菅官房長官は21日の参院内閣委で、1993年にいわゆる河野談話を発表した記者会見で、河野洋平官房長官(当時)が「強制連行」を認める趣旨の発言をしたことについて、「大きな問題だ」と批判し、「私どもはそこは否定し、政府として日本の名誉、信頼を回復すべく、しっかり訴えている」と述べました。
安倍政権は、旧日本軍の関与を認めて謝罪した河野談話自体は継承するとしていますが、それを尊重する態度は見られずに、慰安婦問題を「強制連行の有無」の問題に矮小化している姿勢も、「従軍慰安婦制度」自体の不自由性=強制性や残酷性を重視している国際社会から問題視されていました。
また戦時中に、当時オランダの植民地であったインドネシアに侵攻した旧日本軍が、65人のオランダ人女性を慰安婦として強制動員したスマラン事件などについての、バタビア臨時軍法会議の調査資料を国が所有していたことも既に確認されています。
政府が強制連行を認めた河野氏の発言を明確に打ち消したのは今回が初めてで、国際的にも反発を強めそうです。
10月15日に発表された歴史学研究会委員会の声明も併せて紹介します。
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「強制連行」発言打ち消す=官房長官が河野氏批判-慰安婦問題
時事通信2014年10月21日
菅義偉官房長官は21日の参院内閣委員会で、1993年に河野洋平官房長官(当時)が従軍慰安婦問題に関する談話を発表した記者会見で「強制連行」を認める趣旨の発言をしたことについて、「大きな問題だ」と批判、「私どもはそこは否定し、政府として日本の名誉、信頼を回復すべく、しっかり訴えている」と述べた。共産党の山下芳生書記局長への答弁。
河野氏は93年の談話発表時の会見で、慰安婦の強制連行があったかどうかの認識を問われ、「そういう事実があった」と発言している。安倍政権は、旧日本軍の関与を認めて謝罪した河野談話自体は継承しているが、強制連行を認めた河野氏の発言を明確に打ち消したのは初めて。韓国政府は安倍政権による談話検証も批判しており、菅長官の発言に反発を強めそうだ。
声明 政府首脳と一部マスメディアによる日本軍「慰安婦」問題についての不当な見解を批判する
2014年8月5日・6日、『朝日新聞』は「慰安婦問題を考える」という検証記事を掲載し、吉田清治氏の証言にもとづく日本軍「慰安婦」の強制連行関連の記事を取り消した。一部の政治家やマスメディアの間では、この『朝日新聞』の記事取り消しによって、あたかも日本軍「慰安婦」の強制連行の事実が根拠を失い、場合によっては、日本軍「慰安婦」に対する暴力の事実全般が否定されたかのような言動が相次いでいる。とりわけ、安倍晋三首相をはじめとする政府の首脳からそうした主張がなされていることは、憂慮に堪えない。
歴史学研究会は、昨年12月15日に、日本史研究会との合同シンポジウム「「慰安婦」問題を/から考える―軍事性暴力の世界史と日常世界」を開催するなど、日本軍「慰安婦」問題について、歴史研究者の立場から検討を重ねてきた。そうした立場から、この間の「慰安婦」問題に関する不当な見解に対し、以下の5つの問題を指摘したい。
第一に、『朝日新聞』の「誤報」によって、「日本のイメージは大きく傷ついた。日本が国ぐるみで「性奴隷」にしたと、いわれなき中傷が世界で行われているのも事実だ」(10月3日の衆議院予算委員会)とする安倍首相の認識は、「慰安婦」の強制連行について、日本軍の関与を認めた河野談話を継承するという政策方針と矛盾している。また、すでに首相自身も認めているように、河野談話は吉田証言を根拠にして作成されたものでないことは明らかであり、今回の『朝日新聞』の記事取り消しによって、河野談話の根拠が崩れたことにはならない。河野談話をかかげつつ、その実質を骨抜きにしようとする行為は、国内外の人々を愚弄するものであり、加害の事実に真摯に向き合うことを求める東アジア諸国との緊張を、さらに高めるものと言わなければならない。
第二に、吉田証言の真偽にかかわらず、日本軍の関与のもとに強制連行された「慰安婦」が存在したことは明らかである。吉田証言の内容については、90年代の段階ですでに歴史研究者の間で矛盾が指摘されており、日本軍が関与した「慰安婦」の強制連行の事例については、同証言以外の史料に基づく研究が幅広く進められてきた。ここでいう強制連行は、安倍首相の言う「家に乗り込んでいって強引に連れて行った」(2006年10月6日、衆議院予算委員会)ケース(①)に限定されるべきものではない。甘言や詐欺、脅迫、人身売買をともなう、本人の意思に反した連行(②)も含めて、強制連行と見なすべきである。①については、インドネシアのスマランや中国の山西省における事例などがすでに明らかになっており、朝鮮半島でも被害者の証言が多数存在する。②については、朝鮮半島をはじめ、広域にわたって行われたことが明らかになっており、その暴力性について疑問をはさむ余地はない。これらの研究成果に照らすなら、吉田証言の内容の真偽にかかわらず、日本軍が「慰安婦」の強制連行に深く関与し、実行したことは、揺るぎない事実である。
第三に、日本軍「慰安婦」問題で忘れてはならないのは、強制連行の事実だけではなく、「慰安婦」とされた女性たちが性奴隷として筆舌に尽くしがたい暴力を受けたことである。近年の歴史研究では、動員過程の強制性のみならず、動員された後、居住・外出・廃業のいずれの自由も与えられず、性の相手を拒否する自由も与えられていない、まさしく性奴隷の状態に置かれていたことが明らかにされている。「慰安婦」の動員過程の強制性が問題であることはもちろんであるが、性奴隷として人権を蹂躙された事実が問題であることが、重ねて強調されなければならない。強制連行に関わる一証言の信憑性の否定によって、問題全体が否定されるようなことは断じてあってはならない。
第四に、近年の歴史研究で明らかになってきたのは、そうした日本軍「慰安婦」に対する直接的な暴力だけではなく、「慰安婦」制度と日常的な植民地支配、差別構造との連関性である。性売買の契約に「合意」する場合があったとしても、その「合意」の背後にある不平等で不公正な構造の問題こそが問われなければならない。日常的に階級差別や民族差別、ジェンダー不平等を再生産する政治的・社会的背景を抜きにして、直接的な暴力の有無のみに焦点を絞ることは、問題の全体像から目を背けることに他ならない。
第五に、一部のマスメディアによる『朝日新聞』記事の報じ方とその悪影響も看過できない。すなわち、「誤報」という点のみをことさらに強調した報道によって、『朝日新聞』などへのバッシングが煽られ、一層拡大することとなった。そうした中で、「慰安婦」問題と関わる大学教員にも不当な攻撃が及んでいる。北星学園大学や帝塚山学院大学の事例に見られるように、個人への誹謗中傷はもとより、所属機関を脅迫して解雇させようとする暴挙が発生している。これは明らかに学問の自由の侵害であり、断固として対抗すべきであることを強調したい。
以上のように、日本軍「慰安婦」問題に関しての政府首脳や一部マスメディアの問題性は多岐にわたる。安倍首相は、「客観的な事実に基づく正しい歴史認識が形成され、日本の取り組みが国際社会から正当な評価を受けることを求めていく」(2014年10月3日、衆議院予算委員会)としている。ここでいう「客観的な事実」や「正しい歴史認識」を首相の見解のとおりに理解するならば、真相究明から目をそらしつづける日本政府の無責任な姿勢を、国際的に発信する愚を犯すことになるであろう。また、何よりもこうした姿勢が、過酷な被害に遭った日本軍性奴隷制度の被害者の尊厳を、さらに蹂躙するものであることに注意する必要がある。安倍政権に対し、過去の加害の事実と真摯に向き合い、被害者に対する誠実な対応をとることを求めるものである。
2014年10月15日
歴史学研究会委員会