安倍首相が、経済界から要求されている「残業代ゼロ」への執念の歴史は長く、第1次安倍政権時代に唐突に「ホワイトカラーエグゼンプション」という聞きなれないものを提起しました。当時は年収900万円以上の労働者には残業代を払わなくするというものでした。一旦導入されれば年収による区分は早晩なくなるだろうということは当時も言われていました。
さすがにそうした身も蓋もないことは口に出来ないので横文字で誤魔化すしかなかったのでしょうが、それがどんなに労働者を抑圧するものであろうとも、経済界の要求には真っ先に従うという習性は当時から健在でした。
そのときは、小泉政権がもたらした競争社会の弊害を是正すべく「セーフティ―ネットの構築」を旗印に登場しました。しかし所詮は新聞の見出し程度の認識しか持っていないので、今がそうであるように、単なるスローガンで終わって実際には何一つ実行されませんでした。
日刊ゲンダイが「過労死法案のデータ“ねつ造” 主犯は紛れもなく安倍首相」という記事を出しました。
この捏造問題のスタートは2013年6月の「日本再興戦略」で、そこで労働時間法制について早急に実態把握をし、秋から労政審で検討を開始することになりました。再興戦略の経済財政諮問会議、産業競争力会議、規制改革会議の所管はいずれも内閣府で、経済財政諮問、産業競争力の両議長は安倍首相でした。
安倍首相のやり方は、そうした経済財政諮問会議や産業競争力会議などで労働政策の方針を決め、それを閣議決定することにより労政審の機能を事実上骨抜きにするというものです。まず厚労大臣も労働者も入ってない産業競争力会議で裁量労働制の拡大を決め、それを閣議決定して厚労省に下ろして来ました。
しかし政策を進めるのに必要な「裁量労働制の労働時間の方が短い」というようなデータがあり得ないことは、事実上の裁量労働制下にある官僚自身が誰よりも熟知していることです。そのため、彼らとしてはどういう(デタラメな)調査方法にすればそれが得られるかを考え、実行した結果がいま国民の批判に晒されているシロモノというわけです。
安倍首相が自分の意思を貫くために、官僚や会議に有形無形の圧力を与える構図は、国家戦略特区諮問会議を経て閣議決定された加計学園の獣医学部新設問題とソックリだと日刊ゲンダイは述べています。
ところでこの意志の伝達は 首相 ⇒ 厚労相 ⇒ 厚労省局長 の間ではさすがに「こういうデータが欲しい」と述べて「忖度」させたのでしょうが、厚労省内部では勿論率直に議論されるわけです。その辺のところを、元経産官僚の古賀茂明氏が下記の記事中の「寸劇風『歴史的捏造データの作られ方』」のところで鮮やかに描写しています。
「働き方改革の捏造データの作られ方、教えます」 古賀茂明 AERA dot.
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過労死法案のデータ“ねつ造” 主犯は紛れもなく安倍首相
日刊ゲンダイ 2018年2月26日
(阿修羅文字起こし版より転載)
裁量労働制をめぐる厚労省のデータ“捏造”問題の疑惑は拡大する一方だ。もはや、安倍政権が今国会の目玉と位置付ける「働き方改革」は空中分解寸前。一刻も早く法案提出を断念するべきなのに、安倍首相や加藤厚労相は「準備をしっかり進めていきたい」などと突っぱね、法案提出に固執しているから、正気の沙汰じゃないだろう。
そもそも今回の問題は、裁量労働制の適用拡大で長時間労働や過労死が増える――という野党側の懸念に対し、安倍が反論答弁に使ったデータがインチキだったことがバレたのが始まりだ。安倍も、それを認めて謝罪、撤回したのに〈データを撤回すると申し上げたのではなく、精査が必要なデータに基づいて行った答弁を撤回した〉なんて意味不明な答弁をした揚げ句、オレは説明された資料を読んだだけ―――と、開き直りとも受け取れる説明を続ける姿は見苦しい限りだ。きのう(25日)のNHK日曜討論に出演した自民党の岸田政調会長も、「厚労省が悪い」みたいな口ぶりだったが、そうじゃない。今回の問題をめぐる“主犯”は紛れもなく安倍なのである。
■労政審の議論を形骸化させた安倍政権
裁量労働制の適用拡大を含む労働法制関連の議論は、経済財政諮問会議や産業競争力会議などを踏まえ、安倍政権が2013年6月14日に閣議決定した「日本再興戦略」がスタートだ。そこには〈企画業務型裁量労働法制をはじめ、労働時間法制について、早急に実態把握調査・分析を実施し、本年秋から労働政策審議会で検討を開始する〉とあり、同時期に閣議決定された規制改革会議の規制改革実施計画でも〈企画業務型裁量労働制やフレックスタイム制等労働時間法制の見直し〉が盛り込まれた。
経済財政諮問会議、産業競争力会議(16年9月廃止)、規制改革会議の所管はいずれも内閣府で、経済財政諮問、産業競争力の両議長は安倍だ。3会議とも財界関係者が委員に名を連ね、労働者団体の代表はほぼ皆無。何のことはない。最初から官邸と財界主導で結論ありきの議論が進められてきたワケで、安倍本人も“捏造”データの答弁直前に〈岩盤規制に穴をあけるには、やはり内閣総理大臣が先頭に立たなければ〉と威張っていた。だが、こうしたむちゃくちゃな形で進む労働法制議論に対し、猛反発していたのが日本労働弁護団だ。すでに17年3月には幹事長声明で、こう怒りの声を上げていた。
〈安倍政権は、これまで労政審(労働政策審議会)を事実上骨抜きにする方策をとってきた。経済財政諮問会議、産業競争力会議、規制改革会議などにおいて、労働政策の方針を決め、それを閣議決定することにより、労政審の外堀を埋めてしまうというやり方である。閣議決定の段階で、いつまでにどのような内容の改革を実施するかが決まっているため、労政審では、これらの閣議決定の枠内で議論せざるをえない。安倍政権は、労働者不在のままで労働政策を決定し、労政審の議論を形骸化することで、矢継ぎ早に様々な労働規制改革を実施しようとしてきた〉
きのうのNHKの日曜討論でも、立憲民主党の長妻昭議員は〈最大の問題は、首相官邸に設置した、産業競争力会議という厚労大臣も労働者も入ってないところでドーンと裁量労働制の拡大を決めて閣議決定でおろしてきた。そのひずみがデータ問題などの現実無視のものとして噴出している〉と指摘していたが、その通りだろう。労働問題に詳しい法大名誉教授の五十嵐仁氏はこう言う。
「安保法など独断専行の安倍政権はこれまでも散々、国民を騙すような手法を繰り返してきましたが、今回もそれが表れた。最も責任があるのは安倍首相なのに、ウソがばれても何の反省もなく、押し通そうとしているから言語道断です。今回の問題は働く人の命にかかわる。こんな強権的で非民主的なやり方を認めてはいけません」
データ偽装問題とモリカケ問題の背景に横たわる構図は同じだ
有識者と称する官邸直属の御用学者会議が「岩盤規制に穴をあける」「規制改革」の名の下に結論ありきで議論をまとめて閣議決定し、所管官庁でおざなりに審議する――。どこかで見た経過だと思ったら、安倍が議長を務める国家戦略特区諮問会議を経て閣議決定された加計学園(岡山理科大)の獣医学部新設問題とソックリだ。加計問題では、官邸サイドが文科省に執拗に設置認可を迫り、前川喜平前文科次官が「行政が歪められた」と批判したが、厚労省のデータ問題にも同じ構図が透けて見えるのだ。
つまり、官邸主導で裁量労働制の適用拡大が決まり、厚労省が労政審にアリバイ的に諮ったら、労働団体の委員から反対の声が続出。労働時間の細かなデータ提示を求められ、独法の労働政策研究・研修機構(JILPT)に調査を委託すると、裁量労働制の労働時間の方が一般労働者よりも長い結果に。しかし、厚労省は官邸の意向を酌んで、JILPTの調査結果を労政審に報告せずにインチキデータを使い続けた――という流れだ。
JILPTが調査報告書をまとめた2014年5月は、官邸が各府省の幹部人事を決める内閣人事局が発足した時期と重なる。厚労省が官邸の意向を“忖度”して政策立案を「歪めた」可能性は十分あり得るのだ。そして、その弊害は今も続いている。データ問題で矢面に立っている厚労省労働基準局の山越敬一局長は、JILPTが裁量労働制の労働時間を調査した時のJILPT理事で、同局ナンバー2の村山誠総務課長は、労政審にJILPTの調査結果をマトモに報告しなかった当時の労働条件政策課長だ。2人ともデータ問題の真相が分かっているのにダンマリ。森友問題でシラを切り続けた佐川国税庁長官と同じ。やはり、元凶は安倍なのだ。
■「労働は商品ではない」と国民も認識すべき
それにしても、なぜ、安倍政権は裁量労働制の適用拡大を景気対策のごとく宣伝し、一時は連合に擦り寄るという“禁じ手”を使ってまでも導入したいのかといえば、答えは決まっている。何が何でも労働コストを削減したい財界から猛烈な突き上げを食らっているからだろう。
23日付の日経新聞電子版は、今回のデータ問題を取り上げ、〈最悪のシナリオは06~07年の第1次安倍政権の労働改革の再来だ。経団連は脱時間給制創設を要望したが頓挫。一方で残業が一定時間を超えた社員に割増金を多く支払う内容が盛り込まれ、企業の負担増になった苦い経緯がある〉と報じていたが、これが大企業の“本音”なのだ。「働き方改革」なんて言っているが、あくまで大企業本位の「働かせ方改悪」。かつて年収400万円以上のホワイトカラーの残業代をなくすよう提言していた経団連の理想は、労働者全員を非正規にして残業代ゼロにしろ――なのだろうが、さすがにムチばかりではマズイからと安倍政権は「残業時間の上限規制」などのアメを抱き合わせしてゴマカしているだけ。法案さえ通せばこっちのもの、後は省令でやりたい放題になると踏んでいるのだ。
労働者保護の法律は、1802年の英国の工場法が最初とされる。産業革命期、資本家が労働者を低賃金で長時間酷使したため、劣悪な労働環境が社会問題化。資本家も労働者保護の観点が必要――と判断するに至ったのだが、安倍政権の時計の針は産業革命時代に逆戻りしているのだ。
埼玉大名誉教授の鎌倉孝夫氏(経済学)がこう言う。
「裁量労働制というのは簡単に言うと、すべてを労働者の自己責任でやってください、ということ。極論すると、労働者一人一人が独立した請負業のような形になり、(最悪の場合)企業は社会保険料も何も負担しないで済むかもしれません。企業にとって極めて使い勝手のいい雇用切り捨て策なのです。『同一労働同一賃金』も聞こえはいいが、年配であろうが扶養家族がいようが、一切無視して『同じ仕事だから賃金もこれだけ』という目的がミエミエです。まさに産業革命時代の資本家の思想と同じ。労働は商品ではありません。国民も労働とは何か、賃金とは何かを改めて考え直すべきでしょう」
労働者を奴隷に追い込む改悪制度が成長戦略の柱なんて、冗談ではない。