東京新聞 2016年5月9日
一九五四年の米国による太平洋・ビキニ環礁での水爆実験の際に周辺海域にいた元漁船員やその遺族ら四十五人が九日午後、被ばくに関する調査結果を日本政府が長年開示せず、米国への賠償請求の機会を奪われたなどとして、元船員一人当たり二百万円の慰謝料を求める国家賠償請求訴訟を高知地裁に起こした。
原告側によると、ビキニ実験を巡る国賠訴訟は初めて。被ばくした第五福竜丸(静岡県焼津市)の元船員らには五五年に米側から見舞金が支払われており、提訴で国の責任を追及するとともに、救済実現を目指す。
訴状などによると、高知県選出で共産党の故山原健二郎元衆院議員が八六年、衆院予算委員会で実験による被ばくに関する過去の調査結果の開示を求めたが、政府側は「見つからない」として拒否した。
しかし支援者らの度重なる求めに応じ、国は二〇一四年に当時周辺海域にいた漁船延べ五百五十六隻の検査結果を開示。うち延べ十二隻に一定線量以上の被ばくがあったが「健康被害が生じるレベルを下回っている」との見解を示した。
原告は主に高知県の漁船の元船員とその遺族らで、高知、神奈川、兵庫の各県在住。訴訟では、国が事前に実験について知っていたのに漁船に周知しなかったと主張。さらに被ばくに関する調査結果を意図的に隠し、実験から六十年もたった後に開示した結果、元船員らは米国への賠償請求権などを時効で失い、精神的打撃を被ったと訴える。また五五年の米側の見舞金で政治決着して以降、一切の追加調査や補償を放置してきた国の不作為についても追及する。
提訴を前に高知市で開いた原告団の結成会で、周辺海域にいて被ばくした漁船の元船員桑野浩さん(83)=同市=は「仲間の中には四十代で亡くなった人もいて、国の対応には怒りを感じる」と訴えた。
ことし二月には、周辺海域で被ばくし、後にがんなどを発症したとして今回の原告のうち高知県内の元船員やその遺族ら十人が船員保険適用を全国健康保険協会(東京)に申請している。
◆1954年に6回、「死の灰」広範囲
<ビキニ水爆実験> 米国は1954年3~5月、6回にわたり太平洋のマーシャル諸島ビキニ環礁などで水爆実験を実施、放射性物質「死の灰」が広範囲に降り注いだ。3月1日の水爆「ブラボー」の実験では静岡県焼津市のマグロ漁船、第五福竜丸の23人が被ばくし、半年後に無線長久保山愛吉さん=当時(40)=が死亡。日本で反核世論が高まる契機となった。