2024年3月30日土曜日

小林製薬はなぜ「紅麹の健康被害」の発表を2カ月寝かせてしまったか?

 ダイヤモンドオンラインに掲題の記事が載りました。
 小林製薬の「紅麹」成分入りのサプリメントを摂取した人の死者は28日の段階で1人増え、合計5人になりました。
 厚生労働省は同日、サプリ「紅麹コレステヘルプ」に天然化合物の一種「プベルル酸」が含まれていたとの見解を示しました。プベルル酸は青カビから発生し毒性が非常に高いということです。
 元々、紅麹菌の仲間には腎疾患などを引き起こす「シトリニン」と呼ばれるカビ毒を作るものがあり、内閣府・食品安全委員会14年に、「健康被害が報告されているので紅麹菌は危ない」と注意喚起を行なっています。それに対して小林製薬は、シトリニン生成に関わる遺伝子がないタイプがあると論文で報告し、21年2月から「紅麹コレステヘルプ」を発売しました。
 小林製薬が1月15日に腎疾患の被害報告を受けていたのに、自主回収の発表が3月22日と大幅に遅れたのは、そんな事情が背景にあったからかも知れません。もしも自己防衛のために報告を遅らせたのであればその責任は重大です。
 いずれにしてもプベルル酸が腎疾患の原因物質であるのかの追求とそれがどういう経路で混入したのかの解明が急がれます。
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小林製薬はなぜ「紅麹の健康被害」の発表を2カ月寝かせてしまったか?
日本企業あるあるの罠
                 窪田順生 ダイヤモンドオンライン 2024.3.28
                    ノンフィクションライター
社長「覚悟」していたのに…「紅麹」は10年前にも注意喚起
「そういえば、この前亡くなったおじいちゃんも確かあんなサプリメントを飲んでたような…」
「ねえ、この前食べたお菓子にも紅麹が入ってたみたいだよ。ヤバくない?」
 連日の報道によって「紅麹の恐怖」が、日本社会にじわじわと広がっている中で、「被害者」の数も急速に膨れ上がっている。
「紅麹」の成分などを含んだ小林製薬のサプリメントを摂取した人たちが、腎臓の病気などを発症しているという問題を受けて、厚生労働省は同社から2人目の死亡事例が報告されたと発表した。
 亡くなった一人は「紅麹コレステヘルプ」を3年間にわたって35袋服用していたという。報道を受けて遺族から3月23日の夜にメールがあったが、週明けの25日になってそれが確認され、サプリメント摂取と死亡に因果関係が疑われるとして調査を進めている。
 小林製薬の窓口には、製品を摂取した人からおよそ3000件以上の健康相談が寄せられたほか、入院が必要になった人がこれまでに106人いたと報告されている(3月27日現在)。このような「被害」が広がっていくにつれ、小林製薬の「対応の遅さ」にも批判が強まっている。
 実は、小林製薬に、腎疾患の被害報告が医師から入ったのは1月15日だ。そこから入院事例が増えていって、小林章浩社長のもとに報告をされたのは2月6日。記者会見で小林社長は、当時の心境をこう振り返っている。
「私はおそらく2月6日に聞いている。その時点で、この案件については何らかの形で回収になるだろうという覚悟を持ちました」(FNNプライムオンライン3月25日)
 こういう「覚悟」を抱くのは当然だ。実は、紅麹は2014年、内閣府・食品安全委員会が「健康被害が報告されているので危ないですよ」と注意喚起を行なっている。紅麹菌を由来とするサプリメントの摂取が原因と疑われる健康被害がヨーロッパで報告されていたからだ。
 つまり、サプリメントを扱う人々にとって、紅麹サプリメントの入院報告は「青天のへきれき」ではなく、「恐れていたことがやってきた」という反応だ。だから、小林社長は報告を受けた段階で「回収」という企業にとって大きな決断の「覚悟」を持つことができたのだろう。
 しかし、ここから多くの人が、首を傾げる奇妙なことが起きる

遅れた自主回収、大企業の「致命的な判断ミス」
 2月6日、小林社長が回収の覚悟を決めてから、実際に小林製薬が自主回収を発表したのは3月22日だ。驚くなかれ、トップが「覚悟」を決めてから、それを実行に移すまでになんと約1カ月半も時間を費やしているのだ。ちなみに、大阪市保健所と消費者庁への相談も3月22日の発表直前だったという。
 2月6日の「覚悟」は、なぜこんなにもたっぷりと寝かせられたのか。
 会社側の説明によると、自主回収が遅れた理由は「人手不足」だ。記者会見で渡辺淳執行役員は「調査にかける人員が限られ、製品が原因で症状が起こったと特定できなかった」と説明しているのだ。
 ただ、これは一般消費者の感覚からすれば、「は? 世の中をナメているのか?」とかなりイラッとくる説明だろう。
 厚労省や大阪市が激怒しているように、世間一般の感覚では入院事例も報告されている段階で、被害拡大を食い止めるためには、とにもかくにもまずは事実の公表をして自主回収をすることが「正解」だ。しかし、小林製薬は調査に1カ月半以上も費やして、公表を後回しにした。これを「致命的な判断ミス」と批判する評論家や専門家も多い。
 では、なぜ小林製薬ほどの大企業が世間の多くの人たちが「悪手」だと思う道へ突き進んだのか。なぜ誰もが真っ先に優先すべきだと思う「被害拡大防止」を後回しにしてしまったのか。

日本企業あるある、「公表をしぶる」4つの理由
 いろいろなご意見があるだろうが、実際にこのような「健康被害」を出した企業の危機管理をサポートした経験から言わせていただくと、この原因は経営陣や部門責任者の誤解によるところが大きい。
 それは「事実確認や原因究明をしっかりとすることこそが、危機管理である」という誤解だ。
 危機管理において、事実確認や原因究明は重要だ。しかし、そこに執着するあまり、事実確認や原因究明ができないと一歩も動けず、思考停止してしまうのである。
 相手がいることなので、あまり詳しい事は言えないが、筆者は過去に今回のような「自主回収」の決断をした企業の危機管理のサポートをいくつか経験したことがある。
 そこでは程度の違いはあるが、ほとんどの企業が問題を把握してから「調査」に時間を費やして「自主回収」を公表するまで1〜2カ月をかけている
 つまり、今回の小林製薬のように「事実確認」や「原因究明」に執着するあまり、やるべきことを後回しにしてしまうのだ。これは日本企業の中では極めてベタな対応というか「危機管理あるある」と言っていい。
 このような日本企業の思考停止を後押しするのが、組織内の「同調圧力」だ。「一刻も早く公表すべき」という声が出ても、経営幹部や部門責任者らが握りつぶすのである。
 ある会社で筆者も社長に意見を求められたので、「被害拡大防止を優先するために早く公表すべきでは」と答えたら、品質部門の責任者やら、営業担当役員やらに「現実的ではない」「そんなことをしたら大混乱になる」と大目玉をくらった。
 では、なぜ彼らがそこまで公表をしぶるのか。
 ああでもないこうでもないと「公表できない理由」を並べてくるのだが、筆者が直接耳にした理由をまとめると、ざっとこんなところだ。
・原因をある程度特定しないと、取引先から「他の製品も危ないのでは?」という不安が拡大して会社の信用に関わる
・自治体や監督官庁に対して自主回収の背景を説明するのにも「まだわかりません」というのはあり得ない
・自主回収後、謝罪行脚をする現場の社員たちに「何もわかりません」と手ぶらで戦わせるわけにはいかない
・自主回収を公表する記者会見で社長が、「まだ何もわかりません」を繰り返したら社会が不安になって大炎上してしまう
 これを読んでいただければわかるように、「調査優先派」の基本的なスタンスとしては、急いで公表をしたところで、会社として何も説明できないので、かえってステークホルダー(利害関係者)を不安に陥れてパニックにさせてしまうというものだ。
 そうならないために、まずは事実確認や原因究明をしっかりとやる。そして、ある程度、情報が集まってきて、会社として説明ができる状況になったら満を持して公表する。消費者や取引先はもちろん、自治体や監督官庁の疑問や不安にも対応できるので、パニックも起こらない。こういう丁寧なプロセスを踏んだ情報発信こそが、「危機」をコントロールすることではないか、と彼らは考えている。

「わかっちゃいるけど、やめられねぇ」遅い決断
 ただ、賢明な読者は気づくだろう。これらのスタンスは一見すると、消費者や取引先など「組織外の人たち」のことを配慮しているようで、実のところは「組織内の人たち」の立場や面子を守ることを優先している。
 いくらきれい事を言っても、やはりみなサラリーマンなので、何か問題が起きた時に責任を負わされたくない。そこで、各部署が「戦犯」として吊し上げられないように、万全の準備をしているだけだ。消費者や社会のことを第一に考えているのではなく「保身」である。
 例えば、開発部門は自分たちの責任にならないように、「原因を究明する時間が欲しい」と言う。品質管理部門も「なぜ問題を見落としてしまったのか検証する時間が欲しい」と言う。営業部門も「取引先への根回しや、説明できるだけの客観的なデータなどが欲しい」と言う。こういう組織内の声を全て平等に吸い上げて対応をすると、時間はいくらあっても足りない
 筆者も、ある企業で、問題が発覚してから自主回収までどれくらい時間がかかるかという会議に参加をしたことがあるが、各部門にそれぞれ準備期間を答えさせて、スケジュールを調整したら、「自主回収は2カ月後」という結果になってあ然とした経験がある。
 今回、小林製薬は1月15日に最初の医師の報告を受けてから、3月22日の自主回収まで2カ月以上費やしている。世間は「遅きに失する」と批判しているが、企業危機管理の現実を目の当たりにしてきた筆者からすれば、それほど驚くようなものではなく「まあそんなものでしょうね」という感じだ。
 よく日本企業は「決断のスピード」が遅いと言われる。例えば、よく聞くのは、アメリカ・シリコンバレーのスタートアップが、日本企業と商談をしても、「一旦会社に持ち帰らせてもらいます」と言われて何カ月も寝かされて愛想を尽かすなんて話だ。中国企業がサクサクと進めるビジネスを、日本企業の場合、社内決済まで半年かかるなんて笑い話もある。
 これは危機管理の現場でも本当に多い。一刻も早く決断や公表をしないと致命的なダメージを負うのは目に見えているのに、「決断できない理由」を並べて放置をする。結果、目も当てられない大炎上に至る企業をいくつも見てきた。
 その中でもっとも恐ろしいのは、筆者のような外部のコンサルがいくら強く指摘をしても、「まあ、うちはこういう会社なんで」という感じで経営幹部まであきらめている会社だ。
 実際、今回の記者会見でも小林社長は「判断が遅かったと言われれば、その通りです」と、うなだれている。組織内の論理を踏まえると、判断を早くすることは不可能だと、はなからあきらめているようにも聞こえる。
 昭和の名曲「スーダラ節」の中に「わかっちゃいるけど、やめられねぇ」という有名な歌詞があるが、まさにその境地である。

「わかっちゃいるけど、対応の遅さをやめられない」――。企業危機管理担当者のみなさんは、「保身」に流れがちな組織内の同調圧力に屈することなく、迅速な対応を目指していただきたい。 (ノンフィクションライター 窪田順生)