賀茂川耕助氏は連日英文記事の翻訳版を発表しています。いずれも興味深いものですが、何しろ長文のものが多いので紹介できるものは手頃な長さのものに限られてしまいます。題記の「デカップリング」はいうまでもなく米国が主張している「中国との絶縁」を意味しています。
とはいうものの米国は現実には莫大な規模の対中貿易を行っていて、22年度の貿易総額(輸出額+輸入額)は6906億ドル(約91兆円、1ドル132円ベース)で、対中貿易赤字は実に3830億ドル(約50兆円、同)という具合です。米国が主張する対中デカップリングが半導体関係に限定されているのはそうするしかなかったからですが、それでも実際にはなかなかうまくは行きません。
余談ですが、日本も中国が最大の貿易相手国で22年度の貿易赤字は5兆円ほどです。
日本が目下、米国に主導されて高市・経済安保担当相の処で有事の際に対中貿易制限を行う準備を進めているのはご存知の通りです。そんな風に米国に言われるがままに中国の首を締めようとしても、その前に日本の首の方が早く絞まってしまうことをどう考えているのでしょうか。
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欧米はデカップリングの妄想にとりつかれている
耕助のブログNo. 1886 2023年8月19日
The West is in the grip of a decoupling delusion by James Crabtree
(中国から生産拠点を移そうとするのは多くの企業や政府が考えているよりもはるかに難しい)
グローバルリーダーたちによる最近の2つの北京訪問は、将来の経済的デカップリングの時代における多くの逆説に光を当てた。
4月初めのエマニュエル・マクロン仏大統領とウルスラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長の北京訪問は欧米で物議を醸した。マレーシアのアンワル・イブラヒム首相の訪問はほとんど注目されなかったが、多くの点でデカップリングの課題がより浮き彫りになった。
マクロンはフォン・デル・ライエンと共に北京を訪れ、中国に対する欧州の統一的なアプローチを提示した。しかしマクロンは財界の指導者たちも連れて行ったため、フランス政府は商人的外交政策への非難にさらされ、ヨーロッパは分裂したままとなった。
その数日前、フォン・デル・ライエンは、ヨーロッパは中国との関係を切り離すのではなく、「De-risk」リスクを取り除くべきだと主張する演説を行った。完全なデカップリングは望ましくないので、欧米は代わりに半導体、バッテリー、重要鉱物などの戦略的分野におけるリスクを減らすべきだと彼女は言った。今週のG7財務相会議でも、サプライチェーンの “多様性″の必要性が強調され、新興国に“権限を与える″計画が語られた。
マレーシア首相の北京訪問はこれとはまったく異なっていた。ここではデカップリングの話はなかった。むしろマレーシアの指導者は中国の経済力を称賛し、投資の拡大を奨励した。彼はマレーシアの企業グループも連れて行き、少なくとも書類上で390億ドル近くの取引をして帰ってきた。
「グローバル・サウス」の指導者たちが北京に戻ってくる光景は、西側諸国を不安にさせるものだ。以前は中国のコロナ危機の解決と自分自身の3期目確保に注力していた習近平だが、ウクライナや中東での和平取引から東南アジア近隣諸国への投資取引まで、再び精力的に外交を行っている。
西側のリーダーたちが数十年にわたるグローバリゼーションを解体しようとしている一方で、バングラデシュやインドネシアからマレーシアやタイに至るまで、アジア諸国は中国を経済の未来の中心的存在と見なしている。デカップリング(分離)するのではなく、アジア諸国は北京との貿易拡大を求めているのだ。そして逆説的だが、これは西側の政策が実際にもたらすかもしれない結果でもある。
グローバル企業は現在、インド、メキシコ、ポーランドといった地政学的パートナーに生産拠点を移す「フレンド・ショアリング」について話している。あるいは、ほとんどの国が北京とワシントンの間で地政学的に中立である東南アジアに設備を設置することも考えられる。マレーシアやベトナムのような国々はデカップリングの勝者となり、欧米企業が中国から撤退する際にその企業を買収することができるとしばしば言われている。
しかしこの説明には問題がある。第一に、これまでのところデカップリングはほとんど始まっていない。半導体は顕著な例外で、アメリカが世界の半導体メーカーに対して中国への販売を停止させることに成功したことがあるからだ。しかしサプライチェーンのリスク回避や耐性強化についての議論があるにもかかわらず、他のセクターで同様の動きは見られない。
西側の多国籍企業は「チャイナ・プラス・ワン」戦略をよく口にする。つまり中国でモノを作り続けながら、ヘッジとしてマレーシアなど別の製造拠点を選ぶのだ。
しかし地政学的な状況がさらに悪化し、欧米企業が怯えてデカップリングがより迅速に進み始めたとしよう。するとどうなるか?ここで西側諸国の多くは、生産をシフトすることで中国への依存度を下げ、デカップリングの過程でマレーシアやベトナムのような国々が西側諸国に近づくだろうと考えている。どちらの仮定も控えめに言っても疑わしい。
サムスンを例にとってみよう。2020年にサムスンがベトナムへの生産シフトを決定したことは、韓国の巨大企業がベトナムの工場で毎年何百万台もの携帯電話を組み立てていることを意味する。その多くは欧米に輸出される。しかしこれらの携帯電話に使われる部品の多くは依然として中国製であるため、ベトナムはこれらの部品もさらに輸入しなければならない。
ベトナムの中国との二国間貿易は近年急増しており、「ファクトリー・アジア」と呼ばれる他の地域でも同様のパターンが見られる。世界銀行のエコノミスト、アーディティヤ・マトゥーの近々発表される研究によれば、東アジア諸国は最近、対米輸出を増やしているが、同時に中国からの輸入も増やしている。
その結果、二重の逆説が生まれる。第一に、デカップリングは新興経済を西側とより緊密に結びつけるどころか、しばしば東南アジアなどの地域の国々の中国への経済的依存度を下げるのではなくむしろ依存度が高まる状況にしてしまう。第二に、サプライチェーンが世界中で移動することで、西側諸国の中国依存度が減少するように見えるかもしれないが、中国製の部品の必要性が続くため、根本的な脆弱性は依然として残る。
フォン・デア・ライエンは先日の北京訪問の前に、「中国から切り離すことは実行不可能であり、欧州の利益にもならない」と主張した。彼女は正しい。そして、現代のグローバリゼーションの複雑で絡み合った構造を考えると、中国経済への依存度を部分的に減らすという課題でさえ、見かけほど簡単ではないということがわかるだろう。
James Crabtreeはアジア国際戦略研究所のエグゼクティブ・ディレクターで、〝The Billionaire Raj″の著者。
https://www.ft.com/content/050576db-2320-402d-bdac-4b241fdc411d