植草一秀氏が、民進党は分裂すべきだと述べ、分裂した場合にどうなるかについて考察しました。
そこでは一種「思考実験」的な大胆な論理が展開されています。
それは党派性を持つ人たちには簡単に受け入れられないかも知れませんが、現時点における「真理」であるように思われます。
そこでは一種「思考実験」的な大胆な論理が展開されています。
それは党派性を持つ人たちには簡単に受け入れられないかも知れませんが、現時点における「真理」であるように思われます。
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民進党の「水と油」分離が本格化し始めた
植草一秀の『知られざる真実』 2017年9月 9日
(阿修羅 赤かぶ投稿 より転載)
民進党から新たな離党者が出る模様だ。
森友問題で首相から辞任発言を引き出した福島伸享議員も離党の意向を示している。
離党者はすでに新党設立を視野に入れている若狭勝氏や細野豪志氏などによる、いわゆる「小池国政新党」と合流するものと見られる。
前原民進党の路線が明確にならないことに対して見切りをつけての離党ということになるだろう。これはこれでもっともなことである。
民進党の最大の問題は、ひとつの政党内に、完全に異質な二つの政治勢力が同居している点にある。そのことの、どこに問題があるのかと言えば、これでは、主権者が民進党を選択しようがないという点にある。
政党は共通の政治的目的を持つ者によって組織される団体であり、特定の政策、あるいは政策方針の実現を目指すものである。特定政策、政策方針を明示することにより、主権者は政党を支持し、議席を増大させることにより、求める政策、政策路線を実現できることになる。
しかし、ひとつの政党でありながら、政策や政策路線が明確でない、あるいは、複数の政策、政策路線が並存するなら、政党として機能することは困難である。この根本的な矛盾がありながら、その矛盾の解消に努めていないことが、民進党の最大の欠陥、最大の欠点なのである。今回の代表選では、このことが改めて浮き彫りになった。
その意味で、代表選を実施した意味はあったと言える。問題は、それにもかかわらず、前原氏や枝野氏が、その矛盾に対して適正な対応を示さなかったことだ。
民進党内にある二つの路線は、主権者が直面する根本的な政治問題、政治の主要テーマにかかわる問題についての路線対立である。
原発稼動を認めるのかどうか。
戦争法制=集団的自衛権行使を容認するのかどうか。
消費税増税を容認するのかどうか。
こうした最重要の、そして、根本的な政治課題について、民進党内に正対する二つの主張、路線が存在する。それが集約的に表れるのが野党共闘問題である。
昨年7月の参院選では32の1人区で共産党を含む野党共闘を成立させた。その結果、野党が11勝21敗の結果を得た。
勝利とは言えないが、野党共闘を成立させていなければ、さらに大幅な大惨敗を喫していたのであるから、野党共闘は議席を獲得する上で有効な効果を発揮した。
しかし、民進党のなかに、共産党との共闘を否定する勢力が存在する。上記の原発、憲法=戦争法、消費税との関わりで言えば、原発容認、戦争法容認、消費税増税容認の政策主張を持つ者が、共産党との共闘に否定的な見解を示している。
前原氏は代表選で共産党との選挙共闘を見直す方針を示唆したが、党内に共産党との選挙共闘に肯定的な勢力が存在することを踏まえて、あいまいな対応を示している。
今回、離党の方針を固めた議員は、この不明確さに対する抗議の意思を込めて離党に踏み切るのだと思われる。
二つの正対する政治路線を、あいまいなまま一つに束ねようとする点に無理がある。
路線の相違が明確である以上、その正対する路線に沿って、党を分割することこそ、賢明な対応であると言える。
民進党は
原発容認・集団的自衛権容認・消費税増税容認で、自公路線とも協調し得る勢力 と
原発非容認・集団的自衛権非容認・消費税増税非容認の、反自公路線の勢力
とに分離するべきだ。
重要なお金の問題があるが、これは、分離する議員数に比例して分割するべきである。
この問題は、そのまま連合にもあてはまる。連合傘下の労働組合も二つに分かれるべきだ。
分かれる基準は上記の三つの問題に対する路線の相違である。
御用組合連合は、基本的に 原発容認・集団的自衛権容認・消費税増税容認 であり、自公または自公類似勢力の支持勢力になるべきだ。
民進党のかなりの部分が自公に類似した、いわば「第二自公勢力」を形成することになるだろう。
日本の支配者は、日本の政治状況を自公と第二自公の二大政党体制に移行させて、わずかな隙間を、ガス抜き勢力としての共産党に担わせることを目論んでいると思われる。
多くの人が、自公と第二自公による二大政党体制が現実的な選択であると考えているように見える。しかし、本当にこれが望ましい日本の政治体制であると言えるのだろうか。
私はそう思わない。なぜなら、国民の多数がいま、安倍政治に対峙する政治路線を求めていると思われるからだ。
原発非容認・集団的自衛権非容認・消費税増税非容認の、反自公路線を求める主権者が圧倒的に少数ということなら、自公と第二自公による二大政党体で問題はないだろう。
しかし、この主張を持つ主権者は決して少数でない。
これと正対する主張を持つ勢力に比肩する程度の大きな勢力であると私は判断する。
現時点の議席数だけ見ると、この勢力は小さな勢力であると勘違いしてしまいやすいが、主権者全体の意思の分布を見れば、極めて広範に広がる巨大な勢力であると思われる。
民進党が政治思潮、政策理念に従って二つの異なる政治勢力に分離することは、決して愚かな選択ではない。これこそ、主権者の意思を踏まえた賢明な行為である。
自公と類似した政策方針を示す勢力が、小池国政新党として立ち上がることは順当な流れになるだろう。
他方、安倍政治に明確に対峙する政策路線を示す勢力は、他の考えを共有する政治勢力と連帯して、ひとつの政治勢力を確立するべきである。
共産党は柔軟に対処し、党名変更を受け入れて、大きなひとつの政治勢力「たしかな野党」を構築することを受け入れるべきであると思う。ただし、意思決定には多少の時間を要するかもしれない。
このとき、日本には三つの有力な政治勢力が誕生することになる。自公と第二自公、そして「たしかな野党」である。
このときに、何が起こるのかを冷静に考えるべきだ。
衆議院総選挙は小選挙区を基軸に実施される。小選挙区制の特徴は当選者がただ一人生み出される仕組みである。政策が類似した自公と第二自公が共に候補者を擁立し、これに対峙する「たしかな野党」勢力がただ一人の候補者を擁立する。
票の分散が生じるのは、自公と第二自公の側になるのではないか。
原発非容認・集団的自衛権非容認・消費税増税非容認の、安倍政治に対峙する勢力が、この選挙でも多数議席を獲得できないなら、そのときは、その結果を甘んじて受け入れるしかない。
民主主義の根幹に多数決原理が置かれているのであり、この考え方に賛同する主権者が少数であるなら、その政策を民主主義政治の下で実現することに根本的な無理があるということになるからだ。
しかし、上記の主張、政策方針に賛同する主権者が多数存在するなら、この政治勢力が議会多数議席を占有することになる。その場合には、政権を樹立して、その理念に沿う政策を実行すればよいのである。
大事なことは、政策を基軸にして政党分化が進むことである。
政策理念、政策方針が真逆である勢力が、ひとつの政党として行動することが、すべての不幸の原因なのである。不幸の原因である「矛盾」を取り除くこと。これが何よりも重要である。
民進党にその行動力がないなら、民進党に代わって、主権者が動くしかない。
主権者が明確な政策の基軸を定めて、その政策と整合的な公約を掲げる候補者を、各選挙区にただ一人ずつ擁立してゆくのだ。本来は政党が担うべきことを、主権者が主導して実現する。
共産党の候補者が最善であれば共産党候補を主権者の統一候補に定める。共産党以外の候補者が最善である場合には、その候補者を主権者の統一候補に指名する。共産党には候補者の取り下げを求める。
主権者が各選挙区に主権者統一候補をただ一人指名し、その候補が当選できるよう、主権者の連帯、大同団結を呼びかける。このような主権者主導、市民主導の選挙を実践する必要があるだろう。
民進党には速やかな党の分割を求めつつ、しかし、いつまでも待つわけにもいかず、主権者主導の行動を直ちに始動させる必要がある。