東京新聞が、いま話題の金融庁の報告書「高齢社会における資産形成・管理」の概要を上・中・下3回のシリーズで報じました。
平均的な年金を貰える夫婦2人が退職後30年間を生きるには2000万円(現在41歳未満の人たちの場合は3600万円)不足するというのは、ウソでも偽りでもありませんが、そんな大金を貯蓄できる人たちは殆どいません。その対策として金融庁が投資で稼げというに至っては絶句ものです。
報告書の原文(下記 PDF)は金融庁のホームページに掲載されています。
金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」
金融審議会市場ワーキング・グループ「高齢社会における資産形成・管理」報告書参考資料(案) https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/market_wg/siryou/20190522/02.pdf (P19)
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<「消された」報告書を読む>
(上)老後2000万円 要介護なら1000万円追加
東京新聞 2019年6月15日
金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループ(WG)が今月三日公表した報告書「高齢社会における資産形成・管理」。そこで示された「老後に二千万円の蓄えが必要」との試算は、どうはじき出されたのか。
根拠となったのは、総務省の二〇一七年家計調査にある夫六十五歳以上、妻六十歳以上の夫婦のみの無職世帯の平均的な収支。提示したのは公的年金制度を所管する厚生労働省だ。
厚労省は、年金など社会保障給付が中心の収入と、食料、住居、医療などへの支出に月約五万五千円の差額があることをWGに資料で示した。報告書はこの差額を「赤字」とみなした。一年で六十六万円、三十年なら千九百八十万円になる。この単純なかけ算を基に、老後に預貯金などの金融資産が二千万円程度必要になると導き出した。
必要な蓄えは、これだけでは済まない。報告書は、介護が必要になった場合などの費用の平均額を「二千万円」の試算に含めなかったと明記している。
報告書の参考資料では、高齢者が要介護になった場合の費用が最大一千万円と紹介。ほかにも住宅のバリアフリー化などに伴うリフォーム費用は約四百六十五万円、亡くなった時の葬儀費用は約百九十五万七千円と見積もっている。
四月のWGの議論でも、民間委員から、年金給付水準の将来的な低下を踏まえると「月々の赤字は十万円ぐらいになるのではないか」との見方が出ていた。
報告書をきっかけに、老後の生活資金不足と年金制度への不安が表面化した。国民の関心は一気に高まる中、政府は正面からの議論を避けている。
安倍晋三首相は二千万円の試算を「不正確であり、誤解を与えるものだった」と主張。麻生太郎副総理兼金融担当相は、報告書の受け取りを拒否した。「これまでの政府の政策スタンスと異なる」とする。だが、そもそも月約五万五千円の差額は、厚労省が以前から示していた。麻生氏の説明とは矛盾する。
法政大の小黒一正教授(公共経済学)は「報告書で示された問題意識に誤りはない。政府は、厳しい現実を直視した上で、今後の社会保障制度をどう設計していくかを議論すべきだ」と指摘する。(中根政人)
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「老後二千万円」を盛り込んだ報告書を、安倍政権は参院選に不利な材料として、存在すらしないものにしようと躍起だ。政権によって消された報告書が投げかけたものは何なのか。三回連載で読み解く。報告書の全文は金融庁ホームページに掲載されている。
<「消された」報告書を読む>
(中)年金給付水準「調整」 実質は「低下」表現修正
東京新聞 2019年6月16日
老後に公的年金以外で二千万円の蓄えが必要と試算した金融庁金融審議会の報告書は、将来の公的年金の給付水準について「今後調整されていくことが見込まれている」と記した。先月二十二日に示された当初の報告書案には、給付水準について「中長期的に実質的な低下が見込まれている」と「低下」の文字があったが、最終的に「調整」に修正した。
「調整」とは、現役世代が支払う保険料の上限を定め、現役世代人口の減少や平均余命の伸びに応じ給付水準を徐々に引き下げる「マクロ経済スライド」という仕組みを指す。年金制度を維持するための仕組みだ。
厚生労働省が二〇一四年に公表した年金の財政検証では、この「調整」の結果、年金給付水準は約三十年後の四三年度まで下がり続ける見通しを示した。
財政検証によると、現役世代の平均手取り収入に対し、夫婦で受け取ることができる年金額の割合を示す「所得代替率」は、一四年度に62・7%だったが、その後は二〇年度が59・3%、四〇年度が51・8%、四三年度の50・6%まで低下することを示した。
修正前の報告書案に記された「実質的な低下」という表現は、こうした試算に合致する内容だ。
当初の報告書案には、この他にも年金の給付水準を巡り「今までと同等だと期待することは難しい」「今後は公的年金だけでは満足な生活水準に届かない可能性がある」などの厳しい表現が並んでいた。
みずほ証券の末広徹氏は、報告書の表現が当初案から変更されたことについて「国民が萎縮しないようバランスを考えて調整したと思うが、給付水準が実質的に低下するとの見通しは厚労省の財政検証の結果なので、ストレートに伝えるべきだった」と指摘する。
また末広氏は、年金財政の負担と給付に関する正面からの議論を、政府が避けようとする傾向について「今回もうやむやにして先送りすれば、次に年金問題が注目された時は、この程度のショックでは済まないだろう」と懸念する。 (坂田奈央)
<「消された」報告書を読む>
(下)「自助の充実」指摘 投資促進は政権の方針
東京新聞 2019年6月17日
年金制度への不安を招いたと批判され、事実上の撤回に追い込まれた金融審議会「市場ワーキング・グループ(WG)」の報告書が提起したのは、「人生百年時代」とも呼ばれる長寿化の進展を踏まえて自らの資産を計画的に運用・管理する重要性だ。「貯蓄から投資へ」の流れを促したい安倍政権の方針とも合致する。
本文の結びには、こんな記述がある。「寿命が延び活動し続けるということは、それだけお金がかかるということ」
WGは「お金」を巡る現状や見通しについて、公的年金の給付水準が下がっていくとみられることや、企業の退職金が減っていることなどを指摘。一人一人が早い段階で資産運用を始める「自助の充実」の必要性を説き、政府には投資優遇税制の拡大を求めた。
記述が投資に偏っているのは、麻生太郎金融担当相からの諮問事項が「家計の安定的な資産形成」だったことによる。報告書が「三十年で約二千万円の(資産)取り崩しが必要」とした公的年金に関する記述は、「老後の生活で足らざる部分」として提示したデータにすぎない。
その報告書が年金制度の持続性を否定していると受け取られると、政府・与党内からは「政策議論の材料として取り上げるには値しない」(自民党の岸田文雄政調会長)などと批判が相次いだ。だが、盛り込まれた内容に安倍政権の方針との目立った齟齬(そご)はない。
投資促進では、二〇一四年から少額投資非課税制度(NISA)を導入し、その後も未成年向けの「ジュニアNISA」、少額・長期の「つみたてNISA」を創設したことを紹介。「今後より一層の制度周知」の必要性を訴えている。
背景には「極端に現預金に偏っている」(麻生氏)個人金融資産をはき出させ、経済活性化を図りたい狙いがある。実際、安倍政権の一六年の経済対策では「家計の『貯蓄から資産形成へ』という流れを政策的に後押し」と明記している。
公的年金に関しても、報告書は「老後の収入の柱」だと説明しており、菅義偉(すがよしひで)官房長官が「老後の生活設計の基本であるという、これまでの政策スタンスと異なる」と述べるほどの食い違いはない。
与野党とも「赤字」と表現された毎月の収支差を問題視しているが、安倍晋三首相は一八年二月の衆院予算委員会で「基礎年金だけで全て必要なものを賄うことは難しい。蓄えを含め、万全な老後が可能となるよう努力していきたい」と答弁。政府として、年金で生活費を全額カバーすることを想定していないと認めている。 (生島章弘)