2017年9月18日月曜日

「北朝鮮制裁案」で上滑りした安倍首相は軽率で滑稽

 米国が示した北朝鮮制裁の原案は石油の全面禁輸、北朝鮮国外労働者の雇用禁止、金正恩の資産凍結、承諾なしの船舶の臨検など極めて厳しいものでしたが、実際に11日に全会一致で採択された制裁決議は、「原油の輸出は過去1年間の実績以下」「石油精製品輸出は年27万トン以下」「船舶の検査は船籍国の同意を得て行う」などで、遥かに緩められたものでした。
 勿論中国などが必死に米国を説得したからですが、北朝鮮を窮地に追い込めば一触即発の可能性が高まり、そうなれば北朝鮮だけでなく韓国、日本にも途方もない被害が及ぶからでした。ヘイリー米国連大使は「今回の決議はトランプ大統領と中国の習近平国家主席の間で築かれた強い関係がなければ成し得なかった」と述べたということで、さすがに大国はその辺の落としどころは弁えています。
 
 そうなるとひたすら強硬路線を主張した安倍首相の幼稚さが目立つばかりです。安倍氏こそが戦災当事国の立場から中国の習近平氏のように米国を説得すべきだった筈です。
 軍事評論家の田岡俊次氏は、「戦争になる危険を知らないように、ひたすら厳しい制裁を求めて回った安倍首相や外務省の行動は軽率、滑稽である」としてそれと逆の姿勢を取った中国は米国に感謝され強い関係を裏付ける結果となった」と述べています。
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骨抜き北朝鮮制裁 安倍首相と外務省は軽率で滑稽だった
日刊ゲンダイ  2017年9月17日
 北朝鮮が9月3日に水爆実験を行った翌日、国連安全保障理事会緊急会合でのヘイリー米国連大使(インド系女性、強硬右派でトランプ氏のお気に入り)の演説をCNNで聴いて迫力を感じた。
「(北の核開発が始まって以来)この24年間、徐々に制裁を強めてきたが無駄だった。もうたくさんだ」として最も強力、決定的な制裁を求めた。これまで8回の制裁決議が北朝鮮の核・ミサイル開発を阻止できなかったのは事実だから、彼女の叫びにも一理はあった。
 6日に米国が示した制裁案は石油の全面禁輸、北朝鮮国外労働者(推定9万人余)の雇用禁止、金正恩委員長の資産凍結と渡航禁止、承諾なしの船舶の臨検、など極めて厳しかった。
 ところが、米国はそれをほとんど骨抜きにする修正案を10日、安保理メンバー国に示し、11日にそれが全会一致で採択された。「原油の輸出は過去1年間の実績以下」「石油精製品輸出は年200万バレル(27万トン)以下」「国外労働者の新規雇用には安保理の許可が必要」「船舶の検査は旗国(船籍を置く国)の同意を得て行う」などで、金正恩氏への制裁には触れていない。原油供給を減らさないのは「おまえはクビだ!」と怒鳴ったあと、「基本給は従来通り」と言うような形だ。

 ヘイリー大使は「今回の決議はトランプ大統領と中国の習近平国家主席の間で築かれた強い関係がなければ成し得なかった」と安保理で述べた。
 石油の全面禁輸をすれば北朝鮮に致命的で、自暴自棄になりかねない。日本の南部仏印(南ベトナム)進駐に対し、米国が1941年8月に石油禁輸をしたため、日本が「800万トンの石油備蓄が尽きて降伏するよりは」と真珠湾に打って出たのと似た状況になる可能性があった。中国は必死で米国説得につとめ、当初の米国の制裁案には拒否権を行使する構えを示した

 米国防長官マティス海兵大将(退役)、大統領首席補佐官ケリー海兵大将(同)、安全保障担当官マクマスター陸軍中将(現役)ら軍人も、北朝鮮に武力行使をして、1953年以来休戦状態にある朝鮮戦争が再燃すれば、北朝鮮だけでなく韓国、日本にも途方もない被害が及ぶから慎重で、大統領に現実を説いた。
 今回、北朝鮮が実験した威力160キロトン(爆薬16万トン相当)の水爆の「熱効果」は半径約4.5キロ以内で全員を死亡させ、約6・5キロ以内で「第2度火傷」(皮膚の30%以上に及べばすぐ治療しないと致命的)を生じさせる。もし都心に落ちれば6.5キロ圏内の人口は200万人、昼間ならさらに多い。その半数は死亡する計算になる。それ以外に放射性降下物の犠牲者も出る。

 これを考えれば、戦争になる危険を知らないように、ひたすら厳しい制裁を求めて回った安倍首相や外務省の行動は軽率、滑稽で、それと逆の姿勢を取った中国は米国に感謝され、「強い関係」を裏付ける結果となった。安倍首相は12日「格段に厳しい制裁決議が迅速に全会一致で採択されたことを評価する」と語ったが、予期に反し、北朝鮮を追い詰めないよう、大幅に後退した制裁案を米国が出し、それが9回目の安保理決議となったことで大ヤケドした体面をなんとか保とうと努めているように聞こえる

  田岡俊次  軍事評論家、ジャーナリスト
1941年生まれ。早大卒業後、朝日新聞社。米ジョージタウン大戦略国際問題研究所(CSIS)主任研究員兼同大学外交学部講師、朝日新聞編集委員(防衛担当)、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)客員研究員、「AERA」副編集長兼シニアスタッフライターなどを歴任。著書に「戦略の条件」など。