2014年3月11日火曜日

東日本大震災から3年

 東日本大震災から3年避難者は全国で約26万7000人で、9万7000人の被災者がいまだに仮設住宅暮らしを余儀なくされています。
 日本世論調査会が、1~2日に実施した全国面接世論調査結果では、「震災復興は進んでいない」と考える人たちが8割近くに達しました。
 
 天木直人氏は9日付けの同氏のブログ「逃れられない安倍首相の大震災・原発被災に対する無策の責任」で、世論調査の結果は「ズバリ安倍政権の震災復興に対する不満無策に対する国民批判のあらわれ」であるとして、安倍政権は「民主党の大失敗のおかげで、通常では得られないはずの多数を得た近年まれにみる強い政権その気になれば何でも出来るのに、解釈改憲とか、歴史認識の見直しとか、不要・不急の個人的政策に国民から与えられた権力を乱用し、肝心の震災復興・原発対策については取るべき策をとろうとしない。原発政策に至っては、再稼働ばかりに走って、被ばく者救済や除染や汚染水対策については無策の極みだ」と、痛烈に批判しました
       2014年3月10日震災復興などについて全国面接世論調査 
http://yuzawagenpatu.blogspot.jp/2014/03/blog-post.html
 
 東日本大震災から満3年目になる11日、岩手日報は、岩手県内には今なお3万人以上が仮設住宅での生活を余儀なくされていることを報じ、しんぶん赤旗は、8割以上の被災者が仮設を出る見通しが立たないこと「失業中」が依然として32%生業再建は「めどがたたない」「あまり進んでいない」合わせて78%であることなどを報じています
 
 福島県などの被災県から栃木県内への避難者は、把握できただけで3044人に上っているということです。在宅避難者との合計では約1年前の3052人から人減りました
 
 また群馬県に避難した人たちは1529人で、今も群馬県の公営住宅や親戚宅などで避難生活を余儀なくされています
 
 天木直人氏は11日にも、自身のブログで、3年目にようやくまわってきた那須塩原の自宅の除染が、庭に大きな穴を掘ってまわりのごみを埋めて終わりという半日作業で終わったことを伝え、何一つまともな復興策が出来ていないなか、犠牲者の追悼と復興を国内外に発信するための祈念施設を税金を使って岩手、宮城、福島に一か所ずつ建てるという方針に対して、そんなことではなく、3・11は被災民すべてが救済される時まで、被災民の苦しみ、悲しみと、怒りに思いをはせ、その苦しみ、悲しみ、怒りを共有する日にしなければいけない」と訴えました。
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3・11を追悼や復興祈念の日に終わらせてはいけない
天木直人 2014年3月11日
 私が住んでいる栃木県那須塩原は、津波被害こそ無縁であったが、福島原発事故による放射能汚染のホットスポットだ。毎時0.3マイクロシーベルト前後の数値は三年前とほとんど変わらない。いまごろになって市当局の除染作業が我が家にも及んだが、まわりのごみを庭に大きな穴を掘って埋めて終わりという半日作業で終わった。これが除染の実態だ。
 
 津波被災地の住民や福島原発事故から避難を余儀なくされている福島住民の苦しみとは比べるべくもないが、それでも3・11の当事者のはしくれだ。それに免じて私はこう声を上げたい。
 3・11は被災民すべてが救済される時まで、被災民の苦しみ、悲しみと、怒りに思いをはせ、その苦しみ、悲しみ、怒りを共有する日にしなければいけないと。
 
  私は3・11直後に書いた。今度の大震災からの復興は、これまでの支配体制にゆだねている限りは決して成し遂げられないと。この大災害をきっかけに日本の権力構造を根本的に変えなければいけないと。それから三年、復興が進まないことは見事に的中したが、旧来の支配体制、権力構造は微動だにしなかった。敗戦後もなお戦前の支配体制がそのまま責任を取らずに戦後に引き継がれたこととまったく同じだ。この国の政治家と官僚による支配体制は、これだけの大震災と未曾有の原発事故が起きたと言うのに、無策のまま権力の座にあぐらをかいたままだ。復興増税までしておきながらそれを有効に使えず、おまけに流用までして恥じない。いまなお非常事態の生活を強いられている人たちや、被ばくの不安から逃れられない人たちの苦しみ、悲しみと怒りはいかばかりであろうか。
 
  政治家と官僚の責任は大きい。なかんずく安倍政権の責任は大きい。民主党の失政を目の当たりにし、その反動で絶対多数を手にし、その気になれば何でもできる強い政権を手にしておきながら、1年3か月以上たっても何一つまともな復興策が出来ていない。それどころか犠牲者の追悼と復興を国内外に発信するための祈念施設を税金を使って岩手、宮城、福島に一か所ずつ建てるという。
 福島原発事故の収束に至っては、汚染水垂れ流しのままに原発再稼働を言い出す始末だ。
 
  漫才のセリフではないけれど、いま怒らなかったら怒る時はない。3・11を追悼や復興や絆の日に終わらせてはいけない。被災民や被ばく民の苦しみ、悲しみと怒りが完全になくなるまで、それを日本の国民がひとしく共有し、無策の政治家官僚に対して声を上げる日にし続けなければいけないと思う (了)
 
 
岩手県内、今なお仮設3万人超 東日本大震災3年 
岩手日報 2014年3月11日
 本県を含む三陸沿岸に未曽有の被害をもたらした東日本大震災から11日で3年となる。県総合防災室のまとめでは県内の死者は5111人(震災関連死439人を含む)、行方不明者は1142人。今なお3万人以上が仮設住宅での生活を余儀なくされている。
 
 (岩手)県によると、1月末現在、応急仮設住宅に2万5942人、民間賃貸住宅などを使った「みなし仮設」に7757人が入居、計3万3699人が仮住まいという状況だ。
 進まない恒久住宅の確保。被災者生活再建支援金の申請状況からみる個人住宅の再建率(1月末現在)は33%にとどまる。災害公営住宅も全県で6038戸の整備が予定されているが、完成したのは7・7%の467戸にすぎない。
 
 県内では500万トン以上発生したがれきの処理が3月末で終了の見込み。「復旧」が一段落し、県は2014年度からを本格復興期間と位置付ける。災害公営住宅の整備率を14年度までに35%、15年度までに82%へ。高台移転や区画整理などで約8千戸分の供給を予定する宅地の造成を14年度までに15%、15年度までに55%まで進めたい考えだ。
 
 
きょう東日本大震災3年 本紙「300人実態調査」被災者環境深刻な悪化
「仮設から移れない」57% 生業の再建困難63%
しんぶん赤旗 2014年3月11日
 「次の住まいの見通しはたたず、仮設から出られない」―。多くの人々の命と生活の基盤を奪った東日本大震災から3年。避難者は全国で約26万7000人で、9万7000人の被災者がいまだに仮設住宅暮らしを余儀なくされています。本紙は岩手、宮城、福島の3県で「被災者300人実態調査」を行い、暮らしの状況や要望を聞きました。震災3カ月以来6回目となる調査ですが、住まいや生業(なりわい)・雇用の再建はほとんど進まず、事態が悪化、深刻化している実態が浮かび上がりました。(東日本大震災取材班)
 
 実態調査は、記者が仮設住宅、借り上げ住宅、仮設商店街などを訪ね、被災者300人に直接聞き取りました。内訳は岩手県98人、宮城県103人、福島県99人。
 
 8割以上の被災者が仮設を出る見通しが立たないことが明らかになりました。今年中に仮設を出て次の住まい(自宅再建や災害復興公営住宅への入居など)に移れるかとの質問に、「移れない」57%、「わからない」27%が計84%に上りました。
 移れない理由は、公営住宅建設の遅れが37%、自宅再建資金の不足が14%などでした。
 宮城県南三陸町で被災し、仙台市の仮設住宅で暮らす女性(77)は、「公営に入りたいけど今年中に完成せず、入居できません。抽選なので入れるかどうか」と心配そうに話しました。
 
 生業と雇用の再建も遅々として進んでいません。就労状況は「失業中」が依然として32%。生業再建は「めどがたたない」63%、「あまり進んでいない」15%で合わせて78%です。
 自宅兼店舗を津波で失い、仮設商店街で書店を経営する岩手県釜石市の男性(60)は、「もとの土地に再建したいが、市のかさ上げ計画が進まず、気力もうせてきた。今度オープンするイオンに市内最大の書店ができる。影響は避けられない」と語ります。
 
 住宅や生業の再建に対し、「個人財産の形成になるから支援しない」とする国の姿勢を転換し、公的支援を復興の原則にすべきと思うかとの問いに、「おおいに思う」60%、「少し思う」26%が計86%に上りました。
 岩手県山田町の仮設住宅で暮らす女性(59)=パート=は、「被災者が家を建てられなければ結局は国や県が困るのでは。つまらないものを建てるより、国はこういうところにお金を出してほしい」と訴えました。
 
避難者、栃木県外から3044人 大震災3年 勧告2市継続中
下野新聞 2014年3月11日 
 東日本大震災発生から11日で丸3年。(栃木県消防防災課の2月末時点のまとめによると、福島県を中心とした被災県から県内への避難者は、把握できただけで3044人に上った。最大5市3町13地区(158世帯472人)に出されていた避難勧告は、矢板と大田原の2市3地区(16世帯47人)で継続中だが、年度内の終了を目指して復旧工事が進んでいる。県内の被害住宅は7万5705棟となった。
 
 居住先の市町に登録する「在宅避難者」は1188世帯2947人。県別では福島県が1129世帯2842人で全体の96%を占めた。宮城県49世帯85人、岩手県9世帯19人、茨城県1世帯1人だった。避難先の市町では宇都宮市が364世帯895人で最多。那須塩原市が171世帯419人、小山市が123世帯253人で続いた。
 このほか病院や特別養護老人ホームなど医療機関や老人施設に97人が避難している。在宅避難者との合計では約1年前の3052人(2013年3月5日時点)から8人減った
 
東日本大震災きょう3年 1529人 今も避難生活 群馬県内 
上毛新聞 2014年3月11日
 東日本大震災は11日、発生から3年を迎える。東日本大震災の被災者は福島県を中心に1529人(5日時点)が今も、群馬県の公営住宅や親戚宅などで避難生活を余儀なくされている。高濃度の放射性物質を含む指定廃棄物は最終処分場の建設計画が遅れ、7市村が計1186トンを一時保管。一部の野生鳥獣肉などは出荷が制限されたままだ。原発事故の影響は続いている。