2022年3月27日日曜日

バランス思考の喪失と歯止めの崩壊- 内田樹、平野啓一郎 ~(世に倦む日々)

 世に倦む日々氏が、リベラル派の平野啓一郎が「ウクライナの非ナチ化」の問題についてプーチンによる戦争の口実で嘘であると発言したことを取り上げました。そして良識の平野が、のような暴論を口にするに至った背景にあったのは、内田樹氏(思想家)や町山智浩氏(映画評論家)などのリベラル派の主張ではないかと指摘しました。

 世に倦む日々氏によれば、内田氏と町山氏はマイダン革命を正当化するための狡猾な反動映画である『ウィンター・オン・ファイヤー』への賛美と宣伝を拡散しているということです。

 ウィンター・オン・ファイヤー』は、オリバー監督によるドキュメンタリー映画『ウクライナ・オン・ファイヤー』が注目されると、それを不都合とする勢力がGoogleの検索機構に手を入れて『ウクライナ・オン・ファイヤー』を視聴したい人をそこに誘導するようにしたいわくつきのものです。
    ⇒(3月15日)ミンスク合意に回帰することの重要性(植草一秀氏)
 世に倦む日々氏は、「ウクライナのネオナチ」の問題については、オリバー・ストーンによる分析と整理があるだけでなく、キャノングローバル戦略研の小手川大助による報告があると述べています。
     「ウクライナ問題について、同その2、同その3」
 ウクライナでは、第二次世界大戦中バンデラがドイツ占領軍から資金援助を受けて800人もの戦闘員の訓練所を設立し1943年には民族浄化大量殺戮のキャンペーンの下、7万人のポーランド人とユダヤ人を殺害しまし。そうした勢力は戦後も生き続け2014年のキエフ暴力クーデター後には新政権の中で、これらの極右の政党のメンバーが多数要職について(下掲記事「ウクライナ問題について その3」参照)、極右組織(ネオナチ)のアゾフ大隊を「特殊作戦分遣隊」として正規軍に組み入れました。
 これらの史実は決して否定できないものなのに、なぜリベラル派の論客までが「ウクライナにはネオナチ問題はない」と言い張るのか、それでは「アゾフ大隊」についてはどういう認識なのか? 不可解なことです。
 目下、ロシア軍がキエフ包囲網を緩めてまでもアゾフ大隊の拠点であるマリウポリの制圧に注力しています。それが虚偽の理屈に基づくものという主張には無理があります。

 上記の小川氏の報文「その3」はオデッサ虐殺事件(14年5月2日)の直後に書かれたリアルなものですし、西側メディアは別として、国際問題に関心を持っている櫻井ジャーナルなどのブロガーは、当時もネオナチ(の蛮行)に関するかなり具体的な情報を随時流していました。当時目にしなかったのでしょうか。
 ブログ「世に倦む日々」は「少しでもロシア寄りと看做されて叩かれたリベラル系文化人には、以後、朝日などマスコミから仕事が入らなくなる。原稿の依頼が来なくなる。商売が干される。結局、そういうことなのだろう」と結んでいます。同氏の怒りと嘆きの文章を紹介します。
 併せて小手川氏の「ウクライナ問題について その3」を紹介します。
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バランス思考の喪失と歯止めの崩壊 - 内田樹、平野啓一郎、日本共産党
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3月18日の報道で、平野啓一郎が「ウクライナの非ナチ化」の問題について、プーチンによる戦争の口実で嘘であると発言したとあり、何かの間違いではないかと目を疑った。平野啓一郎の時事の発言はよくマスコミで取り上げられるが、過去に特に違和感を感じた例はない。良識があり、スタンスが堅実で、私はこの男が朝日の論壇時評を担当すればいいと思っていた。小熊英二などより適任だと評価していた。良識とは健全な考え方と判断力の意味である。

良識の持ち主であるはずの平野啓一郎が、なぜこのような暴論を無造作に吐いたのだろう。無知と軽薄と迂闊としか思えず、裏切られた気分で不可解だ。「ウクライナのネオナチ」の問題は、オリバー・ストーンによる分析と整理があるだけでなく、キャノングローバル戦略研の小手川大助による報告がある。2014年に日本人が書いた記事は、現在から見てまさに貴重な一次資料と言える。ウクライナがネオナチの巣窟と化しているという問題は、侵攻前までは世界の共通認識だった。

裏切られた気分で奇妙ではあったけれど、この「事件」の理由と背景は何らかあるのだろうと私は睨んだ。平野啓一郎をして、ネオナチ問題は怪しい陰謀論で不毛なフェイクであると、そう即断して一蹴する拠り所があったはずだ。ウクライナにネオナチ支配の事実はあるのか、「非ナチ化」の主張は妥当なのか、その当否を文化人がジャッジするに際しては、まずはオリバー・ストーンの作品をレビューする必要がある。その説明と問題提起を検討した上で、それを超える何らか別の説得力が彼岸にあると想定したとき、オリバー・ストーンに賛同せず対立する立場に立つ。

平野啓一郎が「拠り所」とした「説得力」は何だったのか。その一つは、おそらく内田樹の態度の影響があったのではないかと想像する。侵攻が始まって以来、内田樹はずっと自身のタイムラインに町山智浩の発信をリツイート表示し、町山智浩による『ウィンター・オン・ファイヤー』への賛美と宣伝を拡散していた。町山智浩の主張を正当化し、権威づけしてやる差配を示していた。町山智浩は、オリバー・ストーンを以前から口汚く罵倒し貶下している映画評論家で、内田樹は売れっ子の町山智浩を子分のように可愛がっている。

『ウィンター・オン・ファイヤー』については喋々するまでもないが、マイダン革命を正当化するための狡猾な反動映画である。「自由と民主主義」のイデオロギーの側からの洗脳作品で、私に言わせれば、カラー革命を美化するCIA制作のプロパガンダ教材だ。どちらが正しく説得的かは、見た者が考えて軍配を上げればよいけれど、その比較判断の傍証材料として決定的な事実が、Google の卑劣な検索操作であり、Youtube による悪質な隠蔽遮断と封殺排除である。ネットを支配するグローバル権力による言論の自由の弾圧だ。

Google で『ウクライナ・オン・ファイヤー』を検索してURLを辿ろうとすると、なぜか『ウィンター・オン・ファイヤー』が検索トップに出力され、ナビゲートされる。この摩訶不思議な事態がずっと続いている。西側一般市民がオリバー・ストーンの作品を視聴しないよう、検索エンジンを姑息に細工してアクセスを妨害しているのだ。恐ろしい陰謀工作をやっている。Youtube によるモグラ叩きの削除といい、まさに中国の強権的情報統制と同じことを西側で平然とやっている。それを知りながら、「知の巨人」の内田樹は黙過している。

その内田樹が、満を持して口を開き、今回の侵攻の件を23日にAERAに寄稿した。が、それはまるで、夜のテレビ報道で散布されるCIA御用論者の講説をたっぷり脳に染み込ませた後に、横丁のご隠居が披露する床屋政談のようで、正直、あまり内容がなく意味が薄弱に感じる。権威の文化人の議論として些末で期待外れだ。第三次世界大戦や核戦争の危機感がなく、この戦争がわれわれの日常空間を戦時化し、日本が参戦国となって情報と言論が一元化され、国民が戦争に扇動されている現実への批判的考察がない

今、明らかに、情報と言論が一元統制されている。別の視点からの見方が提供されず、客観的な議論がされない。ウクライナ勝利とロシア殲滅を祈願する方向での情報と言論だけで公共空間が占拠され、大本営報道で国民の好戦感情が煮えたぎっている。ウクライナのネオナチの真実を指摘する者は、「非国民」扱いされ、「陰謀論者」のレッテルを貼られて排斥される。私へのリプライなど、本当に今月「侮辱罪」の法改正が政府決定され、ネットでの誹謗中傷が厳罰化されたのか疑いたくなるような攻撃と憎悪の山だ。しばき隊の暴力の再現だ。

本来、知識人の役割とは、社会が上からファッショ的に一元化されることにないように、異論反論を唱え、言論で抵抗し、少数意見を汲み取って根拠を示すことではないか。事物事象への単純な解釈と結論を慎み、問題の複雑で多様な構造と性質に関心を向け、知的理解と価値判断の地平を広げることではないか。一つの見方に全体が固まらないように、上から誘導される方向に全員が流されないように、不断に緊張感を持って努めることではないか。特に、歴史始原的な一体性と等質性を持つ(丸山真男)この国では、人は村八分になることを極端に恐れ、「皆と同じ意見と立場で安心する」ことを選んでしまう。

日本は全体主義に陥りやすい。かかる教訓は、戦後民主主義の知識人たち、丸山真男や加藤周一や鶴見俊輔から念入りに言われてきて、われわれが肝に銘じてきた戒めだった。筑紫哲也や宮崎駿を通じてもよく継承されてきた問題意識だった。今、こうした知識人の態度が最も必要なときなのに、内田樹や平野啓一郎があっさり同調圧力に流され、暴ロ膺懲を絶叫する空気に棹さしている。左から日本の戦時体制化に協力する愚論を吐いている。残念であり、所詮この程度だったかと閉口する。「少数派であることを恐れるな」と言った筑紫哲也の遺言を思い出す。

「親ロ派」と看做され、「陰謀論者」と決めつけられ、嫌がらせを受けるのは不本意である。四面楚歌の異端の身は苦しい。だが、今の局面では、1グラムでも社会にバランス感覚の成分が混ざるよう努め、複眼思考の必要を訴え、一方に傾いて疾走する社会にブレーキをかけるのが、知識する者の使命だと信じる。軍国主義の説教をテレビで撒く戦争指導者のシャワーが、海の如く溢れて洪水状態の今、それを一つ一つ柄杓ですくい、その方向は間違っているのだと勇気を出して言い、蟷螂の斧で待ったをかけるのが、憲法9条にコミットする者の義務ではないのか。

なぜ、内田樹は大勢順応に流れ、平野啓一郞も踏み止まる発想を持てなかったのか。この「事件」の原因をさらに探ると、やはり、根源に日本共産党の見解と姿勢があると推察される。日本共産党が3月9日に、赤旗上で党の主張を出し、ロシアによるウクライナ「非ナチ化」の要求は中傷であり、ウクライナの政権をネオナチ呼ばわりするのはデマ宣伝であると明言していた。つまり、ウクライナの政治が極右ネオナチに支配されている事実はないと断定し、「非ナチ化」要求など妄想だと切り捨てている。検証もないままに。

日本のマスコミと同じ立場だ。日本共産党がこの指針を明確に示したことで、左翼リベラルの文化人は安心して「ネオナチ陰謀論批判」の立場に立ち、プーチンの大義と論理を寸毫も認めない態度に出たのだろう。日本共産党がこの意見で確定であれば、ウクライナのネオナチ問題を頭から否定する論者のツィートにはRTの数が集まる。大船に乗った気分で「陰謀論者」を叩き、圧倒的多数派の集団に属せる。逆に、日本共産党と異なる立場に身を置くと、ツイッターでしばき隊の暴力的糾弾を受ける。左翼リベラルの業界と市場で商売が難しくなる。

少しでも「ロシア寄り」と看做されて叩かれたリベラル系文化人には、以後、朝日などマスコミから仕事が入らなくなる。原稿の依頼が来なくなる。商売が干される。結局、そういうことなのだろう。


ウクライナ問題について その3
                   小手川大助 『小手川大助通信』2014.05.13
                    キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
     ⇒ ウクライナ問題について その3 キヤノングローバル戦略研究所
1.ウクライナの議会の状況
(1)前にも書いたとおり、大統領選挙については2010年の選挙で、ヤヌコーヴィチが勝ったのであるが、2012年の議会選挙の結果、議会は親ロ派の東部、南部を地盤とする地域党と社会主義政党であるウクライナ共産党を与党とし、親欧米派であり西部と中部を基盤とする全ウクライナ連合「祖国」、ウダール、そして西部のガリツィア地方を基盤とする民族主義者の「自由」党、更に少数の「右派セクター」を野党としていた。
 (注)筆者は2013年春にドイツで行われた国際会議に出席した際に、前年に行われた
    ウクライナの選挙の結果、ネオナチが台頭したことが問題にされていたため、そ
    の後も事態を注視していたところである。
(2)この与野党の争いが激しくなったのが、2013年のヤヌコーヴィチ大統領による、EUとの提携協定調印の撤回後であり、野党側は「独立広場」に拠点を置くデモンストレーション活動に入った。当初デモは平和裏に行われていたが、11月30日以降暴力化し、その過程で、議会内の議席数とは関係なく、野党内でも少数派であった「自由」党とそれよりもさらに暴力的な「右派セクター」が反政府活動の中で大きな地位を占めるようになった
(3)実際にユーチューブに掲載されている12月以降の反政府デモ隊の姿を見ると、マスクをかぶり、手にはチェーンをぶら下げ、そして2月の政権交代の直前には銃を携帯するなど、とても我々が日本でイメージするような「平和的なデモ隊」というものではなく、筆者が70年代に経験した全共闘の武装集団あるいはそれ以上というイメージの方が圧倒的に近いものである。
(4)そして、新政権の中で、これらの極右の政党のメンバーが要職についている。その一部は第1報に掲載したが、以下の通りである
  オレクサンドル・シチュ 副首相(Svoboda)。
アンドリ・パルビー   国家安全国防委員会事務局長(国家社会主義党の創始者で
            Svoboda党員)。国家安全保障担当。
ドミトロ・ヤロシュ   国家安全保障次官。右派セクターで、反対派のデモ隊の安全
            保障隊長。
  ドミトロ・ブラトフ   青年スポーツ大臣。
  テツヤナ・チェルノヴォ 反腐敗委員会議長。ジャーナリスト。
  アンドリ・モフヌーク  環境大臣。Svobodaの副党首。
  ヨール・シュヴァイカ  農業大臣。Svoboda党員。
  オレフ・マフニツキ   暫定検事総長。Svoboda党員。

2.「ネオナチ」の系譜
「ネオナチ」と呼ばれている党にはどのような歴史があるのだろうか。
(1)最大の党は「スボボダ」(ウクライナ語で「自由」の意味)であり、この党の旧名はナチスと同じ国家社会主義党であった。2012年の選挙でこの党は10%の得票を得て、450議席中36議席を獲得し、ウクライナ議会で4番目の党なった。
(2)このほかに、2013年に設立された「右派セクター」と呼ばれている政党がある。これは、極右の小さな政党の連合体となっているが、上記のスボボダよりもさらに暴力的である。
(3)これらの極右政党は、議会内の議席でいけば、昨年11月以来反対運動を起こした反対派の約3分の1の勢力に過ぎない。それなのに、新政権の中でこれだけの主要ポストを獲得したのは、今回の新政権成立に至るまでの活動の中で、日増しに極右勢力の力が高まってきたことを意味している。
 (注)ウクライナの国会議員オレフ・ツァリョフによれば、2014年1月には、シリア
    の反政府勢力のメンバーとして戦っていた350名のウクライナ人が帰国し、ネオ
    ナチの一員として暴力的なデモ活動に参加するようになった。
(4)「スボボダ」は旧名が国家社会主義党であり、ステパン・バンデラを指導者とした第2次大戦中の組織である「ウクライナ国民機構(OUN-B)」が使っていた赤と黒の旗を掲げて行進している。スボボダ党のスローガンである「ウクライナ人のためのウクライナ」はナチスがソ連に侵入した後にヒトラーに協力したステパン・バンデラのOUN-Bのスローガンであった。これらの人々は旧オーストリアハンガリー帝国の支配下にあったガリツィアの出身であり、ソ連邦成立時に独立を試みたが成功しなかった人たちが中核となっていた。
(5)ウクライナ国民機構(OUN-B)は1929年に設立され、4年後にはバンデラが党首になった。1934年にバンデラや他の機構の指導者達はポーランド内務大臣の暗殺の嫌疑で逮捕された。彼は1938年に釈放され、直ちに独占領軍から資金援助を受けて800人もの戦闘員の訓練所を設立している。1943年にはベルリンにいた彼の指導の下で、民族浄化、大量殺戮のキャンペーンを行い、7万人のポーランド人とユダヤ人を殺害した。現場責任者はOUN-Bの秘密警察組織のトップであったミコラ・レべドである。1941年のOUN-Bの大会で「戦時の闘争活動」を採択し、その中で「モスクワっ子(ロシア人を指す)、ポーランド人、ユダヤ人は我々に敵対的であり、闘争の中で抹殺されるべきである」と言っている。
(6)MI6の歴史について書かれたステファン・ドリルの著作によれば、大戦後1948年4月にステパン・バンデラは英国の諜報機関であるMI6に採用された。その後彼はソ連邦内における破壊活動に携わり、1959年にKGBにより西ドイツで暗殺されている。
(7)一方レベドは大戦後CIAに雇われ、ニューヨークに移住してソ連邦内の破壊活動に携わったのちに、1990年にニューヨークで死去している。彼の大戦中の虐殺への関与については米国内でも何度か問題にされそうになったが、CIAの庇護のもとに訴追されることはなく、人生を全うしている。
(8)なお、2010年1月にユーシチェンコは彼の大統領の任期の最後の一連の決定の一部として、ステパン・バンデラを「ウクライナの英雄」に指名した。ユーシチェンコの後妻であるカテリーナ・チュマシェンコはシカゴで生まれたが、OUN-Bの青年メンバーであり、1980年代にはOUN-Bのワシントンオフィスの長を務めている。2011年にヤヌコーヴィチはステパン・バンデラの「ウクライナの英雄」の称号を剥奪した。

3.「ネオナチ」政権の意味するところ
 上記の点から、今後のウクライナの未来を鳥瞰してみると以下の点が浮き上がってくる。
(1)現在の政権は少数政権であること
 2012年の選挙結果で見る限り、現政権の中心となっている「ネオナチ」政党の支持率は10%そこそこであり、今現在で選挙を行えば支持率は5%を割り込むかもしれない。

(2)東ウクライナなどの親ロ勢力に対する攻撃にあたっているのは「ネオナチ」のメンバーであること。
(3)この点が明確に表れたのが、5月2日のオデッサの労働会館における虐殺である。アメリカで放映された現場の映像では、当日オデッサで行われたサッカーの試合のフーリガンを装った政権派が親ログループを労働会館におしこめた後会館に放火し、逃れてくる親ロ派(何人かは上の階から飛び降りた)を銃で撃ち殺す場面が映されている。さすがにこの事態に対しては、暫定政権も2日間の喪に服するという決定を行っているが、5月2日に各地で起こった衝突については、ドイツのメルケル首相がワシントンを訪問する前日に衝突を起こして、経済制裁について米国政府の主張を欧州に飲ませようとしたというのが通説になっている。
(4)プーチンのクリミア併合の決定は新政権の主体がネオナチであることに主因があったこと。
 ネオナチの民族主義的な主張や行動、特に民族浄化を意図する彼らのスローガンがプーチンの大きな懸念となり、ソチオリンピックからモスクワへ帰還した彼は、短時間でクリミア併合を決定した。これは想像であるが、新政権のメンバーがネオナチではなく、通常の政治メンバーであったなら、彼の決定は別のものになった可能性が高いものと思われる。