き合わないフランス」という記事が掲載された。世界のパワーバランスは欧米中心から「グローバルサウス」へと移行し、軍事や経済面で西側の圧倒的優位性は失われつつある。だが、フランスの外交姿勢はこうした世界の変化に逆行していると、筆者は指摘する。
 世界の変化とは何か。一つには、筆者はミサイルやドローンで紅海の航行妨害を始めたイエメンのフーシ派に対して「英米の軍事技術はさしたる効果を挙げていない」と指摘する。それは西側が独占してきたはずの軍事技術が「グローバルサウス」にも拡散した結果だという。また、国連安全保障理事会では、パレスチナ紛争の停戦決議案に拒否権を行使していた米国が「戦争の中断」を提案し、今年3月には停戦と人質の解放を求める決議に棄権することで、それを承認した。これはイスラエルを落胆させたが、アラブ諸国を含む「南」の圧力によって米国の外交姿勢が変化した結果だという。
 ウクライナ侵攻を受けて西側諸国がロシアに科した経済制裁がほとんど効果がなかったことも世界的なパワーバランスの変化を象徴している。経済制裁はロシアの政権交代や戦意喪失につながるどころか、ロシアはにわかに経済成長を回復しており、反対に欧州諸国に景気後退をもたらした。「南」の多くの国がこの制裁に加わらなかったことが一因となっているが、筆者は「ビジネス、金融、テクノロジーの強さは西側の専売特許ではなくなった」と指摘する。国際決済システムSWIFTは人民元国際決済システムで代替できるし、世界の国内総生産(GDP)の27%を占めるBRICSグループ(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ、エジプト、イランなど)は固有通貨の創設を進めている。近い将来、「南」による新たな国際金融ネットワークが構築されることだろう。

 このように国際関係が大きく変化する時代にあって、筆者はフランスの外交政策が「西洋主義」の立場に固着し、結局はアメリカへの追随を強化するだけで、バランスを保った従来の外交路線を見出せなくなっていると指摘する。世界のパワーバランスが多極化する今こそ、フランスは「ドゴール・ミッテラン流」の独自外交方針へ立ち戻るべきだというのだが、マクロン与党が国民議会で過半数に遠く及ばない現状では夢のまた夢でしかない。欧州議会選挙でのRNの躍進ぶりを目の当たりにした財界までがマクロン与党にそっぽを向き始めた。日刊紙ル・モンド(6月22日)は「RNが権力の座に就いても企業経営者にとって問題はない」という記事を掲載した。あたかも7月にRN政府が出現すると予測しているかのように、「経営トップは左派連合よりRN政府の方が与しやすい」とまで主張している。
 ル・モンドが書いている左派連合とは、国民議会選挙に向けてLFIのメランション氏が提唱した「新人民戦線(NFP)」のことだ。「貧しい市民の革命運動」を提唱するメランション氏は「欧州議会選挙の大敗隠しだ」とマクロンの無責任ぶりを批判する一方、外国人排除を進める「極右のフランス」に対し、若者や労働者、移民など社会的弱者のための「新しいフランス」を唱え、PCFや環境派グループとともに、NFPを結成した。そこに「メランション嫌い」の多いPSも歩調を合わせそうだ。メランション氏は人種や宗教、文化、ジェンダーの多様性を重視する、極右とは真逆の政策を打ち出しており、現在の首相のガブリエル・アタル氏に代わって「首相に就任する準備ができている」と表明している(6月25日ル・モンド)。左派内部には不協和音も存在するが、イタリアのメローニ政権に続いて「極右が政権を取る」という悪夢が新たな左派連合を復活させたのは間違いない。

 今月23日にはパリ市内でフェミニスト団体が「RNは女性の権利を否定している」などと訴える大規模なデモ行進を行ったが、LGBTを認めず男性優位や「外国人排斥」を訴えるRNを危険視するデモや集会はフランス中で起きている。フランスのタブロイド紙は「マティニョン(首相官邸)の闘い」(Bataille de Matignon)という大見出しで、アタル氏とメランション氏、バンデラ氏の3人の写真を大きく掲載した。NFPが躍進すれば、アタル氏でもバルデラ氏でもなく、メランション氏がマティニョンの主になる日が来るかもしれない