2022年3月14日月曜日

ロシアへの経済制裁は逆効果? マックやスタバの閉鎖が招くさらなる「暴走」

 ダイヤモンドオンラインに、ノンフィクションライター 窪田順生氏の「ロシアへの経済制裁は逆効果? マックやスタバの閉鎖が招くさらなる『暴走』」という記事が載りました。

 いま国民の中に占められているいわゆる「空気」に反する記事を、プロのライターが書くのは勇気のいることで文中の至る所でその気遣いが感じ取れます。とはいえ記事は、戦前の日本の実態がどうであったのかにも触れていて十分に説得力のあるものになっています。
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ロシアへの経済制裁は逆効果? マックやスタバの閉鎖が招くさらなる「暴走」
                 窪田順生 ダイヤモンドオンライン 2022.3.10
                      ノンフィクションライター
各国の企業も続々とロシアに「制裁」
平和への手段になるのか?
 世界がウクライナへの侵攻反対で「連帯」をしていることを示せば、ロシア国内の反戦ムードも高まって、さすがのプーチン大統領も軍事作戦の続行を断念せざるを得なくなるはずだ――。
 そんなロジックのもとで、各国の政府や企業が手を取り合ってロシアに経済制裁をしていくという、「反ロシア連帯」ともいうべき動きが広がっている。
 アメリカやイギリスはロシア産原油の輸入停止を発表。さらに、4大会計事務所のKPMG、EY、プライスウォーターハウスクーパース(PwC)、デロイトも、ロシア企業へのサービスを停止すると発表。ZARAなどを展開するアパレル大手のインディテックスは、ロシア国内の約500店舗の営業を停止、H&Mも約170店舗を一時閉店としている。
 また、これまでスタンスを明確にしていなかったマクドナルドとスターバックスも投資家などの批判を受けて相次いでロシア国内事業の停止を発表した。ちなみに、マクドナルドはロシアで847店舗を運営して、現地従業員が約6万2000人もいるのだが、生活への影響を考えて給与は支払われるという。
 このような「反ロシア連帯」が西側諸国に広がれば当然、日本もそこに参加しないわけにはいかない。トヨタや日産は工場の稼働を停止すると発表し、現地駐在員に帰国を指示。他の企業でも続々と対ロシアビジネスを停止する動きが出ている。
 一方で、「連帯」に背を向ける企業もなくはない。その代表格が、ロシア国内で50店舗を展開するユニクロだ。「衣服は生活必需品」という理由から事業継続を発表している。
 ただ、これも「方針転換」は時間の問題ではないかと見られている。コルスンスキー駐日ウクライナ大使がSNSに、「ユニクロは、ウクライナの人々の基本的な生きる権利よりも、ロシアの人々の基本的なパンツやTシャツの需要の方が大事だと決めた。残念だ!」と投稿したことを筆頭に、国内外から嵐のようなバッシングが寄せられているからだ。
 しかし、「厳しい経済制裁を続けていれば、プーチンが窮地に追い込まれて平和が訪れる」というのは本当だろうか?
ユニクロにバッシングの嵐だが
経済制裁の最大効果は「終戦」ではない 
 ユニクロへのバッシングが止まらない。
「家族一同、これからもユニクロは買わない着ない応援しないことになりました」
「is it okay to support the war?」
「Sayonara Uniqlo」
 実はユニクロは、ウクライナ支援として国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)経由で1000万ドルを寄付、ポーランドへ避難した人たちに防寒着なども提供している。しかし、その善行がチャラになるほど叩かれており、昨年、海外でも大きな話題となったウイグル族の人権問題も蒸し返されてしまっている。グローバル市場での悪影響と天秤にかければ、遅かれ早かれ「連帯」に加わるのではないかとみられているのだ。
 という話を聞くと、「プーチンの暴走を止めるためにはさらなる経済制裁をすべきだ」「営業停止では生ぬるい、グローバル企業はロシアからの完全撤退も検討すべきではないか」と前のめりになってしまう方もいるかもしれない。
 ただ、そういう連帯の呼びかけに水を差すつもりはサラサラないのだが、とにかくロシアへ厳しい経済制裁を続けていれば、プーチンが窮地に追い込まれて平和が訪れる、というようなサクセスストーリーを過度に盲信してしまうのもちょっと危うい気がしている
 実は国際社会においては、「経済制裁で戦争は終わらない」というのが常識だからだ。
 例えば、国連安全保障理事会のイラン制裁専門家パネル委員を務め、経済制裁に詳しい鈴木一人・東大公共政策大学院教授(国際政治経済学)は「朝日新聞デジタル」(1月26日)で、「戦争の代替物ではありますが、戦争と同じ効果を期待するのは難しい」として、その理由はこのように述べている。
<経済制裁は政治的に使いやすいツールですし、「制裁をした」と発表することで国民の憂さ晴らしにもなるという効果もあります。(中略)。相手の行動を変えるよりも、制裁を与えること自体が目的化しているともいえます>
 つまり、我々は、ロシアからトヨタが撤退したとか、マクドナルドが営業停止をしたとか、ロシアの富豪たちが資産を凍結されたという経済制裁のニュースを見て、「ざまあみろ!」と胸がスカッとしているが、それだけで終わってしまっていて、現実の戦争を終わらせることにはそれほど役立っていない恐れがあるということだ。
経済制裁は事実上、不可能
ロシア国民に「西側諸国への憎悪」を植え付ける可能性も
「そんなバカな話があるわけがない!」という感じで、このシビアな現実をなかなか受け入れられない人も多いだろうが、このような指摘は、西側諸国では30年以上前からされてきた。例えば、分離独立を目指すチェチェン共和国とロシアの間で2度にわたって行われたチェチェン紛争をはじめ、世界各地で国際紛争が相次いでいた1996年、英エコノミスト誌の編集長(当時)だったビル・エモット氏はこう述べている。
経済制裁はめったにうまくいかない。その理由は、経済制裁を執行するのが事実上、不可能だからである。国家にはあまりにも多くの通商相手があり、国境を取り締まるのはきわめて難しいし、企業は商品の原産地を制裁に参加していない国であるかのように見せかける方法を必ず案出するだろう」(読売新聞1996年10月28日)
 これは北朝鮮などを見れば納得だろう。もはや年中行事のように弾道ミサイルを連発して、その度に国際社会は批判をして、日本や米国は経済制裁に乗り出す。が、それで飢えるのは平民だけで、中国やロシアが裏で援助をしているので政治体制や軍事開発への影響はほとんどない。むしろ、「日本や米国から制裁をされた」という怒りを原動力にして、さらなる軍事力強化に乗り出している。

 一方で、このような「経済制裁の限界」があるからこそ、マックやスタバという民間企業がみんなで「連帯」して抗議をして、ロシア国民に戦争を止めてもらうように動いてもらうことが重要になってくるのだ、という意見もあるだろう。
 もちろん、それができるのなら理想的だ。しかし、ロシアという実質的にはプーチン大統領が恐怖支配をしているような専制国家において、それはロシア国民に「革命」や「内戦」をけしかけているようなものなので、かなりハードルが高い。
 また、「効果がない」くらいならまだマシで、経済制裁によってかえって事態を悪化させるというケースも少なくない。前出・エモット氏も以下のように指摘をしている。
「制裁も一定の効果を持ち得る。しかし、それはまた、制裁が逆効果となる始まりでもある。これは、一つには、制裁がある国の一般市民に痛みを与えることになると、問題の指導者を脅かすというよりは、むしろ、その国の反外国人感情を高まらせかねないからである」(同上)
 つまり、経済制裁によって痛みを与えられたロシア国民が、「プーチンの暴走を止めろ!」となるのではなく、「ウクライナからロシアに攻め込みたいNATOの嫌がらせに負けるな」という感じで、「西側諸国への憎悪」をかえって膨らませてしまうのだ。
「誰がどう見ても悪いのはプーチンなんだから、世界からどう見られているのかという正しい情報を教えてあげれば、ロシア国民も目覚めるはずだ」と反論をする人もいるだろうが、この「経済制裁による事態悪化」を誰よりも知っているのが、我々日本人だ。
80年前の日本は今のロシア
わかりきった敗戦に既視感
 今からおよそ80年前、日本はABCD包囲網という厳しい経済制裁を受けて、中国大陸で進めている軍事侵攻をすぐにやめて撤退しろと国際社会から迫られていた。現在もそうだが、日本は資源などで海外にガッツリ依存をしているので、一般市民の痛みはすぐにやってきた。今のロシア国内同様に物資不足で、店には大行列ができた。
 では、そこで軍や政府、あるいは国家元首である天皇を突きあげて、「戦争をやめるべきだ」という世論が盛り上がったのかというとご存じのように、そんなことにはなっていない。むしろ、「米英の嫌がらせに屈するな」の大合唱だった。
「それは軍部が怖かったから」とすぐに言い訳をする人もいるが、当時の資料などを見れば、ほとんどの日本国民が日米開戦を強く望んでいたことがわかっている。真珠湾攻撃をした時などはサッカーのワールドカップで優勝したくらいの国をあげてのお祭り騒ぎだった。
 この日本の「決断」に欧米諸国はドン引きをした。現在、プーチン大統領が西側メディから「狂っている」「まともな精神状態ではない」などと盛んに報じられているが、当時の日本も同じような目で見られていた
 石油産出量や鉄鋼の生産などで、日本とアメリカには圧倒的な差があり、客観的に国力を見れば日本の敗戦はわかりきっていたからだ。日本のエリートたちが集結した、陸海軍、政府の調査チームの結論でも「日本必敗」という結果が出ていた。
 しかし、日本はさらに仏印へ侵攻していくだけではなく、アメリカに先制攻撃を仕掛けた。資源のない国だから経済制裁で締め上げれば、中国から撤退するだろと西側が見方を強めれば強めるほど、軍事侵攻にのめり込んでいった。完全に今のロシアと同じことをやっていた。
 つまり、軍事侵攻をやめさせるはずの「経済制裁」が、日本の態度をより硬化させて戦争にのめりこませる、という皮肉な結果を招いてしまっているのだ。
 という話になると、「国民は軍部に洗脳されていた」とか、「言論統制で正しい情報が届けられなかったからだ」とか、とにかく「日本人は被害者」的なことを主張する人がいる。当時、日本が置かれていた状況については、新聞、出版、ラジオを介して、日本国民の多くもよく理解していた。「経済学者たちの日米開戦」(新潮選書)にもこのように述べられている。
<対英米戦争をすれば短期的には何とかなっても長期戦(2ー3年)になれば日本は困難な情勢に陥るということは、当時の日本の指導者は皆知っていた。というよりも、これから戦争しようとする英米と日本との間で巨大な経済格差があり日本が長期戦を戦うことは難しい、というのはわざわざ調査をするまでもない「常識」であり、一般の人々にも英米と日本の国力の隔絶は数字で公表されていた>
 つまり、「正しい情報」は持っていて、このまま突き進めばどんな深刻な事態になるのかということもしっかりと把握しながら、日本国民は軍部や政府に「戦争せよ」と求めていたのである。
 むしろ、陸海軍や内閣の弱腰を批判して、「確かに長期戦は勝ち目がないが、先制攻撃をすれば勝てる」というご都合主義的なロジックに飛びついて、熱狂と歓喜の中で対米開戦へ突っ込んでいくのだ。
 西側諸国を敵に回して孤立を深めながら、他国への軍事侵攻を進めるロシアは、80年前の日本と瓜二つだ。ならば、同じように経済制裁が逆効果になってしまう恐れもあるのではないか。
ロシア国民を追いつめて
対立と憎悪をあおるだけかもしれない
 ロシアで反戦ムードが高まっているのは事実だし、プーチンへの不信感・不満も高まっているのも事実なのだろう。しかし、一方で西側メディアが報道するウクライナの惨状を見て「フェイクだ」「NATOの陰謀だ」として、より西側諸国やウクライナに対して憎悪を膨らませている人や、プーチンの信奉者もそれなりにいるのも事実だ。
 ということは、西側諸国の「反ロシア連帯」が強まれば強まるほど、そのような人々のナショナリズムを刺激して、「この制裁を解除させるためにも、ウクライナに総力戦を仕掛けて早く勝利をしなくてはいけない」という、事態を悪化させるような世論が醸成される恐れもあるのだ。
 経済制裁で国民に痛みを与えれば、彼らが立ち上がって権力者の暴走を止める、というのは、確かに合理的な考え方だ。が、80年前の日本を見てもわかるように、戦争というのは、「正しい情報」が揃っていたとしても、合理的な判断ができない時に起きるものなのだ。
 プーチンの暴走を食い止めるために国際社会が連帯・連携すべきであることにはなんの異論もない。しかし、一方で過去の歴史を学べば、「ロシア国民」を追いつめるようなことをしてもさらなる対立と憎悪をあおるだけで逆効果になってしまう恐れもある。
 今我々がやるべきは、ウクライナの人々を救うことであって、必要以上にロシアの人々を苦しめることではないのではないか。
                  (ノンフィクションライター 窪田順生)