裁量労働制は「働く時間や仕事の進め方を労働者の裁量に任せ、実際に働いた時間でなく、あらかじめ決めた分だけ働いたとみなして賃金を払う制度」ですが、労働者が見積もった所要時間を高利潤を追求する企業がそのまま認める筈はないので、労働者から見ると無理な数字で折り合う可能性が大です。しかし仕事というのは、やり出すと当初の見通しよりも3割増しや5割増しになるということはいくらでもあります。
その持ち出し分は全部労働者の負担にするというのがこの制度の目玉で、企業側がこれの採用を切望する理由です。
このような制度が労働者のためのものであるなどと言えるのは、御用組合幹部と経営者間の建前論議の場面以外では考えられずに、少しでも良心があるひとであればとても口には出来ません。それを堂々と言えるというのはよほど仕事を知らないか、あるいはウソを吐くことに何の抵抗もない人でしょう。
19日、「裁量労働制の方が実働時間数が少なくなる」と首相が説明した根拠は、3年ほど前に作成されたずさんなデータであり、それをこれまでずっと政府が使い回してきたことが明らかにされました。厚労省は「意図的に数字を作ったものではない」とデータの捏造を強く否定していますが、首相をはじめとして、常識に反するこうしたデータを見ても何の違和感も持たなかった感覚と見識の低さには呆れます。
3つの社説を紹介します。
しんぶん赤旗は、裁量労働制の方が一般労働者よりも実働時間数が少なるなるように手を加えたことは明らかだとして、それを撤回したのであれば法案の前提が崩れたとしました。
神戸新聞は、「残業代は頭打ちにし、健康は労働者が自分自身で守る。現状の裁量労働を見れば、働かせる側の都合ばかりが目立つ」、「裁量労働制の実態を直視せずに対象を拡大するのなら、働く者にとっての改革とは言えない」としています。
中國新聞は、「働く時間や仕事の進め方を労働者の裁量に任せ、あらかじめ決めた分だけ働いたとみなして賃金を払う方式は、人件費抑制につながるため経済界には対象業務の拡大を求める声が強いが、厚労省所管の独立行政法人の調査では『裁量制の労働者の方が長時間労働の割合が高い』との結果だった」として、「客観的な裏付けがなくなった以上、実態把握からやり直すべき。曖昧なデータでは議論はできないはず」としています。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(主張)首相の答弁撤回「働き方」法案の前提が崩れた
しんぶん赤旗 2018年2月19日
安倍晋三首相が「働き方改革」一括法案に盛り込む「裁量労働制」の拡大をめぐる自らの国会答弁を撤回して謝罪に追い込まれ、大問題になっています。撤回した首相の答弁は「裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータもある」という、法案の根幹にかかわるものです。答弁の根拠となったデータそのものが大うそだったのです。長時間労働を野放しにする裁量労働制の拡大などを盛り込んだ法案に道理がないことはいよいよ明白です。国会提出はきっぱり断念すべきです。
ずさんなデータを根拠に
裁量労働制は、いくら長時間働いても、労使で事前に合意した分だけを働いたとみなす制度です。今でも裁量労働制は長時間労働の温床の一つとされており、それを拡大する法案には労働者、過労死遺族の人たちなどから厳しい批判の声が上がっていました。
首相は先月29日の国会答弁で、裁量労働制の方が一般労働者より労働時間が短いと述べたのは、国民の批判をかわし、裁量労働制の拡大を合理化しようとしたものでした。それを撤回したとなれば法案の前提は成り立ちません。
この答弁の基礎になったとされるデータは、厚生労働省の「2013年労働時間等総合実態調査」です。これをもとに首相は、企画業務型裁量制の労働者は1日9時間16分、一般の労働者は同9時間37分の平均労働時間になり、裁量労働制の方が一般の労働者よりも短いと主張しました。しかしこのデータは、本来なら比較できない数値を都合よく加工したものです。
裁量制の労働者については、事業所が「労働時間の状況」として把握した時間です。これに対し一般労働者は、実際に働く「所定労働時間」より長い「法定労働時間」(8時間)に、時間外労働を足していました。一般労働者の労働時間を長く見せるために手を加えていたのです。しかも調査は労働者全体の平均値ではなく、抽出した「平均的な者」の労働時間であり、実態を正確に反映していません。
裁量労働制の労働時間が長いことは多くのデータから明らかになっています。労働政策研究・研修機構が労働者から聞いた調査では、企画業務型裁量制の労働者の1カ月の平均労働時間は194・4時間に対し、一般労働者は186・7時間です。厚労省の労働基準局長は他に裁量労働制の方が短いというデータがあるのかと聞かれ「持ち合わせていない」と国会で答弁しています。根拠のなさは動かしようがありません。実態をねじ曲げたデータを使い、悪法を国民に押し付けようとする安倍政権の姿勢は到底許されません。
法案提出断念へ世論広げ
安倍政権が今月末にも国会提出を狙う「働き方改革」一括法案は、裁量労働制の拡大だけでなく、「残業代ゼロ制度」の導入、過労死水準の残業の容認―など財界の要求に沿った「働かせ方大改悪」というのが実態です。首相はあくまで「働き方改革」一括法案を国会に提出しようとしていますが、あまりにも無反省です。
しかし、追い詰められているのは安倍政権です。虚偽データをつくった安倍政権の責任を徹底追及するとともに、法案提出の断念を迫る世論と運動を国会内外で大きく広げる時です。
首相答弁撤回/裁量制の実態に向き合え
神戸新聞 2018年2月18日
珍しく、安倍晋三首相が国会で陳謝した。看板政策である「働き方改革」関連法案を巡る答弁で示したデータに疑義が生じ、答弁を撤回したのだ。
裁量労働制で働く人の労働時間は一般の労働者より短い-。法案に盛り込んだ裁量制の対象拡大について首相はそう説明してきたが、裏付けるデータの信ぴょう性が揺らいだ。
加藤勝信厚生労働大臣は19日に精査した結果を示すと明言した。しかしデータを修正して済む問題ではない。改めねばならないのは、都合のいい統計で印象操作を図ろうとする政権の姿勢である。
問題となったのは、厚労省が2013年度に発表した全国約1万事業所の調査結果だ。「平均的」な1日の労働時間が裁量労働制では9時間16分で、一般労働者より21分短いという。首相はこれを根拠に労働時間の短縮につながるとした。
ところが、この数字は正確な「平均値」ではなく、一部のデータを抽出し、それを「平均的」と表現していた。
しかもよく見ると、一般労働者では法定労働時間の8時間に加え、さらに8時間以上働いているという回答が1%あり、中には15時間以上の例もあった。
野党が「都合のいい数字だけを出し、恣意(しい)性がある」と反発するのも当然だ。
厚労省所管の独立行政法人が同じ13年に行った調査結果が示すのは、裁量労働制では1カ月の実労働時間が200時間を超す割合が半数に届く実態だ。深夜や土日勤務が「よくある」との回答も多かった。
厚労省は既に裁量労働制を導入している事業所に自主点検を求めている。対象外の業務をさせたり、健康確保措置を講じていなかったりする不適切な運用が相次いでいるからだ。
専門性を生かし、自分のペースで仕事をする。政府は裁量労働制を働く者に有益な仕組みとうたい、「働き方改革」の柱に据えてきた。本当だろうか。
残業代は頭打ちにし、健康は労働者が自分自身で守る。現状の裁量労働を見れば、働かせる側の都合ばかりが目立つ。
そこを直視せずに対象を拡大するのなら、働く者にとっての「改革」とは言えない
裁量労働制 首相答弁撤回 実態把握からやり直せ
中國新聞 2018年2月18日
対象業務を広げようとする根拠は崩れたのではないか。裁量労働制を巡る国会での質疑について、安倍音三首相が「答弁を撒回し、おわびする」と陳謝した。異例の事態と言えよう。
問題となったのは、1月29日の衆院予算委員会での発言だった。裁量労働制で働く人の労働時間について「平均的な方で比べれば、一般労働者より短いとのデータもある」と述べた。長時間労働になりかねない、といった批判が絶えない制度の導入にメリツトがあるとアピールしたかったに違いない。
ところが、データを引用した厚生労働省の調査の信頼性に疑義が生じた。労働時間の算出方法が、この制度で働く人と一般の労働者で異なっていた。これでは比べること自体に無理がある。データ集計時にミスがあった可能性も指摘されている。
歴代の厚労相の国会答弁でも同じデータが使われていたという。根は深いと言わざるを得ない。「あたかも裁量制なら労働時間が短くなるという印象操作的な答弁」。連合の神津里季生(りきお)会長が、政府を厳しく批判したのも当然だろう。
裁量労働制は今、弁護士などが対象の「専門業務型」と、企画や調査を担う事務系の 「企画業務型」の2類型に導入されている。働く時間や仕事の進め方を労働者の裁量に任せ、実際に働いた時間でなく、あらかじめ決めた分だけ働いたとみなして賃金を払う点が特徴だ。
人件費抑制につながるため、経済界には対象業務の拡大を求める声が強い。政府は2015年、営業職などに対象を広げる法案を国会に出した。しかし深夜や休日以外は割増賃金なしで「働かされ放題になる」といった批判が労働組合や野党にあり、審議は進まなかった。労働時間が長くなってしまうとの不安は以前から根強かった。
答弁を撤回したからといって、済ませるわけにはいかない。なぜ、こんなずさんなデータ処理がなされ、チェック機能も働かなかったのか。そもそも都合良くデータを利用しようという思惑はなかったのか。明らかにする必要がある。
加藤勝信厚労相は、このデータを精査した結果を19日に示す考えだが、関連法案は手直しせずに国会に出すという。データをまとめた厚労省はじめ政府の信頼が揺らいでいることに気付いていないのだろうか。
法案について、政府は問題になったデータだけを基礎にして作ったわけではないと、釈明している。一方で、制度導入により働く時間が短くなるという効果を示すデータは、ほかにはないことは認めている。
それどころか、厚労省所管の独立行政法人の調査では「裁量制の労働者の方が長時間労働の割合が高い」との結果だったという。これでは、懸念の声は増すばかりだろう。
政府があくまでも、この制度の対象拡大を目指すのであれば、労働者にはどんなメリツトがあるのか、少なくとも不利益にはならないことを客観的なデータで示すことが欠かせない。
政府が重点政策と位置付ける「働き方改革」の柱の―つである。制度の対象を広げる根拠となる客観的な裏付けがなくなった以上、実態把握からやり直すべきだ。曖昧なデータでは議論はできないはずだ。