2008年にノーベル経済学賞を授与されたポール・クルーグマン氏は、1998年に『流動性の罠』と題した論文を発表し、日本に対してリフレ策を勧めました。
その理論を紹介し、安倍首相に金融の異次元緩和を決断させ、いわゆる「アベノミクス」に走らせたのが浜田宏一・東大名誉教授でした。「日銀が国債を大量に買ってマネーを増発すれば、それが需要の増加を生んで、デフレからは脱却でき、経済は成長に向かう」というものでした。
しかしご存じの通りアベノミクスが何の効果も上げなかった中で、クルーグマンは2015年10月に『日本再考(Rethinking Japan)』をニューヨークタイムズ紙に発表し、『流動性の罠』発表後17年が経過する中で、経済の状況が変わり不適なところも出てきたとし、「日本の潜在成長力が高まらないのは人口減少が原因であり、急激な財政拡張策は日本の政策にはなり得ない」ことを明らかにしました。
浜田氏もその後 日経新聞のインタビュー記事で、「私がかつて『デフレはマネタリーな現象だ』と主張していたのは事実」だとして、デフレ脱却には金融政策だけでは不十分だったことを認めました。
要するにアベノミクスの理論的支柱であった人物が、2年半も前に誤っていることを認めているのに、安倍政権はそれを受け入るどころか逆に加速してきたわけです。そして黒田日銀総裁の続投を決めてさらに推し進めようとしています。
政策が失敗であったのならそれを認めて修正するというのが当たり前の政治家ですが、潔さとは無縁の政権は、事態を更に深刻化させる方向に進もうとしています。
高野孟氏の永田町の裏を読む:「アベノミクスの後始末押しつける 黒田再任の日銀総裁人事」を紹介します。
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永田町の裏を読む
アベノミクスの後始末押しつける 黒田再任の日銀総裁人事
高野孟 日刊ゲンダイ 2018年2月22日
黒田東彦日銀総裁の再任が決まったことについて、マスコミが「実績を高く評価」(時事)、「経済の安定重視」(読売)、「市場に安心感」(朝日)などと歓迎の意を示しているのは異様な光景である。アベノミクスの大黒柱とされた「異次元金融緩和」は、すでに理論的にも政策的にも金融論としても、とんでもない大間違いだったことがはっきりしてしまったので、本当ならば黒田のクビを叩き切って国民におわびし、遅まきながらも政策転換を決行しなければならないが、それだと黒田だけでは済まず、安倍晋三首相もクビを差し出さなければならないから、とてもできない。
そこで、異次元緩和を続けていくようなフリをしながら微修正を重ねて何とか出口を探し出していくという面倒な仕事を誰かに押しつけなければならないが、こんな5年がかりの大間違いの後始末を引き受けてくれる奇特な人などいるわけがなく、どうにもならなくて、「もうイヤだ。辞めさせてくれ」と哀願している黒田に押しつけたのである。
アベノミクスの理論的基礎を提供したのは、ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマンで、その輸入代理業者である浜田宏一が、この「お札をドンドン刷れば人々は勘違いしてお金を使うから景気がよくなる」という珍理論を安倍に吹き込んだのが事の始まりであることは知られている。しかし、そのクルーグマンは1年半も前の2015年10月20日付のニューヨーク・タイムズ電子版で「日本再考」と題して「私の理論は日本では通用しなかった。その最大の理由は、日本の人口減少という構造要因による需要減を計算に入れていなかったことだ」という趣旨の告白をしたというのに、少なくとも日本の大マスコミでこれを、アベノミクスの大前提が崩壊した重大事件として報道したところは絶無だった。
安倍も黒田も、その時にすべてをクルーグマンのせいにして「ごめん、間違えた」と言ってしまえばよかったのに、その勇気がなかった。そこで失敗を糊塗するために、為替市場だけでなく債券市場も株式市場も事実上、官邸が管制塔となって日銀を手先に使って統制・管理するという、中国でもやっていない、やっているとすれば北朝鮮くらいかという市場機能停止の暴挙へと突き進んできた。
その後始末に黒田は次の5年間、苦しんだ揚げ句に失敗し、史上最低の総裁という烙印を得るだろう。が、安倍は5年後は総理総裁ではないから「俺の知ったことではない」というのがこの人事である。
高野孟 ジャーナリスト
1944年生まれ。「インサイダー」編集長、「ザ・ジャーナル」主幹。02年より早稲田大学客員教授。主な著書に「ジャーナリスティックな地図」(池上彰らと共著)、「沖縄に海兵隊は要らない!」、「いま、なぜ東アジア共同体なのか」(孫崎享らと共著」など。メルマガ「高野孟のザ・ジャーナル」を配信中。