アベノミクスの「異次元緩和」には本来的に「ソフトランディング(軟着陸)」があり得ないことはことの始まりの時点から指摘されていたことです。
日刊ゲンダイの「注目の人 直撃インタビュー」のコーナーに、8年前に黒田日銀に警鐘を鳴らしたエコノミスト加藤出氏が登場しました。
簡単に言えば、異次元緩和に穏やかな終わり方はあり得ないということで、「空中分解」というか、少なくとも市場の大混乱は避けられないということです。
仮に黒田日銀総裁の来年4月までの任期中にはそれを起こさずに解決を引き延ばしたとしても、「今度は次の総裁が正常化の重い十字架を背負わされる。政策が来年まで継続できたらできたで、より将来の出口政策が難しくなっていく」ということです。
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注目の人 直撃インタビュー
異次元緩和“空中分解”の最悪シナリオ 8年前に黒田日銀に警鐘を鳴らしたエコノミストが危惧
日刊ゲンダイ 2022/05/30
■ 加藤出(東短リサーチチーフエコノミスト)
「円安は日本経済にとってプラス」。1ドル=130円という超円安に突入し、日銀・黒田総裁が9年間繰り返してきたこの言葉を信じる人は、もはや誰もいないのではないか。アベノミクスの異次元緩和が始まって1年後の2014年に「日銀、『出口』なし!」を著し、「日銀はルビコン川を渡ってしまった」と警告していたエコノミストをあらためて訪ねた。
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──「日銀、『出口』なし!」を出版されてから8年。まさにその通りになってきました。
あの本は、出口がない状態に陥る可能性が高いゆえに、そうならないよう気を付けないと、という趣旨だったのですが、実際その方向に来てしまいました。金融緩和策で日本経済の問題を解決することはできないということです。金融緩和策には痛み止めという効果はある。痛みを和らげている間に、構造改革に進むことができればいいのですが、痛み止め策が効いてくると、得てして、このままでいいか、ということになりがちで、そういう形でずっと来てしまっている。
──黒田総裁は今も「円安は日本経済にとってプラス」という主張を変えません。
金融緩和策を始めて今10年目に入っているわけですが、それは日本経済の改革が進んでいないことの表れでもあります。例えばデジタル化など、新しい時代に適応する経済へと変革が進んでいたのであれば、通貨安に依存する必要性はなくなっているはずです。
──弊害の方が目立ってきた。
黒田総裁の緩和策の主要な問題のひとつは、低金利により、財政規律がより一層緩んだこと。緩和が始まる前より、明らかに国債増発に対する警戒心が緩んでいます。昨夏ぐらいから、海外では大半の国が、ポストコロナを意識した財政運営に転換してきています。コロナの非常事態ということで、補助金を散布してきたわけですが、例えば英国では昨秋、ジョンソン首相が、このままでは健康保険制度を維持できないとして今年からの増税を表明した。ドイツも先日、財務大臣が、来年から国の借金にブレーキをかける制度を再導入すると言っています。米国も空前のばらまきをやったのですが、昨年の途中から財政支出策は必ず財源とセットで議論すると変わってきています。ところが日本だけは、金利が低いこともあり、そういう議論が出てこない。日銀の政策が非常に効いています。
■ 黒田総裁は今の円安を最後のチャンスと思っている
──円安が物価高を加速させている。黒田発言と消費者の体感にズレがあるのに、なぜか黒田総裁は意に介さない。
もうここまで来ると、黒田総裁としては方向性を変えられないということでしょう。来年4月8日の任期まであと1年。むしろ今起きている円安を最後のチャンスと思っているのでしょう。
──しかし、どう考えても日本経済が良くなる感じはしませんが。
この状況に既視感があって、19年のスウェーデンと似てる面があるんです。当時スウェーデンもマイナス金利政策をやっていて、通貨が下落していくことで輸出産業がにぎわい、インフレ率が上がっていくことを目指していた。ところが、国民の不満がだんだん高まっていきましてね。「おかしいんじゃないか」という声が広がった。これは極めて当然で、行き過ぎた通貨高を止める話と、さらなる通貨安にするのは、国民からするとやはり違う。通貨安が進むということは、国民の購買力が低下していくことになり、生活は苦しくなる。しかもスウェーデンは、世界有数のデジタル先進国。企業も通貨安をあまり喜ばない状態になっていて、通貨安に依存しない経済に変わっていた。結局、中央銀行が批判に耐えられなくなり、19年12月にマイナス金利を解除した。日本の状況はそれと似てきています。
■ 初夏から物価高が本格化、国民の不満に耐えられるのか
──黒田総裁である限り、物価高は止まりませんね。
日銀自身も展望リポートで言っていますが、08年にもエネルギー価格と食品価格の上昇があり、その頃のペースに比べると、今回は結構上がっているように感じていても、特に食品はまだ遅い。まだ途中なんです。初夏ごろから食品価格の上昇は、本格化してくると思います。イオンや西友がプライベートブランドの値段を6月までは上げませんと言っていますが、7月以降は値上げを始めたりすると、それをきっかけに、いろんな食品価格がより上がっていくこともあり得る。政府・日銀は最低でも参院選までは金融政策を触らない考えだと思いますが、初夏以降、より本格化していくであろう食品価格の上昇に対して、国民の不満が高まってきた時に耐えられるのかが注目されます。
──日銀が政策を変えないなら、最悪シナリオとして、どういうことが起こり得るのでしょうか。
もはやソフトランディングが難しいので、仮に円安・物価上昇に対する国民の不満が高まり、政府にこれはまずいぞ、という意識が出てきたら、空中分解のように急に緩和が修正される恐れはあります。米FRBのようなマーケットに事前に予告して織り込ませるという丁寧な手法ではなく、寝耳に水みたいな感じで10年国債の金利の誘導をやめますというような発表になるかもしれません。なぜなら、予告すれば、金利が上がるんだなということになって、マーケットは保有する国債をできるだけ日銀に売って、少しでも自分たちの損失を減らさなきゃと思うわけです。日銀は今、10年金利を0.25%で抑え込むという無制限の「指し値オペ」を毎日やっていますので、政策変更を予告して膨大な国債を打ち込まれたら、それを買わなければならない。そこで、マーケットに予告しないで急にやめる可能性があるわけです。そういう意味では短期的な問題は、この政策が維持できなくなった時にマーケットで混乱が起き得るということです。
──それは恐ろしい。
一方で、なんとか黒田さんが来年4月8日まで逃げ切ったとしても、今度は次の総裁が正常化の重い十字架を背負わされる。政策が来年まで継続できたらできたで、より将来の出口政策が難しくなっていきます。
──本当は早く手を打たないとまずいんじゃないですか?
そもそもこの政策が10年目に入っていること自体が大きな過ちと言えます。大規模緩和全体をやめることは非常に困難で、これだけ国債の発行額が増えてしまうと、美しい形での出口政策は、もうあり得ない。微修正はあっても、今FRBが進めているような、短期金利を上げていって、量的引き締めで、というような自発的な出口政策はもうできません。あるとすれば、悪い円安が止まらないので、金利を大幅に上げざるを得ないという、危機を止めるための出口政策でしょう。
──アベノミクスの功罪をどう考えますか。
最初は日本経済を明るくした。きっかけづくりとしては良かった面はあったと思います。しかし痛み止め策は得てして改革を遅らせてしまう。他の先進国及びアジアの新興国を見渡しても、日本経済全般に変化が遅いですよね。経済の新陳代謝が低下した状態にある。強大な痛み止め策ゆえに、近年の日本では会社は潰れにくく、その結果、日本の失業率は世界屈指の低さです。だが、低収益の企業がたくさんあり、給料も上がらないという停滞した状況に陥っています。北欧では給料が目覚ましく伸びているように、成長産業への前向きな転職を可能とする社会人の再教育制度などのセーフティーネットに財政資金を使うのは意義があります。しかし、砂漠に水をまくようなお金の使い方をすると、人口減少社会ゆえに将来世代が背負わされる1人あたりの政府債務はどんどん膨らんでいきます。
■ 将来世代のための政策運営を他国はやっている
──失われた20年が、30年になりました。
100年後の経済を議論するのは難しいですが、昨年亡くなられた経済学者の池尾和人先生も、せめて目先数十年ぐらいの国家のことを考えながら政策をやっていきましょうよ、とおっしゃっていました。自分たちの子供、孫の若い頃ぐらいまではイメージした政策運営というのを考えていかないと。他の国はやってるんです。昨夏ぐらいからの、財政を徐々に正常化させようという海外諸国の議論も、将来世代のための議論なのです。
(聞き手=小塚かおる/日刊ゲンダイ)
▽加藤出(かとう・いずる) 1965年、山形県生まれ。88年、横浜国立大卒。東京短資に入社し、短期金融市場のブローカーとエコノミストを兼務。2002年から東短リサーチチーフエコノミスト。13年2月から同社代表取締役社長。「日銀、『出口』なし!」(朝日新書)など著書多数。