2024年2月23日金曜日

「反ユダヤ主義」に取り憑かれた欧州(レイバーネット日本)

 土田 修氏によるフランス発・グローバルニュースの第号で、前号の記事
  ⇒(1月29日)メディアの思考停止と「反ユダヤ主義」
の後編です。
 『「反ユダヤ主義」に取り憑かれた欧州』とは分かりにくい表現ですが、『「反ユダヤ主義」への攻撃に取り憑かれた欧州』という意味のようです。

 ネタニヤフは折に触れて「サムエル記上15章3節(旧約聖書)」を引用して、パレスチナ人を完全に排除してその土地を独占することを正当化しようとしています。
 因みに旧約聖書の同所には、『いま行って、アマレクびとを撃ち滅ぼし、またそのものとすべてのもの、すなわち男も女も、幼な子も、乳のみ子も、牛も羊も、らくだも、ろばもみな、ことごとく殺せ』という神の「お告げ」が書かれています(「アマレクびと」とは、エジプトを逃れたユダヤ人たちが移住しようとした土地の先住民のことです)。
 絶対に許されない「ホロコースト(民族浄化)」の根拠に「神話」を引いてくるとは絶句ものです。

 同じ趣旨の言葉として「約束の地」があります。それはヘブライ語聖書に記された、神がイスラエルの民に与えると約束した土地のことで、「エジプトの川」からユーフラテス川までの領域とされ、出エジプトの後、約束された者の子孫に与えられるとされています(申命記18)(ウィキペディアより)
 土田氏は今回の記事で、イスラエルの歴史学者シュロモー・サンド最新の著作で、シオニストが信じている「約束の地」が歴史的事実に基づいていない「想像の産物」であることを膨大な歴史的資料と思考力によって暴き出したことを伝えています。
 神話を信じること自体は個人の自由かも知れませんが、それを明らかな犯罪の口実に用いるのは社会的に許されません。
           ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「反ユダヤ主義」に取り憑かれた欧州 フランス発・グローバルニュースNO.6
                        レイバーネット日本 2024.2.21
 2023年9月からの新連載「フランス発・グローバルニュース」では、パリの月刊国際評論紙「ル・モンド・ディプロマティーク」の記事をもとに、ジャーナリストの土田修さんが執筆します。毎月20日掲載予定です。同紙はヨーロッパ・アフリカ問題など日本で触れることが少ない重要な情報を発信しています。お楽しみに。今回はイスラエルによる虐殺の歴史を振り返ります。(レイバーネット編集部)
          ☆    ☆    ☆    ☆    ☆
フランス発・グローバルニュースNO.6
「反ユダヤ主義」に取り憑かれた欧州
                       土田修  2024.2.20
                 (ル・モンド・ディプロマティーク日本語版前代表、
                   ジャーナリスト、元東京新聞記者)
 前回、ドイツやフランスの政界やメディア界を覆う「反ユダヤ主義」という「悪魔祓いの思想」について書いた。昨年11月、フランスのダルマナン内相は警察と国家憲兵隊が1カ月で518件の不審尋問を行ったと上院で発表し、「反ユダヤ主義的行為が爆発的に増加している」と説明した(フィリップ・デカン「フランスにおける反ユダヤ主義の現状」、ル・モンド・ディプロマティーク日本語版2024年2月号)。内相の言う「反ユダヤ主義的行為」とは何か?それは内相が、パレスチナを支援しイスラエルを非難するデモや集会を「反ユダヤ主義を煽る行為」として禁止したことから容易に推察することができる。欧州はいまや「反ユダヤ主義」という幽霊に取り憑かれていると言っても過言ではない。

 2023年10月7日のハマスによる攻撃で犠牲となったイスラエル人に対する共感が欧州で広がっているのは間違いない。だが、「反ユダヤ主義」とはいったいいかなるものなのだろう?「反ユダヤ主義」はフランス語で「antisémitisme」(英語で「antisemitism」)と書かれる。すなわち「sémite(セム族)」に対する差別用語であり、ナチス・ドイツはユダヤ人を白人とは違う劣等な「セム族」と決めつけ、民族差別である「反セム人主義(antisémitisme)」を掲げてホロコーストを遂行した。現在、シオニストは自分たちに向けられた差別用語であるantisémitismeを用いて、世界中の敵対勢力を脅迫している。ハマスをテロリストと言わない者、パレスチナに連帯する者、イスラエルを非難する者はすべて「antisémitisme」、すなわち「反ユダヤ主義」であると

 岡真理・早稲田大学文学学術院教授「この人倫の奈落においてガザのジェノサイド」(「世界」2024年1月号)で、2010年6月に来日したイスラエルの歴史学者シュロモー・サンド氏の都内での講演について、次のように書いている。
(サンド氏は)ナチスがユダヤ人を自分たちは異なる人種(セム人種)と考えたことが当時、反ユダヤ主義として批判されたのが、今では(シオニストの)ユダヤ人自身がヒトラーと同じことを主張しているとし、「結局のところ、勝利したのはヒトラーではないか」と聴衆に問うた。
 別の講演で岡真理氏は「ホロコーストの記憶がシオニズムの資源を担っている」と指摘している。「反ユダヤ主義」とは「反セム人主義」のことなのだ。旧約聖書ではアラビア民族とヘブライ民族はセムの子孫ということになる。いずれにせよ、数千年間も「ユダヤ人の血」がディアスポラ(民族離散)の経験をへて連綿と受け継がれてきたとするフィクションを創出することで、「信仰の人種化が起きている」(岡氏)。
 1947年にイスラエルを建国したシオニストたちは「ユダヤ人=セム人種」という民族差別を逆手に取り、欧州を徘徊する「反ユダヤ主義」という幽霊を利用して、パレスチナの植民地化とジェノサイドを正当化しているのではないか。 

■「約束の地」という「想像の産物」
 ホロコーストの生き残りである両親とともに、1948年にイスラエルに移住したサンド氏はテルアビブ大学で現代ヨーロッパ史を教える一方、パレスチナ占領政策に反対する運動を続けている。昨年12月号のル・モンド・ディプロマティーク紙(仏語版。日本語版は2024年1月号)に「シオニズムと共産主義運動」という論考を寄稿し、20世紀初めにパレスチナで共産党運動を始めたユダヤ系移民たちの「変節」を暴いている。
 彼らによって1919年に創設された「ヘブライ社会主義労働党」は1922年に「パレスチナ共産党(PCP)」と名前を変え、ソビエト共産党が主導する第3インターナショナルに加盟した。彼らはシオニズムを「不当な植民地主義」として終始一貫して否定していた。1917年に英国の外務大臣アーサー・バルフォアが「英国政府はユダヤ民族のための民族的郷土の建設を支持する」と約束した「バルフォア宣言」を「帝国主義的行為だ」として認めず、英国の支配者を追放し、アラブ人を多数派とする民主主義国家の建設と「プロレタリア国際主義」のもと移民と住民コミュニティの連帯を呼びかけた。だが、第二次世界大戦でのソ連参戦とナチス・ドイツによるホロコーストをへて、ユダヤ系党員がユダヤ人の民族的アイデンティティに目覚め、「アラブ・ユダヤ人国家(2民族国家)」支持を明確に打ち出したため、アラブ系党員が離脱し、1943年にPCPは分裂。1947年5月、ソ連のグロムイコ外務大臣は国連総会で「2民族国家樹立」への支持を表明し、世界中の共産主義者を驚かせた。

 その後、PCPは「イスラエル共産党(Maki)」と改称し、「イスラエル国家」の独立宣言を承認することになる。ユダヤ系党員らは新しい国家を防衛するため東欧を訪れ、武器の調達に走り、ソ連もシオニスト支援を続けた。60年代、アメリカのケネディ政権はそれまで口先だけだったイスラエル支援へと大きく舵を切り、イスラエルへの大規模な武器売却を公認した。1967年の第三次中東戦争以降、アメリカはイスラエルへの軍事援助を大幅に増やしており、一方、エジプトへの武器売却を開始したソ連によるイスラエル支援が長く続くことはなかった

 ディプロ紙に掲載されたこの記事は『一つの国家に二つの民族? シオニズムの歴史再読』(未邦訳)というサンド氏の最新の著作からの抜粋だという。サンド氏の論考が重要なのは、ユダヤ人学者によるシオニズム批判ということだけでなく、シオニストが信じている「エレツ・イスラエル(約束の地)」が歴史的事実に基づいていない「想像の産物」であることを膨大な歴史的資料と思考力によって暴き出したことにある
 同氏が2008年にヘブライ語で書いた『ユダヤ人の起源ー歴史はどのように創作されたのか』(ちくま学芸文庫、高橋武智監訳)は、イスラエルでベストセラーになり、フランス語訳をはじめ世界15カ国で翻訳された。同書の日本語訳は2010年にフランス語版からの翻訳として出版された。

 サンド氏の第一外国語はフランス語であり、サンド氏自身がフランス語版をチェックしており、そのフランス語版のタイトルが『いかにしてユダヤ民族は作り出されたか(Commentlepeuplejuiffutinventé)』であることは注目に値する。「ユダヤ民族」が「作り出された(発明された=inventé)」ものであると断じているからだ。サンド氏は「ユダヤ系イスラエル人」に受け継がれてきた記憶についてこう述べている。
 「ユダヤの民はシナイ山でトーラー(エジプト脱出後のモーセと神との間で結ばれた「選民」契約)を授かったとき以来存在しつづけており、自分自身もその民の唯一直系の子孫なのである」
 サンド氏によると、ユダヤ系イスラエル人は、「ユダヤの民」がエジプトを脱出し、「約束の地」を征服して定住し、ダビデとソロモンの輝かしい王国が建設され、それが分裂して「ユダ」と「イスラエル」の二つの王国が誕生したことを信じて疑わない。その間、2度のディアスポラ⇒パレスチナからの移住を経験し、2000年近くにわたり、祖国を離れて放浪の生活を送ったが、「ユダヤの民」は他民族の中に根づくことも溶け込むこともなかったのだという。
 こうした記憶の堆積は自然に形成されたものではない。サンド氏は、ユダヤ人による「約束の地への帰還」が始まった19世紀後半から少しづつ蓄積されてきたとみている。「いかにもユダヤ人は、世界のさまざまな地域に現れ根づいて、大きな宗教共同体を形成してきたけれども、だからといって同じ起源を共有し、たえざる追放と放浪のあいだに移動しつづけてきた、特異な単一の種族なのではない」。サンド氏の論旨はこの言葉に集約される。

 1947年、国連総会はパレスチナまたは「約束の地」と呼ばれてきた土地に「ユダヤ人国家」と「アラブ人国家」とを建設する決議を採択した。当時のシオニストにとって重要だったのは、誰がユダヤ人であるのかを定めること(ナチス・ドイツでも生物学的根拠を見つけられず、役場の帳簿に基づいて行うしかなかった)と、ユダヤ人ではないと公言する人々をその土地から追い出すことだった。実際、「約束の地」への帰還は、「ここはユダヤ民族の土地である」というイデオロギーを正当化し、パレスチナ人の迫害と追放へとつながった

 そして現在、ガザ地区では「教科書に載る典型例」とも言われるジェノサイドがイスラエルによって続けられている。だが、。欧米諸国はパレスチナ人に対するジェノサイドを止めようとしないだけでなく、アメリカのようにジェノサイドに積極的に加担している国もある。
 この先、欧米社会がいかに「反ユダヤ主義」の誹りを逃れるためとはいえ、無条件でイスラエルを支持し続けるという保証はない。サンド氏のいう「アラブ・イスラム世界の片隅に孤立したまま存在し続ける」イスラエルが生き残るには、「約束の地」という根拠のない歴史観と選民意識をかなぐり捨て、パレスチナ人という「他者」を受け入れる多文化的な民主国家に生まれ変わるしかない。その時、初めてイスラエルも欧米も「反ユダヤ主義」の憑依から脱することができるのではないかと思うのだが、そう簡単なことではなさそうだ。