2016年8月22日月曜日

事前通告がないと役に立たないミサイル防衛

 3日朝、北朝鮮が中距離弾道ミサイルを秋田沖に着弾させたとき、日本はその状況を把握せずに、何の対応動作も取りませんでした。これまで巨費(今年度予算を含めて1兆6000億円)を投じて構築してきたミサイル防衛システムは何の役にも立たなかったわけです。
 それに対して着任したばかりの稲田防衛相は4日、北朝鮮など弾道ミサイルを迎撃する態勢をとるため、新型の迎撃ミサイル「SM-3ブロックIIA」などの導入に向け、次年度予算経費を計上する考えを明らかにしました。まことに驚異的な迅速さですが、それで喜ぶのは大儲けができる米軍産複合体です。
 そんな脊髄反射的な単純さで良いのでしょうか。
 
 そもそも「ミサイル迎撃」というものは一体可能なことなのでしょうか。これについては「機関銃の弾丸をピストルで落とすことは所詮無理だ」という批判が早くから言われています。実に的確な比喩です。
 イージス艦搭載の迎撃ミサイルの標的模擬弾道ミサイルへの命中率は約80%と言われているということですが、軍事評論家の田岡俊次氏によれば、れは標的の発射地点、落下予定海面、発射の時間帯、標的の加速性能などがすべて分かっているからだということです。それではいつ、どこから、どんな弾道とスピードで襲ってくるかわからないミサイルに対する命中率とは言えません。実践時の命中率はそれよりも多分1桁落ちることでしょう。実際に、湾岸戦争の時にイラクが撃ち込むスカッドミサイルを迎撃するためにパトリオットミサイルをイスラエル側に設置しましたが、ほとんど迎撃できなかったと言われています。
 
 ダイヤモンドオンラインに載った田岡俊次氏の記事を紹介します。 
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平和ボケの極み!北朝鮮の事前通告がないと役に立たないミサイル防衛
田岡俊次 ダイヤモンドオンライン 2016年8月18日
秋田県沖に落ちた北朝鮮のミサイル
政府は全く対応できなかった
 8月3日午前7時53分頃、北朝鮮は同国南西部の黄海南道の殷栗(ウンリュル)付近から弾道ミサイル2発を発射した。1発目は発射直後爆発したが、2発目は北朝鮮上空を横断して日本海に向かい、約1000km飛行して秋田県男鹿半島の沖約250kmの日本の排他的経済水域内に落下した。
 
 日本政府がこのミサイルの発射を知ったのはそれが落下した後か直前と見られ、ミサイル防衛に当たるはずのイージス艦や、陸上の要地防衛用の「PAC3」ミサイル部隊に「破壊措置命令」は出されず、全国の市町村の防災無線、有線放送などを通じて警報を出すはずの「Jアラート」も役に立たなかった。ミサイル防衛には今年度予算を含め1兆5800億円が注ぎ込まれたほか、「Jアラート」にも消防庁が市町村に交付金を出し普及率は100%になっていた。
 防衛省は「北朝鮮から事前の通告がなかった」「移動式発射機から発射されたため兆候がつかめなかった」と釈明するが、人工衛星の打ち上げと違い、実戦用の弾道ミサイルは当然予告なしに発射されるし、先制攻撃で破壊されないよう自走式発射機に載せるのが一般的だ。日本のミサイル防衛は形だけであることを証明する結果となった。
 
 北朝鮮はこれまで大型ロケット「テポドン2型」などを使って人工衛星打ち上げを目指し、2012年12月12日と今年2月7日、小型衛星を地球周回軌道に乗せることには成功した。これは米戦略軍総合宇宙運用センターが確認している。衛星は2回とも故障した様子で電波を出していないが、ロケットの第3段が高度500km付近で水平方向に加速、周回軌道に物体を放出した飛行パターンは人工衛星打ち上げを狙ったとしか考えられない。軍用ミサイルならさらに上昇して頂点に達した後、放物線を描いて落下する。
 
「テポドン2」は全長30m、重量90tもの大型で、高さ67mもの固定式発射機の側で2週間以上かけて組み立て、燃料を注入して発射している。海岸近くの発射場で衆人環視の中、戦時あるいは緊張時にこんな悠長な作業をしていては航空攻撃などで簡単に破壊される。また北朝鮮は発射の前にその日時(幅がある)や第1段、第2段のロケットの落下予定地点を国際海事機関に通報していた。
 
 防衛省は従来その通報を受けて「破壊措置命令」を出しイージス艦を出港させたり、ミサイル防衛用の「パトリオット・PAC3」を防衛省の庭や沖縄の宮古島、石垣島などに展開したが、これは実は「ミサイル」に対する防衛ではなく、人工衛星打ち上げ用ロケットが不具合を起こして落下して来ることへの対策になりうる程度だった。現実には、ミサイル防衛に巨費を投じることが国民の安全を守る役に立つ、と宣伝し予算を確保するための行動の色が濃かった。
 
事前の通告がなかったから
対応できなかったという「平和ボケ」
 私は本欄などで、人工衛星打ち上げを「ミサイル発射」と政府が称して大騒ぎし、メディアもそれに乗る愚行をいましめ、真の脅威は自走発射機に載っている「ノドン」や「ムスダン」であることを説いてきたが、今回「ノドン」がノーマークに等しい状態で秋田沖に落下したことは、それを証明する結果となった。
 今回の「ノドン」の発射は午前7時53分頃で、約10分以内に男鹿半島沖約250kmの海面に落下したが、防衛省が「ノドン」発射の第1報を発表したのはその1時間以上後の9時8分で、落下地点も特定されていなかった。これまでの「テポドン2」による人工衛星打ち上げの場合には、防衛省で発射直後から刻々と飛翔状況の発表が行われ、通信衛星などを経由する「Jアラート」システムにより住民に屋内への退避を指示するなど警報が出されたが、今回はそのような動きは全くなかった。防衛省が「ノドン」の発射を知ったのは、多分それが落下した後だった様だが、それに到る詳細は公表されていない。
 ミサイル防衛の構想では、弾道ミサイル発射の際に出る大量の赤外線(熱)を赤道上空約3万6000kmを周回するアメリカの静止衛星がとらえ、その情報は07年に米空軍三沢基地に設けた「総合戦術地上ステーション」に入り、日本の「JADGE」(航空宇宙防衛警戒管制システム)に入力され、また横田基地の「日米共同統合運用調整所」や防衛省地下の「中央指揮所」、首相官邸の「危機管理センター」にほぼ同時に伝えられる。それに要する時間は1分程度のはずだった。
 北朝鮮で発射された弾道ミサイルは7、8分から10分程度で日本の目標に達するから、そうでないと迎撃や住民の避難が間に合わない。今回のように日本に向かったミサイルの第1報の発表まで1時間以上というのは論外だ。
 その理由として防衛省は「事前の通告がなかった。移動式発射機から発射され、兆候がつかめなかった」と言う。これは「平和ボケ」の極みで、実戦で敵が「これからミサイルを発射します。発射地点はここ、目標はこれこれ」と通告してくれることはない。防衛省は人工衛星打ち上げを「ミサイル発射」と呼んできたため、自らも「ミサイル発射とはこんなもの」とのイメージが染みついていたのかもしれない。日本のミサイル防衛は人工衛星打ち上げの監視には使えても、本物のミサイル発射に対しては役立たなかったのだ。
 しかも「ノドン」(北朝鮮の制式名「火星7号」)は1990年代に開発された旧式だ。全長16mもあり、重量16t余、10輪の自走発射機に搭載されるが、移動はかなり不便だ。液体燃料と酸化剤をむらなく充填するには直立させて注入する必要があると見られ、発射準備には1時間以上掛かりそうだ。射程はほぼ日本全土をおおう1300kmと推定され、発射機が約50基、ミサイルは約300基とされている。
 
野球のシートノック同然
「迎撃ミサイル命中」はまやかし
 一方、今年6月22日に初めて試射に成功した「ムスダン」(火星10号)は旧ソ連の潜水艦発射ミサイル「SSN6」を基礎にしたものだけに全長12.5m、重量12tと小型で、液体燃料を填めたまま相当長期間待機が可能だ。12輪の自走式発射機に載せてトンネルに隠され、出て来て約10分で発射可能とされる。射程は3000km以上でグアムに届くと見られる。旧式の「ノドン」に対応できないのなら、「ムスダン」の迎撃はさらに困難だ。
 政府は今回の失態に鑑み、これまでの人工衛星打ち上げの際のように、事前通告や、衛星写真などの兆候を確認してから「破壊措置命令」を出すのではなく、常時この命令を出した状態にし、イージス艦や「PAC3」を配置についたままにすることにした。
 イージス艦は6隻あるが、弾道ミサイルに対応できる射撃統制システムを持つのは4隻しかなく、他の2隻はその能力を付けるため改修中だ。軍艦は常に4分の1はドックに入るなど整備・点検中で、その後再訓練をしたり、往復にも日数を要するから、4隻中1隻を常に日本海に配置するのは容易ではない。
 イージス艦は2007年12月17日、1番艦「こんごう」(満載時9500t)がハワイのカウアイ島沖で、同島から発射された標的の模擬弾道ミサイル撃破に成功して以来、約80%の命中率を示している。だが、これは標的の発射地点、落下予定海面、発射の時間帯、標的の加速性能などがすべて分かっていて、それらのデータをイージス艦の射撃統制システムに入力して待ち構えているのだから実戦とは全く違う条件だ。まるで「センターフライ行くぞ」と叫んで球を受けさせるシートノックと同様だ。
 自走式の発射機に載せて移動し、隠れているミサイルの発射の兆候を事前につかむのは極めて困難だ。偵察衛星は時速約2万7000kmで、1日約1回世界各地の上空を一瞬で通過するから、固定目標の撮影はできても、移動目標の探知、監視はできない。静止衛星は約3万6000kmの高度だからミサイルは見えず、発射の熱を感知するだけだ。エンジン付きグライダーのような無人偵察機を旋回させておけば撮影は可能だが、北朝鮮全土で常に細密に捜索するには多数が必要だし、領空侵犯だから撃墜されても文句は言えない。
 予兆なしに、イージス艦のレーダーや、弾道ミサイルの探知ができる航空自衛隊の巨大な「FPS5」レーダー(高さ35m)、――下甑島(鹿児島)佐渡(新潟)大湊(青森)与座岳(沖縄)に配備――で、弾道ミサイルの発射を見張ろうとすれば、秒速2km程度の中距離ミサイルが相手だけに、数秒の遅れも許されない。当直は交代すると言っても、24時間、365日大変な緊張を強いられる。予兆が無い場合には迎撃要員の疲労が激しく、迎撃ミサイルの命中率は予兆がある場合の半分以下になる、とも言われる。米国の静止衛星がミサイル発射の熱を捉えて伝えてくれるなら、少しの余裕は出るにしても、それに素早く反応するために全く気が抜けない。
 
自暴自棄の相手には
「抑止」は通用しない
 日本は2004年度から今年度までに計1兆5800億円をミサイル防衛に費やした。今年度は2244億円で、8隻目のイージス艦建造費1625億円が含まれる。それが今積んでいる迎撃用ミサイル「SM3ブロックIA」は1発約16億円だから、1隻に8発しか積んでおらず、不発や故障もあるから1目標に対し2発を発射するから弾道ミサイル4発にしか対応できない。現在日米共同開発中の「SM3ブロック2A」の価格はその2倍にはなりそうだ。航空自衛隊が持つ「パトリオット・PAC3」は射程が僅か20km以下で1地点しか守れないが、それでも1発8億円程だから、例えば関東地方には8輌の発射機があり、各4発しか積んでいない。弾道ミサイルを多数発射されればお手上げだ。
 自衛隊の高官の中にも「ミサイル防衛は国民の気休め程度」と言う人もいた。このため「相手がミサイルを発射しそうなら、先に攻撃して破壊すべきだ」との論を唱える将官もいた。この人と話してみると、弾道ミサイル発射と人工衛星の打ち上げを混同して、実戦用ミサイルも北朝鮮東岸の無水端の固定発射台から撃つと思っていた。私が「ミサイルは移動式の発射機に載せてトンネルに隠れているから、どこにあるか分からない。どうやって狙うのですか」と聞くと「偵察衛星で分かりませんか」と言う。偵察衛星は時速約2万7000kmで北朝鮮上空を1日1回通るだけ、と説明すると「自衛隊には偵察衛星がないからよく知らなかった」と驚いていた。
 北朝鮮の核・ミサイルに対しては、もし攻撃をすれば激しい報復攻撃を加える「抑止戦略」も考えうる。だが、今日でも北朝鮮が韓国や日本、そこにある米軍施設などを攻撃すれば、圧倒的に優勢な韓国軍、米軍の通常攻撃でも潰滅するのは必至で、抑止は一応効いている。米軍は北朝鮮に対して核を使うと統一後の韓国による再建に支障が出たり、放射性降下物が風向きにより韓国、中国、ロシア、日本に降るから、なるべく精密誘導の通常兵器で片を付けたいようだ。
 
 ただ「抑止」は相手が利害を計算する合理的判断力を持っていることを前提としている。崩壊が目前に迫るなどで、自暴自棄の「死なばもろとも」の心境になった相手には通用しない。
 北朝鮮の無法な行動は腹立たしいが、つとめて現実的に考えれば、中国が取ってきた「生かさず殺さず」政策しか手はないのではないか、と考えざるをえないのだ。