首相の私的懇談会「安保法制懇」の報告書は5月連休明けにも提出され、政府はそれを受けて憲法9条の解釈についてまず「政府方針」を出し、その後解釈変更の「閣議決定」に持ち込もうとしています。いよいよ物に憑りつかれたような安倍首相が、前後の見境もなく憲法9条を蹂躙する暴挙に踏み出そうとしています。
そんなことは絶対に許されないことですが、そのためには安保法制懇の報告書が発表からあまり時間をおかずに、直ちにその内容を批判して憲法解釈見直し論に対して先制的な反撃を開始しなければなりません。
弁護士の井上正信氏が、その主旨に基いた準備作業ということで、「安保法制懇はどのような議論をしているのか(1)~(3)」の3部作を、「NPJ通信」に掲載しています。
「立法事実論」というような難解な言葉も登場し、詳細で且つ長文の論文のため、掲載するに当たって事例検討の部分を全部省略するなど、極めて乱暴な抜粋をしました。
記事のアドレスを載せましたので詳細は原文でご覧ください。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
安保法制懇はどのような議論をしているのか(1)
弁護士 井上正信 NPJ通信 2014年4月14日
第1 安保法制懇の議論の特徴
1 現在与党内で集団的自衛権行使の憲法解釈見直し論を巡る議論が進行しています。 今国会中にも集団的自衛権行使に関する政府解釈を変更するための閣議決定を行うため、自民党内での意見集約、公明党との調整を図ろうとする動きです。 この中で集団的自衛権を必要最小限度のものに限定するという 「限定容認論」 が浮上してきました。 自民党や公明党内にある慎重論、反対意見が強い世論に対して、「いや実はたいしたことではないんだよ」、と見せかけようとするものです。
しかし、一旦憲法第9条のたがを外してしまうと、いくらでも拡大することは可能ですから、「限定容認論」 はごまかしであることは明らかです。
集団的自衛権行使の憲法解釈見直しは、安保法制懇の報告書の提出を受けてからなされようとしています。 安保法制懇は今進行中の自民党内と公明との意見集約、調整を見計らってから提出されるでしょう。5月中ともいわれています。
安保法制懇がどのような議論をしているのか、その内容を批判しておくことは、 報告書が提出されてから急速に進む解釈改憲の動きに私達が備える意味があると思います。
2 (中略) 6回の会議の中では、集団的自衛権行使、グレーゾーン事態、国際協調活動、自衛隊出動の手続き簡素化、サイバー攻撃をテーマに議論しています。
集団的自衛権行使では、米国のみならず韓国、オーストラリア、東南アジア諸国、インドとの間の集団的自衛権行使を想定した議論をしています。 行使の地理的範囲では地域的な限定をせず、我が国周辺から中東地域での行使も視野に入れています。 行使の態様では、船舶検査(臨検)、共同戦闘、機雷掃海を想定しています。
グレーゾーン事態とは、「領域主権や権益等をめぐり、純然たる平時でも有事でもない事態」 と定義されています。 これは、昨年12月に閣議決定された国家安全保障戦略や新防衛計画大綱でことのほか重視されています。 なぜグレーゾーン事態が重視されるようになったのか?
(中略) グレーゾーン事態は現在の防衛法制では平時に該当します。ところが国家安全保障戦略、新防衛計画大綱がグレーゾーン事態を強調する意図は、 平時であっても自衛隊を対処活動の中心にしようとしているからです。具体的には尖閣諸島での日中間の紛争があります。 現在は海上保安庁が対処していますが、自衛隊がこれに代わって対処しようとするものです。 安保法制懇の議論は、自衛隊が対処すべきであるという結論に誘導しようとするものとなっています。 平時にあっても自衛隊という軍事力の役割を強めようとするものです。 (中略)
3 この様に安保法制懇は、単純に集団的自衛権行使を容認させるための議論だけではありません。憲法第9条と国内防衛法制では自衛隊ができない 「隙間」 がないか 「あら探し」 をし、だから集団的自衛権行使を容認すべきだ、 国内防衛法制を変えるべきだとの結論へ誘導しようとするのです。
国内防衛法制や有事法制は個別的自衛権行使を前提にした法制度です。 限定的であれ集団的自衛権行使をしようとすれば、防衛法制全体を改正しなければ対応できません。 秋の臨時国会へ10数本の防衛法制を改正しようとしているのはこの意味からです。
(中略)
第2 第3回で議論されたこと(5事例7ケース)
1~3 (省略)
安保法制懇はどのような議論をしているのか(2)
第1 第3回で議論されたこと(5事例7ケース)(続き)
1~4 (省略)
第2 第6回で議論された5事例 (省略)
安保法制懇はどのような議論をしているのか(3)
第1 なぜ安保法制懇はグレーゾーン事態を重視するのか
(中略)我が国の安保防衛政策においてグレーゾーン事態対処が重要課題になっているのです。 尖閣諸島を巡る中国との紛争を意識しているのです。
グレーゾーン事態の特徴として指摘しているのは、それが有事に速やかに移行する(ウォーニングタイムが短い)ということです。 そのため事態の急速な進展に対して、シームレスな(つぎ目のない)対処が重要だというのです。 つまり、本来グレーゾーン事態は平時であり、警察権行使の場面ですが、軍事力の出番を前倒ししようということです。 平時に自衛隊を出動させ、有事に備えた活動を前倒しで行わせようとすれば、自衛隊の出動手続きを簡素化しなければならないとの要求が強まります。 さらに現場部隊の権限を強化しろとの要求になるでしょう。(中略)
第2 第6回で議論された5事例─続
1~5 (省略)
第3 安保法制懇はどのような提言をするか?
1 北岡座長代理が提起するもの
外務省のオピニオン誌といわれている 「外交」 2014年1月号 「日本版NSCと中国の挑発」 という特集の中での、 「『積極的平和主義』 の実践に不可欠な司令塔」 との表題の安保法制懇北岡座長代理のインタビュー記事が掲載されています。 その中で北岡座長代理は、新防衛計画大綱、国家安全保障戦略、日本版NSC、秘密保護法が集団的自衛権行使の容認とワンセットであると述べ、 当面の焦点として次の三つの事例を挙げています。
周辺事態での米軍支援・・・周辺事態法、同船舶検査法改正、自衛隊法改正
国際協調活動での武器使用権限と活動の強化拡大・・PKO協力法改正、一般法制定
シーレーン防衛
これらが安保法制懇報告書の柱になることは間違いないでしょう。 この他にグレーゾーン事態について自衛隊による武力行使又は武器使用を提言すると思われます。
安保法制懇は、以上の議論を通じて憲法解釈を見直して、集団的自衛権が行使できること、 国連の集団的措置には憲法第9条が適用されないとの見解を打ち出すはずです。 その上で、周辺事態法、自衛隊法の改正、集団自衛事態法の制定、自衛隊海外派兵一般法の制定などを提言すると思われます。 いずれも国家安全保障基本法案(概要)が求めている下位法です。
2008年安保法制懇報告書は、4事例について憲法解釈を変更して可能とすべしとの内容でした。限定された事例を通じて一点突破を図ろうとするものでした。 現在安保法制懇が議論している内容は、これまで説明した事例から窺えるように、より包括的に集団的自衛権の行使容認と、 武力行使禁止原則の撤廃を意図したものといえます。
2008年報告書は、4事例についての提言ですが、一方では憲法9条解釈論を展開しています。その解釈はきわめて特異なものです。 9条1項は侵略戦争を放棄するもので、自衛戦争、制裁戦争は可能とし(ここまでは通説又は多数説)、 9条2項 「前項の目的を達成するため」 を侵略戦争放棄という目的と理解するのです(限定放棄説、きわめて少数説)。 また、9条の武力行使禁止原則は、国連の集団的措置には適用されないと解釈するのです。この解釈では、憲法第9条はもはや無いも同然です。 国際法に反しない限りできるからです。
今回の安保法制懇も同様の憲法解釈を打ち出すと思われます。2008年報告書の時と同じメンバーだからです(正確には1名が追加されています)。 安保法制懇報告書を批判する場合、憲法9条の解釈論から批判することはできるでしょう。私はそれよりも立法事実論の方が重要と考えています。 現在声高に主張されている憲法解釈見直し論は、私には大変奇異に感じるのです。憲法解釈論の範囲にとどまっているからです。 憲法解釈論にはいろんな学説があるので、解釈として可能だと言えば、それ自体は議論としてはあり得るので、完全に間違いとは言いがたいかも知れません。
しかし、肝心な点は、なぜそのような解釈に変更するのかという立法事実論のはずですが、これがほとんどありません。 政府高官の間でも、地球の裏側まで行使ができると言ったり、周辺地域までだと言ったりするのは、立法事実論が抜け落ちているからと思います。 立法事実論は、別の言い方では政策論です。なぜ我が国が集団的自衛権を行使するのか、なぜ国連の集団措置で武力行使をするのか、 解釈の変更で何をしようというのか、どの地理的範囲で、どの国と、 どのような集団的自衛権を行使するのかといった肝心の議論が全くといっていいほどなされていません。 安全保障環境の厳しさを主張しても、それは理由にはなりません。なぜなら、北朝鮮や中国の脅威は個別的自衛権の問題だからです。 国際平和は一国だけでは達成できず、国際社会との協力が必要だと主張してみても、ではなぜ我が国が武力行使で参加するかという説明にはなりません。
2008年報告書は4事例について提言しましたが、いずれも非現実的であるとの批判を受けました。 そのためか、今回はより多くの事例とより包括的な見直し議論を重ねているようです。 さらにこれらの事例のみを合憲とすべしとの趣旨ではないこと、類型を挙げて対処を考えていくということではイタチごっこになるから、 1981年の政府見解そのものを廃棄する必要性があるなどと勇ましい議論をしています。 この議論は私には、必要性や理屈はどうでもよい、とにかく政府解釈を見直すのだと聞こえるのです。 だが、政府解釈を見直すことを提言する以上、その立法事実論は丁寧になされなければなりません。立法事実を根拠づけるのが具体的事例であるはずです。
ところが、具体的事例を検討したことからわかるように、いずれもその前提事実を考慮していなかったり、全体状況を無視していたり、 国際法上の根拠を無視したり、非現実的な想定をしているのです。 具体的事例で集団的自衛権を行使すること、武力行使をすることが当然の前提になった上で議論をしているのです。 しかし具体的事例の前提自体を問題にして議論をすべきです。
前掲の 『外交』 で北岡座長代理は、なぜ憲法改正ではなく解釈見直しなのかという質問に対して、憲法改正には10年はかかる、 10年先には中国の軍事力は今の4倍になる、日本の安全にとってそれで間に合うのか、と述べています。 これが解釈改憲論者の本音だと思いました。安保法制懇の議論は、 私の目には 「不安神経症に取り憑かれた軍事オタクの非現実的な戦争シミュレーションのような議論」 に思えて仕方がないのですが、すこし言い過ぎでしょうか。
最後に、安保法制懇の構成を指摘しなければなりません。憲法解釈を見直すと言いながら、懇談会14名の内、憲法学者と言える委員は西修氏のみです。 あとは国際政治学者や元統幕議長、元外務官僚などです。 このような構成で憲法解釈、それも、一つの提案というのではなく政府解釈を見直すというのですから、 安保法制懇には、およそその能力と資格はないと言わざるを得ません。
安保法制懇の報告書は5月連休明けにも提出されるのではないかと報道されています。 それを受けて9条解釈について政府方針を出し、その後解釈変更の閣議決定に持ち込もうというスケジュールのようです。 安保法制懇報告書が発表されれば、直ちにその内容を批判して、憲法解釈見直し論に対して先制的な反撃を開始しなければなりません。 この3回シリーズはそれに向けての準備作業としてまとめてみました。お読みいただき多くの方に議論していただきたいと願っています。