2024年2月21日水曜日

21- 書評『アメリカのイスラーム観:変わるイスラエル支持路線』 宮田律 著

 史上空前の「戦争国家」である米国は第2次世界大戦後は主として中東を舞台にして戦争・紛争を行ってきました。
 「イラクを石器時代に戻す」として猛爆撃を敢行し、上水道用のダムをすべて破壊し河川の水を飲料にせざるを得なくした上で、飲料水消毒に必須の「次亜塩素酸ソーダ」を禁輸品に指定もしました。これによって戦後も子供や幼児をはじめとして百万人以上が死亡したと言われています。
 こうした米国の非道はまともに解釈のしようもありませんが、根底に中東蔑視の思想があったことは間違いありません。
 長周新聞の書評欄に、中東について造詣が深く同時に深い愛着を抱いている宮田律氏(現代イスラム研究センター理事長)の著書『アメリカのイスラーム観:変わるイスラエル支持路線』が取り上げられました。

 いずれ米国は没落し「グローバルサウス」に代表される勢力が勃興するであろうことが多くの識者によって確信されています。
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書評『アメリカのイスラーム観:変わるイスラエル支持路線』 著・宮田律
       ー 平凡社新書、172ページ、定価1000円+税 ー
                         長周新聞 2024年2月13日
 4カ月以上にわたって続くイスラエルによるパレスチナ人の大量虐殺(ジェノサイド)は、世界最大の軍事力を持つアメリカによって支えられている。これに対して世界中で虐殺に抗議する行動が続き、一刻も早く戦争を止めたいとみんなが思っている。現代イスラム研究センター理事長が最近著したこの本は、世界史的な視野からこの問題をとらえ直し、その打開の方向を示したものだ。

冷戦終結後 米国がうみ出したテロ
 第二次大戦後、とくに冷戦の終結後、アメリカの主な戦争はイスラーム世界を舞台におこなわれてきた。1991年の湾岸戦争、2001年911後のイラク・アフガニスタンに対する戦争などがそうだ。
 しかし、911などのテロをおこなったアルカイダを生み出したのは、アメリカ自身だった。ソ連の軍事侵攻に抵抗するイスラム主義勢力を「自由の戦士」と称賛し、資金や武器弾薬を潤沢に与えたのはアメリカで、その後アメリカが中東地域に爆弾の雨を降らせ、聖地メッカやメディナのあるサウジアラビアに米軍を駐留させ、聖地エルサレムを蹂躙するイスラエルを支持し続けるのを見て、彼らは反米に転じた。だが、米国政府に原因をつくっていることを自省する姿勢はない

 パレスチナにおいて、イスラエルは市民への軍事攻撃、大量虐殺、領土併合、封鎖など国際法違反をくり返してきた。イスラエルはユダヤ人の国家とされるが、「伝統的なユダヤ教徒の根底にあるのは、国家に依存しない絶対的平和主義である」「ユダヤ人を数千年にわたって結びつけてきたものは民主的な社会正義の考え方であり、相互扶助と寛容の理念にもとづくものである」。
 つまり問題はユダヤ教ではなくシオニズムであり、イスラエルのネタニヤフ政権が体現するシオニズムは欧米の植民地主義、人種差別主義のイデオロギーが移入されたものだ。イスラエルは、ユダヤ人迫害を実行したナチスと重ね合わせる「反ユダヤ主義」という言葉を遣うことによってパレスチナ人排除を正当化しようとするが、やっていることはナチスと変わらないと誰もが思っている
 ハーバード大教授のサミュエル・ハンチントンは1993年、「冷戦後の世界は東西対立が消滅するものの、宗教にもとづく文明間の対立が顕著になる」という政治理論を、米国のネオコンの研究所で発表した。それは、常に戦争が起こっていなければ存続できない米軍産複合体にとって都合のいいものだった。「過激派のテロ」が起こると「アメリカの敵はイスラーム」となり、対テロ戦争で武器を売りまくることができるからで、そこに中東で戦火が絶えない原因がある、と著者は見ている。

パレスチナ 新しく生まれる若い力
 そして、こうした米国支配層のイスラームを敵としイスラエルを擁護する路線を乗りこえる力が、米国内で、また世界中で台頭していることをこの本から読みとることができる。
 歴史的に見ると、アメリカにやってきたアフリカの奴隷の30%はムスリムだったとされる。奴隷たちは公の場でイスラームの信仰を放棄するよう迫られ、出身地の文化や伝統から切り離された。だが、それを抹殺することはできなかった
 たとえば、アメリカのブルースの起源は、イスラームの礼拝への呼びかけである「アザーン」だという。また、音楽プロデューサーだったアーメット・アーティガンは、ジャズ、ソウル、ゴスペルなど黒人の音楽に光を当て、多くの才能を見出し世に送り出したが、その活動の背景に多様性や寛容を尊重するイスラームの家庭環境があったそうだ。
 世界ヘビー級チャンピオンだったモハメド・アリが、公民権運動が高揚していた時期にイスラームに改宗し、ベトナム戦争への徴兵を忌避したことは、公民権運動やベトナム反戦運動に多大なエネルギーを注入した。
 最近の学生たちの動きを見ても、2021年にイェール大学の学生自治会がイスラエルの虐殺、民族浄化、アパルトヘイトを非難する声明を出し、2022年にはハーバード大学の学生新聞がイスラエルに対するBDS(ボイコット、投資撤収、制裁)を呼びかけ、パレスチナ人の解放を訴えた。それは1980年代、カリフォルニア大学バークレー校の学生たちの運動が南アのアパルトヘイトを廃止させる先駆けになったことを思い出させる。
 また、2022年の中間選挙ではアラブ系アメリカ人の躍進が目立ち、ミシガン州、ジョージア州、イリノイ州でパレスチナ系下院議員(20~40代)が誕生した。そのなかでトレイブ議員は、これまでもイスラエルのアパルトヘイト政策を厳しく批判してきた政治家だ。昨年10月末には全米イスラーム民主評議会がバイデン大統領に「ガザ即時停戦」の公開書簡を提出し、イスラエルのガザ攻撃を支持する候補者への投票を拒否することを明らかにした。ちなみに2040年までには、イスラームが全米で2番目に多い宗教人口となると予測されている。
 世界に目を向けると、中東ではアメリカの影響力が低下し、中南米では誕生した左翼政権が次々とパレスチナ支持を表明している。当のイスラエルではネタニヤフの退陣を求める12万人のデモが起こり、ネオナチ政権への幻滅から国を離れる人も少なくないという。イスラエルがいくら軍事力で制圧しようとしても、パレスチナの若い抵抗力は不断に新しく生まれてくるし、二国家共存にしか解決の道はないことは明らかだ。

独自の視点と考察を 日本に求められること
 そのなかで日本と日本人にはなにが求められているか。著者は「アメリカに振り回されることなく、独自の視点や考察を持つこと」だと指摘する。具体的には、「イスラームの歴史や文化を知り、理解しようとする姿勢」と「アフガニスタンで中村哲医師が農業のための水の供給を考え、砂漠を田畑に変えたように、民政分野にとどまって交流を発展させること」だ、と。
 本書からは、メディアの流す情報に惑わされることなく、今の時代を動かしている新しい潮流をしっかりつかむことの重要性を教えられる。それにしても、それぞれの国の文化や歴史に対する著者の造詣の深さには驚かされる。この本のなかで紹介される映画や音楽の数々は、どれも一度は見てみたい、聴いてみたいと思うものばかりだ。そうした外国の文化や歴史を深く知ることが、多様性や寛容の精神が尊重される平和な世界をつくることにもつながるのだろう。