2016年4月15日金曜日

独憲法の「緊急事態条項」がヒトラー独裁を生み出した

 アジアプレス・ネットワークが、緊急事態条項導入の危険性について、この問題に詳しい永井幸寿弁護士にインタビューした記事を、12日と13日の2回に分けて載せました。
 自民党が憲法に導入しようとしている緊急事態条項が如何に危険なものであるかについて、とても分かりやすく解説されています。
 
 第一次世界大戦で敗者となったドイツは、ワイマール市で新しい憲法を制定し、自由主義的な雰囲気の中で、ドイツ労働者党(のちのナチスドイツ)が比較第1党、共産党が同第2党の座を占めました。そんななかでヒトラーが首相になったのですが、当時体制側の人間からは「あのペンキ屋風情が・・」と軽く見られていたと言います。
 
 ワイマール憲法は当時の最先端を行く民主的なものでしたが、たった一つ欠陥がありました。それが48条の「国家緊急権」でした。
 ヒトラーが他の小党と連合して政権に就くと、その1か月後に国会議事堂放火事件が起きました。
 彼は直ちにそれを対立する共産党の仕業であるとし国家緊急権を使って令状なしで共産党議員・党員・支持者・その他文化人・自由主義者たちを数千人逮捕拘束しました。そうして反対派登院できない状態にしたうえで、今度は立法権を全て政府に委ねる全権委任法を強行可決して独裁を確立しました。
 
 全権委任法は憲法の規定にないものあったため、その成立には議員の2/3以上の出席で且つ2/3以上の賛成を要したのですが、国家緊急権を利用して無理矢理にそういう状況を作り上げたのでした。
 その結果、民主的な国家ドイツはたちまちヒトラーの独裁国家に変貌して、世界史に残る蛮行が行われることになりました。
 
 日本の旧憲法=大日本帝国憲法にも国家緊急権があり、あの戦前の暗黒国家を現出させました。
 
 ところで自民党が考えている国家緊急権=緊急事態条項は、いわば国家緊急権と全権委任法とを一体化したものです。総理大臣が緊急事態宣言を閣議決定すれば、(内閣の出す)政令が法律と同一の効力を持つようになるので、万能の立法権を握ることになります。
 国家優先の人権の制限や令状なしでの家宅捜索や逮捕なども、非常時の名のもとに可能になります。
 
 どのような事態であれば緊急事態宣言が宣言できるのについて厳格な規定はありません。所詮は時の政府次第で、政府が緊急事態だとみなせば出せる訳です。そして一旦発出されれば、もはや誰にも抵抗することは出来ません。
 緊急事態の宣言については、事前または事後に国会の承認を受けることになってはいますが、承認されなかった場合は無効になるとはされていません。政府に絶対的権力が委ねられる事態にかわりはありません。
 宣言の有効期限の規定もないので、ヒトラーのようにいつまでも継続させることができます。
 緊急事態下では国会議員の選挙も停止できます。つまりその時点の勢力がずっと維持されるということです。
 
 総理大臣が正常な人間であれば良心を持っているので、そこまでにはならないかも知れませんがそういうことが可能な条項であり、もしもヒトラーと同じ気質の人がその地位に就けば再現されないという保証は何もありません。

 こんな恐ろしい条項の導入は絶対に認めてはなりません。 
      (関係記事)
2013年8月3日 ワイマール憲法下でなぜナチス独裁が実現したのか

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「緊急事態条項」導入で改憲の危険性
エキスパートの永井幸寿弁護士に聞く (上)
アジアプレス・ネットワーク 2016年4月12日
自民党は改憲について、世論の理解を得やすい項目から着手するという戦略を描く。その突破口と目されるのが、「国家緊急権」=「緊急事態条項」の導入だ。「大規模災害に対応するため」だというが、本当にそうなのか。『憲法に緊急事態条項は必要か』(岩波ブックレット)の近著がある永井幸寿弁護士(兵庫弁護士会)に話を聞き、問題点を指摘してもらった。(栗原佳子/新聞うずみ火)
 
◆ナチスドイツの「前例」
国家緊急権とは戦争、内乱、恐慌、大規模な自然災害等などの非常事態において、国家権力が国家の存立を維持するため、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置を取る権限。それを明文化したものが「緊急事態条項」だ。自民党が2012年に発表した改憲草案の第九章に規定されている。永井弁護士は「『お試し改憲』どころか、それ自体が極めて危険」と警鐘を鳴らす。
 「国家緊急権の大きな特徴は、国民よりも国家が重要だということ。国家権力を立法、行政、司法に分けて相互に牽制している『権力分立』を停止して政府へ権力を過度に集中し、人権を強く制約する危険な制度です。歴史的にも多くの国で、野心的な軍人や政治家に濫用されてきた経緯があります」
 
 永井弁護士が例に挙げたのはナチスドイツだ。当時、世界で最も民主的と言われたワイマール憲法下のドイツで、ナチスが合法的に独裁政権を確立することができたのは、憲法48条に国家緊急権(「大統領緊急令」)があったからだという。
 「国家緊急権濫用の危険の第一は、不当な目的で使われるということです。ナチスは、反対する政治権力を弾圧するために使いました。ヒットラー内閣が合法的に成立したのは1933年1月。翌2月の国会議事堂放火事件を、対立する共産党の犯行とし、国家緊急権を使って令状なしの逮捕拘束を可能にしました。反対派を登院できない状態にして、国会の立法権を全て政府に委ねる全権委任法を強行可決して独裁を確立しました。
第二に、期間の延長です。危機が去ったあとも、いったん握った権力を離さない。全権委任法も4年間の時限立法のはずが、結局敗戦まで続きました
第三は人権の過度の制約です。共産党員や社会党員が多数逮捕され、当時、西ヨーロッパで一番大きかったドイツ共産党は消滅しました。
濫用の危険性の第四は、司法の遠慮です。裁判所は緊急時、政府の判断を尊重し、平時に比べて市民の権利保護を抑制する傾向があります。誰も政府を抑えることができなくなってしまうのです」
 
◆日本でも、「濫用」の果てに
 日本も大日本帝国憲法に国家緊急権の規定があり、これが濫用された苦い過去がある。
 「大日本帝国憲法の国家緊急権には『緊急勅令』『緊急財政処分』『戒厳』『非常大権』という四つの制度がありました。
 『緊急勅令』は、緊急の必要があり議会閉会の場合、政府が法律に代わる勅令を制定することができるものでした。しかし、政府は議会を軽視して平常時にも緊急勅令を乱発しました。例えば、治安維持法に死刑を設けた重罰化改正法案は議会で廃案になりましたが、政府は緊急勅令を発して法案通り改正したのです。
また、『戒厳』は国の統治作用のかなりの部分が軍事官憲に移ること。戦争や内乱などの非常時限定でしたが、脱法的に地震などの自然災害にも拡大されました。そのため、関東大震災では自警団を軍隊の下部組織にし、朝鮮人虐殺につながりました」
そして国家緊急権が濫用された結果、軍部が暴走し、太平洋戦争という「究極の緊急事態」を招いた。そして、国家は、国家を守るために人権を制限した。永井弁護士は、その象徴が「国家の存続のために捨て石にして、国家を守るために住民を犠牲にした沖縄戦」だと指摘する。
 日本国憲法は、こうした苦い教訓から、あえて国家緊急権を設けなかった。GHQは「設けるべき」だと主張したが、日本側は、民主主義と立憲主義などをタテに、「不要」の立場を貫いたという。
 
◆災害に必要なのか
それから約70年。国家緊急権をなぜ復活させようとするのか。例えば、安倍首相は今年1月19日の参院予算委員会で、こう述べている。「大規模な災害が発生したような緊急時において国民の安全を守るため、国家そして国民自らがどのような役割を果たしていくべきかを憲法にどのように位置付けるかは極めて重く、大切な課題と考えている」
しかし、永井弁護士は「災害対策のために緊急事態条項は必要ない」と断言する。
 「日本では、災害時に十分対応できる制度が個別法によって制定されています。災害対策の原則は『事前に準備していないことはできない』ということ。東日本大震災では、国や自治体が迅速かつ適切な対策ができなかった例がありますが、それは法律や制度の適正な運用による事前の準備がなかったことが原因です。国家緊急権は非常事態が発生した時、いわば泥縄式に強力な権力で対処する制度。想定していない事態に対しては、いかなる強大な権力をもってしても対処できません」
 
 永井弁護士は1995年の阪神淡路大震災で神戸市内の事務所が全壊。以来、一貫して災害関連法制に携わってきたエキスパートだ。日弁連の災害復興支援委員会前委員長で、東日本大震災の被災地に通い、助言を続けている。
ちなみに、日本国憲法は災害について何も規定していないのではない。緊急時に衆院議員が不在でも参議院で緊急集会の開催を可能とする「参議院の緊急集会」などの制度を規定しているという。
では、もし緊急事態条項が導入され、大災害が起きた場合、何が起こるのか。永井弁護士がまず指摘するのは情報統制の可能性だ。
 
 「流言の防止などを理由に報道も通信も制限され、インターネットも遮断されるかもしれません。大規模な災害が起きた際、最も必要なものは正確な情報。デマや流言は、正しい情報が流れないから発生するのです。情報統制の結果、被害の状況が伝わらず、被災地は忘れられてしまう。太平洋戦争末期の1944年12月に東南海地震、45年2月に三河地震という震度7クラスの大地震が発生しましたが、軍部によって徹底的に情報が統制され、被害の実態が完全に隠されてしまったのです」(続く)
 
 
「緊急事態条項」導入で改憲の危険性
エキスパートの永井幸寿弁護士に聞く(下) 「自民党案では戒厳令も可能」
アジアプレス・ネットワーク 2016年4月13日 
自民党が改憲の突破口として導入を目指している「国家緊急権」=「緊急事態条項」。 「大規模災害に対応するため」としているが、「災害を改憲のダシにするな」とすでに被災地からは非難の声が上がり、東北の被災3県、阪神大震災を体験した兵庫県、新潟中越地震の新潟県を含む17弁護士会が、緊急事態条項創設反対の声明を出している。『憲法に緊急事態条項は必要か』(岩波ブックレット)の近著がある永井幸寿弁護士(兵庫弁護士会)にこの条項の問題点を指摘してもらった。(栗原佳子/新聞うずみ火)
 
◆戒厳令制定も可能
自民党案の「緊急事態条項」はどのようなものなのか。武力攻撃や内乱、大規模な自然災害、その他法律で定める緊急事態において、内閣総理大臣が閣議で緊急事態を宣言することや、内閣が法律と同一の効力を持つ政令が指定できることなどが明記されている。「国民は国その他公の機関の指示に従わねばならない」という記述もある。
 「いろいろ問題があるのですが、まず緊急事態の発動の要件を法律で定めることができるということが一つ。後で、国会の過半数の決議でいくらでも拡大できます。テロや大規模な労働争議、デモなども、国家の緊急事態だとして加えていけます。緊急事態の期間も書かれていません
 内閣は法律と同等の効力を有する政令を制定できるとありますが、『国会が機能しないとき』などの要件もありません。つまり国会の会期中でもできるということで、国会は消滅したも同じです。事後に国会の承認が必要とありますが、承認が得られない場合どうなるかは書いてありません。大日本帝国憲法ですら、『事後に議会の承認を得られない場合は将来に向かって効力を失う』という規定がありました。
 政令で規定できる対象に制限もありません。全ての人権を制限でき、全ての事項について政令を制定できます。戒厳令制定も可能です
 災害時に戒厳が実施され、自衛隊が被災者救助ではなく暴動の抑止、治安の悪化防止などの目的で治安出動を行うこともありうるという。
 永井弁護士はこう警告する。
 「ナチスの場合は第1段階として国家緊急権を使って反対党員を拘束、第2段階で全権委任法を強行採決して独裁を確立しました。ところが、自民党の改憲草案には全権委任条項が入っている。国家緊急権を憲法に創設して緊急事態を宣言すれば、独裁が成立する。ナチスと同じというのは間違いで、ナチスよりひどいのです」
 
◆総理大臣に強大な権力
それでも、東日本大震災は私たちの記憶に新しく、首都直下地震や南海トラフ巨大地震も必ず起こるとされている。「災害に必要」という言葉に説得力があるのも事実だろう。
 「災害を改憲のダシにするな。宮城県の被災者がこう憤っていました。本当に被災者を馬鹿にしています。災害と緊急事態条項は関係ないんですから」と永井弁護士は怒りを込める。すでに、東北の被災3県、阪神大震災を体験した兵庫県、新潟中越地震の新潟県を含む17弁護士会は、緊急事態条項創設反対の声明を出している。
 「災害で必要なのは現地の自治体に強い権限を持たせること。国は後方支援に回るべきです。国家緊急権は強大な権力を総理大臣に与えますが、国のトップの個人的資質によって大きく左右されます。そのような制度を作ってはいけないのです」
なお、テロも「必要論」の理由とされるが、永井弁護士は「テロは犯罪。国家緊急権が発動される『非常事態』ではありません。法律によって警察が対処すべきことです」と述べる。多くの国が国家緊急権を導入しているという意見についても、「国家緊急権はその国の歴史や法制度に密接に関わっているのだから、数ではなく内容を検討すべき」と一蹴する。
 
ナチスはワイマール憲法の国家緊急権を使って、たった1カ月で独裁を確立したという。夏には参院選、場合によってはダブル選が行われる。その結果いかんでは「国家緊急権の時代」が一歩近づくことになる。しっかり、見極めたい。(終わり)
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 自民党憲法改正草案 〈九章 緊急事態〉*主なものを抜粋
 〈98条 緊急事態の宣言〉
・内閣総理大臣は我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、大規模な自然災害、その他法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて緊急事態を宣言できる(1項)。
・緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない(2項)。
 〈99条 緊急事態宣言の効果〉
・内閣は法律と同じ効力を持つ政令を制定できる。財政上必要な支出その他の処分を行うことができる。(1項)。
・何人も、国民の生命、身体、及び財産を守るために行われる措置については、国その他公の機関の指示に従わねばならない(3項)。