12日(土)夜に、NHKスペシャル「集団的自衛権の行使は必要なのか」が生放送されました。
行使賛成派は、北岡伸一国際大学学長、森本敏元防衛相、磯崎陽輔自民党議員で、反対派は宮崎礼壹元内閣法制局長官、柳澤協二元防衛研究所長、豊下楢彦元関西学院大教授でした。
いつものことながら政府寄りの司会で討論が進められましたが、そのなかでも賛成派からは行使できるとする明確な根拠の説明は一切なく、ひたすらに最近の国際情勢として尖閣諸島をめぐる緊張の高まりと中国の軍拡を訴えるのみでした。それに対して反対派の、特に宮崎礼壹氏は、終始一貫して理路整然と行使論の誤りを指摘していました。
同氏は、砂川事件の最高裁判決に関し「限定容認の根拠として引用するには無理がある。判決が個別的自衛権に限定していないから、集団的自衛権を容認しようという議論は聞いたことがない」と批判しました。
答えに窮した北岡伸一氏は、「では、中国の軍拡に対してどう対応するのか」と的外れなことを口にしていました。
中国に対抗するために「行使」を認め、日本も負けずに軍拡に走らなければ・・・という論理に聞こえましたが、それこそは「いつか来た道」、外国からの侵略の惧れを宣伝しながら、日清・日露戦争以降、第二次世界大戦に向かって軍備を拡張し続けた歴史を、そのまま また繰り返すということに他なりません。これほど愚かな選択はありません。
前法大教授で大原社会問題研究所長を務めた五十嵐仁氏は、ブログ「五十嵐仁の転成仁語」で2回にわたってこの番組を取り上げました。
同氏はまず、元内閣法制局長官や防衛省の幹部官僚が政府の反対派側に座るというのは異常なことで、それは「自民党が極右勢力である『安倍一族」』乗っ取られてしまった」ことの顕れだとしました。
そして賛成派の論理は不明確で理解できた人は誰もおらず、ひたすら尖閣諸島をめぐる緊張の高まりと中国の軍拡だけが強調されていたとして、「ではそもそも日中関係を悪化させたのはいったい誰なのか」と、石原元都知事、野田元首相それに安倍首相の名前を挙げて論を進めています。
以下に14日、15日の同氏のブログを紹介します。
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日本周辺の「安全保障環境を激変」させたのはいったい誰だったのか
五十嵐仁の転成仁語 2014年4月14日
それは奇妙な光景でした。12日夜に放映されたNHKスペシャル「いま集団的自衛権を考える」での登場者です。
集団的自衛権の行使容認に賛成する側に民主党政権の防衛相を務めた森本敏拓殖大学教授が座り、反対する側に自民党政権の内閣法制局長官だった宮崎礼壹法政大学大学院教授と元内閣官房副長官補の柳澤協二国際地政学研究所理事長が座ったのですから。
普通なら、逆になるはずではありませんか。それがそうなっていないところに、現在の状況と集団的自衛権をめぐる問題の特異さが示されています。
今の安倍政権はかつての自民党政権とは大きく違うということが、これによってはっきりと示されました。保守政党としての自民党は、極右勢力である「安倍一族」に乗っ取られてしまったからです。
そのような極右勢力の政権簒奪と政策転換に手を貸したのが、民主党の仮面をかぶった野田前首相でした。NHKスペシャルでの人物構成は、このことを具体的な形ではっきりと示したことになります。
この番組での討論を聞いて、集団的自衛権の行使容認がなぜ必要なのかを理解できた人はほとんどいなかったでしょう。その理由として具体的に示されたのは、尖閣諸島をめぐる緊張の高まりと中国の軍拡です。
しかし、尖閣諸島は日本の領土ですから、その防衛は日米安保条約第5条の適用範囲で集団的自衛権の問題ではありません。政府の有識者懇談会座長代理を務めている北岡伸一国際大学学長は、「それなら、どうやって中国の軍拡を止めるのか」と反論していましたが、これには、「集団的自衛権の行使を認めて日米同盟を強化すれば、さらなる軍拡への口実を中国に与えるだけではないのか」と問うべきだったでしょう。
集団的自衛権の行使容認による自衛隊と日米同盟の強化が新たな「抑止力」となる保障はどこにもなく、かえって軍拡競争をエスカレートさせて極東の緊張を激化させる可能性があります。このようなことも想定できずに、北岡さんが集団的自衛権行使容認の旗を振っていることに驚いてしまいました。
中国との間の緊張緩和を図るのであれば、日中首脳会談を開催して関係の正常化を図ることの方が先決ではありませんか。それは「日本周辺における安全保障環境の激変」を改善するための最善の方法で、今すぐにできることだと、北岡さんはなぜ安倍首相に進言しないのでしょうか。
そもそも、日中関係が悪化したのは尖閣諸島の問題が契機になっています。突然、石原元都知事が都による尖閣諸島の購入を表明して募金を集め始め、これに驚いた野田首相が十分な根回しもせずに国による買い取りを実行し、後継の安倍首相が歴史認識問題や靖国参拝などによって事態打開の芽を摘んでしまったというのがこの間の経過でした。
以上の元都知事、前首相と現首相の3人は、尖閣諸島や歴史認識問題で中国を挑発し、日本周辺の安全保障環境を悪化させた3悪人だと言うべきでしょう。その責任を明らかにして周辺諸国との緊張を緩和することこそ、このような安全保障環境を改善するために最も必要なことではありませんか。
この討論の中では、最近にわかに持ち上がった砂川事件に対する最高裁判決も議論の対象になりました。この判決の一部で「わが国がその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとり得る」とし、憲法九条の下でも自衛権は認められるとの見解を示しましたが、ここでの「自衛権」には集団的自衛権も含まれているという珍説を高村正彦自民党副総裁が唱え、これに安倍首相が同調したからです。
しかも、この最高裁判決には大きな問題がありました。これについては、また明日……
砂川事件最高裁判決によって集団的自衛権行使の容認は合理化できない
五十嵐仁の転成仁語 2014年4月15日
最高裁の砂川判決に集団的自衛権の行使容認を合理化する論拠が含まれているかのように言い始めたのは自民党の高村副総裁で、その舞台は9年ぶりに開かれた総務懇談会でした。これが一定の説得力を持って受け取られたのは、それを唱えたのが自民党内で左派傍流の位置にある高村さんだったからです。
しかし、こんな愚かな役回りを演じるなんて、派閥の大先輩である三木武夫さんなどは草葉の陰で泣いているにちがいありません。安倍さんに迎合して珍説を唱え、晩節を汚すことになってしまった高村さんも気の毒です。
それはともかく、ここで言う砂川事件というのは、57年に砂川町(現立川市)の米軍立川基地拡張に反対するデモ隊の一部が基地内に立ち入って7人が安保条約に基づく刑事特別法違反の罪で起訴された事件です。東京地裁は59年3月に米軍駐留は憲法9条2項が禁ずる戦力の保持に当たり、違憲だとして無罪を言い渡しました。これが有名な伊達判決です。
検察側の上告を受けて、最高裁は12月に判決を出しますが、これが今、問題になっている砂川判決に当たります。日本に自衛権があることを認め、安保条約のような高度に政治的な問題は司法判断になじまないとして「統治行為論」によって憲法判断を回避し、有罪が確定しました。
これまで、この判決は個別的自衛権を認めたもので集団的自衛権は問題になっていないとするのが一般的な学説で、高村さんのような主張をする人は一人もいませんでした。このような経緯を無視するかのように高村さんや安倍さんは、突然、「判決には集団的自衛権も入っている」と主張し始めたわけです。
昨日のブログで紹介したNHKスペシャル「いま集団的自衛権を考える」という番組で豊下楢彦元関西学院大学教授は、この判決が59年12月に出されており、その3か月後の60年3月に岸首相は国会で「集団的自衛権は持たない」と答弁しているという重要な指摘をしました。岸首相は最高裁の判決に違反する答弁をしたことになるのかと問うたわけです。
豊下さんが指摘したのは「集団的自衛権は、日本の憲法上は、日本は持っていない」「いわゆるよそへ行ってその国を防衛する、いかにその国が締約国であろうとも、密接な関係があろうとも、そういうことは日本の国の憲法ではできない、こういうふうに考えます」という60年3月の第34国会の予算委員会での岸首相の答弁ではないかと思われます。
これは重要な指摘でしたが、だれも答えませんでした。集団的自衛権を行使できないという立場は岸首相だけでなくその後の歴代自民党首相のすべてが表明してきたわけですから、もし高村さんや安倍首相の言う通りだとすれば、これらのトップリーダーたちは最高裁判決に反する立場で答弁を繰り返してきたことになり、その責任を問われることになります。
しかも、この最高裁判決については、その後、驚くべき事実が判明しました。裁判長としてこの事件を担当した田中耕太郎最高裁長官が、判決直前にマッカーサー駐日米大使らと非公式に会談していたことが、機密指定を解かれ2011年に見つかった公文書で明らかになったからです。
1959年11月5付の国務長官宛ての公電で、マッカーサー大使は田中長官との会談の内容を報告して「(一審を担当した東京地裁の)伊達(秋雄)裁判長が憲法上の争点に判断を下したのは、全くの誤りだったと述べた」とその言葉を紹介しています。そのうえで、「裁判長は、一審判決が覆ると思っている印象」と本国に伝えていました。
この公文書の開示請求にかかわった布川玲子元山梨学院大学教授は、これが評議内容を部外者に漏らすことを禁じた裁判所法に違反するとして砂川判決は「無効」だと指摘しています。有罪判決を受けた元被告らは再審請求する準備を進めており、その結果次第では最高裁判決の存在が危うくなると『東京新聞』は報じていますが、そうなれば高村さんや安倍さんの論拠は雲散霧消してしまうことでしょう。
いずれにせよ、NHKスペシャルを見ていて、なんとなく居心地の悪さを感じました。「政府が『右』と言っているものを、われわれが『左』と言うわけにはいかない」と発言した籾井NHK会長の言葉を思い出してしまうからです。
番組は賛否両論を公平に扱おうと努めているように見えましたが、その実、「右」と言っている政府と声を合わせて「右」と言おうとしているのではないかとの疑念を拭い去ることはできませんでした。この番組にしても、政府に楯突いて「左」と言うわけにはいかないというNHK会長の大方針の枠内でのものではないのかという疑念を……。