去年2月、大阪府八尾市で生活保護を利用していた57歳の母親と24歳の長男が遺体で発見されました。死因は、母親は処方薬の大量服薬、長男は餓死でした。
母親が処方薬を大量服用した理由は不明ですが、1月には水道を止められ電話も不通になっていたので、絶対的な貧困状態にあったのは明らかです。母を追うように長男が餓死したことがそれを物語っています。
母親は生活保護受給者だったので、家庭の経済事情を市が把握していない筈はありません。母子はなぜそんな状態に追い込まれ、何故放置されていたのでしょうか。
市役所の対応は酷いものでした。
二人で生活しているのに生活保護の対象は母親一人であるとして、給付額は7万6310円にされ、しかもその中から月々2万円を返還させるなど、アパート暮らしでは生きていけない状態が設定されていました。
国(ここでは八尾市)は生活保護の申請を「水際作戦」ではね付けるだけでなく、受給が決定したあとでも長男が非正規労働に就く度に生活保護を打ち切ったりして、事ごとに圧迫しました。市の担当者は小学生の算数も出来ないのかと思ってしまいます。
生活保護の実態に詳しい みわよしこ氏がレポートしました。
同氏は2月16日、八尾市母子餓死事件調査団による八尾市への申し入れが行われた際に同席しました。その時の記述をから、生活福祉課は餓死事件に対して当事者感覚を持っていないのではないかと疑われます。これでは市が対応を改善するとは思えません。
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八尾市の母子餓死事件、SOSを見過ごした生活保護関係者の「信じ難い弁明」
みわよしこ ダイヤモンド・オンライン 2021/02/19
生活保護受給中の餓死・孤立死は なぜ起こったのか
2020年2月22日、大阪府八尾市で、生活保護を利用していた57歳の母親と24歳の長男が遺体で発見された。遺体を発見したのは、母親の介護支援のケアマネジャーであった。母親は脳血管障害の既往があり、片脚が不自由だった。母親は死後1カ月、長男は死後10日ほどが経過していた。死因は、母親は処方薬の大量服薬、長男は餓死と判断された。
母子は決して孤立していたわけではなく、血縁者や友人などとのつながりを維持しており、数々の小さな支援を受けていたようである。なんといっても、生活保護を利用中だったのだから、ケースワーカーによる人的支援があったはずである。しかし結果として、生活保護制度は母子の生命を守れなかった。
生活保護の対象となっていれば、内容や質はともかく、生命と「最低限度の生活」は守られるはずだ。それなのに、母子は生活保護の受給中に孤立死しており、しかも長男の死因は餓死なのである。しかも遺体が発見される半年前から、「公共料金の滞納」「保護費を受け取りに来ない」「電話が不通」「水道の停水」といった“死亡フラグ(⇒旗印)”が、数え切れないほど立っていた。
むろん、ケースワーカーが全力を尽くしていても、時には「自死に至ることを止められなかった」といった事態は有り得る。八尾市の母子餓死事件にも、どこかに「致し方なかった」と言える要素があることを願いたい。しかし、そういった人間的な期待は完璧に裏切られた。
1人分の保護費で暮らした母子が 住居を喪失するまで
事件を受けて、法律家・学識経験者・支援者などが結成した「八尾市母子餓死事件調査団」の調査によると、母子は2007年から断続的に生活保護を受給していた。当初は父親もいたが、2018年に死亡した。
1995年生まれの長男は、生活保護のもとで中学と高校を卒業し、高校卒業後は就職した。しかし就労は長続きせず、多様な仕事を転々としていた。
長男が就労するたびに、八尾市は一家を生活保護の対象から外していた。
世帯の誰かが就労したからといって、生活保護の対象から外す必要はない。もちろん、就労収入は収入申告する必要がある。収入の一部は収入認定されるため、自分のものとならない。しかし、正規雇用とも「社保完」とも限らない就労をしている場合、健康保険料や年金保険料などの負担、病気や負傷の際の医療費自己負担などを考慮すると、生活保護から脱却することで「生活保護以下」の生活となる可能性が高い。
厚労省も、就労による生活保護からの脱却を判断するにあたっては、生活保護がなくても問題なく暮らしていけるかどうかを慎重に見極めることを求めている。しかし八尾市は、その経過観察を行わなかったようだ。
長男は、回転寿司店・電気工事・金属塗装・事務・パチンコ店・木工所・コンビニなどで就労していたが、いずれも長続きしなかった。仕事ぶりは「真面目だった」と報道されているのだが、出勤は不安定であったらしい。一般的な意味で「働ける」と言える状態ではなかった可能性もある。
長男が仕事と収入を失うたびに、一家は生活保護を申請していた。そのうち、長男は生活保護の対象から外れた。長男が住民票を祖母宅に移し、住民票上は両親の世帯にいないことになったからである。
長男の友人によれば、八尾市の担当者が「住民票を祖母宅に移せば、給料を全部自分で使える」と持ちかけたということだ。しかし、長男は仕事を失うたびに「所持金21円」「所持金115円」といった状況に追い詰められていた。
2018年夏、父親が死亡した。一家が当時住んでいたアパートの家賃は、5万5000円であった。八尾市での生活保護の家賃補助の限度額は、3人世帯なら5万1000円、2人世帯なら4万7000円、1人世帯なら3万9000円である。母親と長男の2人世帯であれば、引き続き家賃5万5000円のアパートに住み続けることは、上限額を8000円上回っているけれども、認められる可能性が高い。
しかし、1人世帯の上限額に対しては、1万6000円上回ることになる。基準に対して家賃が高額すぎる「高額家賃」として、ケースワーカーは転居を指導した。転居費用として約20万円が支給されたが、母子は他の用途に使用してしまったようである。そもそも、母親1人の保護費で母子2人が生活しているのであるから、転居費用の約20万円は、生活費の不足分の補填だけで消える可能性もある。そして長男は、就労と失職を繰り返していた。
母子は、公共料金の滞納を繰り返した末、家賃を滞納し、2019年5月頃に住居を喪失して路上生活となった。2019年6月、福祉事務所を訪れて助けを求めるまで、友人たちの小さな支援の数々に支えられていたようであるが、「共助」の限界を感じたのかもしれない。
母子を死へと追い詰めた 月2万円の保護費減額
2019年6月、福祉事務所を訪れた母子に対応した係長は、転居費用として支給した約20万円の一括返還を求めた。母親は分割払いを求めて交渉し、結局、月あたり2万円で10回払いでの返還ということで合意したという。受け取りすぎた保護費は、不正受給であってもなくても返還が必要であるが、精算の“財源”は生活保護費だ。「最低限度」の生活費からの返還が、生活を「最低限度」以下にしてしまうのでは、最低限度の生活が保障できなくなり、生活保護の目的が果たせなくなる。
このため厚労省は、返還については、単身者で1カ月あたり5000円、2人以上世帯で1万円を上限としている。月あたり2万円の返還は、厚労省方針の4倍にあたる。
2019年7月、母子は最後の住居となったアパートで暮らし始めた。相変わらず、生活保護の対象となっているのは母親1人だけであり、実態としては長男との2人暮らしであった。もしも実態に即して、2人世帯として生活保護の対象になっていれば、1カ月分の「最低限度の生活」の生活費は12万3490円である。しかし、八尾市は母親の単身世帯としていたため、生活費として給付されていたのは7万6310円であった。
さらに、月々2万円の返還を求めていたため、母子2人の1カ月分の生活費は5万6310円だったことになる。とても暮らしていける額ではないだろう。母子は再び、公共料金を滞納するようになった。友人たちに食料の差し入れや「もらい風呂」の支援を求め、応じてもらっていたが、2019年秋頃からは友人たちに連絡を取ることもなくなっていったようである。
保護費を取りに来なくなった母親 「失踪」を理由に生活保護を打ち切り
12月26日は、2020年1月分の保護費の支給日であった。母親に対して保護費は手渡しとなっていたが、母親は保護費を取りに来なかった。担当者は母親に電話したが、電話は不通となっていた。以後、生存が確認されないまま、2020年1月に水道の供給が停止された。
母親は2020年2月分の保護費も取りに行かなかった。2月10日、八尾市職員が訪問し、カギがかかっていなかったためドアを開けて室内を覗いたが、異変には気づかなかったという。そこには、死後20日ほどが経過していた母親の遺体があったはずである。もしかすると、虫の息の長男、あるいはまだ遺体になったばかりで温もりの残る長男もいたかもしれない。八尾市は「失踪」を理由として、2月18日に生活保護を打ち切った。そして2月22日、母子は遺体で発見された。
長年にわたり、日本の貧困と生活保護に取り組み続けている弁護士の小久保哲郎氏は、この生活保護打ち切りの判断に疑問を表明している。
「母親と連絡が取れなくなってから、1カ月半にわたって安否確認をしていなかったのに、生活保護の打ち切りは1週間で迅速に決定しています。理由は『失踪』となっていますが、それも『連絡が取れない』というだけで判断しています」(小久保氏)
生活保護相談が「なかったこと」に? 八尾市に体質改善は期待できるか
2月16日、八尾市役所で八尾市母子餓死事件調査団による八尾市への申し入れが行われた。同席していた筆者は、驚きの連続であった。
八尾市からは、生活福祉課(福祉事務所相当)の課長と課長補佐が出席していた。生活実態として2人世帯であることを確認していたかどうかについて、課長は「確認していない」と断言したが、課長補佐は「確認したかなあ」と答えた。このような場面では、重要な事実についての「口裏合わせ」くらいはしておくものであろう。そう考えていた筆者は、肩透かしを食わされた気がした。
また、2019年から2020年にかけて母子を死に追い詰めた「月々2万円の保護費の返還」については、「本人の了解があったからよいと思っていました。今はやっていません」という回答であった。福祉事務所の管理職が生活保護の目的を理解していない可能性を、自ら表明したのである。
全国で繰り返し報道されている市の不祥事に際して、せめて現在と今後を取り繕う気もないのだろうか。筆者は、調査団の人々から怒りの声が出るのではないかと思ったが、そうはならなかった。脱力のあまり、言うべき言葉が見つからなかったのかもしれない。
八尾市は今後について、安否確認マニュアルの作成は約束している。しかし、第三者による調査委員会を設置することについては、「その予定はない」と述べている。
さらに2021年4月には、生活保護に関係する組織改変が行われ、「相談室」が設置される予定である。このような仕組みがもたらすのは、多くの場合、生活保護の相談が生活保護担当部署に届かず、申請どころか相談さえ「なかった」とされる結果である。
こと八尾市に関して、「そんな絶望の近未来は決して来ない」と期待することは、難しいだろう。
(フリーランス・ライター みわよしこ)