2017年10月21日土曜日

この選挙は日本の決定的な岐路になる 作家の中村文則氏が警鐘

 芥川賞作家(27歳で受賞)の中村文則氏はこれまでも安倍政権に対する危機感を表明してきましたが、新著のR帝国』で全体主義国家への警鐘鳴らしました。
 そして、総理大臣としての安倍晋三という存在、「安倍現象」と呼ぶべき社会の変化についての鋭い論考「総選挙、日本の岐路」を、10月6日朝日新聞に寄稿しました。
 それは安倍首相によって唐突に招来されたこの度の訳の分からない選挙について様々に論じたのち、次の言葉で結んでいます。
この選挙は、日本の決定的な岐路になる。歴史には後戻りの効かなくなるポイントがあると言われるが、恐らく、それは今だと僕は思っている

 LITERAが中村氏のこの論文を取り上げました。
 論文中、日本社会の中にある「非論理的性」に関して「論というよりは感情によって支える人達」、「論というより感情の世界に入り込んでいる」、「論が感情にかき消されていく」と、似た言葉が3回繰り返されているのが印象的です。
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中村文則が警鐘「この選挙は日本の決定的な岐路になる」
このまま自公が圧勝すれば、安倍政権の横暴をすべて認めたことになってしまう
LITERA 2017年10月17日
 中村文則の新著『R帝国』(中央公論新社)でも全体主義国家への警鐘が鳴らされている。
「ぜひ、あなたの声を聞かせてください」──テレビをつけると大量にオンエアされている自民党のCMでは、最後に安倍首相がこんな台詞を吐いている。よりにもよって自分に批判的な市民を「こんな人たち」と呼ぶあなたが言うか?と呆れ果ててしまうが、今回の選挙の争点は、とどのつまり「この男が総理大臣でいいのか」に尽きるだろう。

 そんななか、総理大臣としての安倍晋三という存在、そして「安倍現象」と呼ぶべき社会の変化についての鋭い論考が朝日新聞(10月6日朝刊)に掲載された。寄稿者は、『土の中の子供』で芥川賞を受賞し、今年8月発売で全体主義社会を描いた最新作『R帝国』(中央公論新社)も評判となっている作家の中村文則だ。

 中村はこれまでも安倍政権に対する危機感を表明してきた作家だが、今回も、冒頭解散を疑問視する声が高まってもそれを無視し、筋の通った説明もしない安倍首相について、中村は〈今回の解散は、ある意味首相らしいとも言える〉という。
〈首相はそもそも様々なことに対し、もう国民を納得させる必要をそれほど感じていないように見える。本当の説明をせず、押し通すことに、もう「慣れて」しまっているように見える。これは、とても危険なことだ〉
 そもそも安倍首相は「こんな人たち」発言からも顕著なように、自分を批判する層のことはハナから相手にしていない。しかし中村は、現在の安倍首相は「中間層」に対しても説明なく押し通しても大丈夫だと高を括っているのではないかと見る。それは、あれだけ多くの国民が反対していた安保法制を強行的に可決した翌年の参院選で自民党が勝利した、あの成功体験がもとになっているのではないか、というのだ。

 しかし、そうやって見くびられた結果、今回の選挙で安倍自民党がまた勝てば、どうなってしまうのか。中村はこう綴る。
現政権が勝利すれば、私達はこれまでの政権の全ての政治手法を認めたことになる。政権は何でもできるようになる。あれほどのことをしても、倒れなかった政権ならすさまじい。友人を優遇しても何をしても、関係者が「記憶にない」を連発し証拠を破棄し続ければよい。国民はその手法を「よし」としたのだから。私達は安倍政権をというより、このような「政治手法」を信任したことを歴史に刻むことになる

もし「蓮舫首相の森友・加計問題」だったとしても、安倍応援団は「全く問題ない」と言うのか
 内閣不支持率が支持率を上回っていながら、その要因であるさまざまな疑惑、強行政治、情報の隠蔽を、選挙によって是認してしまうことになる──。こんな馬鹿な話はないが、もうひとつ、重要なことを中村は指摘する。選挙の結果によって安倍首相が増長するという恐れだけが待っているわけではない、ということだ。
〈国会を見ていると、事実より隠蔽の、説明より突破の、共生より排他の強引な政治のように感じる。そしてそれらを、論というよりは感情によって支える人達が様々に擁護していく〉

 論より感情の人たちが安倍政権を支えている──それはどういうことなのか。たとえば中村は、森友・加計問題について「問題ない」と声高に叫ぶ安倍支持者は〈蓮舫議員の二重国籍問題を批判した人達はかなり被る〉と分析した上で、〈もしこれらが全て「蓮舫首相」がやったことだったらどうだろうか〉と問いかける。
蓮舫首相が獣医学部の規制に「ドリルで穴を開けた」結果、蓮舫首相の長年の親友の大学のみがその対象に選ばれたとしたら。果たして彼らは同じように「全く問題ない」と言うだろうか。少なくとも、ネット配信が盛んなあの保守系の新聞が、打って変わって「蓮舫首相の加計学園問題」を喜々として叩く様子が目に浮かぶ。ちなみに僕は無党派というのもあるが、もし「蓮舫首相」が同じことをしても絶対批判する。逆に安倍首相に蓮舫氏のような「二重国籍問題」があっても絶対批判しない。強い安倍政権支持は、もう論というより感情の世界に入り込んでいる危険がある〉

 こうした「論より感情」を安倍首相自身も煽っていることは周知の通りだ。事実、安倍首相がフェイクニュースやヘイトスピーチの温床となっているまとめサイトの記事にリンクを貼ったり、先日も『NEWS23』(TBS)での党首討論では、そうしたネット上で書き込まれていたネット右翼によるメディアへの言いがかりをそのまま司会の星浩キャスターにぶつけた(詳しくはhttp://lite-ra.com/2017/10/post-3502.html)。
 また、安倍首相の街頭演説の場では、批判的な人が掲げるプラカードは自民党関係者に取り囲まれて覆い隠される事例が起こる一方、「おい!TBS 偏向報道は犯罪なんだよ」「モリカケ疑惑は朝日のでっちあげ」などというプラカードは堂々と掲げられている。さらに、自民党ネットサポーターズクラブの総会でも、「従軍慰安婦像の辻元清美」のコラ画像を投稿してもいいか?という問いに、自民党ネットメディア局長・平将明衆院議員は「個人のご判断」などと回答。下劣な他党叩きの活動を、安倍自民党は暗に推奨しているのだ。ここに「論」などは見当たらない。

 しかし、こうして安倍首相の崇拝や排外的な思想から過激な言動に出る人間は全体からすると少ないだろうと思う人も多いはずだ。だが、問題は、日常の場面でも、この「論より感情」が広まりつつある、ということだろう。

「この選挙は日本の決定的な岐路になる」「いまを逃せば後戻りできなくなる」
 その一例に、中村は自身の体験を振り返っている。知人との会話のなかで憲法に話題が及んだ際、個別的自衛権と集団的自衛権の違いについてなどを語る中村に対し、その知人は〈面倒そうに説明を遮〉り、こう言ったのだという。「でもまあ色々あるんだろうけど、(憲法を変えないと戦争できないから)舐められるじゃん」。
〈「舐められるじゃん」。説明より、シンプルな感情が先に出てしまう空気。卵が先か鶏が先かじゃないけれど、これらの不穏な世相と今の政治はどこかリンクしているように思えてならない。時代の空気と政治は、往々にしてリンクしてしまうことがある。論が感情にかき消されていく

 このような考え方は、選挙で自民党が勝利し安倍政権が存続となれば、さらに加速していくだろうことは想像に難くない。独裁状態をつくり出すには、危機を演出して敵愾心を煽ることが重要だ。そうしたなかでは恐怖や不安が優先され、冷静で慎重な議論は求められない。
 そして中村は、こうした状況下での恐ろしい「近い将来」を予測する。
〈明治というより昭和の戦前・戦中の時代空気に対する懐古趣味もさらに現れてくるように思う。そもそも教育勅語を暗唱させていた幼稚園を、首相夫人は素晴らしい教育方針ともうすでに言っている〉
改憲のための様々な政治工作が溢れ、政府からの使者のようなコメンテーター達が今よりも乱立しテレビを席巻し、危機を煽る印象操作の中に私達の日常がおかれるように思えてならない。現状がさらに加速するのだとしたら、ネットの一部はより過激になり、さらにメディアは情けない者達から順番に委縮していき、多数の人々がそんな空気にうんざりし半径5メートルの幸福だけを見るようになって政治から距離を置けば、この国を動かすうねりは一部の熱狂的な者達に委ねられ、日本の社会の空気は未曽有の事態を迎える可能性がある〉

 この中村の予測は、確実に現実のものになるだろう。なぜなら実際にわたしたちは、もうすでにそのレールの上に安倍首相によって立たされているからだ。だが、中村はただ悲観するのではなく、だからこそわたしたちに訴えかける。選挙に行かなくてはならない、と。
この選挙は、日本の決定的な岐路になる。歴史には後戻りの効かなくなるポイントがあると言われるが、恐らく、それは今だと僕は思っている

 社会に蔓延る排外主義・全体主義の空気を嗅ぎわけ、的確な時評と極めて現実的な分析をおこなう中村のような作家の論考を、いまはまだ読むことができる。しかし、そうした自由さえも奪われかねない世界が、扉を開けて待っている。そうした世界を信任するのか、拒否するのか。それがこの選挙では問われている。(編集部)