2022年2月23日水曜日

23- 虚実交えた米ロの情報戦争(牧野 愛博氏)

 朝日新聞外交専門記者牧野 愛博氏が、Forbes JAPANの21日と22日に2つの記事を出しました。

 22日の記事は「 ~ 虚実交えた米ロの情報戦争」というものです。現時点ではまだそう大したことにならないという見方です。
 そうあって欲しいものです。
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沈黙を警戒せよ 虚実交えた米ロの情報戦争
                   牧野 愛博 Forbes JAPAN 2022/2/22
                       朝日新聞外交専門記者
ロシアのプーチン大統領は21日、ウクライナ東部の親ロ派勢力が支配する地域の独立を承認するとともに、ロシア国防省に対し、同地域へ平和維持軍を派遣するよう指示した。これに対し、米国のバイデン大統領はただちに、同地域に経済制裁を科す大統領令に署名した。岸田文雄首相も22日、記者団に「独立の承認など一連のロシアの行為は、ウクライナの主権、領土の一体性これを侵害するものであり、認めることはできません。強く非難いたします」と語り、制裁などの対抗措置を調整する考えを示した。
確かに、今回のウクライナ危機では、米国とロシアが異様なほどの情報戦を繰り広げてきた。まず、米紙ワシントン・ポストが昨年12月3日、米情報機関による報告書の内容として、ロシアが今年早々にも最大17万5000人を動員してウクライナに侵攻する計画を立てていると報じた。ドイツのシュピーゲル誌によれば、米中央情報局(CIA)はロシアが早ければ2月16日にもウクライナに侵攻する可能性があると北大西洋条約機構(NATO)加盟国に伝えた。バイデン大統領は18日、記者団に対して「現時点でプーチン大統領は、侵攻の決定をしたと確信している」と語った。
ロシアはこうした米国の情報戦を「ヒステリー」と非難した。一方で、ロシア国防省は1月下旬、ウクライナ東部との国境に近いロシア西部ロストフ州の演習場に向かうロシア軍戦車部隊などの映像を公開した。今月には同省のホームページやツイッターで、弾道・巡航ミサイル発射訓練を公開した。プーチン大統領による親ロ派勢力が支配するウクライナ東部地域の独立承認や、同地域への部隊派遣指示などもほぼ、リアルタイムで公表している。
自衛隊OBは「本当に侵略するなら、軍派遣の指示などを公表することはあり得ない。一連の動きは、ロシアが国際社会に対して『これからウクライナに入りますが、止めるにはどうしたらいいんですか。どういう条件を出してくれたら下がれるんでしょうね』と聞いているに等しい」と語る。「陸上自衛隊の教範『野外令』にもあるように、奇襲は軍の常識だ。今のロシアの動きは本来の軍事行動とは言えず、欧米に圧力をかけて交渉するための動きと言える」。確かに、ロシア側は22日現在、24日で調整されていた米ロ外相会談をキャンセルする動きは見せていない。
日本のロシア専門家らによれば、プーチン政権は最近、支持率の低落傾向に悩んでいた。軍の強い支持も不可欠だし、最高指導者に就任以来、欧州諸国にやられっぱなしだったNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大に歯止めをかけてレガシーを作りたいという思惑も働いていると言われた。同時に経済は低調で、ウクライナ侵攻による制裁や莫大な戦費の発生による更なる経済悪化は避けたい考えともされた。こうした状況から、わざと危機を作り出して西側諸国に外交的な譲歩を迫る「瀬戸際外交」を行っているようだ。
一方、バイデン政権も昨年8月のアフガニスタンからの撤収を巡る混乱により、外交で失点した。同じ間違いは繰り返したくないが、アフガン撤収を貫いたように、これ以上の海外派兵は避けたい。今月、インド太平洋戦略を発表したように、ウクライナ危機は欧州諸国に任せ、対中国政策に集中したい思惑もある。こうしたことから、積極的に情報戦を仕掛けているようだ。自衛隊OBは「外交で解決したいから、ロシアが危機をつくり出している構図をはっきりさせ、交渉に有利な環境をつくろうとしているのではないか」と語る。
では、世界中の報道機関が伝えている、米ロ発のインテリジェンス情報はどこまで信じて良いのだろうか。自衛隊OBは「内通者などの情報ソースや電波の周波数帯など、情報を獲得する手段が露見するような真似は絶対しない」と語る。米国が「2月16日侵攻説」を唱えたのも、関係者の危機感を高めて交渉の環境を整える意図が強かったのではないかと指摘する。「本当に機密情報を握っていたなら、報道陣に公開せずに、ウクライナに極秘で伝えて対応させるなどの措置を取っただろう」。あるいは、ロシアも米国も外交解決のためには、危機感を高めるのもやむを得ないという判断があったとすれば、ロシア側が敢えて、米国が報道陣に公開することを承知で「2月16日侵攻情報」を流した可能性もあると指摘する。
果たしてロシアは今後、どんな行動を取るのか。日本政府関係者は「バイデン政権がメディアに流す以上の情報を日本にもたらしてくれるかどうか自信がない。米国は常に情報の対価を求めてくるし、日本は欧州諸国に比べ、ウクライナに対してできる手段が限られているからだ。後は、ホワイトハウスとの関係が深いエマニュエル駐日大使を頼るしかないかもしれない」と語る。
自衛隊OBは「もちろん、誤算や誤解もあるから楽観してはいけないが、米国もロシアも騒がしいうちはまだ大丈夫ではないか。両者が突然、沈黙したり、部隊の動きを見せなくなったりしたら、そのときこそ本当の危機が訪れたと覚悟すべきだろう」と語った。

牧野 愛博  Official Columnist
朝日新聞外交専門記者。1965年生まれ。大阪商船三井船舶(現商船三井)を経て91年、朝日新聞入社。瀬戸通信局長、政治部員、全米民主主義基金(NED)客員研究員、ソウル支局長、編集委員(朝鮮半島、米朝・日米関係担当)などを経て、21年4月から現職。著書に『絶望の韓国』(文春新書)、『金正恩の核が北朝鮮を滅ぼす日』(講談社+α新書)、『ルポ金正恩とトランプ』(朝日新聞出版)、『ルポ「断絶」の日韓』(朝日新書)など。


「もはや超大国ではない」 インド太平洋戦略から透けて見える米国の凋落
                   牧野 愛博 Forbes JAPAN 2022/02/21
                       朝日新聞外交専門記者
米国のバイデン政権は11日、「インド太平洋戦略」を発表した。台頭する中国を意識し、日本など同盟国との連携強化を打ち出した。松野博一官房長官は14日の記者会見で、「文書の形で地域へのコミットメントを明確に示すもので、歓迎したい」と語った。ただ、関係者の間では19ページにわたるこの文書の評判がすこぶる悪い。
この戦略文書は、「自由で開かれたインド太平洋の推進」や「地域の繁栄の促進」「インド太平洋の安全保障の強化」など、5つの柱を掲げる。米政府の元当局者は「国務省や国防総省、CIA(米中央情報局)、商務省などがホワイトハウスに提出した紙を、ステイプラー(ホチキス)で一緒にまとめただけの文書だ」と語る。
在米日本大使館の勤務経験者も「例えば、経済分野をみても、米国がTPP(環太平洋パートナーシップ)協定に復帰するのか、中国のTPP加入を阻止するのか、はたまた、日米貿易協定をどうするのか、さっぱりわからない」と語る。日本の米国専門家も「一言で言って、ガッツがない文書。中国と競争するにしても、どこまでやり遂げるのか、その覚悟が伝わってこない」と酷評する。
複数の日米関係筋によれば、米政府は日本政府に対し、事前に戦略文書をまとめる考えを伝え、昨秋くらいから日本の希望についてのヒアリングを続けていた。ただ、経済安全保障などで米国の具体的な戦略が伝わってこなかったという。
関係筋の1人は「日本側は危機感を抱き、もともとあった経済版2プラス2(外務と経済を担当する閣僚による「日米経済政策協議委員会」)構想を早期実現するよう、林芳正外相がブリンケン国務長官に強く申し入れたと聞いている」と語る。両政府は1月22日にオンライン形式で行った首脳会談で経済版2プラス2の創設で合意した。
そもそも、別の関係筋によれば、バイデン政権は現在、「国家安全保障戦略(NSS)」、「国家防衛戦略(NDS)」、「核態勢の見直し(NPR)」などの戦略文書の発表を見合わせている。同筋は「ウクライナ危機が原因だ。こうした戦略文書を公表すれば、危機にどんな影響を与えるかわからないからだ」と語る。
そんななか発表されたのが「インド太平洋戦略」だったわけだ。逆に見れば、この戦略文書は、ウクライナ危機に影響を与えるほどのものではないということらしい。日本政府関係者の1人は「戦略文書が発表された週は、(豪州の)メルボルンでQUAD(日米豪印の安保対話)外相会議、フィジーで米国と太平洋諸島諸国の外相会議、ホノルルで日米韓外相会議があった。この機会を逃したくなかったということだろう」と語る。
バイデン政権は発足以来、外交分野では対中国政策を最重要課題に掲げてきた。そんなさなか、ウクライナを巡る危機が発生した。日米関係筋の1人は「バイデン政権にしてみれば、ドイツやフランスにウクライナ危機への対応を任せたい。最近、ロシア軍の動向に関するインテリジェンス情報を次々流しているのも、危機を解決できない欧州諸国、特に独仏両国への不満の裏返しでもある」と語る。「インド太平洋戦略」を打ち出したのも、対中国外交に集中したいバイデン政権の姿勢を示す狙いがあったのかもしれない。
ただ、バイデン政権が思ったように、事態は進みそうもない。関係筋の1人は「米国がかつてのような超大国だったら、もっと自分がやりたいことをはっきり打ち出していただろう。このようなあいまいな文書しか作れないところに、米国の限界を感じる。米国が日米同盟の重要性を訴えているのも、中国は米国一人の手に負えない相手だと感じているからだろう」と語る。
12日にホノルルで開かれた日米韓外相会議も散々な出来だった。関係筋の1人によれば、共同声明を巡って、韓国が「ロシアや中国に関する文言は入れたくない」と抵抗。日米でなだめすかして、何とか共同声明に「台湾海峡の平和と安定の重要性」「ウクライナの主権及び領土の一体性に対する揺るぎない支持」という文言を盛り込んだ。その見返りとして、北朝鮮の非核化については、「完全な非核化(complete denuclearization)」という表現にとどめた。
日米がよく使う「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID・Complete Verifiable Irreversible Denuclearization)」という表現でもなく、北朝鮮という主語もなかった。「検証可能」「不可逆」は、いずれも北朝鮮が嫌がる表現だし、北朝鮮は自国を攻撃できる米国の核兵器の廃棄も含むという意味で「朝鮮半島の非核化」という表現を好むからだ。
また、日米韓がそれぞれ発表した報道資料をみると、米韓外相会談では「米韓両長官は」という主語が多かったのに対し、日韓外相会談では「林大臣は」「鄭(義溶韓国外交部)長官は」という言葉が目についた。米国は何とか、「日米韓は一枚岩」とアピールしたいものの、日韓がお互いの立場を主張し合う構図が続いていることが浮き彫りになっている。日米韓外相会議は、北朝鮮に対する新たな政策をまとめられずに終わった。
関係筋の1人は「今のバイデン政権に、そんな余裕はない。このままでは、北朝鮮がICBM(大陸間弾道弾)を発射しても、新しい政策を打ち出せないかもしれない」と話す。
2月21日はニクソン訪中から50年にあたる。当時、米国の対中政策の変更を知らされていなかった日本外務省内には驚きと怒りの声が渦巻いたそうだ。関係筋の1人は「もはや、超大国ではない米国に、50年前のような好き勝手な戦略や政策を打ち出すだけの力はない」と語った。