日刊ゲンダイの「それでもバカとは戦え」(適菜収氏)のコーナーに、「NHKの『不確かな』字幕問題で問われているのは最初から『決め打ちの捏造』だったのかだ」が載りました。
NHKが12月26日に放送(30日に再放送)したBS1「河瀬直美が見つめた東京五輪」後編で、事実に反するテロップを流した問題を取り上げるのは3回目になります。
河瀨監督から街の人びとへの取材を任された映画監督・島田角栄氏の取材対象者として、「五輪反対デモに参加しているという男性」が登場し、男性は公園のベンチに座り、島田監督は地べたに座り込んで男性にカメラを向けてインタビューしたシーンに、NHK側が「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」というテロップをはめこみました。
しかし男性は五輪反対デモに参加したことはなくテロップは事実に反していました。
メディアの中でも特にNHKでは、事実関係については何重にも厳しいチェックを行っていることが知られていて、今回も「放送前に関係者間で複数回の試写」を行ったのですが、何故最も社会的影響が大きい筈のこの件でチェックが効かなかったのでしょうか。
適菜氏は、担当ディレクターひとりが暴走したのではなく、組織的、かつ意図的に行われた可能性が高いと見ています。
そもそも河瀬氏は「東京五輪を7年前に招致したのは私たち」「開催が決まって喜んだし、ここ数年の状況をみんなは喜んだはず」「これはいまの日本の問題でもある。だからあなたも私も問われる話。私はそういうふうに映画で描く」などと語ったように、「五輪反対デモ」などは「あってはならないこと」という考えの持ち主でした。
もしも「金を貰って反対デモに参加した」という人が出てくれば、国民の「五輪反対デモ」に対する見方が変わるので、まさに河瀬氏の意向に沿った「記録映画」になります。
NHKの関係者は当然、河瀬氏の意向は十分に理解していました。それで別に彼女から依頼がなくても、「阿吽の呼吸」で事実関係に目を瞑り、そうしたテロップを流して「迎合」したのではないでしょうか。
いくら河瀬氏がIOCのトーマス・バッハや安倍昭恵氏などと親密であったとしても、そんなことではもはや報道機関とは言えません。
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それでもバカとは戦え
NHKの「不確かな」字幕問題で問われているのは最初から「決め打ちの捏造」だったのかだ
適菜 収 日刊ゲンダイ 2022/01/15
NHKは昨年12月26日に放送、30日に再放送されたBS1スペシャル「河瀬直美が見つめた東京五輪」後編の字幕に、不確かな内容があったとし、謝罪した。これは今年6月に公開予定の東京五輪の公式記録映画の製作を進める映画監督の河瀬直美らに密着したドキュメンタリー番組で、NHK大阪拠点放送局が制作した。NHKは番組に登場した男性について「五輪反対デモに参加しているという男性」「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」とテロップで紹介。
これは河瀬の依頼で五輪反対を訴える市民らを取材していた別の映画監督島田角栄に密着したシーンだったが、実際には、男性が五輪反対デモに参加した事実は確認できていなかった。
NHKは「制作担当者の思い違いや取材不足が原因」と説明したが、もちろんそういう問題ではない。問われているのは、取材の甘さではなく、最初から「決め打ちの捏造」であったかどうかである。そしてそれを指示したのは誰かだ。
当たり前の話だが、メディアは事実関係について完全に裏を取る。特に大きな影響力を持つNHKは何重にも厳しいチェックを行う。実際NHKは「放送前に関係者間で複数回の試写が行われた」と説明している。つまり、担当ディレクター一人が暴走したのではなく、組織的、かつ意図的に行われた可能性が高い。河瀬が莫大な利権を手に入れた国際オリンピック委員会会長のトーマス・バッハと親密であり、安倍昭恵とも近いという話を聞くと、いかがわしさも増してくる。
「日本に国際社会からオリンピックを7年前に招致したのは私たち」「それを喜んだし、ここ数年の状況をみんなは喜んだはずだ」という河瀬の発言も反発を買った。
五輪を招致したのはごく一部の連中であり、「ここ数年」の状況下においては国民の7~8割が開催に反対していたのである。現実を無視する人間が創作(河瀬自身の言葉)する記録映画とはどのようなものになるのか?
嘘とデマによる招致、会場設計のトラブル、開催費用の拡大、エンブレムの盗作騒動、女性を「豚」として扱う演出案まで、東京五輪はわが国の精神的腐敗と凋落の象徴そのものだった。河瀬の記録映画がこうした現実をまともに描くとは到底思えない。
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