2024年2月24日土曜日

ナワリヌイ死去の裏読み(田中宇氏)

 田中宇氏が掲題の記事を出しました。

 田中氏はナワリヌイはロシア当局に殺害されたという見方です。収監された人間を殺害することが許されないのはいうまでもないことで、プーチンはナワリヌイを最早有力な反対勢力とは見做してはいなかったのですからなお更です。
 ロシア政府がナワリヌイの死を発表した時は、丁度年次のミュンヘン(独)全保障会議が開かれていて、そこにはナワリヌイの妻ユリアも招待されていました。
 同会議にはNATOなどの西側諸国が集まり、直近のテーマはウクライナへの支援についてでした。ウクライナ軍の敗北時間の問題となった今回は、プーチンとどう和解して停戦するかを話した方が良いという雰囲気がありました
 そこにこのニュースを飛び込ませたのは、ユリアにロシア憎しの情緒的な演説をさせることで、ロシアへの敵視を強めウクライナ戦争の継続支援を行わせる方向に舵を切らせようとプーチンが考えたからという見立てです。
 ところでウクライナ戦争は結果的にロシア国内の景気を活性化させ、非米国の国々を団結させる一方で、米国をはじめとするNATO諸国を疲弊させる効果を持っているので、いまやプーチンに取って停戦に向かうのは好ましくないからということです。恐るべき深読みです。
 一方米国では、トランプは大統領に当選すればウクライナ戦争を終結させしかもNATOからは離脱すると明言しているので彼を再選させたくはないのですが、実際にはバイデンが敗けそうです。
 そこで米国(の「闇の政権」)は、NATO加盟国のエストニアあたりが国内のロシア系住民への弾圧を強め、ロシアが邦人保護策のためにエストニアに軍事侵攻せざるを得ない状況にしてNATO対ロシアの戦争状態を作り、トランプが当選してもNATOを離脱できないようにするシナリオを考えているということです。
 まさに「風が吹けば桶屋が儲かる」的な深謀遠慮で、謀略国家の面目躍如です。
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ナワリヌイ死去の裏読み
                 田中宇の国際ニュース解説 2024年2月22日
2月16日、ロシアの反体制・野党活動家のアレクセイ・ナワリヌイが、西シベリアの北極圏にある監獄で死亡した。ナワリヌイはもともと、リベラル派が極右とかネオナチと非難する民族主義者・ナショナリストで、2007年ごろから野党人士として有名になり、プーチン(メドベージェフ)政権を汚職理由で辞任要求する反政府運動を強めた。
Russian Opposition Leader Alexei Navalny Dies In Jail

政府側から反撃的な汚職捜査を受けて有罪にされたものの、2013年のモスクワ市長選への出馬を許されて28%という意外に高い得票を得て、ロシアを代表するプーチン批判者として欧米で注目されだした(その後は露国内での人気が落ち続けた)
2020年に露国内を飛行機で移動中に体調が悪化して瀕死になり、ドイツに移送されて治療したが、体調悪化は露当局から毒物(ノビチョク)を投与されたからだと欧米側が言い出し「プーチンが自分を鋭く非難する反体制派を殺そうとした事件」として欧米で喧伝され、それっぽい映画も作られた。ロシアを濡れ衣で敵視して強くする

ナワリヌイやその他のロシア反政府勢力への支持は落ちており、殺す必要などなかった。ノビチョク事件は米英諜報界のでっち上げ臭がある。だが、プーチンの露政府は、米欧が「プーチンと戦う男」と英雄視するナワリヌイとの喧嘩を積極的に買う挙に出た。
ノビチョク事件当時、ナワリヌイは汚職の有罪判決の執行猶予中だった。勝手にドイツに逃亡したとして、露政府はナワリヌイに命令して帰国させて監獄に入れ、収監中に新たな罪状をつけて刑期を伸ばした。その一方で露政府は、獄中のナワリヌイと国外の仲間たちがインターネットでプーチン非難の反政府運動を続けることを許し続けた

プーチンとしては、国内的に反政府運動の強さを測るためにナワリヌイに反政府的な発言をさせ続けていたのでないか
国際的には、米欧に露(中)敵視を強めさせ、露中やBRICS・非米側が結束を強めて米覇権を崩す動きを強化する流れを維持するため、米欧が支持するナワリヌイを投獄して、意見発信を許しつつ、いじめ続けた。その後のウクライナ開戦後の対応へと続く「偽悪戦略」の流れが見える。プーチンの偽悪戦略に乗せられた人類

ナワリヌイは米欧風の政治を好むリベラル派でなく、その逆の右派民族主義者で、クリミアは(地元民の民意に沿って)ロシア領であるべきだと言っており、反ウクライナだ。彼の政治思想は、欧米リベラル派が極右とかネオナチと呼んで誹謗する種類のものだ。彼は、プーチンの汚職だけを非難(喧嘩売り)し、外交政策には賛成していた
それなのに欧米リベラル派は、ナワリヌイがプーチンに喧嘩を売っていたのを好機として、ナワリヌイをリベラル派のように扱い、ロシアの反政府人士の代表として称賛し、支持してきた。
欧米の政府や権威筋は、何でも良いからロシアを敵視したい。その構図は、ロシアを敵視して強化する隠れ多極派の策略に乗せられており、プーチンも売られた喧嘩を喜んで買ってロシアを台頭させている。
NATO Chief Shocks With Prediction Of 'Decades-Long Confrontation' With Russia

そんなナワリヌイが2月16日に獄中で体調不良を訴え、間もなく死亡した。米当局は、露当局が殺したという確証がないと表明しているが、バイデン大統領は「プーチンに責任がある」と断言し、露政府がナワリヌイを殺した前提で追加の対露制裁を発表した。
米欧の権威筋やリベラル派は、ここぞとばかりにロシア敵視を強めている。
Biden Says He’ll Impose ‘Major’ Sanctions on Russia Over Navalny’s Death

ロシアでは3月17日に大統領選挙が予定されており、支持率85%のプーチンが当選しそうだ。ナワリヌイは立候補もしておらず、世論調査で彼を支持する露国民は1%しかいないのでプーチンの脅威でない
プーチンは、大した脅威でないナワリヌイを殺すほど神経質で性格的に問題がある極悪人だとする「解説」を米国側マスコミが流している。Biden Knows Putin Killed Alexei Navalny

ナワリヌイはなぜ死んだのか。私が注目したのは、ロシア政府がナワリヌイの死を発表した時、NATOなど米国側諸国がドイツに集まって対露関係などを話し合う年次のミュンヘンに安全保障会議がちょうど開かれており、会議にナワリヌイの妻ユリア(Yulia Navalnaya。夫を補佐する共闘者)が招待され、ロシアから来て出席していたことだ。
ミュンヘン会議の主催者は、露政府が発したナワリヌイ死去の発表を、すぐに議場で発表した。そして議事進行を変更し、ユリアを登壇させて演説をさせた(もともとこの日演説する予定だった)。ユリアはプーチン政権を強く非難し、議場の一同がロシア敵視を強め、プーチン打倒を誓った。
Yulia Navalnaya takes stage at Munich meeting after news of husband’s death
Navalny death rocks Munich Security Conference, as wife says Putin regime ‘will be punished’

ロシアで最初にナワリヌイの死を発表したのは西シベリアの監獄当局だったが、その数分後には露大統領府(クレムリン)が記者発表し、話はすぐにミュンヘンの安保会議に伝わった。露政府は、ミュンヘンの議場にユリアがいる時間を狙ってナワリヌイの死を刑務所に発表させ、ユリアが情緒的な演説をするように仕向け、米国側が露敵視とウクライナ戦争支援を強めるように画策したのでないかThey Finally Killed Navalny ...

ウクライナ戦争は昨夏からロシアの勝ちが確定し、米欧がいくらウクライナを支援しても挽回不能になっている。米政府も、挽回困難と認めているが、同時に、負けるわけにいかないと言って露敵視とウクライナ支援を続け、NATO傘下の欧州諸国にもそれを強要している。
米国(諜報界と軍)は、開戦当初からウクライナ軍に稚拙な戦略をとらせて戦力を浪費してきた。稚拙な策ゆえに負けているのはウクライナなのに、露軍が稚拙なので負けていると正反対のウソを米欧政府内やマスコミ権威筋に流し、多くの「専門家」たちが「ロシアはもうすぐ負け、プーチンは追放される」と大間違いを言い続けた
Screw The Facts - Europe Commits Itself To Further Escalation

実際はウクライナ軍が負け続け、兵士30万人が戦死し、徴兵しても若者が残っておらず兵士が足りない。米国がやらせた稚拙な戦略のせいで、米欧がウクライナに送った武器弾薬も浪費(兵器庫の場所を露軍に知られて空爆されるなど)され、欧州諸国はもうウクライナに送れる兵器がない。
今年のミュンヘン安保会議は、ウクライナ軍の崩壊をどうやって防いで延命させるかが中心的な議題だった。ウクライナ軍の崩壊と敗北確定は時間の問題だ。プーチンを倒すまで戦うぞと誓うのは非現実的だ。
むしろ逆に、プーチンとどう和解して停戦するかを話した方が良い。米国でも欧州でも、そのような議論が水面下で出てきて、ミュンヘン会議でもその話が出そうだった。バイデンの米政府と諜報界は、そんな弱腰は認めないといって強硬姿勢なので、対露和解論はマスコミに出ず、私的な会話だけにとどまっていたが、いつまで続くのかおぼつかない。
Munich conference shows evaporating Western optimism on Ukraine

露政府は、米諜報界の隠れ多極派と同様、ウクライナ戦争と露敵視の長期化を望んでいる。欧米は、ウクライナ戦争と露敵視を続けるほど、露中や非米側の台頭を誘発して覇権を失い、経済政治の両面で自滅していく
ウクライナ開戦後、ロシアは米欧から強烈に経済制裁されているのに経済成長している。米欧が中露を敵視するほど、中露と非米側が経済結束して米欧抜きの世界経済を作って発展していく
プーチンの露政府は、この状態をもっともっと続かせたい。その方が発展できる。習近平も似たような戦略だ。まだまだ続くウクライナ戦争

ロシアは、欧米が現実策に転換してロシアに和解を求めてくることを望んでいない。だから、ミュンヘン安保会議がユリア・ナワルナヤを呼んで演説させるタイミングに合わせて夫のナワリヌイを殺して発表し、ナワルナヤに情緒的なプーチン敵視の演説をさせ、会議の雰囲気をプーチン敵視で充満させ、会議で対露和解の話を出そうとしていた欧州の現実派を黙らせたのでないかNavalny's wife calls for Putin to be punished at global security summit

そんな茶番劇のためにナワリヌイを殺してしまうとは考えにくい、と思う人がいるかもしれない。これに対する私の反論的な見立ては、すでにナワリヌイがプーチンにとって「用済み」になっていたのでないか、というものだ。
ウクライナ開戦前、プーチンの人気は今より不安定で、露国民の反政府感情も今より強かった。そのためプーチンは、ナワリヌイのような(欧米と本格的に組めるリベラルでなく、プーチンを誹謗する根拠の薄い汚職話を出してくるだけの)中途半端な反政府勢力がいて、不満な国民を吸収してくれることを望んでいた。
Russia’s defeat in Ukraine impossible, Elon Musk says

ウクライナ開戦後、プーチンは米欧から猛烈に敵視されたが、敵視されるほどウクライナ戦争で勝ち、露経済も上向いて成長した。露国民はプーチン支持と米欧敵視を強め、米欧に支援されてプーチンを非難・誹謗するナワリヌイや、リベラル派の反政府勢力をむしろ売国奴として嫌う傾向を強めた。
ナワリヌイを支持するのは、ロシアの事情を知らず、米国側の報道を鵜呑みにする軽信的な欧米日のリベラル派などだけだ。プーチンは、ナワリヌイのような敵を必要としなくなった。ナワリヌイは「最期のご奉公」として、殺されることによって米国側の怒りと露敵視を扇動し、多極型世界におけるプーチンのロシアの台頭と経済発展を加速させる役割を課されることになった。Europe is losing dignity by obediently submitting to US

ウクライナのゼレンスキーは、自分と自国の保身のため、中国の習近平に仲裁してもらってプーチンと停戦交渉したい。米国とその傀儡であるEUは、ゼレンスキーが対露交渉したいと言っても無視するか、叱りつけて拒絶する
ゼレンスキーは米欧に頼れないので中国に頼るしかない。だが中共政府は「今は適切な時期でない」と言ってゼレンスキーとプーチンの話し合いの仲裁を断った。習近平はプーチンに打診したが、ウクライナ戦争が長引くほど露中が優勢になるのでプーチンは仲裁しないでくれと言ったのだろう。
Conditions Not Right For Ukraine-Russia Peace Talks, China Says After Appeal From Kiev

ジョージソロス系のシンクタンク、クインシー研究所は最近「米欧はウクライナ戦争に勝てず、これからプーチンのロシアと交渉して戦争を終わらせていかねばならないのだから、ナワリヌイの死を理由に対露制裁を強めて対露対話の道を閉ざすのは得策でない。対露制裁は露経済を強化してしまう」という主張を出した。
同研究所はまた「ウクライナ戦争が続く限り、露国民は反米感情が強く、親米的なロシアのリベラル派は復活できない。ロシアをリベラル化したければ、まずウクライナ戦争を終わらせねばならない。それには対露対話が必要だ」とも言っている。
Navalny's death shouldn't close off talks with Putin

これらの主張は正しい。米覇権の維持には対露和解が必要だ。だが、米中枢(諜報界)は隠れ多極派に乗っ取られ、ソロスのようなエスタブは脇に追いやられている。間抜けなバイデンが、ウクライナを勝たせるまで露敵視を続けると叫び続けている。
プーチンは最近、今秋の米大統領選でバイデンが勝つことを望んでいると表明した。「ウクライナが勝つまで支援し、永遠に露敵視する」と非現実的なことを言い続けるバイデンが今秋の米大統領選で勝つことをプーチンは望んでいる。対露和解や、ロシアとウクライナの対話を仲裁しそうなトランプに当選してほしくないI want Biden to win - Putin

プーチン(や隠れ多極派)の希望と裏腹に、今秋の米大統領選挙ではバイデンが負け、トランプが勝ちそうだ。トランプは、大統領に返り咲いたらすぐにプーチンとゼレンスキーを仲裁してウクライを停戦させると豪語している。彼は実行力がある。
米民主党が再び選挙不正をやって、バイデンを不正に勝たせるシナリオがあり得たが、これだけバイデンがダメダメだと、全力で不正をやってもトランプが勝ちそうだ。そのため「B計画」と思われるものが欧州で出てきている。
Estonia Tells Its Top Russian Orthodox Clergyman to Leave the Country
Estonia Ready to Extradite Draft-Age Ukrainian Men エストニアは人道犯罪国

それは、NATO加盟国のエストニアあたりが国内のロシア系住民への弾圧を強め、ロシアが邦人保護策のためにエストニアに軍事進出(侵攻)せねばならない状況を作り、対立激化の中でエストニアあたりにいる米軍特殊部隊が匿名的にロシアを攻撃してロシアとNATOを開戦させるシナリオだ。
ウクライナはNATOでないので、戦争になってもNATO5条の参戦義務が米国やEUに生じなかった。だが、エストニアやポーランドやルーマニア(沿ドニエストル関係)はNATO加盟国で、これらがロシアと交戦すると5条が「自動発動」されて、米露が戦争に入ることになっているEU state’s leader sees elderly Russians as potential threat

私はこれまで、NATO加盟国とロシアが開戦すると、すぐに5条が発動されて米露が核戦争になるので、NATOはロシアと開戦せず、戦場は今後もずっと非加盟国のウクライナだけに限定されるだろうと思ってきた。
だが、NATO加盟国とロシアが開戦しても、米国がすぐに5条を全面発動せずぐずぐずしていたら、NATOとロシアが開戦しても米露の全面戦争や核戦争にならないシナリオがあり得ると思い直した。同盟諸国とロシアを戦争させたい米国

このシナリオは、NATOとロシアの交戦状態・有事体制を生むためトランプが返り咲いてもロシアと和解するわけにいかなくなり、トランプはNATOを棄てることもできなくなる。ロシアは、米国側と非米側の対立を維持して多極型世界で発展できる。
NATOがロシアと開戦しても5条が全面発動されないのはNATOの信用失墜になる。米露間の対立の度合いをうまく調整しないと本当の核戦争になる。だが、それらの問題を回避できれば、トランプに露敵視とNATO関与の維持を強要できる。
ウクライナ戦争を世界大戦に発展させる

最近、ダボス会議やミュンヘン安保会議で、トランプ当選の可能性が議題にされているが、それは要するにこの手のシナリオについて裏で検討しているのでないかと思った。
これについてはあらためて書きたい。
A Consensus Emerges at Davos: Trump Will Win Re-Election