2024年7月24日水曜日

24- ウクライナをアメリカの干渉から救え(賀茂川耕助氏)

 「耕助のブログ」が掲題の記事を出しました。

 ウクライナの人々はロシア軍の侵攻を受けて必死に闘い、尊い命を散らしています。立場は違うにしてもそれはロシア軍についても言えることです。
 両国で異なっているのは、ロシアは停戦交渉の用意があることを公言しているのに対して、ゼレンスキーは、真意は不明ですが少なくともプーチンのように公言していない点です。とは言えプーチンも、22年2月24日を起点にして「そこに戻るという停戦」は、ロシア軍が侵攻するに至った経過からして受け入れることは出来ません。

 はっきりしていることは米国には戦争を終了させる意思はなく、ロシアに打ち勝つまではウクライナに戦争を継続させようとしているということです。それは勿論ウクライナのための思考ではなく米国の利益のためです。ウクライナ戦争は言ってみれば、米国がこの20年余りを掛けて画策してきた結果 起きたものなので、米国につき従っていてはどうにもならないのです。
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ウクライナをアメリカの干渉から救え
                  耕助のブログNo. 2215 : 2024年7月22日
   Save Ukraine from American meddling   by Jeffrey D Sachs
ウクライナを救えるのは交渉の席だけで、戦場ではない。悲しいことに、ウクライナ議会のオレグ・ドゥンダ議員のようなウクライナの政治家たちはこの点を理解していない。彼は最近、私が繰り返し訴えてきた交渉に反対する寄稿をした。

ドゥンダは、アメリカがロシアからウクライナを救ってくれると信じている。真実はその逆だ。ウクライナは実際にはアメリカから救われる必要がある
ウクライナは、ヘンリー・キッシンジャーの有名な格言「アメリカの敵になるのは危険かもしれないが、アメリカの友人になるのは致命的だ」を体現している。

30年前、ウクライナは、ロシアを弱体化させる完璧な手段がウクライナだと信じるアメリカのネオコン(新保守主義者)に取り込まれた。ネオコンとはアメリカの覇権主義、つまり、アメリカが世界唯一の超大国であり、世界の警察官である権利と責任をイデオロギー的に信奉する人たちのことである(たとえば、新米国世紀プロジェクトの2000年の報告書『アメリカの防衛力再建』にそう記載されている)。

ネオコンは、アメリカの権力と影響力をウクライナに押し込むために3つの方法を選んだ: 第一に、ウクライナの内政に干渉すること、第二に、ロシアのレッドラインにもかかわらずNATOをウクライナに拡大すること、第三に、ロシアを打ち負かすためにウクライナを武装させ、経済制裁を加えることである。

1990年代、ネオコンたちはウクライナの耳元で甘い幻想をささやいた。「私たちと一緒に栄光の楽園NATOランドに入れば永遠に安全だ」。親欧派のウクライナの政治家たち、特に西ウクライナの政治家たちは、この話を気に入った。彼らは、1999年にポーランド、ハンガリー、チェコが加盟したように、ウクライナもNATOに加盟すると信じていた。
NATOをウクライナまで拡大するという考えは愚かで危険なものだった。ロシアから見れば、1999年の中欧へのNATO拡大は非常に不愉快であり、NATOは「1インチも東方には拡大しない」という米国の厳粛な約束に対する明白な違反であったからだ。しかしロシアの利益にとって致命的なものではなかった。これらの国々はロシア本土と国境を接していない。しかしNATOがウクライナまで拡大すれば、セヴァストポリにあるロシアの黒海艦隊を失い、ロシア本土からアメリカのミサイルが飛んでくることになる。

実際、ロシアがウクライナへのNATO拡大を受け入れる見込みはなかった。現CIA長官のウィリアム・バーンズは2008年に駐モスクワ米国大使を務めていたとき、コンドリーザ・ライス国務長官に宛てたメモの中でそう述べている。そのメモのタイトルは有名な「Nyet means Nyet」Nyet⇒ダメ)である。
バーンズはこう書いている:
ウクライナのNATO加盟は、(プーチンだけでなく)ロシアのエリートにとって最も明確なレッドラインである2年半以上にわたって、クレムリンの暗黒の奥深くにいる腰巾着からプーチンの鋭利なリベラル派評論家までロシアの主要人物と会話してきたが、ウクライナのNATO加盟をロシアの利益に対する直接的な挑戦以外の何ものでもないと考える人物を私はまだ見つけたことがない。

ネオコンたちは当時も今も、このロシアのレッドラインについてアメリカや世界の一般大衆に説明することはない。アメリカの上級外交官や学者たちは1990年代にはNATO拡大について同じ結論に達していた。
ウクライナ人とその支持者は、ウクライナにはNATOに加盟する「権利」があると主張している。アメリカも繰り返しそう言っている。NATOの方針ではNATOの拡大はNATOと加盟候補国との間の問題であり、ロシアや他の非NATO国には関係ないとしている。
とんでもない話。ジョン・カービー将官がホワイトハウスの演壇から、中国やロシアがNATOと同じ門戸開放政策に基づきメキシコにはリオ・グランデ川沿いに軍事基地を誘致する「権利」があると宣言したら私はその主張を信じるだろう。モンロー・ドクトリンは2世紀にわたって正反対のことを言ってきた。

つまり、ウクライナはネオコンによって大失敗するように仕組まれたのである。実際、ウクライナの国民は真実を感じ取っており、2014年の蜂起でウクライナのヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領が倒れるまで、圧倒的にNATO加盟に反対していた。

この衝撃的なまでに誤ったアメリカの政策の時系列を辿ってみよう。2000年代初頭、アメリカはウクライナの政治に集中的に干渉し始めた。ヴィクトリア・ヌーランドによれば、アメリカはウクライナの「民主主義」を構築するために数十億ドルを費やした。それでもウクライナ国民はNATO加盟に強く反対し続け、2010年にはウクライナの中立を唱えるヴィクトル・ヤヌコヴィッチが選出された

2014年2月、オバマ政権はネオナチ準軍事組織に積極的に味方した。ネオナチは2月21日に政府庁舎を襲撃し、翌日には「尊厳の革命」と称してヤヌコビッチを打倒した。アメリカは即座に新政府を承認した。ヌーランドとジェフリー・パイアット駐ウクライナ米国大使の驚くべき通話傍受は、反乱の数週間前にウクライナの新政府に誰が入るべきかについて話しているもので、アメリカの関与の大きさを示している。

蜂起後のウクライナ政府はロシア嫌いであふれ、アゾフ連隊のような過激派右翼準軍事組織によって支えられていた。民族的にロシア系のドンバス地方が蜂起から離脱すると、中央政府は武力による奪還を目指した。2015年にキエフとドンバス自治州の間で和平協定が結ばれ、ドネツクとルハンスクというロシア民族居住地域に自治権を拡大することで戦闘を終結させるという「ミンスクⅡ」と呼ばれる協定が結ばれた。

しかし残念なことに、ウクライナとアメリカはこの条約を公に支持しながらも、それを台無しにした。ドイツのアンゲラ・メルケル首相によれば、条約はウクライナに軍備を整える時間を与えるための一時的な措置にすぎなかった。アメリカはウクライナに軍備を増強し、NATOと相互運用できるようにし、ドンバスの武力奪還を支援するために軍備を輸送した。

ウクライナを救うための次の外交的機会は2021年12月に訪れた。プーチンが米露安全保障条約を提案し、他の問題(ロシア近辺への米国のミサイル配備という緊急の問題を含む)のなかでもNATOの拡大停止を求めたのだ。バイデンは交渉する代わりにNATO拡大終結の問題で再びプーチンにきっぱりとノーと言った。

2022年3月、2月24日にロシアが「特別軍事作戦」を開始してからわずか数日後に、ウクライナを救うための外交的機会が再び訪れた。ロシアは、ウクライナが中立に同意すれば戦争を止めると言った。ゼレンスキーは同意し、文書が交換され、和平交渉はほぼ合意に達した。しかし、ナフタリ・ベネット元イスラエル首相によれば、アメリカや他のNATOの同盟国、特にイギリスは、この合意を阻止するために介入し、ウクライナに戦い続けるように言ったという。最近、ボリス・ジョンソンは、ウクライナは「西側の覇権」を維持するために戦い続けるべきだと述べた。

交渉の失敗によって何十万人もの命が浪費されたとしても、ウクライナは中立になることによって救われる可能性はまだある。境界線を含むその他の問題も外交を通じて解決することができる。ウクライナと世界がさらなる災難に見舞われる前に、今殺戮を終わらせることができる。米国については、ネオコン(新保守主義者)の失政は30年で十分である。