2014年12月6日土曜日

アベノミクスをめぐる「指標」をどうとらえるか 

 岡山大学の釣雅雄准教授が「アベノミクスをめぐる『指標』をどうとらえるか」とする記事をTHE PAGEに寄稿しています
 
 それによると名目賃金は2%増えたといわれていますが、名目賃金指数(厚生労働省「毎月勤労統計調査」、季節調整値、2010年平均=100)の毎月の値を、3年区切りで並べて表示すると、実際にはまったく変化していないといってもよい動きになっているということです
 
 それに対して「雇用」は、若い層の完全失業率が2012年~2014年の3年間で確実に減少しているので、「改善している」と見られるということです。
 ただしこれは総務省統計局の数字を用いているので、完全失業の定義や就職企業の質や正規・非正規の問題などは捨象されています。
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アベノミクスをめぐる「指標」をどうとらえるか 
釣雅雄 THE PAGE 2014年12月3日
岡山大学准教授)             
 街角インタビューなどで、よく、「アベノミクスの恩恵を自分は実感できない」という声が紹介されます。消費税増税後の反動は別にして、アベノミクスで景気が回復したというのは、はたして本当なのでしょうか。また、野党は、アベノミクスにより格差が広がった、実質賃金は減少しているなどと批判していますが、それらはどうでしょう。
 私は、今回の総選挙で「景気の実感」をもとに経済政策を判断するべきではないと思います。そもそも実感できるような景気回復は、どの政党にも実現不可能です。
 
(1)名目賃金もそれほど増えていない
 好景気と人々が実感するには、なんといっても収入が増えることが必要です。そして最近、よく、実質賃金は下がっているけれども、名目賃金は上昇している(あるいは上昇する)と言われることがあります。
 ところが、実は、少し長い目で見ると、平均賃金は名目でもまったく変化していないといってもよい動きになっています。
 次の少し変わった図は、名目賃金指数(厚生労働省「毎月勤労統計調査」、季節調整値、2010年平均=100)の毎月の値を、3年区切りで描いたものです。3つのグラフはそれぞれ2006年1月から2008年12月までの3年間、2009年1月から2011年12月までの3年間、そして、2012年1月から2014年9月までの動きです。

 このように賃金の推移を水準でみると、よくメディア等でみかける変化率の図とは異なり、この6年間、ほとんど賃金が変化していないことがよくわかります。最近プラス変化なのは、昨年の水準が低かったための差というのが真相です。現在の平均賃金は、3年前、すなわち民主党政権下の水準とほぼ同じなのです。
 このグラフにはもう少し奥深い経済現象も隠されています。黄色の線グラフとここ6年の水準とは明らかな差があることです。リーマンショック直後に、賃金は急激に下がり、その後、まだ以前の水準に回復していないのです。その差は約4%です。
 (なぜ、回復しないかというと、給与が比較的高かった高年齢層がちょうどその時期に退職したという事情もあります。年功賃金で高い給与の高年齢層が抜ければ、一人一人の賃金がそのままでも平均は低下します。)
 人々が景気が良くなったと感じるには、統計上で、おそらく4%を上回るような上昇が必要でしょう。しかし、そのような上昇は現時点では、政策ではどうにもならない、夢物語にすぎません。
 一方で、消費税率引き上げも含めた物価は上昇しています。そのため、ほとんどの人にとっては、給与は上がらない中で支出額が増え、「手元にお金が残らないなあ」というのが実感ではないでしょうか。
 
(2)雇用は改善している
 そもそも、マクロ経済を実感で判断するのは誤っています。マクロ経済政策で最も重要なのは雇用であり、また、景気の安定です。10月の「労働力調査」では、就業者数は昨年同時期と比べて24万人増加しました。反対に、失業者は30万人減少しました。そのため、この点で経済状況が良くなったのは確かです。
 しかしながら、このような状況をほとんどの人は実感することができません。数十万人の雇用増加に対して、全体の雇用者数は6000万人以上の規模です。すなわち0.5%程度の変化が最近の雇用増加なのです。残りの99.5%の人にとって、変化を感じ取るのは難しいと思われます。
 また、失業率の低下は特に若者において生じています。次の図は過去3年間の失業率の変化で、総数の他に、例として15歳~24歳と35歳~44歳についての値を示しています。
 雇用環境が大きく改善しているのは若者で、これは新卒での就職が以前よりは容易となったことを表しています。一方で、総数や例に挙げた35歳~44歳での変化は大きくありません。

 実は、私はこの2年間の雇用状況の変化をとても実感しています。私は大学で学生の就職関連の仕事を担当しており、ここ2年とそれまでを比較することができるからです。
 一方で、学生はどの年でも初めての経験です。2年前はもっと大変だったといっても、それを実感することはできません。昨年や今年でも、面接で落とされたりして、大変な苦労をしている人がほとんどです。(逆に、大変な時期には、いやというほど学生は景気の悪さを思い知らされてしまいます。)
 このように、雇用の改善は良いことですが、街頭インタビューに答える人には実感できる変化ではないのです。
 ところで、変化に注目すると、2012年すなわち民主党政権下においてのほうが、実は若者の失業率が大きく改善しています。それが、2013年に安定的になったのです。ということは、雇用の改善をアベノミクスのおかげと判断できるかは疑問です。(そもそも景気のほかに、人手不足という要因があります。)
 以上から、それぞれの立場から各政党の政策を判断することは当然あると思いますが、景気への実感で経済政策を評価することは適切とは言えません。もちろん、そのほかに円安によるコスト高や、非正規雇用の拡大などの問題はあるでしょう。けれども、全体として、アベノミクスで経済が良くなった、あるいは、悪くなったという評価は難しいのです。
 リスクのある経済政策を採用して良いのか、あるいは、逆に財政よりもデフレ脱却がまず必要、などのような、実感ではなく政策の方向性で考えるべきです。
(文責/釣 雅雄・岡山大学経済学部准教授)