2022年6月29日水曜日

29- 世界は「ウクライナの正義」か「一刻も早い和平」かで揺れている(東郷和彦氏)

 元外務官僚で都合17年間、モスクワ大使館勤務、ロシア課長、欧亜局長などとしてロシア関係の業務に関わってきた東郷和彦氏に、日刊ゲンダイがインタビューしました。

 世は、ロシア・プーチンバッシングの嵐のさ中ですが、そういう中でロシアを良く知っている人のそうしたものに流されない見解は重要です。
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注目の人 直撃インタビュー
東郷和彦氏「世界は『ウクライナの正義』か『一刻も早い和平』かで揺れている」
                          日刊ゲンダイ 2022/06/27
東郷和彦(元外務省欧亜局長、静岡県立大客員教授)
 ロシアのウクライナ侵攻を機に、北欧の伝統的な中立国だったフィンランドとスウェーデンがNATO(北大西洋条約機構)への加盟を申請した。NATOのさらなる拡大は欧州の安全保障環境にどう影響するのか。そして、どうしたら「プーチンの戦争」を終わらせられるのか。旧ソ連時代からロシアをウオッチしてきた元外交官は、いまこそ対話が重要と説く。
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 ──フィンランドとスウェーデンのNATO加盟申請をどう見ますか。
 ウクライナのことがあって、欧州には一種の集団的な恐怖感シェアリングが起きてしまっている。戦闘の映像を毎日見せられたら、国民がおびえます。リーダーはそれにある程度対応せざるを得なくなる。加盟申請は単純な結果でしょう。しかし、戦略的に本当にNATOに入らないとロシアに攻められるのかというと、僕はロシアが攻める理由はないと思う

■カリーニングラードが着火点になる恐れ
 ──ロシア側の受け止めは?
 両国の加盟がロシアにとって直ちに脅威にあたることはないと思います。脅威の中核はむしろもっと南。ポーランドもあるし、ウクライナを含めこれからどうなるか、という話です。ただし、ひとつ着火点がある。ロシア領の飛び地・カリーニングラード州です。ここへアクセスするには、ベラルーシとリトアニア経由で入ります。リトアニアは今月18日からEUの制裁対象の貨物を積んだロシアの列車の通過を禁止しました。もしリトアニアがカリーニングラードへのアクセスを完全に閉じるようなことになれば、ロシアは力でもってリトアニアに攻め込みますよ。リトアニアはNATO加盟国ですから、第3次世界大戦になるのはほぼ確実です。今のNATOもそこは分かっていると思いますが、戦争の震源地が1つここにあるということは知っておいてよいと思います。

 ──ロシアのウクライナ侵攻の結果、NATOへの求心力が高まっています。それが世界にとっていいことなのかどうか。
 歴史をよく見る必要があります。冷戦終結後、ワルシャワ条約機構の解体と同時にNATOもなくなるとロシアは思っていた。しかし東欧諸国がロシアは信用できないとして、NATOの存続とNATOへの加盟を求めました。ただ、当時のエリツィン大統領が今後は民主主義と市場経済を国の存立理念にするとしていたので、当時のクリントン米政権はロシアと対抗するのは得策ではないと考えた。そこでNATOとロシアを結びつける1997年のファウンディング・アクト(NATO・ロシア基本文書)ができました。

 ──どんな内容ですか。
 キーワードは「Russia is not an enemy(ロシアは敵じゃない)」です。具体的には「平和のためのパートナーシップ」をつくった。NATOに加盟したい国の権利は認める一方で、個々の参加プロセスにおいて、加盟のタイミングなど、ロシアの状況を十分配慮する、というものです。僕はちょうどモスクワの大使館の次席公使から本省の欧亜局審議官に戻ったころで、そのプロセスをずっと見ていましたが、東欧諸国もロシアもみなハッピーで明るかった。そこが原点。もともとのプーチンの立場は、この1997年に戻って、もう一度ロシアを尊敬される国として欧州の中核に迎え入れてくれ、というものでした。

■プーチンの本音は尊敬される国として欧州の中核に戻ることだった
 ──しかし、NATOはロシアの意に反してどんどん東方拡大する。ジョージアとウクライナの加盟にも同意し、ロシアが激怒した。
 はい。ロシアとNATOの関係を再構築するには、地政学的に両者のちょうど真ん中にあるウクライナがカギでした。ウクライナがNATOに入らずに架け橋として中立化すること、ウクライナのクリミアやドンバスに住んでいるロシア人意識の強い人たちを大事にすることの2つが必須でした。それ以上は基本的に求めていなかったと、僕は確信しています。ところが、そのどちらもやらないのなら、武力を使ってでも実現させようとして、ロシアは大失敗した。冷戦後の秩序の中で縮こまらせられたロシアを、もう少し大きな国として認めてもらい、欧州の中核に仲良く戻ることがプーチンの本音であり目的だったのに、いまや欧州に新しい鉄壁の線ができてしまった

抑止は必ず対話とペアでないといけない
 ──この先の戦争の見通しやロシアについては?
 プーチンは戦闘をできるだけ早くやめたいんだと思う。戦争がいつまで続くかは、プーチンにかかっているのではなく、ゼレンスキーとその背後にいる米国とNATOの武器供与のやり方いかんにかかってきているんじゃないか。いまの僕の最大の関心は、戦争を終わらせるために、「ウクライナの正義」が勝つまで戦うのか、プーチン体制が存続しても「一刻も早く平和」を実現するのか、どちらになるかという問題です。

 ──善悪二元論で、ウクライナを勝たせなければならない、悪のロシアは処罰を受けなければならない、という考えが欧米や日本では主流ですが。
 その通りです。でも注意深く見ると、「それで本当に戦争をやめられるのか」という意見が増え始めているように見えます。「プーチンにある程度『お土産』を渡した形で収めない限り、戦争は終わらない。長引けばウクライナ人がどんどん死ぬ。それでいいんですか」という声が出てきています。ノーム・チョムスキー(米の哲学者)、エマニュエル・トッド(仏の歴史学者)、キッシンジャー(米の元国務長官)、ミアシャイマー(米の国際政治学者)らです。さらに、米リベラルの大本山のニューヨーク・タイムズも5月19日の社説で「決定的な勝利は現実的な目標ではない。非現実的な目標は米国とNATOがこのお金がかかり引き延ばされている戦争に更に介入せざるをえなくさせる」という痛烈な批判を始めました。

 ──ロシアにお土産を渡し、和平を目指すべきだと?
 いままさに、「ウクライナの正義」か「一刻も早い和平か」の難しい局面にある。米国はその中間で難しい選択に直面しています。5月上旬までは「プーチンを勝たせてはならない」一辺倒だったのが、5月13日にオースティン国防長官がロシアのショイグ国防相を電話協議に呼び出し、「即時停戦」を提案した。プーチンがある程度、勝利している状況での即時停戦ですよ。プーチンを勝たせてはならないというのとは全く両立しない

 ──確かに、バイデンが5月31日のニューヨーク・タイムズへの寄稿で「外交的解決」を呼びかけたのには驚きました。
 僕は、世界はそんな単純じゃないと思うんです。米国のネオコンが主張する「自由と民主主義の原理でもって世界を仕切る」という絶対的正義に違和感を感じる国はたくさんあります米国の考える絶対的正義に窒息感を感じる国は、実は世界に5分の4はある。ロシアに経済制裁しているのは40カ国ぐらい。あとの150カ国はロシアを非難はしても制裁はしていない。

 ──そんな中で日本は、6月末に開催されるNATO首脳会議に岸田首相が出席すると表明しました。対話よりも武力による抑止、という空気です。
 エマニュエル・トッドは5月31日の日経電子版で日本について、「目の前に恐怖のある欧州はまだしも、この戦争は日本の問題ではない」と喝破しています。日本の対外政策については、抑止自体は必要だと思う。しかし、抑止は必ず対話とペアでないといけない。この2つは切り離せない。それを忘れると、危険なことになる

 ──外交や対話の重要性を、もっと日本で議論する必要がありますね。
 やはり対話なしに、世界を救い出すことはできないと思います。戦争を終わらせるために日本が貢献できることはまだある。日本は自ら北方領土交渉を完全に止めた。ウクライナと米国の勝利を忠実に求めた結果です。そこまでやったのだから、岸田首相はバイデンに「正義の勝者の理論だけではダメですよ」と助言する権利がある。米国自身も揺れているいま、そうした行動に出ることは、同盟国である米国に対する日本の責務なのではないかと思います。 (聞き手=小塚かおる/日刊ゲンダイ)

東郷和彦(とうごう・かずひこ) 1945年生まれ。68年東大卒、外務省入省。3度の在モスクワ大使館勤務、ロシア課長、欧亜局長などロシア関係の業務に都合17年関わる。在オランダ大使を最後に2002年退官。オランダのライデン大で博士号(人文科学)。10年4月から20年3月まで京都産業大学・世界問題研究所長を務めた。