2014年10月20日月曜日

「徴兵制の復活」はありえるか?

 7月1日に、憲法9条により集団的自衛権の行使は認められないとする大原則が何の理論構築もないままにひっくり返されたからには、この調子で徴兵制の復活も現実の問題となるのではないかと、いうのが多くの人たちがいま抱いている恐怖ではないでしょうか。
 弁護士ドットコムがその問題について、分かりやすく解説しています。
 
 結論的には、集団的自衛権行容認の閣議決定と同じように、政府が解釈を変更する閣議決定をして、そのうえで法律を作る可能性は否定できないものの、そのために憲法18条の『意に反する苦役』や憲法13条の『個人の尊重』などの読み方を変える理屈を準備するのはとても難しいだろうということです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「徴兵制の復活」はありえるか?
28歳弁護士が「憲法との関係」をわかりやす~く解説
弁護士ドットコムニュース 2014年10月18日
「徴兵制を復活させるべきだ」。テレビ番組や雑誌でこんな発言を見かけることは、少なくない。論客や政治家が、「若者に責任感を根付かせるため」「国防の重要性を実感させるため」など、さまざまな理由で「徴兵制」を持ち出す。
徴兵制は、兵隊として戦う義務を、国民に課す制度だ。徴兵制のある韓国では、原則として男性は誰でも、軍隊に入らなければならない。約2年の徴兵期間は学校に行けず、仕事もできない。家族や恋人に会う機会はほとんどなくなる。若者にとって「どのタイミングで兵役に行くか」が、人生を左右する選択となっている。
もし、韓国のように徴兵制が導入されれば、日本の若者の人生は大きく変わることになるだろう。だが、実際のところ、日本で徴兵制が導入される可能性は、どれほどあるのだろうか。憲法問題にくわしい伊藤建弁護士に話を聞いた。(取材・構成/関田真也) 
 
●憲法に反する法律は、作っても「無効」になる
――日本が徴兵制を導入する可能性について、どう考えますか?
「日本政府は、昭和29年頃から、『徴兵制を採用するには憲法改正が必要である』との立場を取っています。この政府の立場によれば、徴兵制を導入する法律を作っても、憲法違反で無効になりますから、導入へのハードルは極めて高いと言えます」
 
――法律が「無効」になるというのは、どういうことでしょうか?
「そもそも国会は、国民の代表者が、みなさんのために多数決で法律(ルール)を作る場所です。そのようにして決めたルールには、原則として、国民は従わなければなりません。
しかし、多数決で作ったルールが、必ず正しいとは限りません。ときには、多数派が作ったルールが、少数派の権利を不当に害することも考えられます。
この時、『個人の人権』を不当に侵害する法律を許さないという、権力を縛る鎖のような役割を果たすのが『憲法』なのです。
憲法に違反する法律は、裁判所によって無効とされます。
そのため、政府の中にある内閣法制局というお役所が、『作ろうとしている法律が憲法に違反するか』を事前にチェックし、政府が無効となる法律を作ることを防いでいるのです」
 
――徴兵制は「人権」を侵害するのでしょうか?
「徴兵制は、一定期間、その人の身体の自由を強制的に奪うことになりますので、個人の『身体の自由』に対する極めて強力な制約となります。
一部の政治家が言うような、『責任を根付かせるため』『国防の重要性を実感するため』などといった理由で、簡単に正当化することはできないでしょう」
 
――徴兵制は、憲法のどの条文に違反するのですか?
「これまでの政府の考え方では、徴兵制は、憲法の2つの条文に違反するとされています。ひとつめは、犯罪による処罰以外では、『何人も…(中略)…その意に反する苦役に服させられない』とする、憲法18条です。
ここでの『意に反する苦役』とは、『本人の意思に反して強制される労役』を意味すると解釈されています。自衛隊で働くことは、間違いなく『労役』です。
つまり、『やりたくない!』と思っている人を、国が無理やり自衛隊で働かせることは、できないということです」
 
――もうひとつは何でしょうか?
憲法13条です。条文には『すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする』と書かれています。
これは、私たちの命や自由を保障する、憲法の中でもいちばん大切な条文といえます。憲法は、国民ひとりひとりが『特別なオンリーワン』であることを保障しているのです。
つまり、自衛隊に入りたくないと考える国民も、国は『個人として尊重しなければならない』ということです。
したがって、日本で徴兵制を導入するためには、憲法を改正して、憲法に『国民の兵役の義務』を定める必要があると考えられているのです」
 
――憲法の改正は、簡単にできるのでしょうか?
「憲法改正をするためには、とてつもなく高いハードルを越えなければなりません。
まず、衆議院と参議院の両方で、総議員の3分の2以上が、憲法改正に賛成する必要があります。衆議院では320票以上、参議院では162票以上の賛成票が必要です。現在の自公政権でも、野党の協力なしには到達できないラインです。
その後、さらに、国民投票により、国民の過半数の賛成が必要です。みなさんの過半数が、『自衛隊に行きたくない』というお子さんやお孫さんに対して、それを強制したいと思うのかは疑問です」
 
●憲法の「読み方」を変えれば、徴兵制もあり得る?
――そうなると、日本で徴兵制が導入されることは、あり得ないのでしょうか?
「先ほども述べたように、今の憲法のままでは、徴兵制をとることは難しいでしょう。
ただし、注意すべき点はあります。政府が憲法の解釈を変えて、徴兵制が合憲だと主張する可能性も、絶対ないとはいえないからです」
 
――「解釈を変える」とは、具体的にどういうことですか?
「つまり、憲法に書かれている条文の『読み方』を変えるということです。
安倍内閣は、これまでの政府が『集団的自衛権の行使は憲法で禁止されている』と解釈していたにもかかわらず、今年7月に、閣議決定で憲法の解釈を変更し、集団的自衛権の行使を解禁してしまいました。
これと同じように、政府が、徴兵制は憲法18条が定める『意に反する苦役』とはいえないとして、解釈を変更する閣議決定し、そのうえで法律を作る可能性は否定できません。
このような形にすれば、内閣法制局の事前チェックはクリアできますから、憲法改正をしなくても、徴兵制を導入してしまうことは可能です。こうなると、裁判で戦って、裁判所が『徴兵制は憲法違反だから無効だ!』と判断するまでの間、徴兵制は実施されてしまいます
 
――「読み方」を変えるだけでいいなら、徴兵制は意外と簡単に導入できるのでしょうか?
「いえ、徴兵制の場合は、さすがに簡単ではないでしょう。
集団的自衛権の行使を認めるかどうかの議論でポイントとなったのは、行使が『自衛のための必要最小限度といえるか』という点でした。このとき、政府には、テロの脅威などの国際情勢の変化に応じて、情勢次第で『必要最小限度』の解釈が変わるという『読み方』を変えるための理屈がありました。
しかし、徴兵制の導入で問題となる憲法18条の『意に反する苦役』や憲法13条の『個人の尊重』などは、私たちの人権に直接かかわるものですから、『読み方』を変えるための理屈を用意することはとても難しいでしょう。やはり、政府の解釈ではなく、国民自身が決断すべき事柄です。
現時点では自民党内で徴兵制を導入する動きは見られません。しかし、集団的自衛権の時にそうであったように、憲法解釈の変更というルートによる徴兵制の導入を、政府が強行しないという保証はどこにもありません。
仮に日本で徴兵制を導入するとすれば、やはり、国民の間で議論をして、正々堂々と、憲法改正という極めて高いハードルをきちんと超えてからにするべきです。徴兵制の場合は、集団的自衛権の行使を認めた時のような、解釈変更による『裏道』を抜けることは、許されないと考えます」