2019年6月30日日曜日

公開日にも確たる意図 映画「新聞記者」なぜリスク取った

 東京新聞社会部の望月衣塑子記者の著書を原案にし安倍政権に渦巻く数々の疑惑や官邸支配に焦点を当てた映画「新聞記者」が、28日に公開されました。政権批判が明確なこの映画が官邸からは目の敵にされているのは間違いありません。
 
 製作者は、上映を少数の映画館で規模でやると逆に潰されてしまいかねないことから、全国150館規模で一斉に公開するということです。覚悟のほどが分かります。
 横暴を極める官邸の威光に社会全体が萎縮する中、なぜリスクを取ったのか。日刊ゲンダイがエグゼクティブプロデューサーの河村光庸氏にインタビューしました
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注目の人 直撃インタビュー  
公開日にも確たる意図 映画「新聞記者」なぜリスク取った
日刊ゲンダイ 2019/06/29 10:14 
 参院選(7月4日公示―7月21日投開票)が迫る中、安倍政権に渦巻く数々の疑惑や官邸支配に焦点を当てた社会派サスペンス映画が28日に公開された。東京新聞社会部の望月衣塑子記者の著書を原案にした「新聞記者」だ。
 
 企画始動から2年弱。現在進行形の政治事件をモデルにした作品の上映は異例だ。官邸が巧妙に仕掛ける同調圧力によって社会全体が萎縮する中、なぜリスクを取ったのか。エグゼクティブプロデューサーの河村光庸氏に聞いた。
 
 ――参院選目前の公開です。あえて、このタイミングにブツけたのですか。
 政治の季節をもちろん意識しています。たくさんの人に見てもらいたいので、参院選を狙いました。この6年半で民主主義的な政党政治は押しやられ、官邸の独裁政治化が相当に進んでいる。自民党員でさえも無視されている状況です。にもかかわらず、安倍政治を支えている自民党員、忖度を強いられている官僚のみなさんには特に見てもらいたいですね。単館上映で小さくやると逆に潰されてしまいかねないので、全国150館規模で公開します
 
 ――製作のきっかけは?
 かなり前から政治がおかしい、歪んでいると感じていたのですが、異常だとまで思うようになったのは2年ほど前。伊藤詩織さんが告発した事件がきっかけです。
 
 ――安倍首相と親密な関係にある元TBSワシントン支局長の山口敬之氏に持ち上がったレイプ疑惑ですね。詩織さんの訴えで警察が動き、山口氏は帰国直後に成田空港で逮捕されるはずが、執行直前に逮捕状が取り下げられた。
 逮捕状取り下げなんて、通常はあり得ないでしょう。官邸は身近な人間や取り巻きを守るために警察まで動かすのかと。衝撃でしたね。この国では警察国家化も進んでいる。官邸を支える内閣情報調査室(内調)が公安を使ってさまざまな情報を吸い上げ、官邸はそれを政敵潰しに利用しています。
 加計学園疑惑をめぐり、「あったことをなかったことにはできない」と告発した前川喜平元文科次官の出会い系バー通いが官邸寄りの新聞にリークされたり、昨年9月の自民党総裁選で対抗馬に立った石破茂さんの講演会に内調職員が潜り込んで支援者をチェックしたり。この作品で内調を取り上げたのは、安倍政治の象徴であると同時に、最も触れられて欲しくない部分ではないかと感じたからです。
 
 ――望月記者の著書が原案ということで配役が注目されましたが、ヒロインは日本人の父親、韓国人の母親を持つ米国育ちという設定。実力派女優として知られる韓国のシム・ウンギョンさんが演じていますね。
 この2、3年間で現実に起きた問題を生々しく展開したかったので、当初はリアルな事件をリアルに描こうと思い、実名を使うことも考えたのですが、そうすると作品としての広がりがなくなる。個人史としてではなく、テーマとして官邸支配とメディアの萎縮を扱いたかった。映画ならではの表現の自由を生かして普遍性を持たせたかったので、フィクション仕立てにしました。
 一方で、現実にリンクしたリアルなイメージを出すために、望月さん、前川さん、朝日新聞の南彰記者(新聞労連委員長)、元ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラーさんの4人が安倍政権の実態や報道のあり方について議論している映像を劇中で流しています。
 
 映画の設定としては、男女が出てくると作品が盛り上がるし、観客の期待値も上がる。ですが、どうしても恋愛関係の進展も期待されてしまう。その点で、シム・ウンギョンさんは男女関係という枠組みを乗り越えられる女優で、役柄にぴったりとハマった。記者と官僚の緊張感を豊かな表現力で演じてくれました。
 
「干されるかも」オファー固辞が相次ぐ
 
 ――内調に出向中のエリート官僚に扮した松坂桃李さんは〈「こんな攻めた映画を作るのか!」という純粋な驚きがありました〉とコメントしていましたが、キャスティングでご苦労は?
 役者のキャスティングは実はそうでもなかったのですが、スタッフ集めが難しかったですね。「テレビ業界で干されるかもしれない」と断ってきた制作プロダクションが何社もありましたし、「エンドロールに名前を載せないでほしい」という声もいくつか上がりました。映画館や出資者など協力してくれた人たちは口には出しませんが、いろいろと風当たりがあったと思います。僕自身は圧力を感じたことはありませんが。
 
 ――藤井道人監督にも一度はオファーを断られたそうですね。
 監督は32歳。新聞をまったく読まない世代で、政治にも関心がなかった。それで、「民主主義国家で生きている以上、政治とは無縁ではいられない。一人一人の生身の生活と政治は切り離せない。政治から遠ざかれば、民主主義からも遠ざかる」というような話をしたんです。「上から目線ではなく、若者の視点から映画を撮ったら面白いとは思わないか。やってみないか」と。
 すると、監督は俄然ヤル気を出して、東京新聞の購読を始めて、モーレツに政治の勉強を始めた。国民が何も知らなければ、権力によって意のままに分断されてしまう。そこに「政治に無関心」の怖さがある。そうしたことが政治による同調圧力に屈してしまう下地になっていることを監督は悟ったんです。うれしかったですね。
 
 ――芸能界にも政治を忖度する雰囲気が広がっているのですか。
 毎年恒例の首相主催の「桜を見る会」があるでしょう。官邸は芸能人や文化人をたくさん招待している。彼らの間では、呼ばれることが一種のステータスのような雰囲気が出来上がっていますよ。官邸はSNSを通じたイメージ戦略にも非常に長けていますよね。安倍首相は若者に影響力のある芸能人には積極的に会い、彼らはその様子をツイートする。思想的に近い文化人もうまく利用して、安倍政治に都合の良い色に社会を染め上げている印象です。
 
 ――官邸自身も「安倍首相スゴイ!」と言わんばかりの動画を量産し、SNSでバンバン発信しています。
 野党に比べ、実にしっかりとマーケティングができています。それと、安倍政権は2つの要素を使い分けている。来年の東京五輪開催への期待や、新元号「令和」の祝賀を利用したお祭りムードによる国威発揚。非常事態が継続しているという雰囲気づくり。要所要所で福島をはじめとする復興を持ち出し、災害に対する危機感を維持させる。核・ミサイル開発を進める北朝鮮の脅威もあおってきた。よく練られたコントロールだと思いますよ。
 これではメディアがいくら政権の腐敗を報道してもかなわない。中でも、認可事業であるテレビ局は官邸に服従していると言わざるを得ない状況でしょう。結果的にメディアが官邸を守る役割を担っているのが現状です。
 
 ――政権に批判的な言論人はメディアから消え、もの言えば唇寒しの風潮が広がる一方です。
 もうひとつ、安倍政治で間違っていると感じるのが、憲法改正が政治目的化していることです。憲法は法律の親分という一面ばかりが強調されていますが、憲法はそもそも、国民の代弁者である国会議員や為政者を縛るもの。為政者が前のめりに改憲を進めようとしているいまの政治状況は明らかにおかしい。なのに、国民レベルではそうした意識は希薄です。政治について財界人が遠慮なくモノを言い、学校でも職場でも語り合うようにならないとおかしい。そういう社会に戻さないとマズイことになりますよ。
(聞き手=坂本千晶/日刊ゲンダイ)
 
▼映画「新聞記者」 原案は東京新聞社会部の望月衣塑子記者の著書「新聞記者」。権力とメディアの裏側、組織と個人のせめぎ合いに迫る政治サスペンス。加計学園問題を彷彿(ほうふつ)とさせる医療系大学の新設をめぐる内部告発を受け、政権がひた隠す暗部を暴こうとする女性記者(シム・ウンギョン)と、出向中の内閣情報調査室で情報操作を強いられる若手エリート官僚(松坂桃李)との対峙(たいじ)や葛藤を描く。
 
▽かわむら・みつのぶ 1949年、福井県生まれ。慶大経済学部中退。フリーランスでイベントやCMなどのプロデューサーとして活動後、08年にスターサンズを設立。「牛の鈴音」(09年)、「息もできない」(10年)を配給。主な作品はエグゼクティブプロデューサーを務めた「かぞくのくに」(12年)、企画・製作に携わった「あゝ、荒野」(17年)、「愛しのアイリーン」(18年)など。