「TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」は11月28日、緊急声明:「TPPの国会承認手続きを中止し、TPP協定からの離脱を要求する」を発表しました。
TPP協定は幸いなことに米国次期大統領のトランプ氏の反対で米国が批准しないため発効する見込みはありませんが、トランプ氏はその代わりに日本との二国間協定(FTA)に注力するとしています。
そうした中で安倍首相は愚かにも日本が率先してTPPを批准しようとしていますが、そんなことをすれば日本はTPPで謳われているすべての条項を承認したものとみなされて、FTA交渉でもその線から後退することができなくなってしまいます。もともと米国にとってTPPの標的は日本で、日本からの徹底した収奪こそが当初からの目的でした。ですからいま安倍首相が目指していることこそ「カモがネギを背負ってくる」の所業に他なりません。
何よりも安倍首相(それに石原担当相)はTPPの本質について無知なので、FTAによって日本がどんなふうに収奪されるかについての認識もほとんど持っていません。
米国と結ぶ二国間貿易協定(FTA)がどのようなものであるのかについては、既に5年前に中野剛志氏(京都大学大学院准教授=当時)によって明らかにされています。
それは米韓FTAの実態をベースにしたものですが、その事例を学ばない人たちが交渉の当事者になれば、韓国の二の舞になることは明らかです。
大学教員の緊急声明と共に、中野氏の論文の後半部分(=ISD条項に関する部分)を紹介します。
ISDSの仲裁は通常3人の弁護士により行われ控訴はできません。仲裁委員には米企業側の弁護士の他に世界銀行からもう一人の弁護士が出るので、3人中2人が米国側となり常に米国が勝つ仕組みになっています。
ISDSの仲裁は通常3人の弁護士により行われ控訴はできません。仲裁委員には米企業側の弁護士の他に世界銀行からもう一人の弁護士が出るので、3人中2人が米国側となり常に米国が勝つ仕組みになっています。
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TPPからの離脱を~大学教員の会:緊急声明を発表~
醍醐聰のブログ 2016年11月28日
TPPの国会承認手続きが緊迫した状況になっている折、「TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」は17名の呼びかけ人が協議した結果、本日、次のような緊急声明をとりまとめ、報道関係者にリリースするとともに、TPPに関わりが深い団体、個人に広報した。(以下、文中で赤字にしたのは筆者の編集である。)
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2016年11月28日
緊急声明
TPPの国会承認手続きを中止し、TPP協定からの離脱を要求する
TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会
日本政府はトランプ・米次期大統領がTPPからの離脱を明言した今もなお、日本主導でTPPの発効にこぎつけると公言し、国会承認手続きを強行しようとしている。
当会は、以下の理由から、政府与党のこうした動きに強く抗議し、TPP協定の国内承認手続きを直ちに中止するとともに、日本がTPP協定からすみやかに離脱することを要求する。
1.目下、国会で承認を求められているTPP協定には、わが国がTPP交渉に参加するにあたって衆参農林水産委員会で決議された事項に反する内容が随所に含まれている。そのような協定文書を国会が承認することは国権の最高機関として自殺行為に等しい。また、TPP反対を公約に掲げて当選した国会議員がTPP協定の承認を強行する「数の力」に加担するのは国民に対する重大な背信行為であり、とうてい許されない。
2.目下、国会で審議されているTPPのテキストだけでは不明な懸念事項が山積している。
協定文書には、「物品の貿易に関する小委員会」、「農業貿易に関する小委員会」、「政府調達に関する小委員会」などの設置が明記され、多くの分野で追加協議が行われることになっている。政府は再協議には応じないと語っているが、かりにTPPが発効した場合、これら小委員会の場で日本に対し、目下の最終テキストを上回る市場開放要求ならびに規制・制度の改変・撤廃の要求を突きつけられる公算が大である。
そのように不透明な要素をはらむTPPを前のめりに承認することは、わが国の国民益をグローバル企業に売り渡す危険を顧みない暴挙であり、許されない。
3.とはいえ、米国の離脱が確定的になったことから、TPPの発効はもはや不可能となった。そのような死に体のTPP協定をわが国が国会で承認しようとするのは無意味というにとどまらず、危険で愚かな行為である。
なぜなら、トランプ次期米国大統領はTPPに代えて、今後はアメリカ第一主義の立場に立った二国間協議に注力すると明言している。日本がこの二国間協議の最大のターゲットになることは明らかである。となると、日本が各国の動向を顧みず、協定文書を国内で承認すれば、たとえ、TPPが発効に至らないとしても、各国から「日本はここまで譲歩する覚悟を固めた」という不可逆的な国際公約と受け取られ、日米二国間協議の場で、協議のスタートラインとされる恐れが多分にある。このような懸念は以下の事項で特に大である。
➀ すでに日本はTPP協定交渉に参加するにあたって「入場料」としてBSEの輸入制限を30か月齢以下まで緩めた。この先、米国は「科学的根拠を示せない輸入制限は撤廃すべき」と迫ってくることは必至である。遺伝子組み換え食品の表示やポスト・ハーベストの規制についても同様の論法で撤廃を迫られる恐れが強い。TPP協定文書では、農業・畜産の分野で関税ゼロに向けた片道切符の市場開放の協議を約束させられている。
TPPの発効を待たず、「自主的に」米国の理不尽な要求に屈して市場を「開放」してしまった汚点は消えないが、TPP協定の国会承認を思いとどまることは、これ以上、米国の要求を飲まされる「アリ地獄」にはまらないための歯止めとしての意義がある。と同時に、国会決議に反して約束させられた市場開放を無効化し、今後の日米二国間協議で理不尽な市場開放・規制撤廃要求を拒む足場となる。
② もう一点は医療の分野での懸念事項である。わが国では超高額医薬品の登場が大きな社会問題(限度を超える患者負担、医療保険財政への過重負担)となっている。過日、市場拡大再算定制度を発動して緊急の値下げが図られた事例があるが、米国は日米経済調和対話の場で、「成功した製品の価値を損なう」として、この薬価再算定ルールの撤廃を要求してきた。
わが国が「自由貿易主義の旗手」を気取って国民のいのちと健康を守る規制の撤廃を受け入れる意思を表明したり、国内の審議機関への外国資本の参加に道を開いたりすることは、米国第一主義の餌食となる恐れが強い。
当会は、対等平等、互恵の精神に立った国際的な経済連携の実現を期待する立場から、それとは相容れない、食の安全と自給、国民のいのちと健康、国と地方自治体の経済主権を多国籍資本の営利に明け渡すTPPの国会承認の中止、TPP協定からの離脱を政府と国会に要求する。
以上
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以下は、中野剛志氏(京都大学大学院准教授=当時)による寄稿文「米国丸儲けの米韓FTAからなぜ日本は学ばないのか」(ダイヤモンドオンライン 2011年10月24日) http://diamond.jp/articles/-/14540 からの抜粋(後半の2節)です。
米韓FTAに忍ばされたラチェット規定やISD条項の怖さ
さらに米韓FTAには、いくつか恐ろしい仕掛けがある。
その一つが、「ラチェット規定」だ。
ラチェットとは、一方にしか動かない爪歯車を指す。 ラチェット規定はすなわち、現状の自由化よりも後退を許さないという規定である。
締約国が、後で何らかの事情により、市場開放をし過ぎたと思っても、規制を強化することが許されない規定なのだ。
このラチェット規定が入っている分野をみると、例えば銀行、保険、法務、特許、会計、電力・ガス、宅配、電気通信、建設サービス、流通、高等教育、医療機器、航空輸送など多岐にわたる。どれも米国企業に有利な分野ばかりである。
加えて、今後、韓国が他の国とFTAを締結した場合、その条件が米国に対する条件よりも有利な場合は、米国にも同じ条件を適用しなければならないという規定まで入れられた。
もう一つ特筆すべきは、韓国が、ISD(「国家と投資家の間の紛争解決手続き」)条項を飲まされていることである。
このISDとは、ある国家が自国の公共も利益のために制定した政策によって、海外の投資家が不利益を被った場合には、世界銀行傘下の「国際投資紛争解決センター」という第三者機関に訴えることができる制度である。
しかし、このISD条項には次のような問題点が指摘されている。
ISD条項に基づいて投資家が政府を訴えた場合、数名の仲裁人がこれを審査する。しかし審理の関心は、あくまで「政府の政策が投資家にどれくらいの被害を与えたか」という点だけに向けられ、「その政策が公共の利益のために必要なものかどうか」は考慮されない。その上、この審査は非公開で行われるため不透明であり、判例の拘束を受けないので結果が予測不可能である。
また、この審査の結果に不服があっても上訴できない。仮に審査結果に法解釈の誤りがあったとしても、国の司法機関は、これを是正することができないのである。しかも信じがたいことに、米韓FTAの場合には、このISD条項は韓国にだけ適用されるのである。
このISD条項は、米国とカナダとメキシコの自由貿易協定であるNAFTA(北米自由貿易協定)において導入された。その結果、国家主権が犯される事態がつぎつぎと引き起こされている。
たとえばカナダでは、ある神経性物質の燃料への使用を禁止していた。同様の規制は、ヨーロッパや米国のほとんどの州にある。ところが、米国のある燃料企業が、この規制で不利益を被ったとして、ISD条項に基づいてカナダ政府を訴えた。そして審査の結果、カナダ政府は敗訴し、巨額の賠償金を支払った上、この規制を撤廃せざるを得なくなった。
また、ある米国の廃棄物処理業者が、カナダで処理をした廃棄物(PCB)を米国国内に輸送してリサイクルする計画を立てたところ、カナダ政府は環境上の理由から米国への廃棄物の輸出を一定期間禁止した。これに対し、米国の廃棄物処理業者はISD条項に従ってカナダ政府を提訴し、カナダ政府は823万ドルの賠償を支払わなければならなくなった。
メキシコでは、地方自治体がある米国企業による有害物質の埋め立て計画の危険性を考慮して、その許可を取り消した。すると、この米国企業はメキシコ政府を訴え、1670万ドルの賠償金を獲得することに成功したのである。
要するに、ISD条項とは、各国が自国民の安全、健康、福祉、環境を、自分たちの国の基準で決められなくする「治外法権」規定なのである。 気の毒に、韓国はこの条項を受け入れさせられたのだ。
このISD条項に基づく紛争の件数は、1990年代以降激増し、その累積件数は200を越えている。このため、ヨーク大学のスティーブン・ギルやロンドン大学のガス・ヴァン・ハーテンなど多くの識者が、このISD条項は、グローバル企業が各国の主権そして民主主義を侵害することを認めるものだ、と問題視している。
野田首相は韓国大統領さながらに米国から歓迎されれば満足なのか
米韓FTAについて、オバマ大統領は一般教書演説で「米国の雇用は7万人増える」と凱歌をあげた。米国の雇用が7万人増えたということは、要するに、韓国の雇用を7万人奪ったということだ。
他方、前大統領政策企画秘書官のチョン・テイン氏は「主要な争点において、われわれが得たものは何もない。米国が要求することは、ほとんど一つ残らず全て譲歩してやった」と嘆いている。
このように無残に終わった米韓FTAであるが、韓国国民は、殆ど情報を知らされていなかったと言われている。この状況も、現在の日本とそっくりである。
オバマ大統領は、李明博韓国大統領を国賓として招き、盛大に歓迎してみせた。TPP推進論者はこれを羨ましがり、日本もTPPに参加して日米関係を改善すべきだと煽っている。
しかし、これだけ自国の国益を米国に差し出したのだから、韓国大統領が米国に歓迎されるのも当然である。
日本もTPPに参加したら、野田首相もアメリカから国賓扱いでもてなされることだろう。そして政府やマス・メディアは、「日米関係が改善した」と喜ぶのだ。だが、この度し難い愚かさの代償は、とてつもなく大きい。
それなのに、現状はどうか。政府も大手マス・メディアも、すでに1年前からTPP交渉参加という結論ありきで進んでいる。11月のAPECを目前に、方針転換するどころか、議論をする気もないし、国民に説明する気すらない。国というものは、こうやって衰退していくのだ。