2016年4月1日金曜日

新潟水俣病を伝える碑を建立 歴史と教訓を伝えるために

 30日、公式確認から50年が経過した新潟水俣病の歴史と教訓を伝える碑の除幕式が、新潟市の県立環境と人間のふれあい館で行われ 関係者50人が出席しました。
 碑の建立は公式確認50年事業実行委員会の主要事業の一つで、は「阿賀野川を平和で豊かに」と刻まれました。
 新潟水俣病第一次訴訟を弁護団幹事長として勝利に導き、第二次訴訟では弁護団長を務め、記念碑の建立に関する委員を務めた坂東克彦弁護士が碑文の解説をされました。
  註  ただし二次訴訟が和解の方向に向かった時点で、納得できないとして団長を辞任しました。
    同弁護士には2014年の「湯沢平和の輪新年平和の集い」で記念講演をしていただきました。
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新潟水俣病 50年の歴史刻む
新潟日報 2016年3月31日
 公式確認から50年が経過した新潟水俣病の歴史と教訓を伝える碑の除幕式が30日、新潟市北区の県立環境と人間のふれあい館で行われた。被害者や県、国、阿賀野川流域自治体の関係者ら約50人が出席し、公害という悲劇が繰り返されない未来を願った。
 
 碑の建立は公式確認50年事業実行委員会(会長・泉田裕彦知事)の主要事業の一つ。碑は高さ約1・7メートル、幅2・5メートル、奥行き1・3メートル。阿賀野川流域の旧安田町(現阿賀野市)で採取された石に「阿賀野川を平和で豊かに」と泉田知事が揮毫(きごう)した。総工費は約370万円。
 除幕式で泉田知事は「新潟水俣病は国全体が豊かさを享受する中、一部の方々につらいしわ寄せが起きてしまった、歴史に伝えるべきこと」とあいさつした。
 被害者を代表し、新潟水俣病阿賀野患者会の山崎昭正会長は「碑ができたことは被害者にとっての喜び。今日が水俣病問題の全面解決に向けた決意の日となれば幸い」と語った。
 
 碑文の検討に当たった坂東克彦弁護士は碑文について「被害者の思いに寄り添い、平和への願いを主眼とした」と述べた。
 
被害者や行政関係者らが一堂に会した新潟水俣病の歴史と教訓を伝える碑の除幕式=30日、新潟市北区
被害者や行政関係者らが一堂に会した新潟水俣病の歴史と教訓を伝える碑の除幕式=30日、新潟市北区