オミクロン株の感染は日一日と急拡大し、自宅療養者は既に10万人を超えています。
それでも岸田首相は多弁を弄するのみで、実質的な感染拡大防止策(PCR検査の拡充や感染者の隔離施設の確保など)を行わない一方で、専門家たちから様々な不規則発言が出る中でも、リーダーとしての確たる方針を示そうとはしません。
岸田氏が公言したPCR検査の拡充については、岸田政権発足時の検査能力は1日33万5815件に対して、1月18日時点で38万5181件と5万件しか増えていません。これではオミクロン株に対応できません。
オミクロン株は軽症で治まる率が大きいとされていますが、そもそも新型コロナでは40度もの熱が続いたり激しい咳に襲われても、「軽症」に分類されているというのがこの国の現状です。昨年東京都世田谷区がおこなった調査によると、軽症患者のうち60%が後遺症を訴えているということです。この国の医師たちの多くは政府に迎合して、一貫してコロナの後遺症を認めようとはしません。
大したことがないという論調は、いま「打つ手なし」の状況と迎えようとしてドタバタと「ルール変更」しているのが真相なのだろうと日刊ゲンダイは述べています。
日刊ゲンダイが、「この政権のコロナ対応は支離滅裂 『お手上げ』で『野放し』と一体どこが違うのか」とする記事を出しました。
LITERAも「若者は受診せず家で寝てろ! 背後に岸田政権の怠慢 検査能力は菅政権時代からほとんど増えていなかった」とする記事を出しました。
共に、政府・財界・専門家会議が一体となって「大したことはない」という雰囲気を作り出していると嘆いています。
2つの記事を紹介します。
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この政権のコロナ対応は支離滅裂 「お手上げ」で「野放し」と一体どこが違うのか
日刊ゲンダイ 2022/01/22
(記事集約サイト「阿修羅」より転載)
岸田政権の新型コロナ対応が迷走し、支離滅裂になってきた。
政府分科会の尾身茂会長ら専門家が「重症化リスクの低い若年層は検査をせず、症状だけで診断可能」という提言案を議論している、と21日の朝刊で報じられ、政府は大混乱。さらなる感染拡大となった時に重症者や高齢者を優先させ、医療逼迫を避ける目的とされたが、風邪の時のように自分で判断しろ、と“自己責任”を求めているようにも聞こえる。
後藤厚労相が「現時点では検査が必要」と慌てて火消しする始末だった。
結局、21日提出された提言は「若年層は必ずしも医療機関を受診せず、自宅療養することもあり得る」と修正され、「検査なしで診断」の文言は削除されたのだった。
尾身会長が19日の分科会終了後に、「オミクロン株の特徴に合わせる」として「人流抑制より人数制限」「ステイホーム不要」と発言したことにも自治体から異論が噴出。全国知事会の平井伸治会長(鳥取県知事)が20日、「出歩いてもよい、と受け止められ、知事会で困惑の声が上がっている」と明かした。「まん延防止等重点措置」の適用地域と他の地域との往来を控えるよう求めている「政府の基本的対処方針にも反する」と苦言を呈していた。
こちらも結局、尾身会長が平井知事に「ご迷惑をかけた」と陳謝し、専門家の提言には「各都道府県知事の判断により、人流抑制を加味することもあり得る」という文言が付け加えられた。
要は「オミクロンだから」と妙な理屈をつけているが、「打つ手なし」でドタバタと「ルール変更」しているのが真相なのだろう。
政治の「調整」「判断」機能せず
知事会も「まん延防止措置」の具体的対応はバラバラだ。政府が原則、一時停止した「ワクチン・検査パッケージ」は、「知事の判断で適用可能」となり、埼玉県が継続。
酒類提供については、一切認めない自治体と認証店は認める自治体に分かれた。一致した行動で「まん延防止措置」を要請した1都3県でも、営業時間短縮要請の中身は異なる。協力金の額は、酒を出すか出さないかで変わる。
そもそも、政府方針で「会食は1グループ原則4人以下」としながら、「全員が陰性結果を提示すれば5人以上でも可能」としているのは、対策を強化したいのか、緩和したいのか、どっちつかずだ。
岸田首相は「専門家の意見をうかがいながら、最新の知見にもとづく対応を冷静に進める」とか言って専門家任せが際立つ。その専門家と自治体が齟齬をきたして対立するというメチャクチャな構図では、国民は誰もが困惑。自宅に籠もった方がいいのか、出歩いても大丈夫なのか。何を基準に行動したらいいのかわからない。
「時短協力金をもらっても赤字」だとして休業する飲食店が増える一方で、午後9時を超えて「闇営業」をする店も増える現状はカオス。飲食店から聞こえてくるのは「先行きが見通せず、なすすべがない」との嘆き節だ。
政府・自治体・専門家の「わかったふり」で、国民は振り回されるばかりなのである。「お手上げ」の末の「野放し」と一体、どこが違うのか。
政治ジャーナリストの角谷浩一氏が言う。
「尾身会長は『オミクロン株は今までとは違う』ということで専門家としての考えを口にする。知事たちは既にある『まん延防止措置』の法律に従って行政の手続きを進める。それぞれがそれぞれの立場で話すので、食い違いが生じる。問題は、そういう時に調整したり、法律を変えたりするのが政治なのに機能していないことです。ここは『聞く力』ではなく、むしろ『ちょっと待て』『落ち着いて』と割って入って、発言を止めることがあっていい。さまざまな意見や提言、事実を総合してコントロールし、判断するのが、総理大臣の一番の仕事ですよ」
「やってるふり」で参院選まで「波風立たせない」戦略
東京など13都県に「まん延防止措置」が発令された21日は、全国の新規感染者が5万人に迫り、新たに大阪など8道府県も同様に要請、5県も準備を進め、来週には少なくとも29都道府県に拡大しそうだ。自宅療養は、前週比約5.5倍の10万人超え。いよいよ緊張感が高まる。
ところが、岸田政権は「やってるふり」だ。17日に召集された通常国会では、医療の逼迫に備えて病床確保などで行政権限を強める「感染症法改正案」を先送りした。感染症や危機管理の抜本対策や司令塔機能の強化といった見直しも、6月をメドというから遅すぎる。
今国会に臨む岸田政権の方針は、7月の参院選前にできる限り「波風を立たせない」戦略。だから一事が万事、責任回避に終始する。コロナ対策は問題山積なのに、場当たりの思い付きで微修正を続けるだけ。本気で取り組んでいるわけじゃないのだ。
政権発足から3カ月、岸田は何をやっていたのか。オミクロン株の水際対策で、外国人の原則入国禁止をスピード決定して胸を張っていたが、在日米軍基地が感染拡大の“震源地”となる大穴があいていた。欧米各国を見れば、オミクロン株の上陸は時間の問題だとわかっていたのだから、ワクチン確保にもっと早く動くべきだった。
ワクチンの3回目接種は、供給不安でズルズル遅れた。特に高齢者は、多くが2回目接種から既に6カ月を過ぎている。ようやく今月から一般高齢者の接種が始まったが、3回目の接種率は医療従事者を含めても、21日時点でまだ1.5%。20日の記者会見で木原官房副長官は、自治体に対し「接種券の前倒しなどの取り組みを進めていただくよう要請した」と上から目線だったが、供給不安を招いた官邸・厚労省の責任はどこへ行ったのか。
ゴマカシ政治の末の腐敗と堕落
この2年、コロナ失政の責任を誰も取っていない。
アベノマスクの安倍元首相や「Go To」で感染を拡大させた菅前首相は、いまもデカい顔だ。いつも割を食うのは、デタラメ対策に振り回される国民。外出自粛、営業制限、休業で雇い止め、倒産は回避しても借金漬け……。政府は国民に協力を求めながら、自分たちの非は決して認めない。
政治評論家の森田実氏はこう言った。
「論語に『君子は本を務む、本立ちて道生ず』という名言があります。しっかりした政治指導者は、根本を重視する。根本を重視してこそ、道は開けるということ。新型コロナウイルスが見つかってからのこの2年間は、ゴマカシと表面を繕うだけの政治が続けられてきました。『緊急事態宣言』と『まん延防止措置』がぐるぐる回っているだけで、多くの国民は我慢の限界に達し、政府を信用できなくなっています。それでも政治家は責任を取らない。政治が責任を取らなくなったら、残るのは腐敗と堕落です」
21日は、建設受注統計の書き換え不正問題で、国交省が事務次官ら計10人を減給、訓告などの処分にした。オミクロン株猛威のこのタイミング。1カ月に満たない調査で第三者委員会が報告書をまとめ、ドサクサに紛れた形だけの処分に過ぎないのだろう。いまも書き換えの動機は不明。GDP(国内総生産)に与えた影響もわかっていない。
2018年に「毎月勤労統計」の不正発覚があり、統計への厳格化が図られたはずなのに、それでも続けられていた不正の根は深く、さっさと幕引きするのはおかしい。
岸田は21日の参院の代表質問で「政府統計に対する信頼回復に全力で取り組む」とか言っていたが、しょせんは安倍・菅時代と変わらぬ悪知恵ばかりを働かせているのである。「聞く力」アピールで支持率が上昇しているが、騙されてはいけない。
若者は受診せず家で寝てろ! 背後に岸田政権の怠慢 検査能力は菅政権時代からほとんど増えていなかった
LITERA 2022.01.22
もはや狂気の沙汰としか言いようがない。政府の新型コロナ専門家組織が「若年層は検査を実施せず臨床症状のみで診断をおこなうことを検討する」と言い出した挙げ句、「若者は医療機関を受診せず、自宅療養も可能」などという提言を国に提出したことだ。
まずは経緯を簡単に振り返ろう。一昨日20日におこなわれた厚労省の新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードの会合において、政府の分科会メンバーを含む専門家らが「基礎疾患がない50代未満の多くは症状が軽い」「今後、感染者が急増した場合には検査を実施せず、症状だけで診断することも検討すべき」とする提言案を提示。会合後におこなわれた会見では脇田隆字座長も「このまま感染拡大が進めばそういった状況になる可能性もある」と語り、「感染が急拡大している地域では検査の需要が急増しているが、検査のキャパシティには限界があるためバランスに注意する必要があり、優先度の高い検査が確実にできる体制が必要」「(若者を中心に急激な感染拡大が続いた場合は)健康観察や自宅療養者への対応、軽症・中等症の医療提供体制が急速に逼迫する可能性がある」と述べた。
朝日新聞20日付記事によると、こうした案は20日以前から政府の専門家のあいだからあがっていたらしく、「基礎疾患のない若い世代は、症状が軽ければ検査や受診を急がず自宅で安静に過ごすことを検討」することによって、「社会経済を回すことで感染者が増えても、医療機関に過度な負担をかけずに済むという期待」があるという。
絶句するほかないが、ようするに「検査キャパにも限界があるし医療逼迫するから、基礎疾患のない若者は検査も受けさせないし、受診せず家で寝ていろ」というのである。こんな暴論を、よりにもよって政府の専門家たちが持ち出しはじめたのだ。
当然、この暴論には反発が起こり、昨日21日、専門家有志が政府に提出した提言では〈若年層で重症化リスクの低い人については、必ずしも医療機関を受診せず、自宅での療養を可能とすることもあり得る〉とし、「検査しない」という部分を削除するにいたった。
つまり、「若者は検査しない」という提言を取り下げたのは当然の話とはいえ、「若者は病院に行くな、自宅で寝ていろ」という専門家の考えは変わっておらず、若年層の医療を受ける権利を制限しようというのである。
しかも、この提言を政府が採用する可能性は高い。実際、専門家組織の提言案について、21日午前、後藤茂之厚労相は「現時点では体調が悪い場合には受診や検査をしていただく必要がある」「(脇田)座長からも、『今すぐではない』という発言があったと承知している」としながらも、「(今後、感染が急拡大した場合は)患者の症状などに応じた適切な療養確保ができるように、専門家の意見やオミクロン株に関する知見を踏まえて検討・対応していく」と発言。ようするに、「若者は検査しない」「という提言案を否定することもなく、感染が急拡大すれば検討・対応すると述べていたのだ。
コロナ発生から2年以上経つというのに、いまだに検査キャパが足りないだの受診抑制をしようだの、そんな先進国がほかにあるだろうか。もちろん、この「若者は病院に行くな、自宅で寝ていろ」というとんでもない方針は言語道断の危険極まりないもので、まったくもってありえない。
「若者は受診せず家で寝ていろ」とトンデモ棄民方針を打ち出したコロナ専門家たち
まず、「病院を受診するな」ということによって、症状が軽い場合は検査を受けることもなく日常生活を続行させ、さらに感染を拡大させる原因になるだろう。また、専門家は「オミクロン株では若年層は症状が軽い」などというが、40度もの熱がつづいたり激しい咳に襲われても「軽症」に分類されているのがこの国の現状だ。当然、重症化することや死亡にいたる事態も十分考えられるのに“基礎疾患のない若者”だというだけで「自宅で安静にしていろ」というのは、あまりに危険すぎる。その上、「若年層」というが、その実態は「50代未満」なのだ。
さらに重要なのは後遺症の問題だ。昨年、東京都世田谷区がおこなった調査によると、軽症患者のうち60%が後遺症を訴えたというように、コロナ後遺症に苦しんでいる人は多い。しかも、『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)によると、オミクロン株では療養期間中は症状が軽くても、療養期間後に「かなり強めの倦怠感」を訴える患者が多いという。若者が病院への受診を控えることで検査の機会がなくなり、コロナの確定診断がつかなかった人に後遺症が出た場合、適切な治療が受けられないだけではなく、コロナ後遺症だと認められず適切な補償を受けられないというケースも出てくるのではないのか。
このように問題を挙げだせばキリがないが、このまま「若者は黙って家で寝ていろ」というこの危険方針が現実化すれば、通常なら回復できた人が亡くなってしまうという最悪のケースを生み出すことも十分考えられる。しかも、こんなトンデモ方針を専門家が打ち出した背景には「社会経済を回すことで感染者が増えても、医療機関に過度な負担をかけずに済む」などという期待があるというのだ。感染症の専門家や医師は人命第一で物事を判断すべきはずだが、これではたんなる政府・経済界の手先ではないか。
実際、それでなくても政府分科会は「人流抑制より人数制限」などと打ち出し、尾身茂会長も「ステイホームなんて必要ない」と言い出す始末。だが、感染防止策がとられた飲食店において、ワクチン2回接種済みかつ少人数で会食した人たちの感染例があるように、人数制限だけで感染拡大を食い止められるはずがない。それどころか、「ステイホームなんて必要ない」という発信のアナウンス効果によって、さらに人流が増えて感染を促進する恐れさえある。
しかも、経済の専門家として分科会メンバーとなった小林慶一郎・慶應義塾大学教授にいたっては、21日放送の『モーニングショー』で「みんなが家から出なければ感染は収まるが、経済を止めることによって生活に困窮して亡くなる人が出る」と発言。これに玉川徹が「経済を動かして生活困窮者を守る以外に、国が所得などの補償をするという方法は考えないんですか?」と追及すると、「急に病床を増やせないのと同じで、自殺しそうな人を発見して財政的な支援をするというのも急にはできない」などと口にしたのだ。
この期に及んで感染拡大を食い止めることよりも経済を優先させ、ついには「若者は病院を受診するな、家で寝ていろ」とまで言い始める──。コロナ初期からこの国の専門家たちは検査・受診抑制を仕掛け、「Go To」や東京五輪開催など感染拡大の要因となったキャンペーンやイベントにも正面から反対することもなく是認してきた連中ではあるが、「若者は検査しない」という狂気の提言案を含めた今回の一連の言動はあまりにおぞましく、到底許容などできないだろう。
だが、こうした動きはけっして「専門家の暴走」と片付けられるものではない。根本的な問題は無論、政府、岸田政権の無策にあるからだ。
「検査拡充」を喧伝する岸田首相だが、検査キャパは菅政権とほとんど変わっていなかった!
脇田座長は前述したように、「若者は検査しない」「病院を受診せず家で寝ていろ」と言い出した理由のひとつとして「検査のキャパシティには限界がある」と語ったが、その元凶は岸田文雄首相の失策だ。
岸田首相はあれだけ「検査の拡充」を総裁選時から掲げていたというのに、実際には、政権発足後から現在にいたるまで検査のキャパはほとんど伸びていない。事実、「岸田政権になって検査キャパが増えていない」という問題は、前厚労大臣である田村憲久氏も認めている。
というのも、19日放送の『報道1930』(BS-TBS)では、日本共産党の小池晃・参院議員が「現在の検査キャパは38〜39万」「検査キットが足りなくなってきている」と指摘した際、田村前厚労相は「1日の検査能力という意味からすると、私が大臣だったときから比べると数倍、十倍近くになったと思う。私が大臣だったときは5〜6万だった気がする。かなり増えている」と強弁したのだが、小池議員はすかさず「田村さんが大臣終わる頃、1日いくつだったんですか?」と質問。すると、田村前厚労相は「……30数万です」と答えたのだ。
そして、これは事実だ。岸田政権は昨年10月4日に発足したが、厚労省が発表した同日の「1日あたりのPCR検査能力」は33万5815件だった。対して最新のデータである1月18日時点の「PCR検査能力」は、38万5181件。つまり、たったの5万件しか増えていないのである(さらにいえば、直近である1月21日の空港・海港検疫含むPCR検査実施人数は約19万件なので、実際におこなわれた検査数は検査能力よりもずっと少ない)。
つまり、岸田首相は「検査を拡充する」と喧伝してきたというのに、それは口だけで、PCR検査のキャパシティを抜本的に増やそうともせずサボってきたのが実態なのだ。その結果、この感染拡大の最中に「若者には検査させない」という暴論を生み出し、さらには「受診せずに家で寝ていろ」という事態に陥りそうになっているのである。
検査だけではない。感染が拡大している自治体では保健所業務がパンクし、大阪府では重症化リスクが高い人以外は濃厚接触者を特定する調査を取りやめるなどの動きが出てきている。これは自治体が保健所職員の増員を含む体制拡充を怠ってきた結果でもあるが、前出『報道1930』では、小池議員が「(国の)来年度予算では保健所にほとんど手当がついていない」「これまでの仕組み以上のものはない」と指摘。つまり、岸田政権は感染拡大を見越した対策のための予算措置もしてこなかったのだ。
前述したように、分科会メンバーの小林氏は「みんなが家から出なければ感染は収まるが、経済を止めることによって生活に困窮して亡くなる人が出る」と述べて分科会の「人流抑制より人数制限」という方針を正当化したが、この問題にしても、そもそも生活困窮者を自殺に追い込んでいるのは、手厚い補償や迅速な支援をおこなおうとしない岸田首相の失策であり、完全な政治責任だ。
安倍・菅政権の酷さと比較して「岸田政権はまだまし」などと評価する声は大きいが、まったくそんなことはない。専門家の暴走を生み出した大元に岸田政権のコロナ失策があることは、もっと強く批判されるべきだ。(編集部)